第二百十一話
「さっさとぶっ殺しに行きましょうよ!」
そう言ってぷんすか怒っているのはスロウである。もう一体の大魔王級ことヘンリエッテの情報をとりあえず提出した俺達は、さてではどうするかという話になっていた。
いやまあ、どうするもこうするもスロウの言う通り討伐するなら早い方がいいのは確かなのだが。
「なんですか。エミルのいつもパターンですか? 流石にあれは許容しちゃ駄目なやつじゃないです?」
「いやまあそれはそうなんだけど。立場が逆なだけで邪魔者の始末や捕食ってこっちでもやってるしなぁと思ったりも」
「だから見逃すとか言わないですよね? エミルひょっとしてあんなうすくてほそい感じのタイプのほうが好みだったとか言わないですよね!?」
「エミルくんはおっぱい大好きだからそれはないと思うよぉ……」
ひょこ、とシトリーがスロウに補足してどうどうと宥めに掛かる。どうでもいいがその補足は俺の尊厳を色々壊してはいないでしょうか。それはそれとしてその言い方だとおっぱいなら何でもいいみたいに取られかねないぞ。
「そうよね、エミルはしっかり揉みごたえのある胸が好きだものね」
「そういう意味で言ったわけではないです」
アリアも余計なことを言わないで欲しい。後その言い方だと小さくても揉みごたえがあれば大丈夫だともいえるわけで。じゃなくて。そもそも話がだいぶズレている。
「ヘンリエッテのおっぱいをエミルが揉むかどうかですか?」
「違うだろ」
ヘンリエッテを討伐するかしないか、という話だったはずだ。何でそうなる、と溜息を吐きながらツッコミを入れると、まあ確かにそうだった、とスロウ達は頷いた。が、しかし、とこちらを見た。
「最初に討伐に後ろ向きな感じの発言したのエミルですよ?」
「そうか?」
「そーです。こっちも同じようなことやってるからおあいこだ、みたいなこと言い出したじゃないですか」
「そこまでは言ってないって」
「言いましたよがっつりと!」
がぁ、とスロウに怒られる。そう言われると成程確かにそうかもしれない。いや、かもしれないというか、そうだ。
申し訳ないと頭を下げた俺は、でも討伐しないように、みたいな方向に持っていく気はなかったと弁明した。というかこれまで討伐してきたモンスターだって大体同じように思考は邪魔者の排除や捕食だったしな。結局討伐するかしないかなんて俺達の身勝手な基準なんだから、あれこれ考えてもしょうがない。
「そーですそーです。じゃあ勇者級全員でさっさとぶっ殺しに行きましょう」
よし決定、とばかりに拳を握るスロウ。なんというかやたらと殺意が高い。何か理由でもあるんだろうか。そんなことを思い尋ねてみると、当たり前じゃないですかという返事が返ってきた。
「エミルを奪おうとするやつはぶっ殺します」
「俺の一番はスロウだぞ?」
「あいつはそこを奪おうとしてるから許しません」
そうはいっても、あいつの場合俺だからというより強いからという理由で選んでそうなんだけどな。多分他の勇者級にも同じ勧誘すると思うぞ。
そんなことをスロウに告げたが、分かってないなこいつとばかりに溜息を吐かれた。
「確かに勇者級を仲間に勧誘はすると思います。でも、エミルへのあいつの勧誘は別です」
「そうか?」
「そーです。わたしには分かるんです。だからあいつは、絶対ぶっ殺します」
殺意が高い。まあ討伐対象と仲良くなる必要はないので別に問題はないのだが、普段と違うスロウを見ていると若干心配になる。とりあえず少し落ち着け。
何でですか、とこっちを見るスロウを抱きしめ、別にヘンリエッテの方に行く気もないんだからと言い聞かせた。そうすることで、渋々っぽいがスロウも一旦落ち着きを取り戻す。
「え、エミルくん、ワタシもぉ……」
「その次はあたしね」
ほれ抱きしめろ、とばかりにこちらに手を広げるシトリーとアリア。正直口には出してなかったが気持ち的には似たようなものだ、と言い出した二体も同じようにぎゅっと抱きしめた。なんだか言いくるめられた気がしないでもないが、別に彼女を抱きしめるくらいは別にいつでもやってやるし。
「そう、そこよエミル」
「ん?」
「スロウは勿論、あたしやシトリーもあんたの彼女よ」
「ああ、そうだな」
「そんな彼女達の前で全く知らない新しい彼女作るような態度取れば機嫌も悪くなる、そうは思わない?」
「アルちゃんとかならともかく……出会ったばかりの、しかも悪いやつは流石にちょっとぉ……」
「だから違うって言ってんだろ」
「違わないように見えたからみんなプンプンしてるんですよ?」
ぐうの音も出ない。そりゃそうだ。申し訳ないと改めて頭を下げた俺は、しっかりと三体に向かって宣言をした。あいつはきちんと討伐する、と。
「そーしてください」
ふんすと鼻息荒く頷いたスロウは、じゃあ早速他の勇者級に連絡取らないとと言い出した。が、俺はそれに待ったをかける。
「エミル、やっぱり」
「いや違うって。連絡したとしても、あいつが、ヘンリエッテがどこにいるかはまだ分からないだろ」
「……そーいえば?」
たまたまあの場所で遭遇しただけで、あいつは自分の縄張りは世界の全てだと思っている。あの言い方からして間違いないだろう。そう考えると、せめてその中でもあいつの住処にししている場所、お気に入りの空間を見付け出さなくてはいけない。
俺達の手に入れた情報を受け、他の勇者級も属性頂点から依頼された地点を調査しているはずだ。それらの情報を照らし合わせ、きちんと対策を練ってからでも遅くはない。
「問題は、それまでに何かをしでかさないかどうか、ってところよね」
それはもう祈るしか無い。アリアの言葉にそんなことを返しながら、でもあの様子だと何も無いなんてことはないんだろうなと溜息を吐き。
「エミル君! 今緊急の依頼が入ったんだけど!」
マイア姉さんが慌てて書類を持ってきたことで、まあそうだよな、と視線を上げた。
「で、何が緊急なんだ?」
「詳しいことは依頼書を見て。でも簡潔に言うと」
ハーピーの縄張りが襲われている。それを聞いて、俺は思わず立ち上がった。俺にわざわざ緊急の依頼としてそれを出すってことは。
「うん。森に凶暴なモンスターが多数入り込んだらしくて、ハーピーの被害多数、魔王級ハーピー、コカトリスのどっちも安否不明」
「アロー、オーテ……!」
街道に飛び出してきたリボンを付けたハーピーが商人に助けを求めたらしい。それを聞いてギルドで調査を行ったところ、とてもじゃないが調査員では対処出来ないとして即座に勇者級案件に回されたのだとか。
「すぐに行く」
依頼書になぐり書きでサインをした俺は、スロウに《テレポート》を出してもらい即座に移動した。場所はあいつらのいるハーピーの縄張り。
そうして移動した俺達は、そこの光景に息を呑んだ。沢山のハーピー達が倒れて死んでいる。そのどれもがリボンを付けていて。
「スロウ」
「分かってますよ。とりあえずまとめて《リザレクション》!」
死体になっていたハーピー達を蘇生させる。縄張り全体を包み込むようなその温かな光は、それによって俺達がここに来たということを知らせる役目も担っていた。
「エミル!」
一匹のハーピーがこちらに飛んでくる。サイドテールの魔王級ハーピー、双子の片割れアローだ。蘇生させられたハーピー達が起き上がるのを見たアローは、よかった、と涙ぐみながらスロウにお礼を述べていた。
「あ、でもまだそれどころじゃないの! オーテもコカトリスも――」
何かが吹き飛んできた。ぐしゃ、と俺達の前に倒れたそれは、アローによく似たサイドテールをしたハーピーで。
「オーテ!?」
羽があらぬ方向に曲がっている。足もへし折れ、何かで殴られたのか全身打撲だらけだ。
ついで二体の怪鳥が吹き飛ばされてきた。こちらもズタボロで、地面に倒れてピクリとも動かない。
「コカトリス!」
「回復します」
オーテとコカトリスをスロウが回復させる。動けるようになった三体が起き上がるのを見てよかった、と胸を撫で下ろすアローだったが、起き上がったオーテが何をしてるんだとアローに食って掛かった。
「あんたが急にいなくなるからこのザマじゃない! エミルが来たからって何やってるのよ!」
「エミルを呼びに行くって言って、分かったって言ったじゃない! さっき言ったことも忘れちゃったわけ!?」
「だとしても、タイミングってものがあるでしょ!? 絶対あの場面じゃなかった!」
相変わらずだ。緊急事態でも仲良くするっていうことをこの双子は知らないらしい。はぁ、と溜息を吐きながら、それで一体何があったのかと問い掛けた。
「クァ!」
「クェ!」
「うん。多分お前達のほうがまともに話してくれるんだろうけど、すまん、俺はコカトリスの言葉が分からないんだ」
「クェァ……」
「クゥァ……」
しょぼん、とするコカトリス。そんなコカトリスを撫でながら、改めて何があったのかをアローとオーテに問い掛ける。
が、それよりも早く、吹き飛ばされるハーピー達と共に現れた巨体によって俺の言葉は阻まれた。そして聞かずとも何となく把握する。
「こいつら……」
「ワームですね。この間のよりは小さいですけど」
「油断しちゃ駄目よ! 小さいけどそいつ、魔王級なの!」
魔王級のワームが二体、こちらに迫ってくる。巨体の魔王級という時点で大分厄介だが、それよりも。
問題はそんなワームを率いている巨人のようなモンスターだ。トロル、筋骨隆々の人型をしているがモンスターとして分類される存在で、知能も持っていることから通常でも上級モンスターに分類される、まあ大体ポジション的にはハーピーと似たような立ち位置の魔物である。
ワームを率いていることからまあ間違いなく魔王級だろう。成程、このコンビネーションにハーピー達は敵わず蹂躙されていたわけか。アローやオーテも魔王級とはいえ正直そこまで強くはない。魔王級同士の戦いではコカトリスの支援があっても不利だったのだろう。
「それはいいけれど。こっちも魔王級三体は中々大変よ?」
「分かってる。スロウ、ハーピーの回復を終わらせたら場所を変えるぞ」
「いーですけど、なんでわざわざ」
「言い方は悪いが、ハーピーの群れは足手まといだ。アロー、オーテ、コカトリス、お前達もな」
「エミル……」
「やっぱり、そうかな……」
「クェ……」
「クァ……」
しょんぼりする四体を見ながら、お前達は群れを守るほうが先決だろうと述べる。こいつらは俺達が倒すから、安心しろ。そう続けた。
「でも、全滅しないで守ってたのは立派だよぉ……」
「そうね。群れのリーダーとしてそこは誇っておきなさい」
うん、と頷いたアローとオーテは、コカトリス達と共に群れの纏めに移動していった。そうはさせんとワームが四体を追い掛けるが、俺とアリア、シトリーでそれを迎撃する。
「お前らの相手は俺達だ!」
「むう。それは困りましたね」
「っ!?」
トロルの後ろから声。す、とトロルが道を譲ったそこには、緑がかった長い髪を揺らしながら、ダボダボの袖を口元に持っていきクスクスと笑う美少女の姿が。
「ヘンリエッテ!」
スロウが思わず叫ぶ。名前を呼ばれたヘンリエッテは視線をスロウに向けると、こんにちはスロウさん、と笑みを浮かべた。
「挨拶なんざどーでもいーです。丁度いい、今からお前をぶっ殺して」
「おお怖い。ねえ、エミルさん、わたしを守ってくれたりしませんか?」
「守る必要はなさそうだけどな」
「あら残念」
しょんぼり、と肩を落としたヘンリエッテはじゃあ仕方ないので、とトロルとワームに視線を向けた。
「この子達に守ってもらいましょうか」
その言葉に頷くように、ワームもトロルもヘンリエッテの周囲に移動する。どうですか、と胸を張るその姿は一見すると何とも微笑ましく見えるが。
「エミル、騙されちゃだめですよ」
「分かってるよ」
そもそもあの辺の魔王級が文句を言わずに付き従っている時点で警戒しなきゃいけない。弱い方とはいえアローとオーテをコカトリス込みでボコボコにしていた連中が、だ。間違いなく大魔王級と称された強さは伊達じゃない。
しかし、いけるか? 今この状態で、俺達だけで、魔王級三体とヘンリエッテを相手にして。
「エミルさん」
「何だよ」
「大丈夫ですよ。わたしは手出ししません」
「どういうことだ?」
「だって余計なことすると怒られるでしょう? だから今回は見学だけです」
そう言って笑うヘンリエッテ。お前、一体何が目的だ。そんなことを思わず問い掛けると、少し考え込む仕草を取ってからまあいいかとダボダボの袖同士をぽんと叩いた。
「前実験に使ったここに魔王級がいるって聞いたので。群れを皆殺しにしてから捕まえて調教しようかと。あ、死体はアンデッドの材料にしますよ、効率的ですね」
「させるわけないだろ。ふざけんな」
「ふふふ、そうですよね。エミルさんならそう言うと思いました。どうです? わたし、結構エミルさんのこと見てません?」
「知るか」
そう言って睨み付けた俺を見て、ヘンリエッテは楽しそうな笑顔のままわざとらしい泣き真似をする。まあしょうがない、と顔を上げたヘンリエッテは、じゃあ今回は諦めようと手を振った。
「何だ、撤退でもしてくれるのか?」
「はい、わたしは帰ります」
笑顔のままそう述べる。やりたいことは残っているので、引き続きこいつらには残ってもらう、と言葉を続けた。
「ではでは。この子達を倒せたらまた会いましょう。倒せなかったら……まあ、いいか」
その時はアンデッドの材料にしますから。そう言ってダボダボの袖を口元に持っていきクスクスと笑ったヘンリエッテは、この間のように足元に魔法陣を浮かべるとそのまま《テレポート》で消えていった。
そんな様子を見ていたトロルと二体のワームも、では再開だとばかりにこちらを見やる。
「スロウ」
「どーしました?」
「ちょっと頼みがある」
「成程。いーですけど、後で怒られてくださいよ?」
頼みがある、だけで分かってくれたらしいスロウは《テレポート》で魔法陣を生み出す。そこに手だけを突っ込んで、何かを引っ張り上げるように無理矢理ここに呼び出した。
「驚愕。姉様」
「どうしたのですか?」
「何よいきなり!?」
そうして出てきたクーヤ、コイナ、ラティだったが、俺達と眼の前のモンスターどもを見て成程と頷き即座に戦闘態勢を取ってくれる。流石、持つべきものは仲間だ。
そんなことを思いながら、俺は頼んだと皆に告げながら魔王級三体へと突っ込んでいった。