「蘇生させたのはいーですけど、この調子だとまた寄生されちゃいますね」
大量に集まった群れのうち、こちらに襲い掛かってくるハチと、街に分散するハチに分かれたのを見たスロウがそんなことを呟く。確かにこのままだと完全にいたちごっこだ。どうにかするなら、司令塔か? しかしそもそもいるんだろうか。
「ヘンリエッテは属性頂点に怒られないように、と言ってましたし。多分いるんじゃないですかね」
「そうね。もし統率者がいないとなると、間違いなく国が滅ぶレベルになって属性頂点も出張ってくるわ」
「ということは、町一つに留めるようにする何かがいる、ってことか」
「あ、でも……そうなると、それを倒しちゃうと逆にまずいんじゃないかなぁ……」
言われてみれば。統率者を失った人に寄生するアンガービーが好き勝手に暴れ出したら、それこそ街一つじゃ収まらないレベルの被害が出る。
となると、少しずつでも減らしていくしかないってことになるか。スロウ、と声を掛け、申し訳ないが、定期的に街全体に状態異常回復を掛けて欲しいと頼む。それが一番手っ取り早いですねと頷いたスロウは、即座に準備を始めた。
「流石にみんなへの支援がちょっとおろそかになるんで、無茶しないでくださいよ」
「分かってる」
寄生されたとしても、中の幼虫が成長しきらなければそれを吐き出すだけで済むはずだ。住民には定期的に嘔吐を繰り返してもらうことになるが、体を食い破られるよりかはいくらかマシだと思ってもらうしかない。
これで再び寄生するハチへの対処はいいとして、後は襲い掛かってくる連中の始末だ。一体一体は別に強くもないが、いかんせん数が多い。街の住人のほぼ全員が寄生されていたと考えれば、この空を覆う量も納得出来る。
「スロウ、お前魔力は大丈夫か?」
「街の人を蘇生したことで、ですか? 別にだいじょーぶですよ? わたしこれでも大魔王級聖女ですし」
「それならいいが、無理はするなよ。俺はお前の体のほうが大事なんだからな」
「エミル……」
じーん、と感動したスロウが俺に抱きついてくる。おい待て今戦闘中、アンガービーの群れが襲ってきてる最中。エミル大好きですはいいから、キスしてくるのは後にしてくれ。
そうは言いつつがっつり舌を絡ませ合ってしまった俺達は、ぷは、と唇を離すとそれぞれの役目に戻った。スロウは元気百倍、と街全体を再び癒し始める。
ラティは滅茶苦茶嬉しそうに俺達を見ている。ちなみにアリアとシトリーはジト目で俺達を見ていた。
「何やってんのよあんた達」
「ちょっと、うらやましいかもぉ……」
そんな二体の呟きを聞かなかったことにしながら、俺はアンガービーを片付ける。街の人に寄生を繰り返していた個体も、それに効果がないと分かってからはこちらを害する方向に変わっていった。
どのくらい時間が経っただろうか。夥しい量のアンガービーの死体が散乱している光景は大分地獄絵図である。数としてはほぼ街の住人なのでしょうがないとも言えるが。
そこまで考えて、しまった、と周囲を見た。焼却しきれてないアンガービーの死骸がギチギチと音を立てながら再び動き出す。同時に、周囲の空気も段々と淀んできた。
「殺しすぎた……!」
「だいじょーぶです。ここは巻き込む魔物もいませんし、アンデッドの空間もそこまで広くない。一気に押し切りますよ、《ターン・アンデッド》!」
下がって、とアリアとシトリー、ラティを下がらせたスロウは、即座に空間を浄化する。アンデッド化したアンガービーも破魔呪文によって再びただの死骸に戻った。
「ふぅ。……結構面倒でしたね」
「悪い、助かった」
「いーですよ。ぎゅってしてキスしてくれれば」
「まあ、そんなことでいいのなら」
そう言ってスロウを再び抱きしめてキスをする。ついでなんで魔力補充もしてあげますね、とスロウから舌を使って体液を流し込まれた。助かるが、お前の方は大丈夫なのか? 今回異常回復と蘇生を街単位で連発した上に破魔呪文までぶっ放しただろ。
そう尋ねたが、まあ今のところ大丈夫です、という返事が返ってきたので胸を撫で下ろす。
「とりあえず寄生騒ぎはこれで終わりかしら?」
ふぅ、と息を吐いたアリアがそう述べるが、いや違う、と俺は告げた。流石にただばら撒いているだけでは被害が広がる一方なのだから、ヘンリエッテの実験、あるいは部下の仕業だとすると、間違いなくさっき言っていた統率者がいる。そして一旦騒ぎが収まったとしても、その統率者を倒さない限り再び騒動が起きるはずだ。
「でも、その統率者はどこにいるのかなぁ……」
ううむ、とシトリーが首を傾げる。まあその辺は俺達も一緒だ。アンガービーを纏めているのが果たして何者なのか。それすらも分からない。
「巣でもあれば楽だと思うんだけど」
それっぽいのはなさそうね、とラティが述べる。まあアンガービーは獲物の体内が巣みたいなものだから普通のハチみたいなやつは作らないと思うが。
そんなことを思っていると、クロードがすいません遅れました、とやってきた。たしかに遅い、もう騒動が巻き起こって、そして一旦沈静化された後だ。
「ええ、本当に申し訳ないです」
そういうクロードの表情は普段の胡散臭いものとは違い、本当に沈痛のものである。何かあったのだろうか、と問いかけようとして、おや、と気が付いた。
やって来たのはクロードだ。そう、クロード一人しかいない。
「リナさんとアスカさんは?」
「……リナとアスカは」
何かを言いかけて、と飲み込んだ。それは、直接見てもらったほうがいいでしょう。そんなことを言いながら、振り向きクロードがやって来た方向に視線を向ける。
何が、とその方向を見た俺達は、二人の人影が見えたことで目を瞬かせた。いるじゃないかリナさんとアスカさん。そんなことを思いながら、声を掛けようとして。
「ギチ」
「ギチチ」
「は?」
「エミル!? 避けて!」
スロウの言葉で咄嗟にバックステップをしたが、二人の同時攻撃に避けきれずに吹き飛ばされる。ゴロゴロと地面を転がり、そしてドシャリと倒れ伏した。痛い、物凄く痛い。
スロウが即座に俺に回復をしてくれたので立ち上がるが、いきなり何をするんだという抗議は出来そうになかった。
「おい、クロード」
「はい」
「どういうことだ?」
「恐らく、既に二人とも寄生されていたのでしょう。そして勇者級の身体を持っていたことで、スロウさんの異常回復も耐えきった」
あるいは、あれが統率者の個体か。恐らく道中で俺達と同じ推測をしていたであろうクロードがそう述べる。
どちらにせよ。今のリナさんもアスカさんも、アンガービーに寄生されて中身を食い尽くされた死体ってことか。知り合いがそうなっているのを見るのは中々にくるものがある。
「何を言ってるの?」
「ん?」
「私が死体だなんて、そんなわけないでしょ?」
「そうでござるよ。拙者たちはちゃんと生きているでござる」
そう言って笑うリナさんとアスカさん。じゃあ何でこっちを攻撃してきたんだ、とそう尋ねると、二人はなんだそんなことかと再度笑った。
「寄生されてるのはそっち」
そう言ってリナさんはクロードを指差す。は、と思わずクロードを見たが、クロードは無言で首を横に振った。死体の言うことに耳を貸してはいけない、と述べた。
「疑うのならば異常回復を使ってくれても、それこそ一度殺してくれても構いません」
いや、分かってるよ。普段胡散臭い余裕そうな表情をしているクロードがここまで真剣だということは、何よりお前が本物だという証拠になっている。
「迂闊でした……もう少し早く気付いていれば、二人は、まだ助かったかもしれないのに」
「何変なこと言ってるの? 私は別に」
「リナの声でこれ以上喋るな」
静かな、それでいて怒りの籠もった言葉であった。剣を抜き放ったクロードは、そのまま真っ直ぐにリナさんに件を向ける。
「皆さんは、アスカの方を頼みます。……リナは、私が始末します」
「変なクロードだね」
「変なのは貴女ですよ、リナ」
ぶん、とリナさんが大斧を振り上げる。それに合わせるように、クロードも一足飛びでリナさんの間合いに飛び込んだ。
「ねえねえエミル。ひょっとしてクロードってリナのこと」
「お前今そういう場面じゃないって分かってる?」
向こうでリナさんとクロードが激突している横で、俺達もアスカさんを対処しようと武器を構えていた。もう既に彼女は中身を食い尽くされた死体であろうから、気絶させて済ませるとかそういうことを考えなくてもいいのだが。
「この間のリベンジマッチね。今度はちゃんと吹き飛ばしてあげるわ」
アリアがやる気である。とはいえ、流石にアリア一体に任せるわけには行かないし、何ならさっさと始末して向こうの加勢に行きたい気持ちもあるので、俺達もそれぞれ武器を構えた。
「それにしても、勇者級にまで寄生できるのは大分マズくないですかね」
「そうだな。だからこそ、ここで始末しておかないと」
流石にさっきまで倒してきたアンガービーとは違う統率者個体だからとは思うが、それを踏まえてもだ。
何より、一応名目上は聖女であるはずのリナさんに寄生出来たというのが。
「油断、してたのかもぉ……」
「リナってば普段は聖女らしいスキル使わないものね」
シトリーとラティが割とリナさんをボロクソに言う。それでもあの時の修行のことを考えると、聖女としても相当のレベルだったわけで、そんな人が中身を食い尽くされるほどと考えるととんでもない能力だ。
まあとりあえずは眼の前のアスカさんだ。中身は既にアンガービーということは、正直実力は普段より数段落ちていると思っていいのだろうか。そんなことを考えていると、思い切り魔法剣をぶっ放してきた。
「どういうことだよ」
「だから拙者は生きているって言ってるでござるよ」
そう言って笑うアスカさん。いや、なら何で攻撃してくるんだよというツッコミを入れながら、俺も魔法剣の斬撃をぶっ放した。まあ俺の方は基礎の攻撃なので、当然というか簡単に迎撃される。
勿論相手は俺一人じゃないので、その隙を狙ってラティが銃を連射してくれる。舌打ちをしたアスカさんは、魔法剣で氷の壁を作ってそれを防いだ。
「いくよぉ……!」
それに突っ込んでいくシトリー。大剣で強引に氷の壁を砕くと、その氷の力が宿った斬撃を振り上げた。
「なっ!」
意表を突かれたアスカさんはその斬撃をモロに食らう。前回の対決の時に似たようなことをしていたんだから、本当に生きているアスカさんならある程度想定してしかるべきだと思うのだが、やっぱり中身を食い尽くされた動く死体なんだな。
「さて、さっさと正体現しなさいよこの虫野郎!」
そのタイミングでアリアがアスカさんを爆破させる。悲鳴を上げながら吹き飛んだアスカさんは、そのまま地面に激突した。そもそも前回とは違い、スロウの支援もガッツリされているので、所詮死体を動かしているだけの虫相手だとこんなもんか。
よろよろとアスカさんが立ち上がる。そこに向かって距離を詰めた俺は、迷うことなくアスカさんの体に剣を突き刺した。普通に切るより突く方が中の虫には有効なはずだ。そう思い実行したそれは、アスカさんが悶え始めたことで確信に変わる。
「あ、ああ、あ……」
声にならない呟きを上げたアスカさんの背中がバリバリと裂けた。悲鳴を上げながら、さっきまで倒していたアンガービーとは毛色の違うハチが飛び出してくる。こいつが統率者、いうなれば女王バチか。
そのまま女王バチはこちらに襲い掛かるが、この面子相手にどうにか出来るほどの力はなく。
ぐしゃり、とズタボロになった女王バチが地面に落ちた。ピクピクしている女王バチに追い打ちとばかりに剣を突き刺すと、俺はスロウにアスカさんはどうだと視線を向ける。
「酷いですね。完全に食い尽くされてます」
背中の裂けたアスカさんはやはり死んでいる。うわぁ、とそんなアスカさんの死体を見ていたスロウは、まあさっさと蘇生しますねと《リザレクション》を唱えた。見るも無惨だったアスカさんの死体が修復され、そして血色が戻っていく。
「……はっ! わ、私は一体?」
「目が覚めたみたいですね。どーです? 体に変なところはないですか?」
「え? は、はい。……あ、そうか、私、あれに寄生されて」
状況を飲み込んで項垂れるアスカさん。勇者級として情けない、と盛大な溜息を吐いたアスカさんは、そこで何かに気付いたように視線を巡らせた。
「クロードとリナは?」
「向こうで戦ってるわよ」
ほら、とアリアが指差した先ではリナさんの大斧とクロードの剣がぶつかり合っているところであった。クロードのいつにない覚悟を決めた表情を見て、アスカさんの表情が曇る。
「クロードは無事……? ということは、リナが寄生されて?」
「みたいだな。多分今のリナさんはもう死体で、さっきまでのアスカさんみたいに虫が動かしてる」
「それは」
アスカさんの表情がますます曇る。そんな彼女の表情を見たラティが、空気を読まずにやっぱりクロードってリナのこと好きなの? と問い掛けていた。
「へ? ……あー、えーっと、やっぱりそう思います? ――で、ござるか?」
「ということは秘めた思いなのね。そんな相手が死体になって無理矢理動かされて、トドメはせめて自分の手で……これスロウがいなかったらバッドエンドじゃない。許せないわね」
プンスカ怒るラティはとりあえず放っておく。いやまあ確かに言いたいことは分かるが、そういうのって本人同士の問題だから。そもそもお前に今まで気取らせなかったくらい秘めた思いなんだからそっとしておいてやれって。
「まあでも逆にこれが踏み出す一歩になる可能性もあるわよね。スロウがいたことでハッピーエンドに近付くし、よし、それでいきましょう」
「いくなよ。だからほっといてやれってば」
「クロード自身、好意はあってもリナとどうこうなりたいって感じじゃないでござるしな。変にくっつけようとしてもこじれるだけでござるよ」
「むぅ。分かったわよ。しょうがないから今回ラティは見守るだけにするわ」
それはそれとして、と向こうに再度視線を向ける。どうする、手伝う? そう問い掛けたラティの言葉に、俺達はもう少し様子を見よう、と返した。