村に戻ってバクスと合流した俺達は、さっきの出来事をそのまま伝えた。そうなるともうこの村には用がなさそうだな、というバクスの言葉に頷き、とりあえず依頼の不審者の調査も終了かと息を吐く。
「まあ依頼を受けたのは俺達だからその辺りはこっちでやるが、お前達はどうする?」
「どうするって言われても、俺達ももうやることはないしな」
帰るか、とスロウ達に告げる。別段反対する理由もないスロウ達はそれに頷き、じゃあお先に、と俺達は村に戻った。色々と疲れた、と家に戻るとそのままベッドにダイブである。
今回の件でヘンリエッテの陣営に厄介なやつが増えたことになる。ラドーンとウィア、ウェルだけでも面倒くさいのに、新たにグリュセが加わった。
「それに、あの言い方だとまだいそうなんだよな……」
「何がですか?」
「うわ!」
ひょこ、とスロウが俺を覗き込む。いつの間に入ってきたんだ、と起き上がった俺がスロウに述べると、ノックしましたよ、という返事が来た。いやノックしても俺が反応しなきゃ駄目だろ。
「わたしとエミルの仲じゃないですか」
「いやまあ、そうだけどさ」
「でも、エミルがそんな嫌なら今度から気を付けます」
「別にそこまで気にすることでもないけどな」
強いて言うなら着替え中とか? いやでももうその辺も今更だしな。
まあいいや。それより何の用だ? そうスロウに尋ねると、別段用らしい用はない、と言われた。なんだそりゃ、ただ俺に会いたくなっただけってことか。
「そーですよ? 駄目でした?」
いや別に駄目じゃないけど。そんなことを思いながら再びベッドに寝転んだ俺の横にスロウが腰掛ける。それで一体何をしていたのか、と聞いてきたので、今日のことを踏まえたヘンリエッテの陣営のことについて考えていたんだと返した。
うげぇ、とスロウの表情が苦いものに変わる。スロウは本当にヘンリエッテが嫌いなんだな。
「そりゃそーですよ。エミルを奪おうとする相手は敵です敵」
ぱちん、と拳を手の平で打ち鳴らす。そうじゃなくても討伐対象なのに、と唇を尖らせた。
「そんな連中に厄介な部下が集まってるんだよなぁ」
「今回のでスライムも増えましたしね」
「そう、それだ。あいつの、グリュセの言い方だと、まだヘンリエッテの部下がいそうなんだよ」
「ああ、そういう呟きだったんですね」
成程と頷きながら、確かにそうだとスロウが顎に手を当てる。世界が縄張り、とか言っていたのだから、他の国でも何かしらやらかしている可能性がある、と言葉を続けた。
「確かにな。クロード達やアイラさん達もその辺注意するように言っておいたほうがいいのかもしれないな」
「まああの人たちなら分かってるとは思いますけどね」
そりゃそうか。俺達より先輩の勇者級だ、大魔王級なんて輩が部下を率いていると分かれば、その辺警戒しているのは必然だろう。実際バクス達もそうだろうからこそ、一見ただの不審者の調査だったあの依頼に目を付けたんだし。
「現状なるようにしかならない、ってのがもどかしいな」
「あいつの集めた部下を始末できれば少しは、ってとこですかね」
まあとりあえずさしあさってはその辺か。ラドーン、ウィア、ウェル、そしてグリュセ。今分かっているあの連中を討伐出来れば、ヘンリエッテへの足掛かりになる。
とはいえ、それも一筋縄ではいかないのが現状だ。グリュセはあの時少し対峙しただけだが、再生なのか何なのか分からないあの能力をどうにかしない限りダメージも与えられなさそうだし。以前の魔王級スライムの時とは強さが桁違いになっている。
「また偽物の色仕掛けに惑わされるとかやめてくださいよ」
「……ああ」
ジト目でスロウにそんなことを言われた。いや実際今回の時は惑わされなかっただろ? ちゃんと本物を選んだし。
「わたしが腹に風穴開けた偽物に寄り添ってませんでした?」
「それは、その、はい」
偽物だって分かってても、やっぱりそこら辺はどうしても。そんなことを素直に述べると、まあそのへんがエミルのいいところでもあり弱点でもありますしね、と溜息を吐かれた。
「もう少し普段の捻くれをそっちに回してもいーんですよ?」
「そんなこと言われてもな」
そもそも大分性格も丸くなってきたと自分でも思うんだけど。そんなことを言うと、んー、と悩まれた。何でだよ。
「エミルはエミルですしね」
「理由になってない」
そんな会話をしてから暫くは怪しい依頼も見当たらず、一見すると元の平穏が戻ってきたような日々が続いた。常に緊張感を保つのも限界があるので、俺達も段々と元の調子に戻っていく。
「それはそれでどうなのよ」
「とはいってもなぁ……。もう一度怪しいところの調査をするか?」
「まあ、それくらいしかやることないですもんね」
「うんうんうん……」
はぁ、と溜息を吐いたそのタイミングでギルドの扉が開く。あれ、見ない顔だ、とお姉さんがそんな来客を見て声を上げたので、俺達もそのまま視線をそこに向けた。
金髪のショートツインテール、幼げなスロウにも似た顔立ちをした、小柄な美少女。その姿を見た俺達は即座に立ち上がって武器を構えた。
「ど、どうしたのエミル君!?」
「こいつ、ヘンリエッテの部下の一体だ!」
「え? あ――これか、グリュセ!」
調査資料を捲りながらお姉さんが叫ぶ。それを聞いたグリュセは、私も有名になりましたね、なんて呑気なことを述べていた。
「何しに来やがった」
「いやですねぇ……。散歩ですよ、さ、ん、ぽ」
「そんな言葉を信じられると思ってるの?」
「でもほら、今回は私だけですし、コピーも持ってきてませんよ?」
そう言って一回転するグリュセ。ふふん、と胸を張ったグリュセは、だから今日は仲良くして欲しいなどと抜かし始めた。
お前、あの時もこの間もあれだけやらかしといてよくそんなことを言えるな。剣を構えながらそう告げると、グリュセはわざとらしく悲鳴を上げる。
「きゃー、こわい。エミルってば、こんな儚げな美少女を殺すんですか?」
「何もかも儚くないだろ。生き汚い、なら合ってるけどな」
「酷いですねぇ……。ま、いいです。エミルと私の仲ですものね、許してあげます」
「お前との間には何もねえよ」
それで。改めて何しに来やがったのかと問い掛けると、だから散歩だって言ってるじゃないですかという返事が来た。表情は以前と変わらず、挑発するような甘ったるい笑顔のままだ。
「そのついでに、ちょっとお得な情報を教えに来たんですよぉ……」
「聞く耳もたんな」
「いいんですか? 主様の部下についての情報ですよ?」
「は?」
どういうことだと詰め寄るが、グリュセは表情を変えないまま、そのままの意味ですよ、と続ける。そうしながら、まあ強いて言うなら、とマイア姉さんを見た。
「依頼をしに来た、とかどうです?」
「依頼?」
「主様の部下が何かをしでかす――もうやってるのかな? ので、それを止めて欲しい、みたいな感じで」
「信じられませんね」
スロウの言葉に、グリュセは別にそれならそれでいいですと返した。スタスタとカウンターまで歩いてくると、それで依頼ってどうすればいいんですかとお姉さんに問い掛ける。
「え? えっと、この用紙に依頼内容と場所、後は依頼者と報酬を」
「分かりました。内容は対象の撃退、場所は――」
そのままスラスラと依頼書を作成していく。俺達はそれを止めることも忘れ、黙ってみていてしまった。
そうして出来た依頼書を、じゃあお願いしますね、と提出したグリュセは踵を返す。思わずそのまま見送ってしまいそうになったが、寸前で我に返るとその背中に声を掛けた。
「グリュセ!」
「そんなに叫ばなくても聞こえますよぉ……」
「どういうつもりだ、罠でも張ってるのか?」
「そー思うんならそれでいいんじゃないですか? どっちみち行かないと酷いことになりますしね」
ぐ、と俺は唸る。確かにもし罠だとしても、被害が出ると分かっている状態で無視するとのは寝覚めが悪いどころじゃない。
そんな俺とは裏腹に、依頼書を見ていたスロウがあれ、と声を上げた。どうした、とそちらに視線を向けると、スロウがここを見てください、と場所を指し示す。教国のとある街の名前が記されていたが、ここは。
「クロード達の拠点の、フレデリクさんの街?」
「そーなると話変わってきますね」
罠を張るというより、むしろ向こうが網にかかった感じだ。だが、とグリュセを見る。ヘンリエッテがそんなことを知らずに送り込んでいるはずもなし。それも踏まえて罠を張っているとしたら。
「細かいこと考えていてもしょうがないと思いますよぉ……。私はただ、そいつが嫌い。――な、だけかもしれませんし」
振り返ったグリュセが笑う。主様の部下も一枚岩じゃないんですよ。などと本気か嘘か分からない発言をしながら、用事も済んだので帰るとギルドの扉を開けた。
「あ、ちゃんと報酬は用意しますから、依頼終わったら言ってくださいね」
出ていく直前にそんなことを述べ、扉をくぐると同時に魔法陣を生み出し消えていった。そうして残された俺達は、グリュセが作成した依頼書を見やる。どう考えても罠である。それは間違いない。
「どーします? 受けます?」
「まあ、受けるしかないでしょうね」
「どっちにしろ、行くことにはなるしねぇ……」
行かない、という選択肢はない。クロード達がいるからなんとかなるとは思うが、じゃあ別にいいかとはならないし、何より協力すればヘンリエッテの部下を討伐出来る可能性も増える。
マイア姉さんに手続きを頼む。グリュセの依頼を受けると伝え、出来たばかりの依頼書にサインをした。
じゃあ早速、とスロウの《テレポート》で教国に移動する。手続きをしてから、再度《テレポート》でフレデリクさんの街へと向かった。
「今のところは、何もなさそう、か」
「どーなんですかね」
見る限り何か起きている感じはない。だが、前回のグリュセの時もそうだったのだから、油断は出来ない。まずは、とクロードの屋敷に向かうことにした。前回と同じように使用人に案内され、執務室へと通される。
「おや、皆さんお揃いで。どうしました?」
クロードが俺達を見て意外そうに目を見開く。そうしながら、しかし何かを察したようで、表情を真面目なものに変えた。
勿論隠すこともないので、俺達は素直に今回ここに来た経緯を話し始めた。成程、とそれを黙って聞いていたクロードは、何かを考え込むように視線を落とす。
「事件、というほどではありませんが。最近住人のいざこざが多く見られます」
きっかけは些細なことなのだが、どうにも血の気が多いのか、喧嘩が数件起きているらしい。冒険者が駆り出されるような出来事ではないので、あくまで街のちょっとした世間話程度の出来事だと思っていたのが。そんなことを続けたクロードは、作業の手を止め、立ち上がった。
「調査の手伝いをしてくれますか?」
「まあそのために来たしな」
そうしてクロードは自身のパーティーメンバーを呼んで合流してから調査に乗り出すということで、俺達が一足先に街を見て回ることにした。何度か訪れている街なので、意外と迷わずに調査が出来る。最初の、ラティの事件の時は地図をもらったり案内してもらったりとかしてたのに。
そこまで考えて、そういえばラティと合流するの忘れていたと気付いた。この間無理矢理呼び寄せたことといい、最近あいつの扱いぞんざいになってる気がするな。
「そーよ、もうちょっとラティをいたわりなさい?」
合流したラティにそんなことを言われたが、隙あらば俺達のことを見て怪しく笑う奴は段々と扱いがぞんざいになっていってもしょうがないと思う。
「それで、ラティちゃんはどう思います?」
「そうね。確かに何だか最近街の人が怒りっぽい、かも?」
うーん、と首を傾げながらラティが述べる。街に住んでいるラティからしてもその程度だと、本当に大したことはない出来事なのかもしれない。
となると、ヘンリエッテの部下の起こしている何かとは無縁なのか。そんなことを思っていた矢先、まさにその喧嘩の現場に遭遇した。わざとぶつかっただのそもそもぶつかっていないだの、そんな言い合いがしばらく続いた後、取っ組み合いの喧嘩になった。
他の人達はまた始まったよとばかりに視線だけを向けると、止めることもなく通り過ぎていく。それはそれでどうなんだ?
「なあラティ、これがこの街の日常なのか?」
「え? 最近はまあ、こんな感じ、かも?」
「ちょっとおかしくないです?」
「そうね。流石にこれは」
「変だよぉ……」
俺達の意見も一致した。頷くと、とりあえず喧嘩をしている二人を止めに掛かる。が、何だかこの喧嘩をしている二人、異常に力が強い。正確には、止めようとした途端そうなった、が正しいか。
邪魔をするな、と腕を振り上げる。それを食らった俺はふっ飛ばされ地面を転がった。いや待て、おかしいだろ。何で普通の街の人がそんな力を持ってるんだよ。
「エミル」
「ああ、こいつは」
ゆっくりと喧嘩をしていた二人がこちらを向く。明らかに正気ではない目で、どうして邪魔をするのか、とブツブツ呟きながら、明らかに普通の人間ではない動きでこちらに襲い掛かってきた。
「な、何!? どういうこと!?」
「こっちが聞きたい! どういうことだよラティ!」
「知らないわよ! ラティもこんなの!」
うわ、と繰り出された攻撃を避ける。人間離れした動きのそれは、どちらかというとモンスターの挙動に近い。が、所詮はそこまでだ。魔王級に匹敵するほどの強さを持っているわけでもなし。相手が街の住人だということを踏まえ、不殺を心がけても問題ないレベルの相手ではある。
二人をとりあえず気絶させた俺達は、一体何が起こったのかと二人を調べることにした。見た感じは何も無い。となると、後は何かしらの状態異常だろうか。
「じゃあ片っ端から異常回復かけますね」
よ、と軽い調子で呪文を唱えていたスロウだったが、そのうちの一つが反応を示したことで怪訝な表情を浮かべた。特殊異常回復の一つだ。ビクビクと体を痙攣させ、そして。
「なっ!」
体を突き破って巨大なハチが姿を現した。即座に回復呪文を掛けて街の人の傷を塞いだスロウは、突っ込んでくるハチへの対処が一歩遅れて。
その直後、ハチが銃撃によって蜂の巣にされた。
「このくらいはやっておかないとね」
「ラティちゃん。ありがとうございます」
「ふふん、もっとラティを褒めてもいいのよ?」
「悪い、助かった」
そう言いながらハチの死骸を見る。大きさこそ違うが、このハチには見覚えがあった。見間違えるはずもない、あの時、危うくスロウが死にかけた原因になったあいつだ。
「アンガービー? でもこいつって」
「怒りの状態異常をばら撒くことはあっても、人に寄生した例はないわね」
中級モンスターに分類されている理由はそれだ。もし人に寄生して体内を食い破るなんて生態をしていたら、それこそ上級モンスターどころではなく、準魔王級、あるいは魔王級に警戒される代物に。
そこまで考えて、まさか、と一つの考えに思い至った。魔王級の、人に寄生するアンガービーを作り上げたのだとしたら。
「ヘンリエッテの仕業か……」
「どっちにしろ、街の人達の治療と、大元を見付け出さないと」
とりあえず周囲の人達に異常回復をぶっ放す。症状の軽い人は幼虫を吐き出すだけで済んでいたが、一部の人達は既に体内で成長していたようで、体を食い破ってアンガービーが湧いて出た。
「人に寄生する以外はそこまで強さは変わらないのか」
飛びかかってきたアンガービーを切り裂く。死骸を念入りに焼却し、これからどうすると皆を見た。この状況だと、街全体を一気に回復しても確実に犠牲者が出る。かといって街を移動しながらだと間に合わない。
「しょーがないです。一気に行きましょう。犠牲者は後で蘇生します!」
それしかないか。ちくしょう、と歯噛みしながら、俺はスロウに一気にやってもらうように頼んだ。流石というべきか、別段疲れた様子もなくそれを終えたスロウは、次は全体蘇生、と再び街全体を呪文で覆う。
「ふぅ……とりあえずこれで」
「いつも思うけど、スロウって凄いわね」
ラティが感心したようにスロウを見やる。が、すぐにその視線を別の場所へと向けた。恐らく住民を食い破って出てきたアンガービーの大群が、空を覆うようにこちらに向かってくるところだった。