啖呵は切ったが、しかしそれで勝てるかといえば答えは否。いや、どのみち負ける気はないのだが、しかし。
「食らうがいい」
「食らわねえよ!」
相手の攻撃を回避しながら、しかしどうしたもんかと頭を悩ませた。普通のモンスターじゃないのは分かっていたが、それを踏まえても普通の魔王級とか様子が違う。
なんというか、きちんと戦っているのだ。モンスターの特性を使った戦い方というよりは、むしろ冒険者の技術を使った戦い方に似ているような。
「ちっ……」
思わず舌打ちする。ぶっちゃけ非常に厄介な相手だ。そもそもトロルのイメージにそぐわない冷静さも厄介極まりない。
そんなことを思っていると、トロルは小さく息を吐いた。お前はどうやら勘違いをしている、と口にする。
「ウィアとウェルを殺されて冷静でいるとでも思っていたか?」
「……まあ、そうだよな」
短いやり取りだけであの二体がこのトロルに懐いていたのは分かる。いや、ひょっとしたらそれ以上の関係だったかもしれない。あそこで黒焦げになっているのがアリアやシトリーだったら、と考えると……俺は間違いなく冷静じゃいられないだろう。
そんなことを考えていると、トロルは再度小さく息を吐く。そういうことではない、と言葉を続けた。
「私が手助けをしていれば、ウィアもウェルも死なずに済んだ」
「それは、大層な自信だな」
「事実だ。こいつらは油断が過ぎた。私も共にいれば、もう少し気を付けていただろうに」
そう言ってやれやれと頭を振るトロルを見て。何か話してると段々いたたまれなくなってきた。ヘンリエッテは無理だろうけど、こいつらだったらひょっとして。
「何を考えているかは予想が付くが。我が主を裏切ることはない」
「何でだ? お前多分あんまり殺戮とか好きじゃないだろ?」
「それが魔物の本分だからな。私とてお前達のような相手を叩き潰すことに高揚を覚えないことはないよ」
「それはどっちかというと魔物というより武人寄りでは?」
そんなことを思い、口にした。それを聞いたトロルは笑い、ならば人も十分魔物と変わらんよ、と話を切り上げる。拳を構え、再度こちらと距離を詰めた。
当たればただじゃ済まないその拳を受け流しながら、俺は魔法剣をぶっ放す。勿論牽制である。相手がそれを躱すのを前提として、相手をの動きをよく見ながら、意識を集中させて。
「む!?」
トロルの動きがゆっくりになる。一気に距離を詰めると、相手が防御や迎撃をするよりも早く、その体を袈裟斬りにした。しかし一撃では当然致命傷にならない、もう一撃、いや三撃くらいは叩き込まなければ。
嘗めるな、とトロルが肘打ちを放ってきた。集中しているので迎撃は出来るが、向こうに決定打を与えるチャンスが遠ざかる。長時間の集中は間違いなく俺を削るので、出来ればやりたくないのだが。
「エミル!」
「くっ」
スロウの声でバックステップし、集中を解いた。肩で息をしながら、思わずスロウの方を見る。心配そうな顔でこちらを見ていたので、大丈夫だと笑みを浮かべておいた。
「仲が良くて結構なことだ」
「……悪いな」
「案ずるな。……もうじきだからな」
ちょっと向こうがしんみりしていそうだったので思わず謝ったが、トロルは別段気にせずにそんなことを言う。まあそりゃ敵の、しかもウィアとウェルを殺した相手にそんなことを言われたところでどの面下げてと思わなくもないだろうし。
そんなことを一瞬考えたが、もうじき、という言葉に怪訝な表情を浮かべた。一体何が、と思わず問い掛けそうになったその矢先。
黒焦げの死体がピクリと動いた。
「ぷはっ! 死ぬとこだった、てか死んでた!?」
「これマジヤバかったって! あぶなー」
そのまま淡い光に包まれた黒焦げの死体は、光が収まった頃には無事な姿のウィアとウェルに変わっていた。死んでいたとは思えない調子でまくしたてる二体を見て、トロルは呆れたように溜息を吐く。
「ようやくか。やはり蘇生は面倒だな」
「ボスー、そう思うんなら死ぬ前に助けてくれてもよくね?」
「そうそう。あーしら黒焦げになっちゃったし」
もー、などと言いながらトロルにまとわりつくワーム達。そんな二体を手で追い払ったトロルは、戦いを中断させて済まなかったなとこちらを見た。
いや、別にそれはいいんだけど。どういうことだ? 蘇生? 出来るのか《リザレクション》が。
「我が主の力の一端を借りている。もっとも、そちらの聖女のように即座に蘇生というわけにはいかず、時間が掛かるのが難点だがな」
「そーそー。だからあんましあーしらぶち殺すの止めてくんない?」
「ボスの負担結構ヤバめなんで。代わりにちょっとエッチなことしてもいいし」
そう言ってちらりとスカートを捲るウェル。何でだよ、と思わずツッコミを入れた俺に、いやだってモンスターとそういうことするのが趣味なんでしょと返された。何でだよ。
「主さまがなんかそれっぽいこと言ってたし」
「エミルさんはモンスターに欲情する性癖なんですね、だっけ?」
「何でそうなる!」
思わず全力ツッコミ。というかヘンリエッテは何がどうなってそういう結論に辿り着いたんだ。
「何でっていうか」
「まあ、そうなるわよね」
「うんうんうん……」
何か後ろで俺の彼女達も頷いてるし。違うから、俺は愛した女の子がたまたまモンスターだっただけだから。
「でもわたしよくエミルと芋虫姿でえっちしますし」
「あたしも蛾の状態で抱かれたわ」
「アリジゴク姿で、したよぉ……」
「……思ったより上級者なんですけどぉ」
「え? あーしらもワーム姿で誘惑したほうがよさげ?」
ウィアとウェルが若干引いている。人でそういうのは確かに中々だな、とトロルもなにか感心したように顎に手を当てていた。
後どうでもいいがラティは俺のそういう事情を聞いて喜ぶな。戦闘中だ。
「でも戦闘する気失せちゃってない?」
一応銃を構えてはいるが、ラティは向こうの三体を見ながらそんなことを述べる。そこら辺どうなのか、とそのままラティが問い掛けると、ウィアとウェルは微妙な表情を浮かべていた。
「ぶっちゃけ一回殺されたんでやる気だだ下がりだしぃ」
「ボスが戦えってんならやるけど、自分からは行く気ない感じ?」
そう言いながらワーム姉妹はトロルを見る。はぁ、と溜息を吐いたトロルは、好きにしろ、と言葉を紡いだ。やった、と笑みを浮かべたウィアとウェルは、じゃあ今日はもう戦わない、とトロルより後ろに下がる。
「いや、いいのか? ヘンリエッテに命令されてたんだろ?」
「主さまそのへんてきとーだし」
「まあよくねって感じ。多分怒らないんじゃないかな」
「そういうわけで。ボスはどうすんの?」
「ボスが戦うんなら後ろで応援しとくけど」
どうやら完全にやる気がないらしい。だが、トロルの方はまだ撤退する気はないようだ。まあこちらとしても、ここまでハーピーの縄張りを荒らし回った連中をはいそうですかと返すわけにもいかない。
「あー、やっぱその辺怒ってる?」
「ま、怒られることはやってっからね、あーしら」
「我が主の頼みだからな。謝罪などはせん」
そう言いながら再び戦闘態勢を取るトロル。そういうことなら遠慮なく、と俺も再び剣を構えた。
「エミル、まだ一人で戦う気ですか?」
「まあ向こうもウィアとウェルが戦わないみたいだし」
「まあ、あーしらは戦わないね」
「てかあーしらの名前覚えてくれたんだ。いいの? 殺しにくくならない?」
滅茶苦茶気安く会話に混ざるワーム姉妹。まあ確かに色々知るとそういうのはやりにくくなるかもしれんが、かといって説得出来る相手でもないだろうから、そこは割り切る。
そんなようなことを言うと、ふーんと納得したのかしてないのかよく分からない返答をされた。
「あ、じゃあボスも名乗っとくとよくない?」
「いらん。私は向こうにとって名無しのトロルで十分だ。同様に、向こうの名前も」
「エミルって知ってるくない? 主さまも話してたし」
「……」
トロルが溜息を吐いた。生きてたら生きてたでやかましいなこいつら。
ともあれ。そんな二体の言葉を受けたからなのか、トロルはこちらを見て言葉を紡いだ。自身の名を名乗った。
「ラドーン、だ。それで刃が鈍るのならば忘れてくれ」
「いや、大丈夫だ。じゃあこっちも知ってるだろうけど名乗るぞ。エミルだ」
それだけを述べて戦闘再開だ。トロル――ラドーンの攻撃は変わらず鋭い。一方の俺はさっきの集中の反動で少し動きが鈍い。別に名前や性格を知ったから鈍っているわけではなく、単純に自分のリソースが減っているだけだ。これをスロウで補充してもらうには回復と魔力補給両方が必要になるので、流石に戦闘中に行えない。
「別に万全の状態じゃないと倒す価値がない、とか思うわけでもないだろ?」
「どちらでも構わん」
そう言いながらラドーンは一時手を止めた。やるならやれ、と言わんばかりのそれの見て、後悔するなよとスロウの下へ行く。回復と魔力補給、その両方を行ってもらい、自身を再び万全に戻した。
「何かいきなりキスしだしたんだけど」
「え? あれが魔力補給? ヤバくない?」
「体液を摂取して魔力を無理矢理補給したか。中々豪快なやり方だな」
ウィアとウェルはともかく、ラドーンはその辺りをちゃんと理解しているらしい。笑みを浮かべてはいたが、即座に表情を真剣なものに変え、行くぞとこちらに拳を放ってきた。
意識を集中させる。さっきの補給で再びいけるようになった俺は、視界がゆっくりになるのを感じ取るよりも早くラドーンの懐へと飛び込んだ。
それはさっき見たとばかりに膝蹴りが飛んでくる。俺だってそんな同じ方法で同じ攻撃が当たるとは思っていない。相手の反撃が飛んでくるのも織り込み済みで、それを受け流すと構えを変えた。一撃で駄目なら何撃も。それを実行するために、鞘に魔力を込め、セフィの剣技を再現する。
「ぐぅ……!」
一瞬のうちに全力の突きを三撃。魔法剣も重ねて六撃。恐らくこれが俺の出来る集中時の精一杯だ。
体から血を流しながらラドーンがぐらりと揺れる。集中してるのに鞘に魔力を込めてついでに魔法剣までぶち込んだので、回復していた俺の体力や魔力も一気に減った。もう一度同じことをやれと言われても多分無理だろう。
だから、それでも立っているこいつは。
「ぐ、ふぅ……」
「ボス!? だいじょばない感じ!?」
「ヤバいヤバい! ボスまで死んだらあーしら超マズいことになるんですけど!」
血を流しながら後ずさるラドーンを見て慌てるウィアとウェル。バッ、と即座にラドーンと俺との間に割り込むと、今日はもうこの辺で、とか言い出した。
「エミルエミル! ほ、ほら、あーしらの顔に免じて、ね?」
「エミルエミル! ちょ、ちょっとくらいなら触ってもいいから、ね?」
ワタワタしながらラドーンを庇う二体。そんな二体を見て、ラドーンは小さく溜息を吐いた。余計なことはするな、とウィアとウェルを追い払った。
「だってボス」
「でもボス」
「ウィア、ウェル」
『うぅ……』
渋々引き下がる二体を見ながら、待たせたな、とラドーンが再び構える。俺の与えたダメージは結構残ったままだ。そんな様子を見て、俺はどういうことだと問い掛けた。こいつ確か回復出来るはず。実際最初は俺から食らったダメージを回復していたのだから。
「ウィアとウェルの蘇生に使ったのでな。回復はもう出来ん」
「何で言っちゃうのボス!?」
「そこはなんかテキトーに濁して相手をビビらせるほうがよかったっしょ!?」
「お前らが油断して黒焦げにならなければそもそも問題はなかった」
「そーなんですけどぉ……」
「まぁじやぶへびぃ……」
しゅん、と項垂れるウィアとウェル。そんな二体を横目に、ラドーンはどのみち、と俺を見た。まあ確かに俺もさっきの一撃も集中ももう出来ない。スロウからの補給も連続使用すると俺の体が持たないしな。
行くぞ、と俺が述べた。来い、とラドーンが返す。同時に地を蹴り、間合いを詰めた。
俺の剣とラドーンの拳がぶつかり合う。もう後はどちらが先に力尽きるか、ただそれだけの殴り合いだ。
「むぅ……」
「終わりだ!」
そしてそれは俺の方に天秤が傾いた。ラドーンを切り裂き、膝をつかせる。俺も肩で息をしながら、しかしこれでトドメだと剣を振り上げた。
「ボス、ごめん!」
「これは許して!」
そのタイミングでウィアとウェルが割り込んだ。ば、とスカートを翻して、再びパンツが丸見えに、じゃなくて尻尾を振り下ろして俺の攻撃を受け止める。ギシギシとワームの尻尾と俺の剣がぶつかりあって、そして弾かれた。
「ウィア、ウェル、お前達……」
「だってボスこのままじゃ殺されるとこだったじゃん!?」
「もう今回は負けでいいから、帰ろ?」
ウィアとウェルが泣きそうな顔でそう述べる。ラドーンはそんな二体を暫し眺めていたが、分かったと頷くとヨロヨロと立ち上がった。
「逃がすと思うのか?」
「思わん。が、今回は撤退させてもらうぞ。ウィア、ウェル」
『了解』
再び尻尾が振り上げられる。どうでもいいがスカートでそれやるたびパンツ丸見えになるのはどうにかならないのだろうか。それも油断させる作戦だったりするのかもしれないが。
それはともかく。ワームの尻尾が狙ったのは俺達ではなく地面。盛大に抉られた地面が盛大に土煙を舞い上げ。
「逃げられましたね」
それらが収まった時には既に三体は姿を消していた。周囲の状況を見ても走って逃げた、という感じではないので、《テレポート》なりなんなりの移動方法を残していたのだろう。
ともあれ、戦闘終了だ。ふう、と地面に座り込んだ俺は、まあとりあえず撃退は成功したかと呟いた。再び来る可能性はゼロではないだろうが、ヘンリエッテの性格上、実験失敗と判断したら別の何かに移るはずだ。
その別の何かでまた問題が起きるとは思うが、そこを心配していても今は仕方がない。
「そうだ、ハーピー達はどうなった?」
立ち上がり、ハーピーの縄張りに戻る。アローとオーテ、コカトリス達がボロボロになった巣を復旧しているところであった。
状況を聞くと、とりあえず死んだハーピーはスロウによって皆蘇生されたらしい。ラドーンもウィアもウェルもハーピーを捕食するようなことはしなかったらしく、これで一応完全な死者はゼロだ。
が、この間のワーム騒動より縄張りの被害は甚大だ。こんな状態では他のハーピー達に縄張りを奪われかねない。
「まあ奪うような縄張りじゃなくなったのが救いかしらね」
ボロボロのそれを見てアリアが呟く。それは救いと言っていいんだろうか。まあでも確かに、こんな状態な上にあんな魔王級が襲いに来るかもしれない縄張りを増やそうとするような命知らずはそうそういないだろう。
「みんなが無事なら、とりあえずそれでいいわ」
「そうね。巣はまた直せばいいもの」
「クァ!」
「クェ!」
アロー達もそんなことを述べる。そうしながら、自分達ももっと強くならなきゃ、と気合を入れていた。コカトリスも同じように頷いている。
「そうして、今度は私達がエミルを守るの!」
「うん、頑張るから!」
「クルァ!」
「クルェ!」
まあ頑張るのはいいけど、無理はしないようにな。そんなことを思いながら、俺はアローやオーテ、コカトリス達の頭を撫でるのだった。