リナさんは金髪碧眼のスタイルもいい明るい美人だ。クロードのパーティーメンバーで関わりもある。何だかんだ世話にもなった。
だから、そんな彼女が中身を食い尽くされた死体となって虫に操られているのを見るのはいいものではないし、出来ることなら早く楽にしてやりたいとも思う。
が、眼の前で真剣で悲痛な表情のまま戦っているクロードを見ていると、手を出す気にはなれなくて。
「そうはいっても支援くらいはしますよ」
スロウがクロードに支援を掛ける。それを受けたクロードがこちらを向き、小さく頭を下げた。そして再びリナさんに向かっていく。
「リナ」
「どうしたの?」
「私は貴女を殺します」
「出来るの? クロードより強いかもよ、私」
「普段だったら、そうかもしれません、と言ったでしょうけど」
クロードが剣を振るう。リナさんの大斧を弾いたクロードは、そのままリナさんを袈裟斬りにせんと剣を振り抜いた。
「わ、っとと」
「今の貴女は、普段よりも弱い」
「そんなことないと思うけど」
「いいえ。既に虫の操る死体となったリナでは、私には勝てない」
「さっきから死体死体って、私はちゃんと」
クロードの剣がリナさんを切り裂いた。切り裂かれた場所からは血が流れず、リナさんはそんな自身の身体を呆然と見下ろしている。
「あれ? 私……どうしたの?」
「リナ」
「クロード……? 私、何で、血が流れないの? 私の体、どうなっちゃってるの?」
カタカタとリナさんが震え出す。そんなリナさんを見たクロードが駆け寄り、そしてそっと肩を抱いた。大丈夫です、と宥めるように言葉を紡いだ。
「ねえ、クロード、私、本当に死んでるの……? もう私の中身は食い尽くされて無くなってるの……?」
「大丈夫です。貴女が想像しているような事は起きません。私が、起こさせません」
「やだ、怖い、怖いよクロード……私、もう死体なの!?」
叫びながらリナさんがクロードに大斧を振り下ろす。虚を突かれたクロードは、その一撃をモロに食らって吹き飛んだ。
「クロードは血が出るのに、私は出ない……やっぱり私はもう死んでるんだ……」
「そうですね……一瞬でもリナが残っているのかと思った私が馬鹿でした」
ゆっくりとクロードが立ち上がる。リナさんの大斧が直撃したクロードのダメージは結構なもので、スロウがまずいですねと即座に回復させた。
助かりました、と息を吐いたクロードは、一瞬だけ目を閉じ、そして開く。
「実際のリナならば先程のような弱音は吐きませんよ。怖い、なんて言うものか」
「いや、私だって怖いものはあるよ? 実際、今の状態がどうなってるのか考えるだけで」
「それを口に出さないからリナなんですよ」
真っ直ぐに剣を構える。そんなクロードを見てビクリと反応したリナさんは、確かに普段のリナさんらしくない表情で大斧を構えた。
ゆっくりとリナさんに近付いていくクロード。それを迎え撃つように斧を振り抜いたリナさんに合わせ、一気にクロードが距離を詰めた。
「あ、え?」
「終わりです。こんな手に引っかかるリナは……まあリナらしいか」
リナさんを袈裟斬りに切り裂いたクロードは、そこで剣を鞘に納めた。切り裂かれたリナさんはよろめき、そして持っていた大斧を取り落とす。
「あ、クロード……待って、体の中で何かが暴れて」
「リナ、もう眠ってください」
「や、やだ、食い破られる。私の体から何かが出てきちゃう! 嫌だよ! クロード、助けて! 私、まだ死にたくない!」
「リナはそんなことを言いませんよ。食い尽くす前にもう少し勉強しておいたほうがよかったですね」
悶えながら助けを求めるリナさんを見下ろしながらクロードは静かにそんなことを述べる。凄いな、この状況でそこまで冷静でいられるってのは。そんなことを思っていると、エミルは多分手を差し伸べちゃいますからね、とスロウが笑っている。
「わたしが寄生されて中身食い尽くされたら」
「縁起でもないこと言うな。そもそも、もう大丈夫になってるだろ」
「もしもですよ。ああやって操られて助けて、なんて言い出したら」
「絶対に助ける」
「もー、ちゃんと殺してくださいよ」
「そうね、あたしもその時はちゃんと始末するのよ」
「ワタシも、殺してねぇ……」
「何でお前らそんな覚悟してるんだよ。嫌だよ、お前らがいなくなるのは絶対に」
何を言い出すかと思えば。そんなことを思いながら溜息混じりでそう返した俺は、視線を再度向こう側に向けた。クロードとリナさんへと視線を戻した。
「あ、出てきちゃう、やだ、やだ、死ぬ、死んじゃう……!」
「死んでいるんです、リナ、貴女はもう」
「違うよ、私はまだ、生きて――あぁん! 体が、体がぁ……食い破られるぅ……」
「いい加減に――」
バリ、とリナさんの体が裂けた。それと同時に巨大な毒針がクロードを襲う。素早く剣を構え直すとそれを弾き飛ばし、リナさんの体から出てきたハチを睨み付けた。
アスカさんの中に入っていた女王バチよりも更に立派な、こちらが本命だとでも言わんばかりのハチだ。見た目からして間違いなくこいつが今回の事件の司令塔だ。
羽を広げ、ゆっくりと飛び上がる。奇襲に失敗したからなのか、どうやら即座に逃亡を選択したようであった。
「逃がすかよ!」
そんな女王バチを俺達が追い掛ける。もう流石に手を出してもいいだろうと判断して、巨大な女王バチに向かって剣を振り上げた。
「スロウ! お前はリナさんの蘇生を!」
「りょーかいです」
リナさんの死体は食い尽くされた上に女王バチが無理矢理出てきたのでボロボロである。が、まあスロウなら問題なく蘇生出来るだろうと信じているので、あっちは大丈夫だ。
その辺りはクロードも同じようで、逃走しようとする女王バチを追い掛ける方に参加していた。
「まあ本来ならばリナが自分で始末したいでしょうけど」
「違いない」
散々自分の死体を弄ばれたんだから、怒りもひとしおだろう。が、とりあえず今回は勘弁してもらうとして。
しかし全力で逃げる女王バチは意外と素早く、追い掛ける俺達を撒こうと街中を飛び回っている。空中を飛んで追い掛けているアリア以外は、ともすれば逃げられそうになるほどだ。というかアリアも、女王バチの速度に少し置いていかれている。
「あっちの建物の影に逃げたぞ」
ぐねぐねと移動しながら逃げていく女王バチを見失わないようにしながら街中を駆け回った俺達は、向こうの建物の角を曲がり一瞬見えなくなったことを焦りながら走り続け。
「きゃ!」
どん、と誰かにぶつかった。悪い、とそのぶつかった相手に手を差し伸べる。オレンジ近い金髪の、少し癖のあるロングヘアーをしたタレ目の美少女である。大丈夫です、とその手を取った美少女は、急いでいたみたいですけど、何かあったんですかと俺に問い掛けた。
「あ、そうだ、女王バチは」
「見失ったわ」
アリアが首をゆっくりと振る。シトリーもラティもクロードも周囲の探索をしていたが、同じように首を横に振っていた。
しかし、まずい。あいつが残っていると再び街に被害が出る。どうにかして見付け出して始末しないと。
「あ、あの、ひょっとして私、何かの邪魔をしてしまいましたか……?」
しょぼん、と少女が項垂れる。いや、別にそういうわけじゃないから安心してくれ、と宥めながら、念のため俺達と一緒にいたほうがいいと俺は告げた。女王バチが見当たらない以上、いつ寄生されるか分からない。ここでじゃあと別れて寄生されましただと寝覚めが悪いしな。
「……」
「どうしたクロード」
「いえ、少し気になることが」
そう言って少女を見る。いきなりのそれに少女がビクリと震え、近くにいた俺に抱きついた。あ、意外とボリューミー。
「エミル、あんたってやつは……」
「おっぱい大好きだよねぇ……」
「違う違う、誤解だ」
ジト目で俺を見るアリアとシトリーに弁明をしながら、それでどうしたんだとクロードに問い掛けた。問われた方は、大したことはないのですが、と少女から視線を離さない。
「あまりにもタイミングが良すぎる、と思って」
「タイミング、っていうと」
「私達が追い掛けて、建物の角を曲がる。そこに丁度良くいるものでしょうか」
「女王バチは飛んでるんだし、道を歩いてる人くらいはいるんじゃ」
「待って」
アリアがラティの言葉を遮る。そういえばそうだ、と視線を少女に向けた。そもそも、今の状況で街を呑気に歩いている時点でおかしい。そう言葉を続けた。
「さっきまでスロウの状態異常回復で虫を吐いてたんだから、そんな平然と動けるはずないもの」
「そういえば、街の人ほとんどうずくまってるよぉ……」
言われてみれば。ぐったりしている人が殆どで、歩いている人も顔色は悪い。俺に今抱きついている美少女みたいに、平然としている人間は見渡す限りいない。
と、いうことは。
「な、なんですか……?」
視線を受けた少女がビクリと震え、そして俺に縋るように抱きつく。怖い、どうして私が、そんなことを言いながら震える姿はただのか弱い美少女にしか見えないが。
「スロウかリナさんがいれば状態異常回復でどうにか出来たかもしれないけど」
「丁度両方いませんね」
そうなると、もう直接ぶった切るなりなんなりしないと駄目ってことか。そんなことを思いながら、俺は少女からそっと離れて剣を抜き放った。
「ひっ! な、何なんですか!?」
「悪いな。お前が女王バチだって証拠はないが、今回ばかりは疑いでもやらせてもらうぞ」
「な、何を……え、や、やだ、いや、やめて、殺さないで……!」
ぺたんと腰を抜かす少女、その拍子にスカートが捲れ上がったが、そんなことを気にしている余裕もないらしい。まあ今から殺されるかもしれないって時にそんな心配していられないか。
クロードが俺の横に立つ。もしそういうことがやりにくいのであれば、そう俺に述べたが、いや大丈夫だと返した。これで勘違いなら確かに罪悪感もあるが、現状の状況証拠を見る限り、間違いない。
「た、助けて! 誰か!」
少女の悲鳴を聞いてこちらに注目が集まってきた。が、いかんせん街の住人は現状それどころじゃない。さっきまで寄生されて、状態異常回復効果で虫を吐き続けていたんだ。他の誰かを助ける余裕なんかありはしない。これは、女王バチが自分で蒔いた種だ。
ガタガタ震えながら少女が必死で立ち上がる。そのまま走って逃げようとしたので、俺は追い付いて剣を振るった。
が、その直前に虫の羽を生やした少女が空に飛び上がる。やっぱり女王バチの擬態だ、と確信を持った俺達は、再度追いかけようと足を踏み出し。
「流石に準備は出来てるわよ」
風の壁に阻まれ逃げられなくなった少女が空中でもがいていた。四方八方逃げ道を奪われた少女は、絶望の表情をしながらこちらに必死で訴えかけている。
「ち、違います! こ、この羽だって何で生えているか分からなくて……わ、私、どうなっちゃってるんですか!? 怖い、やだ、助けて!」
「まあ寄生されているんだとしても、後でスロウに蘇生させてもらえばいいでしょ」
アリアがそんなことを述べる。まあ今回ばかりはその意見に賛成だな。ここで逃してまた広範囲に被害が出るくらいなら。なんて考えられるのは、あの少女が知り合いじゃないからなんだろうけど。
「クロード、お前はどう思う?」
「……始末しましょう、今ここで」
暫し考えたようだったが、クロードもその意見に頷いた。それじゃあ、とアリアが扇を広げ、こちらに助けを求めている少女を見やる。
「弾けろ!」
パラパラと少女の残骸と、そして女王バチのパーツが落ちてくる。どうやらこれでおしまい、でいいみたいだな。
爆発が目印になったのか、スロウとアスカさん、そして蘇生されたリナさんがこちらに駆けてきていた。そうして女王バチと少女の残骸を見て、成程と頷く。
「スロウ、この娘は蘇生できるか?」
「いや、これ多分この女王バチの擬態のパーツですね。魔王級なんで寄生しなくても人型に擬態できたんだと思いますよ」
それならいいけど。そんなことを思いながらリナさんを見た。完全復活を遂げているようで、迷惑かけたね、とクロードに笑みを浮かべている。
「いやぁ、あんなのに寄生されるとは不覚だったわ」
「ええ、本当に。もう少し普段から聖女らしいことを心がけておけばいいのでは?」
「そういうこと言う? まあでも今回みたいなことがあると確かにそうかもって思っちゃうね」
あはは、と笑ったリナさんとクロードは普段通りに見える。おいラティ、何か変なこと考えるなよ。と、二人を見ていたラティが怪しげだったので、一応釘を差しておいた。
「別にラティもその辺空気は読むわよ。さ、新しい観察対象が増えたわね」
「お手柔らかにお願いするでござるよ……」
苦笑するアスカさんであるが、とりあえず止める気はないらしい。まあ観察するだけなら別段害があるわけでもないし、しょうがないか。
そんなことを思いながら息を吐いたタイミングで、横合いから声が掛かった。終わっちゃいましたか、と述べられた。
ば、と振り向く。ダボダボの袖をゆらゆらと揺らしながら、ヘンリエッテが女王バチと少女の残骸を見下ろしていた。
「ヘンリエッテ!」
「もう、そんな叫ばなくても聞こえていますってば。はい、スロウさん、どうしました?」
「どーしたもこーしたも。ここでお前をぶっ殺してやります」
「出来ますか? 少し疲れてません?」
「この程度の疲れはへーきですよ」
「そうですか。じゃあ、もう一度疲れさせましょうか?」
そういうと女王バチと少女の残骸にダボダボの袖をかざす。おい待て、お前まさか。
「《リザレクション》」
スロウが使うものとは違う、どこか禍々しい光が残骸を包み、そしてその光が収まった後には再び無事な姿の少女が立っていた。自分の状況が分かっていないのか、ペタペタと自身の身体を触っていた少女は、横にヘンリエッテがいることに気付いて慌てる。
「主様! わ、私を復活させてくれたんですか!?」
「そうですよ? さ、もう一回街を寄生バチの群れにしちゃってください」
「は、はい。すぐに――」
そうして少女が動き出すよりも早く、リナさんが自身の大斧を振るっていた。ヘンリエッテごと両断せんとしたその一撃は、軽い調子でヘンリエッテが躱したことで少女のみを両断する。
「――え? うそ……」
ズルリと上半身と下半身が泣き別れる。どしゃ、と地面に上半身が落ちるのに少し遅れて、下半身が膝から崩れ落ちた。
「あらら。すぐにやられちゃいましたね。まあこの娘は戦闘力はそこまでないからしょうがないかもしれないですけど」
真っ二つになった少女を見下ろしながら、ヘンリエッテは呑気にそんなことを述べる。自分の部下がやられたっていうのに、まるで堪えた様子がない。興味がない、と言ったほうが正しいか。
「主、様……わ、私……」
「あ、まだ生きてたんですね。でも、回復させてもすぐに邪魔されちゃうみたいですし。うん、あなたはもういらないかなぁ」
「え……? ま、待って……! 主様……見捨て、ないで……!」
「そう言われても。もう一回やってみます? 次は街をすぐに寄生バチの群れに出来ます?」
「やり、ます……だから……主、様ぁ……」
「しょうがないですねぇ。もう一回だけですよ」
やれやれ、と肩を竦めながら少女を回復させる。泣き別れていた上半身と下半身を繋げられた少女は、次こそは、と周囲に向けて寄生バチの卵を飛ばし。
即座にスロウとリナさんによって回復させられた。
「あ、え……嘘……」
「聖女が二人だと、さっきほど疲れさせる効果もなさそうですね。はい、失格」
「あ、主様! 私まだやれます!」
「勇者級への寄生もこの調子だと無理そうですし、実験結果はまあ、失敗ってところですかね」
そう言って少女を見たヘンリエッテは、とん、と軽く少女を押した。ぐえ、と押された少女は吹き飛ばされ、そして俺達の下へと転がってくる。
「あげます、それ。アピスちゃんっていうんですけど、結構可愛いですし、エミルさんのエッチのお供にどうです?」
「いらねえよ」
「そうですか。じゃあ、こっちで処分しておきますね」
「……え? ま、待ってください! 私、この体結構スタイルいいですし、ほ、ほら、え、エミル、さん? にも満足してもらえると思うんです! だから、だから私をもらって――」
ぐしゃ、とアピスがヘンリエッテの一撃で潰れた。ズルズルと袖から出した巨大な鉤爪のついた腕が、そのままアピスの残骸を引きずっていく。
そんな光景を見て思わず固まった俺達に気付いたのか、ヘンリエッテは首を傾げた。
「アピスちゃんのこと、いらないって言いましたよね? やっぱり欲しくなりました?」
「……いや、そうじゃない。そうじゃなくて」
そんなゴミを片付けるみたいに部下を始末するのか。そんな言葉が出掛けて、飲み込んだ。多分その質問には間違いなく肯定される。それがどうした、と言われる。
そうして俺が何も言えないでいると、じゃあそろそろ帰ります、とヘンリエッテは足元に魔法陣を出現させた。
「あ、待ちなさい! わたしがぶち殺すって言ってんじゃないですか!」
「ああ、そうでしたね。でも今日はスロウさんも疲れてるみたいですし、また今度にしましょう」
「ふざけんじゃ」
「ではまた。みなさん、もしこちらの仲間になりたかったらいつでも言ってくださいね」
ついさっき空きも一つ出来ましたし。軽い調子でそんなことを述べたヘンリエッテが去っていく。事件自体は解決したが、まったくめでたしではないその結果に、俺達は暫く立ち尽くすことしか出来なかった。