村の近くにある沼に向かう。ここに不審者――ラドーンとウィアとウェルがいたということだろうから、間違いなく何かをしている痕跡があるはずだ。
そう思っていたのだが、スロウがそういえば、と首を傾げた。
「あの三体が不審者だったなら、村で買い食いしてるのおかしくないです?」
「言われてみれば……? でもまあ、あいつらだと分からなかったって可能性もあるしな」
「堂々と買い物してると意外と分からないものだろうしぃ……」
「そうね。直接会話したとかでもなければ、遠目で確認しただけでしょうし」
その辺も奴らから聞ければよかったのだが、生憎とそれは出来なかった。こんなことなら、無理矢理にでも攻撃して聞き出せば。
「多分言わなかったでしょうから、無駄よ」
「そーですそーです。エミルもそう気にしちゃ駄目ですよ」
「うんうんうん……」
スロウ達に言われ、ああそうだなと思い直す。よし、と気合を入れ直して、沼の調査をしようと辺りを見渡した。
が、別段何もなさそうな平穏な沼が広がるばかりである。以前いたスライムも、あの時の魔王級スライムが吸収したので今は本当に何もいない。
「何も無いな」
「ないですね」
「無いわね」
「ないよぉ……」
だが、そんなはずはない。あいつらが何かをしているのは間違いないのだ。そして、実験途中だとか言っていたのだから今なら間に合うはずなのだ。
何かないか、と沼の周囲を探し回ったが、やはりめぼしい何かは見付からず、調査の成果は何もなかった、で終わりである。
「しょーがないです。一旦戻りましょう」
スロウの言葉に頷き、村に戻る。一応念のため、と村を歩き回ってラドーン達がいないかを確認したが、まあ当然というべきか見付からない。
一旦バクス達が来るのを待つか。そう結論付け、俺達は村の宿屋に泊まることにした。ぶっちゃけいい思い出がない場所であるが、ここは仕方がないと思うしかない。
そうして翌日、村のギルドで待っていると、バクス達がそこにやって来た。何でお前達がという目で見られたので、こうこうこういうわけだと事情を説明する。
「成程。じゃあつまりその沼に大魔王級が何かしらをやった、と」
「でも昨日は見付からなかったんだよネ?」
「(ぱちくり)」
そう、昨日痕跡が見付からなかった以上、今日見付かる可能性もそう高くはない。あるとしたら、今度こそ本当にその実験とやらが終了して取り返しのつかない事態になっているかだ。
まあ行ってみようぜ、というバクスの言葉に頷き、俺達は再び村の近くにある沼に向かう。様子は昨日と変わらない。以前いたスライムもおらず、何も無い。
「エミル」
「ん?」
「おかしいぞこの沼」
バクスが真剣な表情でそう述べる。何がおかしいんだ、と問い掛けると、分からないか、と周囲を見ながら返された。
「何も無い」
「いや、それは以前いたスライムを魔王級のスライムが取り込んだからで」
「そうじゃない」
「小動物も、虫も、何もいないネ」
「(こくこく)」
「え? ――あ」
言われてみれば。モンスターの方に気を取られていたし、スライムが吸収していたあの時の光景に意識が引っ張られていた。確かに周囲にはその辺りの痕跡が一切ない。
いや、痕跡はあるが気配がない、が正しいのか。
「状況からすると、昨日はまだマシだったんじゃないか?」
「エミル達が戻ってからやり始めたのかもネ」
「(こくこく)」
そんなフォローなのかどうかのか分からない言葉をもらいながら、俺達は周囲を警戒する。間違いなくいるであろう『何か』を見付け出さんと、そのまま慎重に調査を行った。
が、周囲にはそれらしき何かの痕跡は出てこない。となると沼そのものがやはり怪しい、ということになるのだが。
「とはいっても、別に普通の沼と変わらない感じですけどね」
沼の水面をすくいながらスロウが述べる。しかしドロリと流れるそれを見て、スロウは怪訝な表情を浮かべた。
「スライムが元々生息していた沼だし、濁っていても不思議じゃないけど」
アリアもスロウのそれを見ながら顎に手を当てる。流石に今回はそれだけで片付けられない。何せもう既にヘンリエッテが何かをやらかしている後なのだから。
「しかし、もう一体の大魔王級か。俺達は一回会ったきりなんだが」
「実際どんな感じネ?」
「(じー)」
「どんな、って。多分そっちの印象と変わらんと思うぞ。暴れることと企みが大好きな、人側にとっての悪者って感じだ」
「お前がそう言うからには、気付いたらお前に誑かされてるってこともなさそうか」
「だから何でみんなそういう反応になるんだよ」
「もう既にたぶらかしてはいるんじゃないかしら」
「そうだねぇ……」
ああなんだ、という目でバクス達が俺を見る。いやだから、たぶらかしてないって言ってんだろ。やっぱりそうなるか、みたいな顔やめろ。
そもそも、向こうが俺にどう好意を向けてこようと、あの本質では結局戦うしかないし、ヘンリエッテは討伐するしかない。
「ま、そう全員と仲良しこよしは流石に無理か」
「世知辛いネ」
「(こくこく)」
そんなことを言いながら、バクス達は沼をじっと見つめる。そんな奴がここで何かをやらかしているということは。そう言いながら、沼に近付き底の泥をすくい取った。
「濁ってる以外は別に普通とは変わらない――ん?」
ドロリとしたその泥を見て目を見開いたバクスは、即座に泥を投げ捨てた。スロウ、と名前を呼んで自身とスロウの手を確認させる。そのどちらも、粘性のある液体がついているのは同様だ。
「スライムじゃないのか、これ」
バクスがそんなことを述べる。スロウはそれを聞いてうげ、と手に残っていた水を払い除け、そして沼に視線を向けた。
「ひょっとして、沼そのものがスライムですか?」
「その可能性もあるな」
武器を構えるバクス達。俺達も同じように沼を見ながら戦闘態勢に入る。が、沼そのものは何かしらしてくる気配がない。ヘンリエッテの実験結果がこれだとするならば、絶対何かしらの動きがあるはずなのだが。
そのまま沼と睨み合う。傍から見ていると非常に間抜けな光景だが、これで気を抜いてそこで反撃、とかされると目も当てられない。
「もう沼ごと攻撃しちゃうのはどう?」
アリアがそんな提案をする。向こうが何もしてこないのなら、こちらから。その意見に頷いた俺達は、少し沼と距離を取った。
アリアが扇を沼に向ける。鱗粉を飛ばし、沼の真ん中あたりでそれを爆発させた。盛大な水しぶきが上がり、辺りに水が撒き散らされる。沼の底にある泥が一瞬だけ見えた。
「何もないな」
「今のでスライムも吹き飛んだんですかね?」
沼の水位が下がっただけで別段何も起きない。そうなると、水に擬態していたスライムは今の衝撃で吹き飛んだと考えても。
いや、そんな簡単に倒せる相手が実験の結果なのか? そんな疑問がぐるぐると頭を回るが、しかし何もない状態で沼と睨み合っていても仕方がないのもまた事実だ。
「実験の途中だったんだろ? ならその実験が失敗だったって可能性も十分ある」
バクスが剣を仕舞いながらそんなことを述べる。そうしながら、まあ一件落着ならそれはそれで、と力を抜いた。
そうして振り返って、そして言葉を失った。
『どうしたネ?』
『(ぱちくり)』
「ヴェルとメリィが二人!?」
全く同じ顔、同じ仕草の二人がそこに立っていた。一体全体どういうことだ、と俺の方を見て、そして再び目を見開く。
「おい、エミル」
「ああ、まずいな」
『どうしたんですか? エミル』
『なにがあったのよ』
『どうしたのぉ……?』
俺の周囲の三体も増えている。まったく同じ顔、同じ姿、同じ仕草のスロウ、アリア、シトリーが立っていた。
間違いなくスライムの仕業だ。そして、こんなことをするスライムに俺は心当たりがある。
「あいつ、生きてやがったのか」
「知り合いか?」
「この村を襲っていた魔王級だよ。間違いなく討伐したはずなんだけど」
「そーなんですよ。討伐されちゃいましたぁ……」
どこから声が聞こえる。スロウのような、アリアのような、シトリーのような。そんな俺の彼女達の混ざったような甘ったるい声が響いた。
「でもぉ……なんと、このたび主様のお力添えで、復活することが出来たんです!」
びっくりですよね、と周囲に声が響く。視線を巡らせてもそれらしきスライムはおらず、いるとすれば増えたスロウ達くらい。
「違いますよぉ……。確かにそれもスライムですけど、私の本体じゃないです」
「なら、お前は」
「うふふ。どこにいると思いますか? ヒントはぁ……この村!」
「まさか、てめぇまた!」
「ぶっぶー。村の人全員食べてもこの間と同じ事して倒されるじゃないですかぁ……。だから、ふつーに生活してるんですよ」
そういって楽しそうに笑ったスライムは、というわけで、罪もない村人を殺しにくる悪い人はお仕置きです、などと述べた。何がお仕置きだ、そもそも罪なら前回重ねまくっているから今更だろう。
『エミル、どーします?』
どうするって言われても。というかこいつらなんだ? 本物とまったく同じ行動を取ってくるのか?
『面倒くさいわね』
『うんうんうん……』
そう言いながらお互い顔を見合わせたスロウ達は、真似するな、と睨み合った。視線を動かすと、バクスの方も同じ感じで、ヴェルとメリィもお互いの偽物と睨み合っている。
いや、というかどっちが偽物だ?
『エミル、本気で言ってますか?』
二体のスロウがこちらに迫ってくる。自分が本物に決まってるじゃないか、とグイグイ来た。そのまま抱きついてきて、競い合うように俺の唇を奪う。今回はその隙に俺の体内にスライムを入れようとかそういう考えもないらしく、というかスライム特有の甘ったるい感じもない完璧な偽物だ。
「そーですよね? 主様の力で、こんなに精巧な偽物を作ることが出来るようになったんですよ」
嬉しそうにスライムの声が響いてくる。前回の時も見た目は大分そっくりだったが、それ以上の精巧さを生み出せるようになったわけか。
だが、と俺は思う。どれだけ見た目が精巧でも所詮スライム。前回は戦力に圧倒的な違いがあった。あの時の時点でそうなのだ、こちらもレベルアップをしている以上、お前みたいな再生モンスターは既に敵ではない。
「そー思います? じゃあ戦えばいいじゃないですかぁ……?」
自信満々の声が響く。言ったな、後悔するなよ。そんなことを思いながら、俺はスロウ達に声を掛けた。そのまま偽物をぶっ倒せ、と。
了解、と二体のアリアが扇を開く。鱗粉が舞い上がり、そして爆発が。って待て、どういうことだ。
『互角!?』
二体のアリアが同時に驚く。その横では二体のシトリーが大剣をぶつけ合い拮抗した勝負を見せていた。
まさかこいつ、魔王級の強さまでコピーできるようになったのか。
「ということは」
ば、とバクス達の方に視線を向ける。二人のヴェルとメリィがお互いにぶつかり合っていた。その実力は互角。勇者級の完全なコピーまで、と驚いている俺の横で、バクスはどうしたもんかと苦い顔を浮かべていた。
「非常に情けない話だが、俺はどっちのヴェルとメリィが本物か分からん。恋人だってのによ」
「それを言われると俺も同じだ」
さっきのスロウに抱きつかれてキスまでされて。俺はこっちが偽物でこっちが本物だ、と確証が持てなかった。いや、多分こっちが本物だろうなっていうのは予想が出来たが。
そしてアリアとシトリーは今のところ分からない。見た目だけ、仕草だけ、戦い方だけだとどう見てもどちらも本物だ。どちらのアリアも虫の羽を出しているし、どちらのシトリーも疑似餌とアリジゴクを駆使している。
ただ、見分ける方法はなくても、偽物を倒す方法ならある。
「スロウ!」
『はい、どーしました?』
「本物のスロウ」
『だからどーしましたか?』
俺の言葉に反応する二体のスロウ。こいつらも拳で殴り合っていたが、基礎スペックは互角らしい。大魔王級をコピー出来たらそれはもうこのスライムも大魔王級なのではないかと思わないでもないが。
そんなことを思いながら、俺は片方のスロウの横に立った。横に立たれたスロウは嬉しそうに、立たれなかったスロウは驚愕の表情を浮かべている。
「エミル!? なんでそっちに!?」
「なんでって、こっちが本物だと思ったから」
「どーしてですか!?」
「スライムには何度も騙されてきたからな。そうでなくても、スロウならこっちが本物だろうなって予想はできる」
「むー。その予想間違ってたらどーするんですか! わたしもうエミルのこと――それでも愛しますけど」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、これ以上偽物に絆されるわけにいかないんでな」
そう言って隣に立ってるドヤ顔のスロウに、全力で支援を掛けて戦えばいい、と述べた。ヘンリエッテがスロウに匹敵する大魔王級だとしても、上回ってはいないと属性頂点が言っていた。その言葉を信じれば、ヘンリエッテが実験で蘇らせたスライムがいくら強くなっていても、スロウをそのまま真似ることは出来はしない。
「分かりました。さあ、行きますよ偽物!」
「そっちが偽物じゃないですか!」
二体のスロウが全力で自身に支援を掛ける。そうしてお互いにぶつかり合うと、すぐにその差が現れた。片方のスロウの攻撃は当たらないか当たってもそう大したダメージにならず、もう片方のスロウの攻撃は着実にダメージを与えていく。
かはっ、とボディブローを食らった片方のスロウが蹲った。そんなスロウを見ながら、もう片方のスロウが勝ち誇った表情を浮かべる。
「魔王級まではコピーできても、わたしは流石に無理ってことなんですね」
「そ、んな……だって、わたしが、本物の……エミルの、ためにも、わたし、は」
何とか立ち上がろうとするスロウをもう片方のスロウが蹴り飛ばす。吹き飛んだスロウはバウンドしてそのまま地面にドシャリと倒れた。そんなスロウをもう片方のスロウがふんを鼻を鳴らしながら見下ろすと、トドメをささんと歩みを進める。
「エミル……ごめん、なさい。わたし、勝てませんでした……」
「もー、うるさいですね。偽物なら偽物らしく倒されてくださいよ」
「……どっちが悪者か分からんな」
「エミル……わたし、エミルのこと、大好きです」
「だからもう、うるさいですってば」
せーの、と全力の一撃でスロウの土手っ腹に穴を開ける。盛大に血を吐いたスロウは、そのままこちらを見て、愛してる、とぎこちない笑顔で呟いた後動かなくなった。
「あらら。流石にそこまでは真似られないと見抜かれちゃいましたね」
「相変わらず趣味が悪いな」
「エミルは相変わらず甘いんですね。そーゆーところ、大好きですよぉ……」
動かなくなったスロウに寄り添っているのを見てそんなことを言われた。煩い、黙れ。と返した俺は、本物のスロウに視線を向ける。これでとりあえず戦況は変わった、後は。
「アリアとシトリー、ヴェルとメリィにも支援を」
「分かりました。けど、どっちに?」
「どっちって……」
バクスに視線を向ける。ゆっくりと首を振られた。そうだよな、分からないって言ってたもんな。
『エミル』
『エミルくん……』
一方の俺も、どっちが本物のアリアとシトリーでどっちが偽物のアリアとシトリーか分からない。スロウに聞いても、エミルが分からないのに分かるわけないじゃないですかと返された。