引き続き、グリュセのテリトリーの中を進む。オルとアルが本物かどうかはまだ分からないし、今別行動をしているスロウ達だって偽物の可能性がある。味方はいない、と考えてもいい状況の可能性も高い。
「どうしました? エミルさん」
「また変なこと考えてるんでしょ。ほっときなさい」
アルが心配そうに俺に声を掛ける。そんなアルに大丈夫だと声を掛け、オルには確かに変なことを考えてた、と返した。
そんな俺の答えを聞いたアルが笑う。どうした? 何か俺変なこと言っただろうか。
「いえ、違うんです。おねえちゃんの方が」
「私がどうしたのよ」
「エミルさんのこと好きなのに、素直じゃないなあって」
「はぁ!?」
「さっきだって本当は心配してたでしょ? 私分かるもの」
「何を言ってるんだか」
はぁ、とオルが溜息を吐く。そんな姉を微笑ましい表情で見ていたアルは、嘘だと思うなら、と次の部屋らしき扉を見ながら言葉を紡いだ。
もし同じ仕掛けなら、次はおねえちゃんを抱きしめてあげてください。そう言って、扉を開いた。
「あ、こらアル。そんな無警戒に扉を開いたら駄目じゃないの」
「でも、エミルさんの言うことが正しいなら、ここの例の大魔王級の部下の実験だとか能力調整だとかの一貫でしょ。危険な罠はないと思うの」
「そういう楽観的な考えは、ああもう」
オルもアルに続いて扉をくぐる。俺はまあ多少アル寄りの意見だったので、特に何も言わず部屋に入った。少なくとも今のところ、グリュセは直接的な危害を加えていない。恐らく何かしらの意図があるはずだ。
あるいは、そうやって俺達を罠にはめているかだ。
「どっちにしろ、スロウ達がなんとかしてくれると助かるけど、いや、でも」
あのスロウ達が偽物なら何とかしてくれるはずもない。よくよく考えると、扉に入らなかったのも俺が先行しすぎたからだって言ってたけど、実は元々そういう算段だったんじゃないか、とか。
「いい感じに疑ってますね」
部屋にグリュセの声が響く。何だ、とキョロキョロ辺りを見渡すオルとアルにグリュセの能力だと説明し、いきなりどうした、と問い掛けた。
「別に大したことじゃないですよ? 私の思った通りに、しっかり疑ってくれているのが嬉しくて」
「疑い?」
「そーですよ。そこのエミルさんは、さっきから自分以外が全員私の作った偽物じゃないかってずっと疑ってるんですよぉ……。勿論、あなた達も」
ば、とオルが俺を見る。その表情はどこか信じていたものに裏切られたような、そんなもので。
いや、違う。そう言いたかったが、それも全部偽物の仕込みじゃないかという余計な思考が消えてくれない。くそ、グリュセの実験っていうのはひょっとして。
「エミルさんは、私が偽物かもしれないと思っても、さっきは拒まななかったんですか?」
「ちょっとアル」
そんな中、アルは別の意見を持ったらしい。オルが目を見開く中、アルは俺にそっと近付く。そうしながら、もう一度俺にぎゅっと抱きついた。
「やっぱり、拒まない……。それって、私のこと、受け入れてくれるって期待してもいいんですか?」
「それは」
どう答えればいいんだろう。スロウは、わたしが一番であればいい、とか言っているが、だからといって既にアリアやシトリーも彼女にしている状態で更にアルも、は大分まずい。
いや今更ではあるが。そういう意味で言えば、アルを拒むのはおかしいだろと言われてしまいそうではあるが。
「俺、今スロウだけじゃなくて、アリアとシトリーも彼女にしてるんだ」
「知ってます」
「多分、受け入れても、きっと今までと扱いはそんなに変わらないし、多分彼女になったという立場の分だけ悲しい思いをすると思う」
「それでも、私は」
「アル」
アルの言葉をオルが遮る。腰に手を当てながら、じっと真っ直ぐにアルを見詰めていた。
アルはそんなオルの視線を受け、言葉を飲み込む。ゆっくりと俺から離れると、ごめんなさい、と頭を下げた。いや、これはむしろ俺の方こそごめんと言うべきだと思う。
「そもそも、私が本物かどうか分からない状態で告白しても仕方ないですよね」
「あ、いや、それは」
「ふふっ。大丈夫です。この空間を脱出して、私が本物だって証明したら。……その時に改めて、告白します」
「アル……」
「まったく……」
やれやれと頭を振るオル。そうしながら、オルは俺をジロリと睨んだ。これだけの覚悟を妹が見せたのだから、ちゃんと答えてやれ。視線だけでそう言っているのを感じた俺は、分かってるよと頷く。
まあ何はともあれ、この悪趣味な場所から出ないとな。そんなことを思いながら部屋を見渡すが、対面に扉があるだけの、先程と同じ形式の空間だ。
だが違うのは、今度は隠されることなく向こう側の扉にはっきりと条件が書かれていること。それは。
「だ、誰か死なないと出られない部屋……?」
アルが目を見開きながら後ずさる。既に来た扉は施錠され開かない。もし開くとしたら、対面の扉と同じ条件なのだろう。
周囲を見渡しても、俺とオル、アル以外に何かは見当たらない。条件を満たせるモンスターが配置されている、などという甘っちょろいことをあのグリュセがするはずがないか。
そんなことを思っていると、部屋に声が響いた。挑発的な甘ったるい声。グリュセが、さあお楽しみはここからです、と述べていた。
「何がお楽しみだ」
「お楽しみじゃないですか。それとも、私の好きなことをもう忘れたんです?」
「お前の発言なんか一々覚えているわけねえだろ」
「それもそーですね。じゃあ、今回はと、く、べ、つ、に、抜け道を用意してあげましょう」
何を言い出すかと思えば、と舌打ちしたタイミングで天井から何かが降ってくる。あいたた、とぶつけた腰を擦っているのは、オレンジに近い金髪の少し癖のあるロングヘアーをしたタレ目の美少女。キョロキョロと周囲を見渡しているその姿には見覚えがあった。
ついこの間、教国の街の一つを荒らし回った魔王級で、ヘンリエッテに始末されたはずの、アンガービー。
「アピス!?」
「あ、そういうあなたは確かエミルさん。こんなところで会うなんて奇遇ですね」
パンパンとスカートの埃を払うように手で叩いた後、アピスは立ち上がり笑顔を見せた。
どういうことだ? あいつは確かにヘンリエッテが始末したはず。あの後回収した残骸をもう一度蘇生させた? そんな面倒なことをわざわざヘンリエッテが?
「驚いていますねぇ……。よかったよかった」
「っ!? グリュセ、お前まさか」
「そーです、大正解。そのアピスは私が作ったコピーです。あ、ちゃんと死ぬ直前までの記憶も踏まえて作ってますから、安心してくださいね」
何を安心すればいいのか。そもそもこいつがやったことは到底許せることではないし、改心したから始末されたとかいう末路でもない。ぶっちゃけて言ってしまえば、殺すことに何の躊躇いもない。
まあつまり抜け道というのはそういう意味なんだろう。アピスを用意して、そいつを殺すことでここの扉を開けさせるという、そういう魂胆で。
本当にそうか、と疑問がよぎった。そんな簡単なことを、こいつが? そもそもそれで何の実験になるんだ?
「不思議がってますねぇ……。まあ、それについての答えを言うのは簡単ですけど、それじゃあつまらないですし。さ、アピス、エミル達をやっちゃってください」
「何でお前に命令されなきゃいけないんですか」
「別にやらないならいいですけど、その場合エミルに殺されますよ?」
「へ? な、なんで? どうして? 私何もしていないですよね!?」
まあコピーではあるが、元々の所業が所業であるし、オルとアルの命を天秤にかければ当然のように傾く方向は決まっているわけで。
オルとアルも武器を構え、アピスと対峙する。そんな、とよろけて後ずさっていたアピスも、やがて覚悟を決めたように真っ直ぐに前を見た。
「それじゃあアピスにはいいことを教えてあげます。ここを出られたら、自由の身にしてあげますよ。再び主様の部下やってもよし、好きに暴れるもよし。どーです? 破格でしょう?」
「言いましたね? その言葉、忘れないでくださいよ!」
ば、と背中に蜂の羽が生える。空中に浮かび上がったアピスは、そのまま尻尾を生やしたような形で昆虫の下腹部を生み出すと、その先端の毒針でこちらに襲い掛かった。
どうでもいいがウィアとウェルと同じように、その体勢だとパンツが丸見えである。
「その程度の速度でどうにかなるとでも?」
剣で毒針を弾く。空中で攻撃を弾かれたことで体勢を崩したアピスは、わわ、と慌てながら素早く空中へと退避した。アリアがいればこの状況でも追い打ちが出来るんだが。
そんなことを思ったが、そもそも別に遠距離攻撃が出来たことを思い出してそのまま魔法剣の斬撃を飛ばした。
「きゃぁ!」
必死でそれを避けるアピス。確かヘンリエッテがそこまで戦闘力はない、と言っていた通り、他の部下、ラドーンやウィア、ウェルと比べると数段劣る。この調子ならば別段問題なく討伐出来そうだ。
「だったら!」
ぶわ、とアピスが何かをばら撒く。一見すると鱗粉に見えるが、違う。即座に俺はその範囲から脱出し、オルとアルにも離れるように叫んだ。
「なに、これ」
「わ、ぷ」
が、少し遅く、それを浴びてしまったオルとアルがケホケホと咳き込む。まずい、と俺はオルに異常回復をすぐに掛けるよう頼んだ。俺の必死な形相が伝わったのか、オルはすぐに頷くと呪文を。
「掴まえました」
「え――」
そんなオルの背後に回っていたアピスがオルを針で突き刺す。何かを注入するような仕草を取ったアピスは、満足そうにオルから離れた。
「この娘達は勇者級にはなってないですよね? よかった、そこまで難しくなくて」
「アピス、お前オルに何を」
「何って、直接幼虫を注入したんですよ。こうすればすぐに代理統率者が作れます」
代理統率者、あの時のアスカさんに寄生していた女王バチみたいなやつのことか。となると、まずい、すぐに吐き出させないと、オルが。
「おねえちゃん!? しっかりして!」
「アル……大丈夫よ。私は、こんなのに……はぅっ!」
ビクンとオルの体が跳ねる。苦しそうに胸を押さえ、ゼーゼーと荒い息を吐いた。何とかして状態異常を回復させようと呪文を唱えるが、あまり効いていないようでどんどん顔色が悪くなっていく。
「聖女の呪文ならともかく、上級冒険者の使える状態異常回復じゃあ、直接の注入は防げません」
「なら、今すぐお前を倒せば」
「出来るといいですね」
空中に逃げて時間を稼ぎ始めるアピス。魔法剣と鞘に宿ったアリアの能力で遠距離攻撃をするが、完全に逃げの態勢に入っているアピスには決定打にならない。
「おねえちゃん!」
「……ふう」
「あ、れ? おねえちゃん?」
「だから言ったでしょう、大丈夫だって」
ゆっくりとオルが立ち上がった。そうしながらアルの頭をぽんぽんと撫でる。よかった、とそんな姉に抱きつくアルだったが、俺は違う、と叫んだ。
オルは中身を食い尽くされた。もうそれはオルの死体を操っている別の虫だ。
「そ、そんなことないです。おねえちゃんは、ちゃんと治療を成功させたんですよ!」
「そうよ。何を言ってるのよ。変なこと言わないで」
やれやれと肩を竦めるオルだが、やはりおかしい。さっきアピスが自分で言ったはずだ。オルの状態異常回復では治療できない、と。いきなりオルのレベルが上がった? そんなはずもない。だから。
「信じません! おねえちゃんがもう死んでるなんて! 中身を食い尽くされたなんて!」
「本当にね。エミル、あんたは一体何を言ってるの?」
そう言ってぎゅっとアルを抱きしめるオル。それは姉妹の抱擁のようにも見えて。
獲物を逃さないと拘束しているようにも見えた。
「アル! 違うんだ、もうそいつはオルじゃない! オルの喋り方も少しおかしいし、俺のことはあんたじゃなくてお前って呼ぶだろ? だから」
「一歩遅かったですね」
「きゃぁ!」
「アル!」
アピスの毒針がアルに突き刺さる。即座に俺達から遠ざかったアピスは、ふう、と息を吐くと部屋の扉へと向かった。
「条件は満たしましたし、私は一足先に進ませてもらいますね」
「アピス! 待て!」
「待ったら殺されるでしょう? 私はもう死にたくないんです」
扉を開けて部屋から出ていくアピス。それを追いかけようと足を踏み出しかけた俺は、アルの悲鳴で我に返った。
「アル!」
「エ、ミルさん……私、きゃぅん! どうなって……」
「大丈夫だ。すぐに治療を」
「治療する人、いないじゃないですか……。おねえちゃんも、もう」
よろよめきながらオルを見やる。大丈夫よ、と笑みを浮かべているオルは、アルに治療を施す気がないようであった。
「本当に、おねえちゃん、死んじゃったんですね……」
そしてこれから私も。そんなことを言い出したアルを、俺は力いっぱい抱きしめた。俺は馬鹿だ。あの時、スロウ達を待ってから行けば。スロウをここに連れていればこんなことにはならなかったのに。
「エミルさん、私、そうだ……ここを脱出して、エミルさんに……告白しなきゃ、いけない、の、に……」
アルが悶える。そうしてガクリと膝をついたアルだったが、暫くすると、どこかスッキリした顔でゆっくりと立ち上がった。ご心配おかけしました、と笑みを浮かべた。
「どうやら失敗したみたいですね。私はほらこの通り」
「アル」
「どうしたんですか? エミルさん。そんな怖い顔をして」
「そうよ。扉は開いているんでしょう? 先に進みましょうよ」
「オル……」
何事もなかったかのように振る舞ってくるオルとアル。だが、もう既にこいつの中身はアピスの生み出した寄生蜂に食い尽くされている。今こうして動いているのは死体で、オルもアルも死んだんだ。
「わ、ど、どうしたんですかエミルさん」
「何よ、何のつもり?」
「何のつもりも何も、もうお前達は死んでるんだ。だから」
「何を言っているんですか? 私はほら、ちゃんと生きてますよ?」
そう言って俺の手をギュッと握ってくるアル。微笑みながら、えい、と俺に抱きついてきた。
「エミルさんへの愛が、奇跡を起こしたんです。私は無事です」
「よく分からないけれど、何だかそうらしいわね」
やれやれ、とオルも肩を竦める。違う、少なくともオルは間違いなく中身を食われて死んだ。そうじゃなきゃ、あの扉が開くはずがない。だからアルも同じように中身を食われていると思う方が自然だ。
俺はゆっくりとアルから距離を取った。剣を構え、既に死んでいるオルとアルを静かに眠らせてやろうと覚悟を決める。
「ははっ、よくよく考えればお前達を殺すのはこれで二回目だ」
「エミルさん……どうして」
「エミル……あんた」
あの時はスロウがいたから蘇生出来た。でも、今回はスロウがいない。殺したらそれっきりだ。そもそも、殺すも何も、もう既に二体とも死んでいるんだけど。
俺の覚悟に合わせ、オルとアルも武器を構える。その表情は悲しそうで、何でこんなこと、と言わんばかりであった。
「エミルさん、私が正気に戻してあげます」
「しょうがないわね……エミル、ちょっと手荒に行くわよ」
それはこっちのセリフだ、と武器を構え。
「おやおやぁ、どうやら本当に忘れてるみたいですねぇ……」
クスクスと笑うグリュセの声が、部屋に響いた。