当然と言うべきか、武闘会は中止になった。正確にはまた日を改めて、という話になった。流石にあの騒ぎがあった次の日に本戦の続きやりますよ、みたいな呑気なことは言ってられない。勇者級達の活躍で会場は浄化されたとはいえ、やはり運営も観客も少し抵抗があるのだろう。
「残念ですね」
むぅ、とスロウがぼやく。まあこのまま行けば強敵とバンバンぶち当たって最終的にセフィと対決っていう流れだったから、それが叶えられなくて不満に思うのは仕方ないとは思うが。
「まあ、とはいってもあの面子だったら別に武闘会じゃなくても戦えるしな」
「ああいう特別な場で決着をつけるっていうのが楽しいんじゃないですか」
それはもはや修行でも何でもないな。まあスロウのそれにああそうかいと流した俺は、改めて今回の騒動を思い返す。
結局暗殺者のおっさんは結果的に裏切り者の男が死んだのでやることが無くなって普通に帰っていった。こういう大規模な問題はこちらも関与することではないから、とか言っていたし、まあよっぽどのことがない限りもう接点はないと思う。
そこまで考えて、いや、そうでもないかと思い直した。あそこの裏切り者の男が今回の騒ぎを引き起こす起点になっていたのだから、次が出ないとも限らない。とはいえ、そんなものがどこでも言えることだ。王国騎士団から出ることだってあるだろうし、帝国の冒険者から出ることもあるだろうし、教国の聖職者から出ることも、なんて考えていてはキリがない。
まあ今のところは属性頂点からの続報待ちだな。そんなことを思いながら、俺は村のギルドの椅子の背もたれに体を預けた。武闘会も一旦中止になったので、俺達は普段の日常に戻ってきたというわけである。
「でも、月の大聖女様や妖精姫様も詳細はまだ分からないっていうのは相当よね」
「その辺は別に調べてなかったから、みたいな感じでしたけどね」
属性頂点はあくまで調停者。あまりにも世界のバランスを崩すようなことをしない限りは介入しない、が基本原則だ。まあその割には色々と俺達に構いまくっている気がしないでもないが。
「それはエミルがバランスを崩しまくってるからじゃないですかね」
俺の考えを読むようにスロウが述べる。それは、まあ、そうなんですかねやっぱり。実際問題知り合いに魔王級モンスターが多過ぎる、というのは由々しき問題なのかもしれない。そうやって人の世界で生活する魔王級が増えてきたからこそ、今回みたいな盛大にことをやらかす魔王級らしき何かが発生してしまった、とも考えられるわけで。
それはつまり原因は俺ってことか?
「流石にそこまで飛躍して属性頂点も考えないでしょう。多分」
「大丈夫だよぉ……きっと……」
「問題ないですよ、おそらく」
「断言してくれよ、不安になるだろ」
いや俺自身もなんとなくそんな気がしないでもないので、三体の反応はしょうがないのだが。
ともあれ。あんな質問をしてきた属性頂点だが、件の何者かの詳細はまだ掴めていないという答えを返してきた。さっきも言ったように調停者として流石に今回の件は見過ごせないと重い腰を上げるに至ったわけだが、まあそれまでは別にそこまで気にしていなかったので当然情報もあるわけがない、と。
まあ属性頂点にとっては、自分達で始末するとなればさくっと調査してさくっと始末して、みたいな感じでいけるからなんだろうけど。
「でも、月の大聖女さんや妖精姫さんにはこっちでやるって言っちゃいましたしね」
「言ったな」
その場の勢いも若干あったが、あそこにいた全員が件の何者かをこっちでぶっ倒す宣言をしたおかげで、属性頂点は介入を最小限にすることにしたらしい。勇者級と魔王級が揃ってその答えを出したのならば、調停者としては言うことがない、というのがその答えらしいが。いいのかそんな簡単にこっちに任せても、と思わないでもない。
「それだけ信頼されてるんでしょ」
むしろありがたがりなさいよ、とアリアが述べる。そんなもんかね、とぼやいた俺はまあとりあえずは続報待ちだと息を吐いた。
それに被せるように、情報じゃなけど、とお姉さんが一枚の書類を差し出してくる。
「勇者級への調査依頼、来てるよ」
「ん?」
受け取ったそれは王国、帝国、教国の実力者に向けた調査依頼。それぞれ怪しいとされるポイントを調査してきて欲しいというもので、依頼者は連名で、属性頂点。まあつまり最小限の情報を与えるので、これからは好きに調べて討伐してくれ、という感じだな。
こっちで片付けると宣言したからこんな形になったのだろう。もし俺達が自分達でどうにかすることを選ばなかった場合、この魔王級らしき何かは属性頂点にすり潰されて、こちらは何事もなく日々を過ごしていたに違いない。
そう考えると、若干余計なこと言ったか、と思わなくも。
「ちなみにこの依頼、受けるであろう勇者級に追記があるみたいだけど、読む?」
これはギルド職員も読んでいない情報らしい。きちんと閉じられた封筒を取り出したお姉さんは、はいこれ、とそれを俺に渡した。いいのか? まだ受けるって言ってないぞ?
いやまあ受けるんだけどさ。一人でそんなことを言いながら受け取った封筒を開封する。そこには今回の討伐対象になるであろう相手を、属性頂点はこう呼称するという声明が記されていた。
「もう一体の大魔王級……」
「わたしと同じですか?」
「まあ、これによるとスロウの方が大魔王級としては格が上、と属性頂点の連中は思ってるみたいだけどな」
「でも、普通の魔王級とは少し違う、と」
「ちょっと、不安になるねぇ……」
シトリーのその言葉を聞きながら、俺は封筒の中身を読み進める。恐らく今回の大魔王級は勇者級と魔王級の実力者が人の側に付き過ぎているための反作用的な存在だろう。そう記されていた。
「勇者級が強くなりすぎたから魔王級が増えた、は前にも聞いたけど」
「その増えた魔王級をエミルがかたっぱしからたぶらかしたんでもう一段階来ちゃったんですね」
「たぶらかしてない」
「たぶらかしてるわよ」
「たぶらかしてるよぉ……」
解せぬ。そもそもそう言われても俺にはそんな心当たりが。
無いとは言わせない、という三体の視線を受けたのではいすいませんと引き下がった。
「こほん。しかし、そうなると前にギルドの言っていた出鱈目が本当になっちゃうんじゃないのか、これ」
「大魔王級が魔王級の増加に関係してる、ですか。確かに今回のこいつは明らかに魔王級を増やそうとしてますからね」
「それも、エミルにたぶらかされないタイプのやつを」
「だから俺は」
『たぶらかしてる』
スロウとアリア、シトリーに加えてマイア姉さんにまで言われた。はい、すいません、たぶらかしてます。本当はそんなこと思っていないけど、全員の圧に負けてそう言わざるを得なかった。
「まあ実際問題人の世には馴染めそうもない連中をまとめあげている感じはしますね」
「あのワームも、あの時のハイドラも、アンデッドも、そうだねぇ……」
「そう考えると、そのもう一体の大魔王級も同じような存在、と考えていいでしょうね」
「討伐対象か」
同じ討伐対象でもイゼルブとは格が違うと見ていい。あいつはもう仲間にしているラミュー、イリス、キララの善良さに雁字搦めにされている感がある。それに比べると、こっちのもう一体の大魔王級の方は、引き連れている連中からして碌でもなさそうだ。
まあどのみち勇者級と人側の魔王級に喧嘩を売ったんだ。ぶっ倒してやるから覚悟しろ。
「でも、拮抗するための大魔王級ってことは、それを倒してもまた新しい大魔王級が生まれるだけじゃないの?」
「一応、世界の理としては勇者と魔王が拮抗さえしていればどの立場でも問題ないらしいけどな」
だから大魔王級がこれからどんどんと生まれるとか、そういうものではないのだとか。あくまで実験的な効果であり、こいつを倒せば通常の魔王と勇者の拮抗に戻るだけ。調停者である属性頂点がそう告げているのだから、まあ後々の心配はしなくてもいいだろう。
何より拮抗の存在のはずのもう一体の大魔王級は世界の調停を自ら崩した。もうその時点でアウトである。世界の実験は失敗に終わった、と見ていいだろう。
属性頂点からのその辺りの説明を一通り読み終えた俺は、封筒に仕舞うと小さく溜息を吐く。まあギルド本部に見せると色々面倒なことになりそうな話ではあったからこれで正解なのだろう。今は迷宮の管理者がギルドを見張ってるとはいえ、前回の件もあるからな。
さて、と。調査の場所も教えてもらったことだし、後は向かえば解決といったところだろうか。しかしもう一体の大魔王級という表記の割に何箇所か調査のポイントが有るのは気になる。
行くにしてもある程度準備をしてからか。そんなことを思った俺は、とりあえず依頼は受けるだけ受けて出発は後日にすることにした。
そんなわけで出発した調査の場所は、以前のワーム関係だ。ハーピー騒動の際にあの森に来ていたワームの本来の生息地。王国の僻地なのでスロウの《テレポート》でも行けず、近くの街からえっちらおっちら移動して辿り着いた頃にはすっかり夜になっていた。まあ辿り着けたのならもう次からスロウの《テレポート》で移動出来るので一旦帰宅し、翌日改めて《テレポート》でやってくるという中々の反則技をつかったわけなのだが。
「なんにもないところですね」
まあ王国でも大分僻地だからな。人が住んでない、というかワームがいるので住めないと言ったほうが正しいのかもしれないけど、そんな状況なので基本的に人がいない。
ワームに出くわすと色々と面倒なので出来るだけ戦闘を回避しながら、俺達は調査を開始した。属性頂点が依頼したのだから、まあ間違いなく何かはあるだろう。そんなことを思いながら僻地の、荒野になっている場所を歩き続ける。
「何もいないわね」
「そうだねぇ……」
暫く調査を行ったが、別段何かあるような感じもしない。アリアとシトリーの言う通り、何もいない。
そこまで考えて、いや待てよ、と周囲を見渡した。出会わないように注意していたからだと思っていたが、それにしてはワームの気配が全然ない。
ひょっとして、そんなことを思った矢先、スロウが何かを発見した。
「あれ、おかしくないです?」
あれ、とはスロウの視線の先に立っているものだ。人影である。一見すると普通の人のようだが、しかしそもそもこんな場所に普通の人がいるはずもない。
その人影は動く気配もなく、こちらをじっと見詰めている。緑がかった背中まである長い髪と少し眠たげな目が特徴の美少女である。ダボダボの袖の服を着ていて、ゆらゆらと袖を揺らしていた。
距離はまだある。攻撃するなら早い方がいいが、いかんせんまだ敵かどうかも分からない。いや、こんな場所にわざわざいるんだから間違いなくもう一体の大魔王級の関係者なんだろうけど。
「こんにちは」
そのままある程度近付いたタイミングで、その美少女がペコリと頭を下げた。その態度に思わず俺も毒気を抜かれ、こんにちはと挨拶を返してしまう。
「今日は一体ここになんの用で?」
「何の、って、俺はここにいる大魔王級の調査をしに来たんだけど」
「おやおや。それはそれは」
ダボダボの袖を口元に持っていきクスクスと笑ったその少女は、では存分に調査をしてください、と笑みを浮かべた。
「は?」
「大魔王級というのはよく分かりませんが。多分わたしを調べるのでしょう? はい、どうぞ」
そう言って手を広げる少女。いや待て、じゃあお前が。
そんなことを思い目を見開いた俺を見て、少女はもう一度クスクスと笑った。
「ヘンリエッテと言います。よろしく」
「……よろしくされたくはないな」
こいつが、本当に? 俺はヘンリエッテをじっと見る。華奢な体、ダボダボの袖、眠たげな瞳。一見すると折れてしまいそうな儚げな少女にしか見えない。
が、こいつ自身がそう言うからには間違いなくモンスターで、属性頂点がもう一体の大魔王級と称するだけの力を持っている。油断なんか決して出来ない。
「どうしました?」
「どうしたもこうしたも。……お前、本当にあんなことをやらかしたのか?」
「あんなこと、とは?」
「ハーピーの住んでいる森にワームを放ったり、ハイドラを無理矢理魔王級にさせるために殺し合わせたり、武闘会の会場にモンスターの大群を呼び寄せてアンデッドの空間を作ったり」
「しましたよ? それが何か?」
あっけらかんとした表情で、何が問題だと言わんばかりの顔で、ヘンリエッテは俺の言葉を肯定した。
「どれこれも、ちょっとした実験も兼ねていましたし。あ、ひょっとして属性頂点様が怒っていましたか? それは、申し訳ありませんでしたとお伝えください」
「……え? ちょっと待て、じゃあもうやらないのか?」
「次からは怒られないよう注意します。当然じゃないですか」
「注意して、何をする気だ?」
「おかしなことを聞きますね? 殺戮と食事です」
やはり、なんてことない表情でヘンリエッテはそう述べた。モンスターなんですから、当然と言わんばかりのそれを聞いて、いやだとしてもおかしいだろ、と反論した。食事は百歩譲って生態だとしても、殺戮はなんだ。
「え? だって邪魔じゃないですか。人がわたしの縄張りに勝手に住処を作っているなんて」
「お前の住処?」
「はい。ここから、向こうの彼方まで。ぜーんぶ、わたしの縄張りです」
そう言って無邪気な笑顔を見せるヘンリエッテ。成程、こいつは世界全てが自分の縄張りだと主張するわけだ。だから、邪魔なものは全部ぶち殺す、とそういう思想か。
「あ、勿論食事の分は残しますよ。えっと、あなた、お名前は?」
「……エミル」
「エミルさん。あなたなんかはとっても美味しそうなので、ただ殺すのじゃなくて、食べようと思います」
「エミルを食べるとかふざけたこと言ってんじゃないですよ!」
そのタイミングでずずいとスロウが前に出た。ヘンリエッテが誰だ、と首を傾げると、知らないなら教えてあげますとスロウが胸を張る。
「わたしはスロウ。お前なんかよりずっと格上の大魔王級です!」
「大魔王級? ああ、わたしのことですね。へぇ……」
ジロジロとスロウを見やる。そうしながら、成程成程、とヘンリエッテが頷いた。
次の瞬間、袖口から何かが飛び出してくる。咄嗟にスロウの前に出てそれを受け止めた俺は、その刃のような腕のような何かをぶった切ろうと悪徳の剣に力を込めた。が、それよりも早くしゅるしゅると袖口から伸びた何かは向こうのダボダボの袖に収納される。
「わあ、凄い凄い。エミルさん! あなた強いんですね!」
「勇者級ならこのくらい誰でも出来るっての」
「うん、決めた。エミルさん、ください」
「はぁ!?」
笑顔でそんなことを述べたヘンリエッテにスロウがブチ切れる。お前ふざけんじゃねえとばかりに前に出て、そして思い切りぶん殴らんと一気に距離を詰めた。
「わ。野蛮」
「先に攻撃したやつに言われたくないですね!」
ひょい、とその攻撃を躱したヘンリエッテが、じゃあ今度はこっちの番とばかりに袖口から刃のような爪のような何かを繰り出した。自身を支援でブーストしているスロウにはそんな牽制は通用せず、軽い調子で躱される。
「あれ、意外と」
「黙りなさい」
「させないよぉ……!」
いつの間にかアリアとシトリーも飛び出していた。爆発で牽制しつつ、シトリーの大剣でヘンリエッテを叩きのめす。そんなコンビネーションで一撃を与えた二体だが、しかし表情はあまり良くない。
「効いてる感じがしないわね」
「うんうんうん……」
どしゃり、と倒れたヘンリエッテだが、その言葉の通り何事もなかったかのように立ち上がった。大魔王級というのは伊達じゃない、ということか。
そんな二体を一瞥すると、ヘンリエッテは俺を見る。ニコニコと楽しそうに、楽しい仲間を持っていますね、と口にした。
「この間の実験では大したものが出来なかったから、わたしはそういう仲間がまだいないんです」
「ああ、そうかい」
「だから、みんな、わたしの仲間になってくれると嬉しいです」
「嫌です」
「嫌よ」
「嫌だよぉ……」
即答である。まあ確かにこいつは説得するのも相当難しいとは思うけど。多分人食いも殺戮も止めないだろうしな。
ともあれ。断られたヘンリエッテは少しだけ悲しそうな顔を見せた。そうですか、と肩を落とした。
「じゃあエミルさん。わたしは一旦帰りますけど、もしわたしの仲間になりたくなったら言ってくださいね、歓迎しますよ。一緒に邪魔者を殺戮しましょう」
「その考えをしてる限りは無理だな」
「残念です。ではまた」
「って、逃がすと思ってんですか!?」
スロウが叫ぶが、自身の足元に魔法陣を浮かべたヘンリエッテは即座に《テレポート》して消えていった。残されたのは何が起きたのか、というかあいつは何でここに人型でいたのかも分からないという状況のみ。
「一応正体は分かったんだから、調査の甲斐は合ったって考えていいんでしょうけど」
「心配事は増えた気がするよぉ……」
「そーですよ! エミルを手に入れようとか絶対許しませんからね」
そう言ってプンスカ怒るスロウ。いやまあ心配しなくても俺が向こうに行くことは絶対にないんだけど。そうスロウに伝えたが、でも、と何か言いたげな表情である。
「ちゃんと討伐するんですよね?」
「何だいきなり。そりゃ、会話は出来たけど、あれは無理だろ」
これまで何だかんだ説得出来た魔王級は根が善良というか人側だったからだ。あいつみたいに元から人食いと殺戮を好んでいるようなやつは流石に無理だと思う。
「それでもたらしこむのがエミルですし」
「だからたらしこんでないっての」
はぁ、と溜息を吐く。とりあえず戻って大魔王級ヘンリエッテについての情報を共有させよう、とスロウに帰還の《テレポート》を出してもらうことにした。