『心配しなくても、あたしがちゃんと偽物を倒せばいいのよ』
そう言って笑う二体のアリア。実力は同じ、となると、後は何か違うものが決め手となる。とはいっても一体全体何が違うというのやら。
『というかエミル。あたしもあんたの彼女でしょ? 何で分からないのよ』
『そうだよぉ……。スロウちゃんには敵わないのは分かってるけど、でも分かって欲しかったよぉ……』
ずびしぃ、とアリアが文句を述べ、シトリーが少し悲しそうにしょぼんとする。その動きも完全に同じであり、なんというか二倍責められている気さえしてくる。いやそう言われても、スロウもまあ抱きしめられてキスされて、それで何とか分かった感じだから仕方ないというか。
そんな言い訳をしていると、二体のアリアと二体のシトリーが動きを止めてこちらを見た。じゃあ、そうすれば分かるのか、とこちらに近付いてきた。
「そうすれば、って?」
『勿論こうするのよ。愛してるわ、エミル』
そう言って俺を抱きしめてくるアリア。そのまま二体が順繰りにキスを求めてきた。ねっとりとした舌の感触を味わいながら、俺は二体のアリアを見やる。……えっと、その。
『次は、ワタシだよぉ……』
結論を出せずにいると、今度はシトリーが俺に抱きついてくる。大ボリュームがむにむにと俺に、それも二セット押し付けられ、俺は思わず動きを止めた。普段でも破壊力があるのに、倍である。そんな状態で、シトリーも俺にキスをねだってきて。二体のシトリーとキスをして、くちゅくちゅと舌を絡ませあって。
それで、さあどうだと二体のアリアと二体のシトリーがこちらを見てきた。
「分かんなかったんですね」
ジトー、と俺を見ながらスロウが述べる。いや、まあ、多分こっちかな、っていうのはなんとなくあるけど、完全な自信はないというか。もしこれで外れてたら取り返しがつかないっていうか。
『大丈夫よ。あたしはエミルを信じてるから』
『うん……エミルくんの出した答えなら、受け入れるよぉ……』
そんなことを言う二体のアリアとシトリー。そう言われるとますます口に出し辛い。というか、前回と違って今回は偽物が本物そっくりだから余計に。
「あ、そーゆーことなら、もし間違えてもそっちを本物としておけばいいんじゃないですか?」
「出来るわけないだろ」
響いてくるスライムの声に向かってそう吐き捨てる。お前の作ったスライムを本物として扱うなんて、そんな事が出来るわけないだろう。
「でも、分からないんですよねぇ……」
「スロウの時ほど自信がないだけだ。一応、こっちかなってのはある」
「同じですよぉ……。ま、私としてはどっちでもいいんですけどね。主様の実験結果もこれで達成できたことだし、私は撤退させてもらおうかなぁ……」
「はぁ!? おい、待ちやがれスライム」
「スライムなんて他人行儀に呼ばないでください。私は、グリュセって名前があるんですよぉ……。これでエミルと繋がりもできたし、どーです? 倒しにくくなりした?」
「お前は絶対にぶち殺す」
「えー。そんなぁ……」
割と本気で残念そうなスライム――グリュセの声がそこで途切れる。本当に撤退したのか、それともこちらとの通信を切っただけなのか。そもそもどうやって声を届かせていたのか。色々と分からないことだらけの中、俺は視線をバクスの方へと向けた。
「分かったか?」
「見た目や戦い方じゃあもう分からん。こうなりゃ俺も何かしら判断する行動を起こしたほうがよさそうだな」
はぁ、と溜息を吐いたバクスは、戦っている二人のヴェルとメリィを呼んだ。戦闘を止めてこちらに振り向いた二人のヴェルとメリィはバクスに呼ばれるままこちらへと歩いてくる。
「ヴェル」
『どうしたネ?』
「……やっぱり見ただけじゃ分からんな。メリィも」
『(ぱちくり)』
「うーむ」
そんなことを言いながらバクスは唐突にメリィの胸を揉みしだき始めた。急なそれに目を見開いた二人のメリィは、しかしバクスの手つきにそれぞれ喘ぐ。
「一緒だな」
『(ぷんすこ)』
急なそれをジト目で見やる二人のメリィを見ながら、悪かったって、とバクスはヘラヘラと笑った。
そうしながら、片方のメリィに視線を向ける。いっそここで抱くか。そんなことを言い出した。
『バクス。本気で言ってるなら怒るヨ?』
「そうか? そういうところで違いが分かるっていう可能性は全然あるぞ」
『(じとー)』
何か二人のヴェルもメリィも両方滅茶苦茶胡散臭い目でバクスを見ている。まあそりゃそうだろうなと俺も思う。というかそう言い出したバクスも別に本気で行っているわけではないだろうし。
『エミル、あたしたちも、する?』
『エミルくんがしたいなら、いいよぉ……?』
そんなバクスの突拍子もない提案に乗っかる二体のアリアとシトリー。シトリーはともかくアリアは悪乗りしてるだけだろ。そんなことを若干睨みながら述べると、あらバレた、と二体ともぺろりと舌を出した。冗談だったの? とワタワタする二体のシトリーを見てから、おいバクスと俺も咎めるような声を上げた。
「別にお前だってもうやることやってんだろ? 今更恥ずかしがることでもないだろうに」
「そういう問題じゃないだろ。今は」
「どっちが本物かを判定する、だよな」
そう言いながら、実はもう考えている、と表情を真剣なものに変えた。そうしながら、剣を抜き放ちヴェルにゆっくり近付いていく。
「なあ、スロウ」
「はい?」
そうしながら、バクスはスロウに声を掛けた。一応聞くけど、《リザレクション》は何度でも掛けられるな。そんな確認をすると、二人のヴェルに向かって武器を構えた。
「別にできますけど、どーするんです?」
「どっちも殺す。その後本物を蘇生すれば問題ないだろう?」
『……え?』
『(びっくり)』
二人のヴェルとメリィが目を見開く。そうした後、まあそれが一番効率がいいかと諦めたように溜息を吐いた。
いや、待てよ。流石にそれは。
「わー、そんな答え合わせがあるんですね。モンスターでも考え付きませんよぉ……」
いなくなったと思っていたグリュセの声が響く。お前撤退するんじゃなかったのかよ。そんなことを述べると、撤退はしましたよ、という返事が来た。
「だからもう村にはいません。これから主様と合流して、沢山栄養を貰う予定なんですよぉ……」
前回のようにやられないように、たっぷりと。そんなことを続けたグリュセは楽しげに笑うと、どうせなので結果を楽しみに見ていますねなどと言い出した。
「バクス」
「どうしたエミル」
どうしたもこうしたも。自分の恋人を殺すって、それでいいのか? そんなことを言おうとした俺は、バクスの表情を見て何も言えなくなった。覚悟をしている男の目だ。大事な恋人を手に掛ける、ということを受け止めている目だ。
そして、ヴェルもメリィもそんなバクスの覚悟を感じ取ったのか、しょうがないとばかりに受け入れる素振りを見せて。
す、とヴェルが腰に下げていた短剣を抜き放った。それを自身の首筋に向けると、迷うこと無く突き立てる。血飛沫が上がり、体の力が抜け、ゆっくりと膝から崩れ落ちた。
同様に、メリィも護身用に持っていたであろう短剣で躊躇わずに喉を掻っ切る。
そんな光景を、もう片方のヴェルとメリィは呆然と眺めていた。
「え? え?」
「(びっくり)」
倒れるヴェルとメリィを見下ろす形になった二人は、困惑の表情を浮かべながらバクスを見る。これは一体何なんだ、と言わんばかりのそれを見たバクスは、見ての通りだと二人に向かって笑みを向けた。
「信頼してるんだよ」
「こんな覚悟を持った信頼いらないんですけど」
即座にスロウが二人を回復させる。喉の傷を修復された二人は、ぷは、と止めていた息を吐くように口を開いた。
それで、いきなり自害しようとしたほうが本物ってことでいいのか? それはそれでなんだか恐ろしいんだけど。
「まあ、スロウがすぐに回復してくれるって信じてたからネ」
「(こくこく)」
「だとしても無茶しすぎじゃないですか? とゆーか、何でそこまでわたしのこと信頼してるんです?」
「仲間だよネ、勇者級の」
「(こくこく)」
迷うことなくそう言われたので、スロウも思わず圧される。予想だにしていなかったって顔だ。いやまあ、俺もまさかバクス達がそこまでスロウを、俺達のことを信頼してるとは思って見なかったんだけど。
そんなことを言うと、おいおい、とバクスは苦笑する。モンスター以外の信頼もきちんと覚えておけよ、と言葉を続けた。
「少なくとも俺達や教国のクロード達、帝国のアイラ達はがっつりお前らを信頼してるぞ」
「そう、なのか?」
「署名の時もそうだっただろうが。お前自分に向けられる好意は本当に無頓着だな。いや、お前ら、か」
呆れたように肩を竦めるバクス。そんな感じだからモンスターも沢山誑かしてるんだろうな、と言いながら、視線を残ったヴェルとメリィに向けた。
「え? バクス? 本気で言ってるネ?」
「(ぱちくり)」
「本気で言ってるよ。見た目も仕草も戦闘能力も同じ。でも、心の奥底までは模倣できなかった、ってとこか」
そう言うとヴェルの胸に剣を突き刺した。いきなりのそれに目を見開いたヴェルは、嘘、と小さく呟くと血を吐いた。そうしてそのままゆっくりと倒れ伏す。
「偽物とはいえ、恋人を殺すのは中々心に来るものがあるな。なあ、メリィ」
「(びくり)」
「いやまあ、本物が横にいる分まだマシか」
「(ふるふる)」
怯えた表情のメリィにも同様に剣を突き刺す。ぱくぱくと何かを訴えるように口を開いたメリィも、ヴェルと同じようにその場に倒れた。
「もう正体を見破られたからなのか、それとも別の原因か。どうやら、恋人の攻撃は素直に受け付けちゃうみたいですねぇ……。これは次の実験に役立てそうです」
グリュセがそんなことを述べる。バクスはその声に反応すること無く、おいエミル、と俺に声を掛けた。
「俺達はこの声の主を一応村で探してみる」
撤退したとは言っていたが、今ここで声を響かせている以上ブラフの可能性も十分あるしな。まあそれを言うと村にいるということ自体嘘の可能性もあるが。どちらにせよ、可能性がある限り探るべきか。
バクス達にすまん任せたと述べると、俺は改めて二体のアリアとシトリーに視線を向けた。向こうは割と覚悟の決まった方法で本物を見分けたが、こっちは。
「まあ多分さっきの方法は使えませんね」
「だよな」
相手の意表をついた反則技みたいなものだ。初見殺しではあるが、既に見られた以上通用しないと思っていい。というか自害するアリアとシトリーを見るのは流石に嫌だ。
はぁ、と息を吐くと、俺はアリアとシトリーを見た。もうこうなったら後は信じるしかない。
「スロウ」
「はいはい」
「こっちのアリアとシトリーに支援を」
「あら、分かってるじゃない」
「エミル!? 冗談よね?」
「ありがとう、エミルくん……」
「嘘、エミルくん……?」
それぞれ真逆の反応をするアリアとシトリー。片方は選ばれたと笑顔で、もう片方は信じられないという表情で。
支援でパワーバランスが崩れたそれぞれは、先程までの拮抗が嘘のようにアリアはアリアを、シトリーはシトリーを追い詰めていく。
「スロウ! あんたも本当にそれでいいの!?」
追い詰められたアリアがそんなことを述べるが、スロウは別段動じない。いいに決まってます、と迷うこと無く言い切った。
「わたしはエミルを信じてますから」
「そんなぁ……」
スロウの言葉にシトリーがぺしょぺしょになりながらぼやく。成程、さっきのバクスの話じゃないけど、心の奥底の微妙な部分はちょっと違うみたいだな。
「そうよね、スロウならそう言うわ」
「エミルくんを疑わないからねぇ……」
一方のアリアとシトリーはスロウのその言葉に納得するように頷いていた。まあ選ばれた余裕もあるんだろうけど、多分逆の立場だったとしても、文句は言いつつスロウだからそうだろうと納得していたと思う。
「うーむ。これは困りました。しょーがないですね。アリアちゃん、シトリーちゃん」
グリュセの声が響く。追い詰められていたアリアとシトリーは、その声にビクリと反応すると、即座に俺達から距離を取った。
「これ以上やっても資源の無駄ですし、撤退しましょう」
「分かったわグリュセ」
「了解だよぉ……」
グリュセの声にそう答えると、二体は踵を返しその場から去ろうとする。逃がすか、と追いかけようとした俺達だったが、そこに割り込むようにストン、と人影が割り込んだ。
金髪をショートツインテールにした、顔立ちはどことなくスロウにも似たように感じさせる小柄な美少女だ。どこか挑発的な甘ったるい笑顔を浮かべたその美少女が、す、と手を掲げると同時に地面が沼地へと変わっていく。否、正確には沼に似たスライムに足場が変わっていた。
「さ、これで大丈夫ですよぉ……。アリアちゃん、シトリーちゃん、行きますよ」
「……お前がグリュセか」
「だいせいかーい。あ、ちゃーんと村にはいたんですよ? 撤退したのも本当。戻ってきちゃっただーけ」
ちなみに声は最初に吹き飛ばした沼のスライムの破片から流してました。そんな種明かしを楽しそうにしたグリュセは、沼地に擬態したスライムに足を取られている隙に魔法陣を展開する。ラドーン達と同じ、ヘンリエッテから譲渡された力の一端か。
「それじゃあね、エミル。愛してるわよ」
「またね、エミルくん……大好きだよぉ……」
そんなことを言いながら魔法陣に消えていくコピーアリアとコピーシトリー。そんな二体を見送ったグリュセは、次があるといいんですけどね、と笑っていた。
「さ、それじゃあ私も帰りますねぇ……。主様が待ってますから」
「おい待ちやがれ! 結局お前の実験ってのは」
「言うと思います? なーんて、う、そ。気分もいいし、話しちゃいますよぉ……」
変わらず甘ったるい挑発的な笑みを浮かべたままのグリュセは、まあでも単純に自身の復活と能力の試運転でしかないんですけど、と述べた。
「主様の与えてくれた力って、凄いですねぇ……。他のみんなが主様の下にいるのも分かります」
他の、ってラドーン達のことか。あるいはまだ遭遇していないヘンリエッテの部下がいるのか。
ともあれ。まあそんな感じなので村は心配しなくていいですよ、とグリュセは笑った。味見やつまみ食いもしていない、と続けた。
「何か派手に動くと怒られるらしいんで、止められちゃいました。どーです? 立派でしょう?」
スライムの沼に足を取られているので動けない。が、別に遠距離攻撃は出来るわけで。
ペラペラ喋って隙だらけだったので、俺はもういいとばかりに魔法剣をグリュセにぶっ放した。斬撃がグリュセを袈裟斬りにし、切られたところからどろりと溶けていく。
「え? あ……そんな……溶けちゃう……」
がくりと膝をつくと、そのままグリュセが倒れ伏した。そのまま体がドロドロになり、そして。
「まあそんなわけないんですけどね? ひょっとして倒したと思いました?」
別の場所で再びグリュセを形作った。勿論倒せると思っていないので、俺は視線だけでアリアに合図をする。当然、とばかりに復活したグリュセを爆発で木っ端微塵にした。
「だから無駄ですって。今度はそう簡単には倒されませんよぉ……」
やっぱりグリュセが再生する。こちらを挑発するような甘ったるい笑みを浮かべたままのグリュセは、もうやることはなくなりましたか? と言葉を紡いだ。
「ならスライムを回収して、っと。じゃあ、私は帰りますね」
足場が元に戻る。わざわざ帰る前にそんなことをするということは勿論。一気に距離を詰めて切り裂いたが、やはり効いていない。溶けて、別の場所で再生する。
そのまま、わざと少し離れた位置に魔法陣を生み出し、悠々と歩いてそこに向かっていった。
「それじゃあ、また会いましょうねぇ……」
魔法陣の中に消えていくグリュセ。そんな姿を憎々しげに見ていた俺達は、気を取り直すとバクス達と合流しようと村へと足を向けた。