「これ以上は流石に看過出来ないわね」
貴賓席から何者かが飛んでくる。ずん、と着地したそれ、月の大聖女は、魔物を生み出し続けている魔法陣を強引に殴り壊した。そうしながら、観客席に向き直り声を掛ける。
「妖精姫!」
「もうやってるっスよ!」
あ、いたのか妖精姫。まあクーヤを送り出してるんだから当然観客席にいてもおかしくはないか。だったら最初から貴賓席にいればいいのに。
「あちきは別に正式な国の代表とかじゃないっスからね」
俺のボヤキが聞こえたのか、転移の魔法陣を消滅させながらそんなことを述べる。それから、そっちは任せたと別の場所に視線を向けた。
「めんどぉ」
観客たちに襲い掛かる魔物を殴り飛ばしながら、隠れ潜む百花も魔法陣を切り裂く。そうしながら、本当に面倒だと言わんばかりに溜息を吐いた。
「殺し過ぎ」
短い一言だが、それによって俺達の動きがピタリと止まる。いやそんなこと言われたってこの場合しょうがないだろう。そんな文句を言おうとも思ったが、隠れ潜む百花の言葉の意味がただそのままではないということに気が付いて俺も口を噤んだ。
明らかに周囲の空気が淀んでいるのを感じる。ああ、そうか、そりゃそうだ。勇者級と魔王級がこれだけ暴れてモンスターを討伐すれば、そうもなるか。
「そもそも、月の大聖女と妖精姫がもぉっと早く動けばこんなことにならんですんだのに」
「ぐ。それはそうだけれども」
「そういう隠れ潜む百花はどうなんスか」
「めんどぉ」
「わたくし達よりよっぽどたちが悪いじゃない!」
勇者級と魔王級で対処できるのなら自分達の出る幕ではない。そういう判断のもと属性頂点は一時静観していたようだ。
それがこうして出てきたということは、何かしら対処しなければいけない状況になったということ。
ゆらりと倒したはずのモンスターが起き上がった。完全に死んでいるはずのそれが再び動き出す。それと同時に、どこからか骨と腐った死体も湧いてくる。
アンデッドの発生条件を満たしたのだ。それも、上級や準魔王級のモンスターを基準として。
「まずいな」
思わず呟く。アンデッドが発生してきた以上、この空間はそういう不浄の地へと成り下がった状態だ。アンデッドを倒し、空間を浄化しないとこの現象は収まらない。
「え? 別にここにはわたしもセフィちゃん先輩もリナさんもいますし、らくしょーじゃないです?」
「え? あ」
そういえば聖女が二人と一体いたわ。じゃあとりあえず周辺のアンデッドを纏めてぶっとばし、その後皆で浄化してもらえば万事解決だ。
「アンデッドも破魔呪文できればよかったんですけど、みんながバラバラに戦ってますしね」
モンスターにも効いてしまうので、アリア、シトリー、クーヤ、コイナ、ラティ、アル、イゼルブ、ラミュー、イリス、キララと滅茶苦茶多数にダメージが入ってしまう。いやイゼルブは別にいいけど、ついでに浄化されてくれれば万々歳だけど。
しょうがない、と俺達も少しずつアンデッドを削る作業に入り始めた。動く死体は通常のモンスターより凶悪で、世界の注意喚起の名は伊達じゃないだけの強さを誇る。今回は上級と準魔王級を素体にしているから尚更だ。上級の動く死体は準魔王級に、準魔王級のゾンビは魔王級に迫る強さに。それぞれパワーアップを遂げていた。
「やっかいだな」
既に観客の避難は終わっているので、後はこの会場を浄化すれば終わりではあるのだが、その強さが面倒だ。この面子ならば別段問題なく片付けられるだろうとは思うし、まあ被害らしい被害も出ないだろうからいいんだけれども。
「確かに、数は多いですね」
コイナからいつもの装備を貰ったセフィがアンデッドを貫きながらそんなことを述べる。今一撃で倒したの準魔王級のゾンビだったよな。いやまあ正確には一撃でなく一瞬で何撃も叩き込んでいるんだけど、そういう意味ではなくて。
ともあれ。セフィの言う通り今の状況だと問題はないが数が多い。元々大量に送り込まれたモンスターが不浄によりアンデッドに変化してしまったことで、単純に二度手間になっている。これを考えたやつは中々に性格が悪い。
「エミルさん!」
「エミル!」
「アル、とオルも一緒か」
「アルが戦ってるのに私は避難される観客になる、なんてまっぴらごめんよ」
ふん、と鼻を鳴らしたオルは、それよりも、と今の状況を見渡して気にならないのか、と問い掛けた。
「何をだ?」
「この間のハイドラの魔王級の作り方、覚えてるでしょ?」
「ああ、大量のハイドラを戦わせて無理矢理魔王級を作るってやつだよな。……これもそうだって言いたいのか?」
あの時の何者かが、今度は違う方法で何か企んでいる。あの時はヤマタノオロチを殺すのが目的だと思ったが、そうなると今回は。
「人間の実力者を纏めて始末する、みたいな感じでしょうか」
アルの言葉に成程と頷いてしまう。半ば強制的にアンデッドの不浄空間を作り上げ、魔王級に迫る強力なアンデッドで会場にいる実力者を始末する。そう考えると、暗殺者のおっさんが言っていた裏切り者の男はその何者かの部下ということでよさそうだ。
となると恐らく『本当の主』とやらがその正体、と見て間違いない。
「つっても、その辺はとりあえず今の状況をどうにかしてからだな」
とりあえずおっさんには悪いがあの男を殺させるわけにはいかなくなった。情報を吐いてもらわないといけないからな。出来るかどうかはまあ別として。
「エミル、多分もう遅いですね」
「は?」
「とっくの昔にモンスターに殺されて、この空間の効果でアンデッドになってます」
メアリーの時にみたいに魂の残っているアンデッドではないようで、もうあれはただの動く死体だ、とスロウが断じたので蘇生も無理なのだろう。
「まあ、ひょっとしたらどっかのモンスターに憑依してる可能性もありますけど」
「探すのは無理か」
「無理ですね」
あっちもこっちもアンデッドだ。この中からいるかどうかも分からない一人を探して、その魂をアンデッドのモンスターから引き剥がして、元の肉体を蘇生させて魂を放り込んで。
まあスロウが無理だと言うのもしょうがないだろう。そうなると手がかりも消失、というわけだ。これだけの騒ぎを起こしておいてそれは流石にと思わないでもない。
「まあしょーがないですね。とりあえず今は事態の解決を優先しましょう」
「そうだな」
眼前のアンデッドに斬りかかる。魔法剣の斬撃で胴と首を泣き別れさせた俺は、そのまま四肢も切り裂いた。アンデッドはこれくらいしないと動くからな。
バクス達も、クロード達も、アイラさん達も。アンデッドの処理自体は別段問題なくおこなっている。会場から逃げ出したアンデッドもいない。このままいけばもう少しでこの騒ぎも沈静化するだろう。
「ん?」
そのタイミングで咆哮が聞こえる。なんだ、と視線をそこに向けると、モンスターの大群の際には存在していなかったモンスターがアンデッド化してそこにいた。
ドラゴンだ。
「エミル、よく見なさい」
「それっぽい形になったモンスターの集合体だよぉ……」
「偽物」
「おぞましいですね」
「うわ、気持ち悪い」
成程皆の言う通り、ドラゴンゾンビの形になったアンデッドモンスターの塊だ。べちゃりと醜悪な音を立てながら、腐り落ちた竜の形をした頭部が再度咆哮を上げる。そのまま偽物のドラゴンゾンビはブレスを吐いた。偽物のくせに本物みたいなことするじゃないか。
「エミル。ひょっとしたらあれが今回の結果なのかもしれないですよ」
「ああ、オルとアルが言ってたあれか」
アンデッドの集団で作り上げる偽ドラゴンゾンビ。たしかに厄介だし、こいつは間違いなく魔王級はあるが、だとしても、だ。
「ここにどれだけ勇者級と魔王級がいると思ってんだよ」
一体魔王級が現れたところで、この戦況を覆すことなど出来るものか。そんなことを思っていると、別の場所からも咆哮が聞こえた。
もう一体? と思わずそこに視線を向けたが、どうやらもう一体どころではないらしい。
「三体いますね」
おおー、と呑気に偽ドラゴンゾンビを眺めるスロウ。言ってる場合か。そうツッコミをいれたが、そんな場合ですよ、と返された。いやまあ、三体いようがこの人数なら敵ではないのはまあその通り。
バクス達とクロード達、そしてアイラさん達がそれぞれ偽ドラゴンゾンビに向かっていく。はいこれでもう終わりだ。俺達の出番すらない。
「周囲のアンデッドの処理でもするか」
「そーですね、ってあれ?」
スロウがあそこ、と指差す。アンデッドがうじゃうじゃと集まって、そしてグシャリと音を立てながら形を変えていった。そうして生まれる四体目の偽ドラゴンゾンビ。成程、ああやって出来るのかこいつ。
「っと。言ってる場合じゃないな」
じゃあ俺達もこいつを片付けないと。そんなことを思いながら剣を構えたが、今ここ、俺の周囲にはスロウ、アリア、シトリー、クーヤ、コイナ、ラティ、オル、アル、セフィがいるわけで。
あれ? これ俺の出番なくない?
「馬鹿なこと言ってないで、来るわよ!」
偽ドラゴンゾンビのブレスと、追撃の尻尾も両方躱す。まあドラゴンの姿を模していても所詮ゾンビであるし、見た感じ魔王級のドラゴンと比べても単純なパワーはあれど動きは愚鈍だ。それほど脅威と思う相手ではない。
「さっさと片付けるわよ!」
アリアが鱗粉をばら撒き爆発させる。その攻撃でよろめいたところに、シトリーとクーヤ、コイナ、アルの攻撃が叩き込まれた。
「追撃いくわよ!」
ラティが銃をぶっ放す。もうこの時点で大分やりすぎな気がしないでもないが、アンデッドの集合体なだけはあって、ズタボロになってもまだ動けるようであった。
「さあ、エミルさん」
セフィが武器を構える。それに合わせて俺も悪徳の剣を構え、そして同時に飛び出した。
一閃。突きと薙ぎ払いのそれを叩き込まれた偽ドラゴンゾンビは、体を保てなくなったことで崩れ落ちた。体のパーツが再びアンデッドモンスターに戻るのか、と一瞬身構えたが、どうやらそんなことはなく、こんどこそただの死体に戻ったようであった。
「ふう」
息を吐きながら周囲を見る。勇者級組は勿論問題なく偽ドラゴンゾンビを始末したようで、残っているアンデッドの掃討に移行していた。
そして、と視線を向けると、どうやら向こうも偽ドラゴンゾンビが出たようで、イゼルブ達も交戦をしていた。
とはいえまあ、奴らも魔王級の上澄み。作り出されたそれに負けるはずもなく。
「ふう」
偽ドラゴンゾンビを片付け終わったイゼルブが息を吐きながら視線を巡らせていた。俺とイゼルブとで視線がばっちりと合う。げ、とお互い非常に嫌そうな顔をして即座に視線を外した。
「どうしたんですの? いきなり――ああ、エミルさんと目が合ったんですのね」
「仲が悪いわね、本当に」
「あはは……」
「貴様らは好き勝手に言いおって……」
なんか向こうは向こうで言ってるけど知らん。ほれ、さっさと俺達も残りのアンデッドを片付けるぞ。
そうして目に見えるアンデッドは全て片付けた俺達は、モンスター組を避難させてから会場を浄化した。周囲にアンデッドの気配もなし、しっかりと浄化も完了したらしい。まあスロウ、リナさん、セフィの二人と一体の聖女がいるんだからそれくらい当たり前な気もするが。
「というかセフィも浄化できるんだな」
「流石にスロウさんやリナさんには敵いませんが」
そう言って笑うセフィ。だが、俺のその浄化出来たんだの意味はスロウ達に敵う敵わないとかそういう意味ではない。ちゃんと出来たんた聖女らしいこと、という意味である。勿論絶対に口にはしないが。
いやまあバーサーカーみたいな大斧振り回してるリナさんが聖女らしいこと出来るんだから、セフィも出来てもおかしくはないのか、うん。
ともあれ。これにて武闘会の騒動は一件落着だ。死者はこれを引き起こした男が一人、それ以外は怪我人だけだったので何の問題もなく治療も済ませた。まあ死んでても何の問題もなくいけるのがスロウのアレなところだが。
「目的などを知ることが出来ないのが残念ですね」
クロードがそんなことを述べる。流石に魂もなければ肉体もアンデッドになっている人間を蘇生させるのはスロウでも無理だからな。その辺の魂を持ってきて無理矢理定着させて、くらいは出来るかもしれないが、それは何の意味もないしな。
「しかし、そうなると何かしら調査をしたいところだが」
一体全体どこを調査していいのかが分からない。バクスがお手上げだと肩を竦め、アイラさんもそうですね、と考え込む仕草を取る。
「少なくとも教国でも帝国でも動くことが出来る、というのは理解しましたが」
「あ、王国もそーだと思いますよ」
スロウがアイラさんの言葉に手を上げて付け加えた。何でだ、と思わずスロウを見ると、忘れたんですか、と首を傾げられる。
「ほら、ハーピー騒動の時のワーム」
「ああ、あれか。……確かに言われてみると、そうかもな」
本来いないワームがあそこで暴れていたのも、何かの実験の一つだった可能性はあるな。
しかしそうなると、こいつは大国三国で何かしらやっているということになる。それも魔王級を作り出したりしていることからして、もしモンスターだとすると魔王級の中でも上澄みなのは間違いない。
「ふん。くだらんな、そんな奴など我がすぐに始末してやる」
何故か一緒に話を聞いていたイゼルブがそんなことを言い出す。いやお前、何でここで味方面して立ってんだよ。観客席の件はまあ助かったけど部外者なんだからどっか行ってろよ。
そう思ったし実際言ったが、ここまで巻き込まれたならば話くらいは聞く権利がある、と無駄に自信満々に言われたので、ちょっと圧された。まあラミューやイリス、一応キララはその辺知ってた方がいいだろうししょうがないか。
ともあれ。現状これ以上の情報がない以上、今のところは相手を警戒する以外に出来ることはない。
「いや、待てよ」
「どーしたんです?」
「流石に今回のは見逃せないだろうし、属性頂点に話くらいなら聞けるんじゃないのか?」
俺のその意見に成程と皆頷き、視線を俺達を見守っていた属性頂点達に向けた。隠れ潜む百花はめんどぉ、で済まされたのでまあ置いておいて、残り二体は。
「確かに今回は看過出来ない所業よ。とはいえ」
「アンデッドを作り出した原因自体はみなさんなんスよねぇ……」
それはそうだが、だからといってあの状況で他にどうすることも出来なかった。まさか出来るだけ殺さずにあの場を収めなかった俺達が悪いとは言わないだろう。
それはそうだ、と月の大聖女も妖精姫も頷く。だからまあ今回は特に何も言わない。そんなことを言いながら、では、と俺達に問い掛けた。
「みなさんは自分達で片付けたいんスか?」
「それとも、わたくし達で処理をするのを望んでいるの?」
二体の問い掛けに俺達は皆目を瞬かせる。そんな質問されても、答えは一つしかない。
当然、こっちで片付ける。全員がそう述べたことで、月の大聖女と妖精姫、面倒だからと見ていただけの隠れ潜む百花までもが笑みを浮かべた。