「ところで」
「ん?」
「その紙、なんですか?」
ようやく落ち着いた俺は、スロウに言われてそういえばそんなもの持っていたと紙を見やる。何かのメモのようで、そこに書かれているのは、恐らく何かしらのモンスターについて。
「グリュセがいなくなった場所に落ちていたんだけど」
「んー。見る感じ、魔王級モンスターの説明っぽいですね」
ということは、これがあの時言っていたゲームをクリアした報酬、というやつか。あるいは、俺の心が抉られたのを見て楽しんだからご褒美、の方かもしれない。
まあどちらにせよ、この情報が本当ならばありがたいことであるが。
「それ、本当に本物なの?」
俺が手に持っていたメモを覗き込んだオルがそんなことを述べる。まあ、その疑念はもっともだ。敵の、大魔王級の部下が、しかも偽物を作り出すことに特化しているグリュセが残したメモである。怪しまないほうがおかしい。
これが例えば、ラドーンやウィア、ウェルの言っていた情報ならばもう少し信用度は増していた。そうは思うのだが。
「俺は信じてもいいと思う」
「どうしてですか?」
アルの疑問には、いやまあ何となくだけど、としか答えられなかったが。少なくとも今回の報酬で騙すような真似はしてこないんじゃないかと思ったのだ。本物があってこそ、と言っていたあいつの言葉を信じるならば、だけれど。
「え? まさかエミル、グリュセもたぶらかしたんですか?」
「してない」
だからどうしてそうなる。そもそもあいつは多分普通の親愛とは無縁の存在だ。間違いなく歪んでいる。たとえば、その相手の心が抉られる瞬間を眺めたい、とか。
「えぐられたんですか?」
スロウが俺を見ながらそんなことを聞いてくる。そりゃあ、そうだよ。だからさっきみたいな恥ずかしい姿を見せることになったんだからな。そっぽを向きながらそう答えると、成程、とスロウが頷いた。
「何が成程なんだよ」
「いや、そー考えると割と本気でエミルにたぶらかされてるんじゃないかな、と」
「なんでそうなるんだよ」
まさかあれがあいつの愛情表現だとでも言うつもりかよ。そんな愛情はごめんだし、俺はあいつを受け入れるつもりはない。そう述べると、まあそれでいいと思いますよとスロウは軽く返した。
「で? 結局ここで何があったのよ」
ジト、と俺を睨みながらオルが述べる。その顔はほんの少しであるが赤みがかっており、どこか恥ずかしそうに見えた。ああ、まあ確かにいきなり抱きついたのはまずかったよな。
「当たり前でしょ。それでどうなのよ」
「あ、ああ。えっとだな」
そうして今回の、グリュセの空間に閉じ込められたことを話した。スロウが一緒について来ていたこと、アリアとシトリーを呼び寄せて探索しようとしたがすぐにはぐれたこと。その道中でオルとアルに出会い、一緒に進むようになったこと。
何々しないと出られない部屋、みたいな仕掛けを進む羽目になったこと。二つ目の部屋でアピスがコピーとして復活したこと。そして。
「オルとアルがその途中で死んだんだ」
「それは」
「結局偽物だったんだけど。まだその時点では分からなくてな。スロウがいないから蘇生もできなくて」
コピーだったが、アルに告白されたことはまあ置いておくことにして。その後最後の部屋にはその時逃げたアピスが待ち構えていて。
スロウも、アリアも、シトリーも、アピスに寄生された死体になっていた。
「ちゃんとしっかり殺しました?」
「だから出来ないんだよそんなことは!」
「もー、エミルのことだから。寄生されたわたしが、食い破られる、助けて、なーんて言い出したら、絶対にお前だけは、とか言ったんでしょ?」
「……」
「ほらやっぱり。だからわたしはそーゆーときはきちんと殺してもらうほうがいいんですってば」
「出来るかっ!」
お前がいないと何にも出来ないんだぞ俺は。いや、もっと言うと、アリアも、シトリーも、他の皆も。仲間がいないと碌な動きも出来ないような俺が、その中でも一番のスロウを殺すなんて出来るわけがない。
「まあだからこそグリュセに目を付けられたんでしょうけど。もー、エミルの寂しがりやさん」
そう言って笑顔で俺の頭を撫でてくるスロウ。納得行かない表情ではあるがされるがままになっていた俺は、話の続きをすることにした。
スロウ達も死体が食い破られて、まあでも所詮はそこまでだったコピーアピスを討伐して。グリュセとの問答を終え、ネタバラシして満足したらしいグリュセが帰っていって。
空間がここに変わったタイミングで、オルとアル、そしてスロウがやって来たわけだ。
「……で、私達が生きてることに感極まって抱きついた、と」
「あ、はい、そうです……」
「おねえちゃん。別にそんな気にすることじゃないでしょ? おねえちゃんだってエミルさんのこと好きなんだし」
「誰がこんなやつのこと好きなのよ! ま、まあ強さは認めてあげてもいいけど?」
ふん、とそっぽを向くオルを見てクスクスと笑ったアルは、私はもちろんエミルさんのことが好きです、とはっきり口にした。
「だから抱きつかれても悪い気はしなかったですよ、むしろ嬉しかったかなぁ」
「アル……」
「え、ど、どうしたんですか? 私何か変なこと言いました?」
「いや、違う、そうじゃなくて」
コピーのアルにも似たような告白されて、その直後に殺されてしまったから、それを思い出して。そんなことを思わず口にしてしまった俺は、しまった、と口に手を当てた。
それを聞いたアルは表情を変える。そうしながら、こちらを真っ直ぐに見て、口を開いた。
「エミルさんは、それになんて答えたんですか?」
「答える前にアルは死んじゃったからな。返事は死体にしか出来なかったよ」
「じゃあ、改めて返事をもらっても、いいですか?」
「へ?」
「エミルさん。好きです。私をエミルさんの、彼女にしてください」
「ちょっとアル!? 駄目よこんな、何だかんだ言ってたくせに結局複数の彼女侍らせてるハーレム野郎なんかに告白しちゃ!」
ボロクソである。いやまあオルの言うことももっともだし、確かにこんな複数の彼女を持っているハーレム野郎に告白するべきではないと思う。
でも、だからといってきちんと告白されたからにはそれに向き合わないといけないと思うわけで。
「アル。さっきオルも言ってたけど、俺はスロウだけじゃなくてアリアやシトリーも彼女にした最低のハーレム野郎だぞ?」
「複数のメスがオスを共有するのは普通のことですよ」
「うん、そうだよね。お前もモンスターだもんね……」
そう考えると真っ当に反対したオルの方がおかしいのか? そんなことを思ってオルを見ると、全部が全部そうじゃないでしょうが、というツッコミをしていた。
「そもそもこいつは人間で、私達はモンスターでしょ? 繁殖とかどうするのよ」
「そこは、エミルさんに頑張ってもらう、とか」
頑張ればどうにかなるのか? 少なくとも種族が違いすぎる状態でそういうことをして子供が出来た事例はないみたいだけど。あって元々人型のマンドレイクくらい。
「ちなみにエミルは本体の姿でもえっちしてくれますよ、きゃ」
「え……そう、なんですね……」
アルの顔が赤くなる。今の説明に何か盛り上がる場面あったか? そもそも彼女なんだからその姿でも愛するのは普通だろう。
「……お前、それ本気?」
オルがジト目で俺を見る。いや、本気って、何がだ? そんなふうに首を傾げていると、オルは呆れたように溜息を吐いた。
もういい、と何かを諦めたようなオルは、ただし、と俺に指を突きつけた。
「アルを泣かせたら殺す」
「お、おねえちゃん……」
「正直にいうと、約束はできない」
そんなオルの言葉に、俺もしっかりと返事をする。約束する、と口で言うのは簡単だが、じゃあ実際に出来るかといえば答えは否。そもそも俺は既にスロウ、アリア、シトリーという彼女がいる。
「多分、彼女になったからって急に扱いが変わるかといえばそんなこともないだろうし、むしろ彼女になったという立場からすると悲しいことも増えると思う」
スロウ達三体と違って、アルは帝国住みだ。どうしたって会える時間が少なくなる。彼女になったという状態でそれは、きっとアルを悲しませる。
「私は――」
「それでも、いいのか?」
「え?」
「いや、絶対に迷惑をかけるし、悲しませるし、多分寂しがらせると思うんだけど――本当に俺の彼女になっても、いいのか?」
真っ直ぐにアルの目を見てそう問い掛ける。アルはそんな俺を見て、はい、と頷いた。
「ちょっと、私は許さないわよ! アルを悲しませるだなんて」
「おねえちゃん」
「だってそうでしょ。絶対に悲しませる、寂しがらせる、だなんて。そんな条件認められるわけないじゃない」
そりゃそうだ。姉からすればそうなるよな。かといってアルも俺達の村に住めばいいみたいな解決は多分違う。俺達が帝国住みになれば、というのも違う。いや、違わないんだけど、立場的に現実的ではない、が正しいか。
「とにかく。私はそんな関係許さないわよ」
「おねえちゃん……」
「そんな顔しても駄目」
少なくとももう少し寂しがらせない、悲しませない案でも出さない限りは。そう言い放つと、この話はおしまいだとばかりにオルは手を叩いた。
まあ、それはもっともなので仕方ない。そんなことを思いながら、俺はそういえば話が変わるけれど、と口を開いた。
「オルとアルはなんでここに?」
「言わなかったかしら? 突然奇妙な建物が出現したから調査して欲しいって依頼が来てたのよ」
「ああ、成程な」
グリュセのテリトリーのことか。そういえば以前戦った時も村長の家をまるごと擬態出来ていた。そう考えるとこんな廃墟と言えない残骸を建物に変えるというのも余裕なのだろう。
「でも、目的の場所に来たら建物はなくて、その代わりにエミルさんが立ってたんです」
つまりそういうことですよね、とアルが問い掛ける。まあそうだろうな、と周囲を見渡し、一応痕跡が残っているか調査しておくか、と述べた。
残骸部分は僅かだったが、それを起点に建物を作り上げていたようで、残骸とは言えない場所にも多少の痕跡が残っている。わざとだろうか、そんなことを思いながら、その痕跡のひとつであるアピスの死体を眺めていた。
「そいつ、この間ヘンリエッテが殺したやつですよね? 復活したんですか」
「グリュセがコピーしたらしい」
スライムで撤退する際に置いていったのだろうか。それとも、コピーは前回までと違ってスライムで取り込めないのだろうか。あるいは単純に嫌いなやつだから取り込むのを嫌がっただけかもしれない。ともあれ、今回のあいつの作ったコピーの死体はそのまま放置されている。
「うわ、わたしが死んでる」
食い破られたスロウの残骸も残っていた。そんな残骸を見下ろしたスロウは、じゃああっちは、とアリアとシトリーの残骸も見る。
「これは酷いですね。ま、蘇生はしませんけど」
「そりゃあ――え? 出来るのか?」
「昔のスライムの擬態と違って、独立させてるみたいですからね。この間のコピーもそんな感じでしたし」
成程な、だから放置して帰った、という可能性もあるな。そんなことを思っていると、スロウが何かを考え込む仕草を取って、そして笑みを浮かべてこっちを見た。
「この残骸のわたしを蘇生させて、わたしとわたしでえっちとか、します?」
「しません」
そうですか、と引き下がる。まあお前のそんな冗談に付き合っている余裕は、いやまあ、お前が来たことで出来たけど。
そんなことを考えながら他の場所を探そうと視線を動かすと、何とも言えない表情で何かを見下ろしているオルとアルがいた。
「どうした?」
「あ、エミルさん。これです」
「これって」
オルとアルの食い破られた残骸である。見るも無惨な姿になった自分自身を見下ろしながら、何かを考え込むような仕草を取っていた。
「これ、もしもう少し来るのが早ければ、私達がこうなっていたかもしれないんですよね」
「それは」
ない、とは言い切れない。が、多分大丈夫だろうとも思う。グリュセは、少なくとも今の状態では本物が存在することを重視している。同じようにコピーが無惨な死体になることはあっても、本物は無事であるだろう。
アルは自身の死体を持ち上げる。中身を食い尽くされ、そして中から食い破られたアルの残骸を見ながら、ポツリと呟いた。
「あなたは、エミルさんと付き合えたんだ……いいなぁ」
「あ、アル?」
「どうしたの? おねえちゃん」
「う、ううん。別になんでもないけど……」
オルがこっちを見る。何とかしなさいよ、と目で訴えかけるが、そんなこと言われてもどうにも出来ないだろうと首を横に振った。
でも、と俺はアルに声を掛ける。間違っても同じ目に遭えば、なんて考えるなよ。そう言うと、図星だったのかアルは少しだけ目を見開いた。
「そもそも、俺は本物だと思っていたから返事をしたんであって、コピーにしたわけじゃない」
「それは」
「だから、まあ、アルがそれでもいいなら、って話で」
「それがよくないって話なのよ!」
すぐ丸め込もうとする、とオルが割り込んだ。そうしながら、でも、とアルとコピーアルの残骸を見た。偽物であるが、最愛の妹であった死体を見下ろした。
「……場合によっては、すぐ別れさせるわよ」
「それって」
「認めたわけじゃないわよ。これ以上反対してもアルが悲しむだけだから、仕方なくよ」
「おねえちゃん! 大好き!」
「……私も、大好きよ」
そう言って抱き合う蜘蛛姉妹。そんな二体を見ながら、まあこの件に関しては一件落着か、と息を吐いた。
くいくい、と服を引っ張られる。どうした、と振り向いてスロウに問い掛けると、そういうことなら自分は帰る、と笑みを浮かべていた。
「へ? なんで?」
「なんでって、アルちゃんも彼女にするんですよね? ならちゃんと一緒にいてあげてくださいよ。調査の報告にもエミルいたほうが便利でしょうし」
「そりゃ、まあ、そうか」
「帰りはエミルの指輪でこっちこれますし、しっぽりとアルちゃんとえっちなことしてきてもいーですからね」
「お前はそれしかないのか脳内ピンク芋虫」
べし、とスロウの頭を軽く小突く。それに少しだけ唇を尖らせたスロウは、まあいいやと《テレポート》を唱えた。そうしながら、向こうの結界に阻まれない新型とか作ったほうがいいんですかね、と考え込む。
「出来るのか?」
「いや、ふつーにやってれば無理なんで、妖精姫さんとか月の大聖女さんとかに相談しますよ」
「そりゃそうか」
そんな会話をしながら、じゃあゆっくり楽しんできてくださいね、とスロウは魔法陣の光に消えていく。
振り向くと、俺達の会話を聞いていたのか、オルが微妙な表情を、そしてアルが顔を真っ赤にして立っていた。
「ま、まあ行きましょうか」
「そうだな」
「……大丈夫かしら」
オルのそんな呟きは風に消えた。