※昼と夕方の二回更新(一回目)
そもそも、元々が魔王級のモンスターが冒険者として成長していた状態なんだから、今の中身を食われた死体となったオルとアルは結果としてレベルが落ちている。それはあの時のアスカさんとリナさんの時からも明らかだ。
つまり、言っちゃ悪いが今の俺の敵ではない。
「きゃっ!」
アルの剣を弾く。そのまま追撃を、と思ったが、オルが糸を吐いて邪魔をしてくるのでバックステップでそれを躱した。中身がハチのくせに蜘蛛の糸も吐けるのかよ。そんなことを思いながらオルを見ると、何を言っているのと言う目で見られる。
「中身が食われた、なんてのがあんたの妄言だからでしょ」
「ああそうかい。じゃあ、確かめてやろうか」
一気にオルへと肉薄する。え、と目をぱちくりさせているオルに向かって、俺は剣を振り下ろした。
「おねえちゃん!」
斬、とオルが切り裂かれる。勿論そこから血は流れず、そんな体をオルは呆然と見下ろしていた。
「あ、れ……? 私、どうしたの……?」
「おねえちゃん? ど、どうして……?」
「エミル、私、本当に、虫に食われっ……!」
ビクリとオルが悶える。アルがそんなオルに駆け寄るが、どうしようも出来ないようで悲痛な表情でオルを眺めることしか出来ていない。
「エミ、ルぅ……! 私、私の体がおかしいの……っ! 何か、私の中から、何か……ひゃぁん!」
「おねえちゃん!」
「オル!」
思わずオルに駆け寄ってしまう。駄目だ、俺はクロードみたいに冷静にはなれない。もう助からないと分かっていても、それでも。
「エミルっ……私……ごめんね、素直じゃなかったけど……ぁん! あんたのこと、嫌いじゃなかったの……いやぁん!」
「オル……」
「出来れば、アルと、私で……あ、ああ、駄目、もう駄目、体がぁ、あぁん! 裂けるっ……中から何かが、出て――いやあぁぁぁぁぁ!」
バリバリとオルの体が裂ける。そこから現れた巨大なハチが、ギョロリとこちらを見た。
「お、ねえ、ちゃん……」
ぺたん、とアルが尻餅をついた。最愛の姉が見るも無惨な中から食い破られた死体に変わったのだ。嘘、嘘、とカタカタ震えながら、姉であった残骸に手を伸ばす。
俺はそんなアルを見ながら、飛び出してきたハチを剣で切り裂いた。あっさりと両断されたハチは、その場にぼとりと落ちるとドロドロと溶解していく。成程、あのアピスはグリュセの作ったコピーって話だったから、この植え付けられたハチもスライムで出来てるってことか。
「エミルさん……おねえちゃんが……」
見るも無惨な姿になったオルを、アルが抱きしめている。俺はそれに何も言えなくて、その代わりにゆっくりと剣を構えた。そう、オルは中身を食い尽くされて死んだ。
けどな、アル。それはお前もそうなんだよ。お前ももう、中身を食い尽くされた死体なんだ。
「そんな、こと……そんなことはありません」
「アル」
「違います! 私はちゃんと生きています!」
そう言ってこちらに武器を向けるアル。それ以上そんなこと言うならば、エミルさんでも。そう続けたアルは、こちらに向かって距離を詰め、剣を振り抜いた。
だが、遅い。普段のアルに比べても全然弱い。アルの一撃を受け止めた俺は、カウンターでアルの体を浅く切り裂いた。当然というべきか、その傷跡からはやはり血の一滴も出ない。
「あ……」
「アル、俺は」
「あはは……本当だ、私、もう死んでるんですね……」
ヨロヨロと後ずさったアルは、傷跡をそっとなぞって、そして自嘲気味に笑った。流石に今回はもう助からないかな。そんなことを呟いて、そして俺にゆっくり近付く。
「エミルさん」
「ああ」
「私を、抱いてください」
「え?」
「多分、もうすぐ、私の体もおねえちゃんみたいに食い破られます。だから」
そう言って俺にギュッと抱きつくアル。その肩は震えていて、今にも泣きそうで。
「エミルさんとの、最期の思い出……欲しいな……」
そう言ってアルは俺の手を自身の胸に誘導させる。柔らかな感触が手の平に伝わって、俺は思わず目を見開いた。
そのまま今度は、と手をスカートの中に誘導させる。
「あ……いや、体がっ……!」
「アル!?」
「いやっ……私、エミルさんと……やぁん! 体が、おかしい、おかしいのぉ……!」
「アル、しっかりしろ」
「エミルさん、私っ……エミルさんのこと、大好きです……だからっぁん……!」
俺の腕の中でアルが悶える。ガタガタと震え、体をどこかいやらしくくねりながら、必死で耐えるように俺を見上げている。
「私、あ、やだ……まだ、まだ死にたくない……まだ、エミルさんと、私、あぁん! 出てくるっ……中から食い破られるっ……いやぁぁぁん!」
「アル! 駄目だ、アル!」
必死でアルを抱きしめる。泣きそうなその顔に口付けをする。それによって少し落ち着きを取り戻したかに見えたアルは、しかし次の瞬間ビクリと悶えた。
「いや、いや……エミルさん、私、エミルさんの、彼女にっ……やだっ、出てきちゃうっ……食いっ、ぁん、破られぇ……あぁぁぁん!」
俺の腕の中でアルの体がバリバリと裂ける。抱きしめていた体は見るも無惨な残骸に変わり、その代わりに巨大なアンガービーが俺に向かって毒針を向けていた。
咄嗟にそれを横に躱し、返す刀で首を落とす。そうして地面に落ちたハチに、俺は追い打ちをかけるように突き刺した。ドロドロと溶けていくハチの死骸を見ながら、俺はゆっくりと周囲を見渡す。
さっきまで一緒にいたオルとアルの、中身を食い破られた死体だけがそこにあった。俺に蘇生を使えるような力はない。スロウもいない。だからこの二体は、もう、戻らない。
「好きだ、って言ってくれたよな……アル。俺さ、スロウもアリアもシトリーも彼女にしてるから、きっと迷惑をかけるだろうけど」
アルの死体にそんな言葉を掛ける。もう物言わぬ、原形も碌に残っていない残骸に、そんなことを呟く。
「そんな俺でよかったら、よろしくな……って、生きてるうちに言えたらよかったな……」
よろよろと立ち上がる。既に開いている扉に向かい、俺はゆっくりと歩き出した。
おやおや、とそんな俺に声が掛かる。当然というべきか、ここのテリトリーの主であるグリュセだ。
「随分と落ち込んでますねぇ……」
「うるせえ」
「次の部屋が最後ですから、気合い入れてくださいよ」
「うるせえって言ってんだろ」
「大丈夫ですか? そんな調子だと、部屋で待ってるアピスに殺されちゃいますよぉ……」
アピス、その名前を聞いた俺は俯いていた顔を上げた。ああ、そうだ、とりあえずあいつだけは殺さなくては。そんなことを思いながら、しかし途中で足を止めてどこかで見ているだろうグリュセを睨み付ける。
「アピスを殺したら、次はお前だ」
「おー怖い。でももう少し冷静にならないと、最後の部屋は突破できないと思いますよ」
「俺は十分冷静だよ」
「これは駄目そうですね。実験も終わらせたほうが――まあ、でもこの程度でやられちゃうようなエミルなら主様もいらないって言うか」
「何ブツブツ言ってやがる」
「心配してるんですよぉ……。今のエミルは一人ですし、正直よわよわのざこざこですからね」
ピタリと歩みを止める。その言葉が癇に障った、とかそういう意味ではない。ああ、そうだ。そう言えばそうだった、と思い出したからだ。
俺は一人じゃ大したことはない、ということを。
「グリュセ」
「どーしました? 怒っちゃいました?」
「いや、本当のことだからな。俺は一人じゃ何もできない弱っちい人間だよ」
「……あれ? 冷静になった」
びっくりだと呟いているグリュセを気にすることなく、俺は廊下を進む。そうして見えた扉をゆっくりと開くと、そこにはこちらを見て目を見開いているアピスの姿が。
「え? な、仲間殺してきたんですか? こんなに早く!?」
「ああ、おかげさまでな」
そう言ってやると、そんな、と挙動不審になる。それじゃあ計画が、などと続けながら、しかし表情を戻すとこちらを睨んだ。
「ま、まあ、ここでエミルさんを始末すれば私は自由の身です」
「それが最後の条件か?」
「そうですよ、ほら」
あれ、とアピスが指し示したのは、最後の一人にならないと出られない部屋、という文字が。おそらく出口の扉であろう横に書かれていた。
「もう少しで私が出られるところだったのに!」
「もう少しで、って。お前以外にも誰かがいたのか」
そうだ。最後の一人というのが、この空間という意味でないのならば、この部屋に入った時点で一人なのだから条件は満たすはずだ。人間じゃないから一人としてカウントしない、などという屁理屈もないだろう。
そんなことを思っていると、いましたよ、とアピスは告げた。まあもう寄生させましたけれど。そう続け、ほら、と向こうを指し示す。アピスがいたからそこに集中していたが、確かにやつの指さした先には人影があった。
そしてそれは。
「スロウ、アリア、シトリー……!?」
「エミルさんの仲間でしたっけ? ちょっと手こずりましけど、直接注入したら大人しくなってくれたんで」
ふふん、と胸を張ってそう述べるアピス。が、俺はそんなことを聞いちゃいなかった。スロウもアリアもシトリーも、そんな寄生の状態異常は無効に出来るはずだろうから、アピスの言っていたことは出鱈目だと断じれる。
「あ、信じていませんね。確かに普通の方法では無理でしたけど、私これでも魔王級で、ヘンリエッテ様の部下ですからね。勇者級ですら寄生させることの出来る実力は伊達じゃないんですよ?」
「スロウ」
「どーしたんですか? エミル」
そんなやつの戯言を聞くことなく、俺はスロウに近付いた。大丈夫か、と尋ねると、当然だという声が返ってくる。
「わたしが寄生されて中身を食い尽くされるなんて、そんなことあるわけないじゃないですか」
「そうか。そうだよな」
アリアとシトリーも、と視線を向ける。二体ともに、当たり前だと笑みを浮かべた。
「それとも、あんたはあたし達がもう既に死体になってるって思うわけ?」
「エミルくん、どうなのぉ……?」
「そんなわけないだろ」
よかった、と思わずスロウもアリアもシトリーも抱きしめる。いきなりのそれに目を瞬かせた三体も、俺の表情で何かを察してされるがままでいてくれた。
「オルと、アルが」
「うん」
「あいつに寄生されて、中身を食い尽くされて」
俺が、そんな二体にとどめを刺した。好きだって言ってくれた娘を、この手で殺した。
そんな話を零した俺は、でも、とスロウを見た。お前がここにいれば、《リザレクション》でオルもアルも蘇生させられる。
「頼めるか」
「勿論ですよ」
そう言ってスロウは笑う。任せてください、と胸を張ったスロウにキスをして、俺はアピスへと向き直り。
「ん?」
「どーしたんですか?」
「い、いや、スロウ、お前から」
うっすらと死の香りと、知らない虫の香りがした。そんなことを思わず考え、いやそんなはずはない、と頭を振った。でも、あの時、アルを抱きしめた時に感じたそれと同じ匂いがスロウからするなんて、まさか。
「だからそこの女の子達は全部寄生させましたってば。もう中身は食い尽くされて、私の注入したハチになってます」
「だから、そんなわけないだろ」
「そうよ。疑うなら私達ともキスしてみる?」
「ど、どうぞぉ……」
さあ、とハグ待ちポーズをしてくれたアリアとシトリーを再度抱きしめ、キスをする。
「……」
「んっ、どうしたのよ、エミル」
「んぅ……エミルくん……?」
駄目だ、どうにも気になる別の虫の香りと、ほんの少しの死臭。それが頭から離れない。
だが、もし。もし本当にスロウ達が食い尽くされた死体になっていたとしたら。もう俺に打つ手はない。アピスを殺すことは出来ても、それから先に待っているのは絶望だ。
いや、スロウを《リザレクション》させることさえ出来ればまだチャンスはあるか。リナさんなら、あるいは、属性頂点なら。
どちらにせよ、まずは眼の前のアピスをぶち殺さないことには始まらない。
俺は剣を構えアピスを睨む。そんな俺を見て、ひぃ、と悲鳴を上げたアピスは、空中に飛び上がるとスロウ達に視線を向けた。
「エミルさんを殺してください!」
「何を言い出してんですか」
はぁ、とスロウが溜息を吐く。そんな命令聞けるはずがない。そんなことを言いながら、スロウはアリアとシトリーに支援を掛けた。
「そうよ、何であたし達がエミルを攻撃しなきゃいけないのよ」
そう言いながら扇を広げたアリアは、鱗粉を俺の周囲に飛ばし、爆発させる。
「エミルくんに攻撃なんて、しないよぉ……」
回避をした俺に、思い切り剣を振り下ろしたシトリーは、そんなこと言っていた。
お前ら、言ってることとやってることが違う。そんなツッコミを入れると、三体はハッとしたように己を見た。
「あれ? おかしーですね」
「どうしたのかしら、あたし」
「何か変だよぉ……」
そんなふうに首を傾げながらも俺への攻撃はやめない。ちくしょう、とそれを回避しながら、俺は空に逃げ回っているだけのアピスを見た。
「お前だけは絶対にぶち殺す!」
「ひぃ! 私が何をしたっていうんですか!?」
「あらら。これはまたエミルが冷静さを失っちゃってる。私の言っていたことを思い出してくださいよぉ……」
やかましい、と部屋に響くグリュセの言葉に返しながら、俺は三体の攻撃を回避し続けるのだった。