ハーピーの縄張りの騒動も終えた俺達は、とりあえず一旦暇になった。勿論ヘンリエッテの脅威は去っていないので、引き続き調査なり討伐なりを続けていかなくてはいかないのだが、いかんせんやつがどこにいるかの情報が掴めない。他の勇者級の調査の先にもヘンリエッテは現れたものの、別段何もせずに会話をして去っていったという報告だけが残っている。
なので現在分かっている情報は、あいつが神出鬼没だということくらいである。
後は、部下にトロルのラドーンとワーム姉妹のウィアとウェルがいるということか。
「あいつがどこかを拠点にしている、とかそういうのが分かれば話は別なんだけど」
「今のところ分からないですしね」
ううむ、と芋虫のスロウが上半身を伸ばす。そのままぺしゃんとカウンターに突っ伏すと、まあなるようにしかならないと締めた。
「とはいっても、このままだと後手後手に回っちゃうのは確かね」
勇者級全員の戦力を集中させてあいつを倒す。そういう手段が取れず、どこかで出現したあいつと遭遇したタイミングの戦力でどうにかしないといけない、というのは中々に面倒だ。
とはいえ、自分達でどうにかすると属性頂点に宣言してしまった以上、やるしかない。
「とりあえずは、何か変な依頼がないか、からかなぁ……」
そこのところどうなのか、とシトリーがお姉さんに問い掛ける。問われた方は、変な依頼ねぇ、といいながら今ある依頼書をペラペラと捲っていた。
その途中で、お姉さんが動きを止める。んん? と怪訝な表情を浮かべたお姉さんは、一枚の依頼書をカウンターに置いた。
「これ、どう思う?」
「どう、って」
依頼内容は、とある村の近くの沼に不審な人物を目撃したから対処して欲しい、というものだ。まあ内容的には別に勇者級が受けるような代物ではないように見える。見えるが、しかし。
「不審人物、ですか」
「どう? これが例の大魔王級だったら」
「確かに、その可能性もあるわね」
「うぅん……」
確かに可能性はある。が、ただの不審者の可能性も十分ある。念のためということで中級以上の依頼となっているが、そこに勇者級が紛れ込むのはちょっとと思わないでもない感じはする。するが、もしその不審者がヘンリエッテだった場合、中級冒険者なんかは簡単にミンチされてしまうだろう。
「あ、ちょっと待ってください」
「どうしたスロウ」
ここを見てください、と多足をワシワシさせながら依頼書の一部分を指す。村の場所の部分だ。それがどうしたんだ、と言おうとして、あ、と俺も気が付いた。
ここ、スライム騒動の時の、スロウが住人を全員復活させた村だ。
「偶然、じゃないでしょうね」
「ということは、不審者もぉ……?」
ヘンリエッテの可能性が高まってきた。縄張りの邪魔者呼ばわりしていた割に村自体に何もしていないのは気になるが、そういえば怒られるからこっそりやりますとか言ってたな。ということは、村をこっそり滅ぼすくらいはやりかねない。
そのための準備だとすると、間違いなく中級冒険者が手出しすれば殺される。
「受けてみるか?」
「そーですね。ただの不審者だったらそれでよし、ということで」
スロウの意見にアリアもシトリーも同意し、じゃあそういうことでとお姉さんに手続きをお願いした。了解、と手続きを行ったお姉さんは、しかしあれ、と怪訝な表情を浮かべた。
「どうしたんだ?」
「同じ依頼を受けてる人がいるね」
それも勇者級。そういうとほら、と依頼書の手続きにエラーが出たのを見せてきた。どうやら向こうの方が先に依頼を受けていたらしい。
受けたのはバクス達だ。こんな依頼を受けるってことは、どうやら俺達と同じような結論を出したんだろう。
「どーします?」
「どうするもこうするも、依頼は受けられないんだから」
「別に手助けに行くぶんにはいいんじゃないかしら」
「そうだねぇ……」
不審者がヘンリエッテだった場合、戦力は多い方がいい。まあその意見には賛成出来たので、俺達は依頼は受けていないがそのままスライム被害があった村へと向かうことにした。
村自体は別段変わっていない。俺達が、というかスロウが救った状態のままだ。流石に壊れた建物は修復されていたが、人々の感じは変わっていない。
そんなに大きくない村なので、バクス達がいればすぐに分かるだろう。そう思っていたのだが、村のギルドに行っても見当たらず、じゃあもう沼に行ったのかと思いギルドの職員に聞いても、バクス達は見かけていないという返事が来た。
「ひょっとしてわたしたちの方が早く着いちゃいました?」
「まあ、よくよく考えるとあたしたち《テレポート》で一発だものね」
バクス達のパーティーも支援役であるメリィがその辺は使えるはずだが、流石にこの村には来ていないと思うので、直通は無理。となるとどこか近場から普通の移動ということになるわけで。
成程、確かに俺達の方が先に到着していてもおかしくないな。
「どうするのぉ……?」
「どうするったって」
先に沼の調査をしていてもいいが、流石にそれは依頼をきちんと受けたバクス達に失礼だ。加えるとギルドの依頼のシステムそのものを否定することになりあまりよろしくない。
しょうがない、と俺達は一旦村を見て回ることにした。バクス達が来るまでここに滞在するか、あるいは一旦帰って来たと思うタイミングでもう一度来るか。
どっちかいいのかとか相談しながら喋っているのが悪かったらしい。ドン、と他の通行人にぶつかってしまった。
「あ、申し訳ない」
「気にするな。こちらも前方不注意で」
「あっれ、エミルじゃん?」
「どしたの? こんななんもないとこ観光とか?」
そうしてぶつかった背の高い筋肉質な男の人に謝罪をしたタイミングで、その横にいたらしい二人が声を上げた。
は? とその二人を見ると、双子らしき薄緑のゆるふわウェーブロングにパチリとした瞳の美少女が。
「ウィアとウェル!?」
「おひさー。あ、でも言うほど久しぶりじゃない感じ?」
「何でこんなところにいるんですか?」
そう言って笑いながら手をヒラヒラさせるウィアとウェル――ワーム姉妹に、スロウが問い掛ける。ついこの間ハーピーの縄張りを襲った連中がここにいる、ということはつまり。そう考えても不思議じゃない。アリアもシトリーも表情を真剣なものに変えて、答えによっては戦闘も辞さないという構えを取っている。
「え? 何これいきなり戦闘開始するやつ?」
「マジで? あーし今ちょっと食事中なんで勘弁して欲しいんですけど」
が、ウィアもウェルも乗り気ではないようで、特にウェルの方は持っている串焼きを掲げながらたんまたんまとか抜かしている。こう言っちゃなんだが、お前ら人食いじゃないのかよ。何で人と同じ食事してんだ。
「別に人食いが人以外食っちゃいけないなんてルールなくない?」
「そーそー。こういう料理って美味しいじゃん? 理由なんかそれでよくない?」
そう言って串焼きを食べ終えたウェルは、残った串を顔の擬態を解いたワームの大口でバリバリと噛み砕いた。シトリーと同じようなことをしてんじゃねえよ。
それはそれとして、だ。さっきからやかましいワーム姉妹ですっかり忘れてたけど、ということは俺とぶつかったこの男は。
「ラドーンかよ」
「ああ」
まあトロルの姿のままじゃあ目立つだろうから人に擬態するのは分からんでもないが、だとしても高身長のムキムキは目立つぞ。左右に美少女を連れているから余計に。
そんなことを思いつつ、ウィアとウェルとは違ってこいつなら真面目な話が出来るだろうと俺はラドーンを見た。それで、何しにここに来ている、と。
「生憎だが、もう既に私達の仕事は終わっている」
「そそ。とりまやることやったんであーしら今オフなの」
「ボスも休暇満喫中、みたいな感じ?」
ね、と同意を求めるウェルを見て溜息を吐いたラドーンは、そういうわけだから今回は戦う気はない、と述べた。いや、お前らがなくても、俺達にはあるぞ。ハーピーの件だって許してないしな。
「え? でもここで戦うと周りの人巻き込むくない?」
「戦うから別の場所に移動、とかめんどいからあーしらはパス」
「そういうことならば、私は構わん」
「えー!? ボスやめよーよ、ほら、ボスの好きな肉巻きおにぎりあーし奢るから」
「そーそー。今日は食べ歩きに付き合うってあーしらと約束したじゃんかー」
ぐいぐいとラドーンを引っ張る。そんな二体をジロリを睨んだラドーンは、ぐぬぅ、と引き下がるウィアとウェルを見て小さく溜息を吐いた。
そうした後、戦うのは自分一人だ、と告げた。
「何で!? ボスがやるならあーしらも戦うって」
「ボスだけにそゆことさせるわけにはいかないって」
その宣言に文句を言いながら横に並ぶワーム姉妹。なんというか、こいつらはこいつらで仲が良いと言うか。ぶっちゃけ凄く倒しにくい。いや、ヘンリエッテに仕えている以上どこかで討伐しないといけないのだから、しょうがないんだけど。
「エミル。前回の勝利でこちらを嘗めているのならば、次に這いつくばるのはそちらだ」
「……悪かったな。でも、次も俺が勝たせてもらう」
そう言って睨み合う俺とラドーン。場所を変えるぞ、と村から離れた空間に移動すると、俺とラドーンはそれぞれ戦う構えを取った。
「ウィア、ウェル。お前達は下がっていていい」
「いやここまで来たらあーしらもやるってば」
「あっちの邪魔者、押さえるくらいはするっしょ」
そう言ってウィアとウェルも戦闘態勢を取る。スロウ達はそんなワーム姉妹に対抗するようにそれぞれ戦闘態勢を取った。
「はい、そこまで」
そのタイミングで声がかかる。ば、とそこに振り向くと、ヘンリエッテがニコニコと笑顔を浮かべながらそこに立っていた。
「もう、駄目じゃないですかラドーンさん。仕事終わったらお休みですってわたし言いましたよね?」
「我が主。しかし、勇者級エミルとの勝負は」
「楽しみになっちゃってるんですよね。ラドーンさんのそういうところ、わたし好きなんですけど、今回はちょっと間が悪いかなぁ」
そう言うと、ヘンリエッテは俺とラドーンの間の割り込む。そうしながら、とん、とラドーンをダボダボの袖の手で押した。それだけでラドーンが軽く吹き飛ばされ、尻餅をつく。
「まだ今回の実験、終わってないんですから。ラドーンさんが暴れたら台無しですよ」
「……申し訳ありません、我が主」
「ウィアちゃんもウェルちゃんも、それでいいですか?」
「主さまがそういうんならあーしらは別に何も」
「そーそー。あーしらはボスが戦うならって感じだったし」
ブンブンと首と手を振るワーム姉妹を見て満足そうに笑ったヘンリエッテは、こちらを見てダボダボの袖をひらひらと揺らした。
「どうですかエミルさん。こっちの仲間も楽しくないですか?」
「生憎だけど、俺はこっちがいいんでな」
「ウィアちゃんとウェルちゃんを好きにしてもいいですよ? わたしが許します」
「ふぇ!? あーしらエミルにエッチなことされちゃうの!?」
「えぇ!? じゃあせめて場所はムードを大事にしてくんないかな?」
「しない! お前ら俺のことなんだと思ってんだよ!」
がぁ、と俺が叫ぶとヘンリエッテは冗談ですよ、と笑う。笑うが、それが本当に冗談だとはどうにも思えなかった。こいつ、多分そうやって部下を差し出すことに躊躇いがない。
もし、もし仮に俺がウィアとウェルを殺せば仲間になる、と言ったら、ヘンリエッテは迷うこと無くあの二体を始末するだろう。
「して欲しいんですか? ウィアちゃんとウェルちゃんの始末」
「やったところで仲間にはならんぞ」
「残念です」
ちっとも残念そうじゃない仕草を見せたヘンリエッテは、さてではそろそろ帰りましょうかとこちらを見た。俺を見て、スロウを見て、アリアを見て、シトリーを見て。
そうして再び俺を見たヘンリエッテは、ではまた会いましょう、と足元に魔法陣を生み出していた。逃がすか、とスロウが飛びかかるがもう遅く、空を切った拳を地面に叩き付けてぐぬぬと唸っていた。
「エミル、絶対に、ぜーったいにあんなのの仲間になっちゃ駄目ですよ?」
「ならないよ」
「たらしこむのも駄目ですからね?」
「だから、たらしこんだつもりもないっての」
はぁ、と溜息を吐いた俺は、立ち上がったラドーンを見た。どうする気だ、と問い掛けると、向こうも溜息を吐き今見た通りだと返す。
「我が主が大人しくしていろとのお達しだ。仕方あるまい」
「お前らさっき終わったって言ってたよな? でもヘンリエッテはまだ実験の途中だって言ってた。どういうことだ?」
「お前達に教えることは無い」
そう言うとラドーンは踵を返す。だったら無理矢理にでも、と剣を構えたが、ラドーンはそれを一瞥しただけだ。
「エミル。お前は甘いな」
「何がだよ」
「戦う気のない私相手に戦意が鈍っている」
「ぐっ……」
「その状態では我らから情報を得ることなど出来んぞ」
そのままラドーンは去っていく。俺は悔しそうな顔をしながらそれを見送ることしか出来なかった。
「あ、エミル。見逃してくれてありがとね」
「実はボスも結構甘いとこあっかっら、おあいこおあいこ」
「ウィア、ウェル」
『はーい』
またね、と笑顔で手を振ってくるワーム姉妹には毒気を抜かれたが。まあ確かにあいつも戦う気がない相手を攻撃するような性格には見えないしな。
「わたしはエミルのそーゆーとこ素敵だなって思いますよ」
「スロウはエミルにとことん甘いわね」
「まあ、でもそれがエミルくんだから、しょうがないよぉ……」
スロウ達にそんなことを言われはしたが、しかし実際に情報を得るチャンスを逃したのは事実なわけで。今から追いかけてもあいつらは村にはいないだろうし。
仕方ない、と俺は気を取り直す。バクス達がまだだけれども、先に沼を調べようとスロウ達に述べ、調査をしに向かうのだった。