教国から帰ってきた俺達は、ギルドの報告も後回しにして家に戻る。
あの後は、改めてリナさんとアスカさんにはお礼を言われて、クロードも本当によかったと心底安堵した表情を浮かべていた。いやまあ、ラティじゃないけど、そういう感情を持っている相手が中身を食い尽くされた死体になってたんだし、そんな表情になるのも当然か。なんて思ってしまう。
元凶であったアンガービーの魔王級、アピスはヘンリエッテに始末されたので、これで被害が広がることもないだろう。ヘンリエッテ自身も実験は失敗かなどと言っていたので、もう一度同じ事件が起こる可能性もそう低いはずだ。
そのまま二日ほど報告を後回しにしていた俺達は、お姉さんにその旨をようやく伝えると、そのままグダりと椅子に体を預けた。色々と疲れた。何より身近な人が無惨な死体になるのを目にしたしな。
「私もエミル君の前で死んだことあったけどね」
あはは、とマイア姉さんが笑う。いや笑い事じゃないんだよ。知り合いが殺されるのって結構心にダメージが来るんだよ。
「そー思うんならエミルも一回死んだの深く反省してくださいね」
「分かってるよ」
分かっているが、スロウやアリア、シトリーが目の前で死んでしまうくらいなら、俺が死んだほうがいくらかマシだと思ってしまう。その後のことを考えてない辺り、ただ単にみんなの死体が見たくないだけなんだろう、なんて。
「わたしはエミルになら殺されてもいいですよ?」
「嫌だっつってんだろ」
「そうね。最近スロウの気持ちがあたしも分かってきたわ」
「そうだねぇ……」
「アリアとシトリーまで何言ってんだよ」
アンガービーの寄生がまだ印象に残っているのか、三体ともそんなことを言い出す。その話ならあの時絶対に嫌だって言っただろ。何としても助ける方法を探し出す。
「でも実際、アピスの使う寄生は中身を食い尽くすから、蘇生くらいしか助けられないんですけどねぇ……」
横合いから声。この挑発的な甘ったるい声は、とそちらに振り向くと、グリュセが笑みを浮かべながらカウンターに座っていた。お前いつの間に、と睨み付けると、ちゃんと扉を開けてきましたよ、と悪びれることなく言葉を返す。
「だからスロウちゃんは絶対に寄生されたら駄目ですよ?」
「心配されなくても、属性頂点から貰った薬でその辺の耐性はできてます」
「油断は禁物ってことですよ。勇者級だって中身を食い尽くされたんですから」
スロウの言葉にグリュセがそう言って笑う。まあ、もう死んだので関係ないかもしれないけれど。そう続けて再び笑った。
「あいつ嫌いだったんですよねぇ……。寄生して中身を食い尽くして操るとか、どーにも気に食わなかった」
「お前も似たようなものだろ」
「失礼な。私が用意するのは偽物ですよ? 本物と見分けのつかない偽物相手に困惑する姿、あるいは本物とまったく同じ偽物が死んでいくことによってえぐられる心。あくまでも本物が存在しているのがいいんじゃないですかぁ……」
「でも最終的には取り込むんでしょう?」
アリアが睨み付けるような目でグリュセにそう告げると、グリュセは以前までとは違いますよ、と曖昧な返答をした。
まあどっちにしろ碌な趣味をしていないことは分かった。元々する気もなかったが、説得が無理だって言うことも分かった。
「そーですか? 私、こうして向こうの情報提供してあげたじゃないですか。もし私が言わなかったら、きっとあの教国の勇者パーティーは今頃死体になってましたよ」
言葉に詰まる。確かにあの状態では、リナさんが寄生されて死体になっていた時点で詰みだ。クロードだけではどうにもならないし、アスカさんもリナさんも助からない。俺達がそれを知るのは、多分もう手遅れになった後で。
「ほら、そー考えると、私は味方、みたいなものじゃないですかぁ……?」
「抜かしてろ。そもそもお前が復活する前にやらかしてたことを忘れたとは言わせないぞ」
「あれはもう水に流してくださいよ。ちょっとした、い、た、ず、ら。みたいなものじゃないですか」
あんなもんを悪戯で済ませていいわけないだろ。村を一つ丸々取り込んで全滅させたなんて所業を許すわけにはいかない。
たとえスロウが全員蘇生させて村は元通りになっていてもだ。
「まあ、そんな昔の話はどうでもいいです。今の話をしましょう?」
「今の話って、そもそも何の話をしに来たんですか?」
「依頼をこなしてくれたお礼、ですよ」
お礼も何も、あの時にもらった依頼書の依頼料は空欄だった。だから依頼料なんか元々貰う気もなかったんだが。大体お前お金なんか払えないだろう。
「別にお金は持ってますよ? その辺の、野盗とかから巻き上げたものがありますし」
でも別にいらなさそうですよね、とグリュセが笑う。巻き上げたというか捕食した、が正しいんだろうし、野盗だけとは限らないであろうそんな金など受け取れるはずもない。
俺の反応を見て頷いたグリュセは、じゃあこうしましょう、と指を一本立てた。
「何か一つ、言う事を聞いてあげます」
「素直に討伐されろ」
「それは聞けませんねぇ……。別に何でも、なんて言ってませんし」
そう言って挑発的で甘ったるい笑顔を浮かべたグリュセは、まあ今すぐとは言わないんで、と席を立った。おい待て、ここで逃がすわけ無いだろ。そんなことを思い立ち上がった俺は、そのままグリュセの腕を掴み。
「エミル!?」
「あは。ひっかっかったぁ……」
グリュセの《テレポート》に、そのまま巻き込まれた。
「エミル、エミル。だいじょーぶですか?」
「は?」
光が収まると、そこは見慣れない場所だった。どこかの空き家だろうか、手入れはされているように見える。そんな周囲を見渡している俺の横にはスロウ。いや、違う、本物そっくりだが、これはグリュセの作った偽物だ。
「なに言ってるんですか。エミルが《テレポート》に巻き込まれそうだったんで、私も慌ててそれを掴んで一緒に巻き込まれたんですよ」
「……そうかい」
もっともらしい理由が述べられるが、どうにも目の前にいるスロウが本物とは思えない。さっきのグリュセの言葉を聞いた後だから、尚更。
「それが向こうの狙いなんですよ。わたしはちゃんと本物ですから安心してください」
「分かった分かった。じゃあ本物のスロウ、グリュセもいないし、さっさと《テレポート》で帰るぞ」
「そーですね」
俺の言葉にすんなり頷いたスロウは、そのまま《テレポート》を唱え始める。あれ? 本当に本物? いや、確かにそう言われると本物のスロウの気がしてくる。
並んでいると見分けがつくが、一体だけだった時には本当に見分けが付かない。以前のスライムの時と違って能力も完全コピーしていることだし、余計に。いや、スロウは完全にはコピー出来てないんだったっけか。だとしても《テレポート》くらいは使えるのか。
「分からん」
「どーしたんですか? 早く帰りますよ?」
「ん? ああ」
そうして《テレポート》の魔法陣に入ろうと足を一歩踏み出し、そして慌てて下がった。いや待て、これ本当に帰りの《テレポート》か? 入ったらまた別の場所に飛ばされるんじゃないのか?
「スロウ」
「さっきからどーしたんですか?」
「……帰る前にこの場所の探索がしたい。その《テレポート》でアリアとシトリーをこっちに持ってこれるか?」
「こないだみたいな感じにですか? 別にいーですけど」
そう言って魔法陣の光に手を突っ込んだスロウは、アリアとシトリーを引っ張り出してくる。いきなりのそれに目を見開いていた二体だったが、俺の説明を聞いてそういうことなら、と頷いた。
……なあ、こいつら本当に本物なのか? スロウも、アリアも、シトリーも。実は偽物だったりしないのか?
「疑り深いわねぇ」
「まあ、でも、しょうがないよぉ……」
やれやれ、とアリアが肩を竦め、シトリーが苦笑する。うん、まあそう言われても仕方がないんだけど。相手はグリュセだ、警戒しすぎるに越したことはない。はずだ。
それはそれとして。ここはいったいどこだ? グリュセの住処か何かだろうか。そんなことを思っていると、まあそんなところですという声が響いた。こないだみたいにスライムの欠片を使って声を届かせているらしい。
「本当はエミルだけを呼び寄せるつもりだったんですけど。しょーがないですねぇ……」
やれやれ、といったふうな声が響く。が、それが演技なのか本気で言っているかも分からない。予想外の状況になっているのか、想定通りなのかも分からない。
何もかも分からないまま、俺はグリュセの声を聞く。せっかくなのでちょっとしたゲームでもやっていきましょうと続けられた。
「ゲーム?」
「はい。この家は私のスライムで施錠してあるので、ちょっとやそっとじゃ出られません。でも、とある条件を満たせば開くようになっています」
「そんなもの、この家ごと破壊すれば」
「ちょっとしたゲームだって言ってるじゃないですかぁ……。いいんですか? もし勝てば、エミルの知らない主様の部下の情報を教えてあげますよ?」
「お前が本当のことを言うとは思えないな」
「アピスの情報は本当だったでしょう?」
それはそうだが、それはお前がアピスのことを嫌いだったからって理由だろ。それともまだ嫌いな連中がいるからとかそんなオチか。
「流石にそんなことはないですけど。それに、その辺は主様にも許可取ってありますし」
「……つまり、これもヘンリエッテのいう実験の一環か」
「どっちかというと私の能力調整に付き合ってもらう感じですねぇ……」
信頼してますよ、という言葉を聞いて吐き捨てるような返事をした俺は、もういい、それでなにをするんだと問い掛けた。これ以上こいつと話していても仕方がない。
じゃあまずはそこの扉を開いてください、と促されたまま扉を開く。思った以上に広く何も無い部屋が眼の前に広がり、なんだこれと思わず呟いた。
「エミルさん!?」
「エミル?」
そして部屋にいた先客は見たことのある顔。アルはどうしてここに、とこちらに駆け寄ってきて、オルはそれに遅れるようにゆっくりとこちらに歩いてきた。というかお前らはどうしてここに?
「依頼よ。急に出現した得体の知れない建物の調査」
「なんですけど、入ったら出られなくなって。とりあえず調査をしていたら、エミルさんが奥からやってきて」
ということはここは帝国なのか。そんなことを考えた俺は、そこでふと気が付いた。スロウ達がいない。慌てて振り向くと、既に扉は閉じられており、どうやっても開かないようであった。試しに、と剣で切り裂いてみるが、スライムでコーティングされているのか、切り裂いたそばから再生されてしまう。
「スロウ! アリア! シトリー! 聞こえるか!?」
「聞こえますよ! エミルがどんどん先行っちゃうから置いてかれちゃったじゃないですか!」
「あんたねぇ、もう少し落ち着きなさいよ」
「うんうんうん……」
扉の向こうからそんな声。それは素直に申し訳ない。そんなことを思いながら、そっちからでもやっぱり扉を開けるのは無理かと問い掛けた。アリアによる爆発が何度か巻き起こったが、やはり扉は再生してしまう。
「しょーがないんで、エミルはエミルで頑張ってください。わたしたちはこっちで何か探します」
「ああ、分かった」
扉越しの会話を終了させた俺は、悪い待たせたとオルとアルに向き直る。そうしながら、ここの部屋は調べたのかと問い掛けた。
「調査してたって言ったでしょ? 聞いてなかったの?」
「ああ、悪い」
「私達の入ってきた扉と、エミルさんの入ってきた扉。後もう一つ扉もありますけど、どれも閉まってますね」
あっちがオルとアルの入ってきた扉、これが俺の入ってきた扉。それで、向こうにある扉で出入り口は計三つ。そしてそのどれもが開かない。グリュセの言う通り能力調整に付き合わされているとしたら、開けるべきはあの三つ目の扉だろう。
だが、その扉を開ける条件がわからない。どこかにそれが書いてあれば話は別だろうが、見渡す限りそんな文字はどこにも。
そんなことを考え始めた時、ふと気になってオルとアルを見た。そういえばこの場所に調査に来たと言っていたが、本当だろうか。というよりもだ。
あのオルとアルは、本物だろうか? グリュセの空間にいるというだけで、その心配を常にしなくてはいけないというのは非常に厄介だ。
まあそもそもさっきのスロウ達も本物だと確証を持っているわけでもないのだが。疑い始めたらキリがないが、それこそ向こうの思う壺だ。
「どうしたんですか? エミルさん」
「あ、いや、何でもない」
アルを見る。どう見ても本物にしか見えない。横にいるオルも同様である。何か本物と偽物を見分ける方法でもあれば話は別なのだが、いかんせんそんなアイデアは出てこない。
まあいい。とりあえず常に偽物である可能性を忘れずに心に留めておくとして。
「何はともあれ、まず部屋を脱出する必要が……ん?」
開かない先に進む道であろう扉を調べていると、横に何か貼ってあることに気が付いた。どうやら壁紙を上から貼って隠していたらしく、丁度めくれるようになっている。
今のところこれ以外に手掛かりはないし、思い切って捲ってみよう。そう思いベリベリとそれを剥がすと、そこには何やら文字が書かれていて。
「エミルさん? それは――え?」
「何を見付けたのよ――は?」
俺のその行動に気付いた二体がその文字を見て動きを止めた。俺はまだよく確認してなかったので、二人が何でそんな状態になったのかと思いながらそれを見る。
えっと、何々?
「……相手を抱かないと出られない部屋」
「え、エミルさん、これって、いや、そっちの意味じゃないですよね!?」
慌て出すアルとワナワナ震え出すオル。いやまあ、確かにこれはどっちの意味とも取れるな。普通に抱きしめれば開く可能性だって全然ある。
ちなみにもしそうじゃなかった場合は、俺はどうすればいいんだろうか。いや、アルには一度告白されたことがある。あの時はまだアリアやシトリーとも付き合うという選択をしていなかった頃であり断ったが、今だとどうなのだろう。あの二体も受け入れて、アルは受け入れないというのも何か違う気がする。
「え、エミル、さん……」
「ど、どうしたアル?」
「私、その……エミルさんになら」
「アル!? 何言い出してるのよ!」
「だってそうしないと出られないって――ううん、違う」
ぎゅ、と俺に抱きついてくるアル。これで開くなら、とか考えている暇もなく、アルは俺に唇を重ねてきた。
「私が、エミルさんと、したい、の……」
「アル……!」
オルが物凄い複雑な表情を浮かべている。が、そんなオルに気を回している余裕がない。アルがそんな積極的にグイグイと来ているから、というのもそうなのだが。
さっきからずっと考えている、これが本物のアルかどうかについてだ。まあグリュセのことだからきっと偽物も本物と同じ行動を取るようにしているだろう。そう考えると、ここで見分けるのは難しいと言わざるを得ない。
まあとりあえず、扉が開いたかどうかだけ確認しよう。抱きついてきたアルをそっと離し、例の扉に手を掛けた。がちゃり、とあっけなく開いたそれを見て、オルとアルが目を見開く。
「あ、あははは……い、行きましょうかエミルさん」
そう言って頬を掻いたアルがギクシャクしながら扉を進む。それに続いたオルは、俺を見ながら盛大に溜息を吐いた。