第二百二十六話
オルとアルの家で泊まった俺は、そのまま二体の家で朝食も頂くことになった。アルは昨日ちょっと無茶させたせいでまだ動くのが大変そうなので、オルがやれやれと溜息を吐きながら用意をしている。
無茶、とはいっても蜘蛛の状態でしたいと言ってきたのはアルの方だし。それから何度もしてしまったのはまあ確かに俺のせいではあるが。
「ほら、アル、そのへん呪文で回復してあげるからこっち来なさい」
「は、はぁい……」
ふらふらとオルのもとへ向かうアル。回復呪文をアルに使い、これでよし、と背中をぽんと叩いた。
そんな光景をボーッと見ていた俺の視線に気が付いたのか、オルがどうしたのかとこちらを見やる。
「あ、いや。意外としっかり回復できてるなぁって」
「そりゃそうよ。スロウさんに師事してもらっているんだもの、これくらいはね」
ふふん、と胸を張るオル。確かに、支援職としては大分レベルが高いし、このまま行けば聖女の称号も手に入れられそうな感じもする。
そう考えるとあの時のコピーは精度が低いというか、少し前の状態をコピーしていたというか、そんな感じなんだろうか。あるいは、精度を高めるには条件がいる、とか。
「どうしたんですか? 難しい顔をして」
「あ、いや。どうやったらグリュセを討伐できるか、みたいな」
「例のスライムですか。物理は効かないんでしたっけ?」
「効かないってわけではないと思う。多分、何かしらの能力を使っているとは思うんだけど」
それさえ分かれば、多分討伐に一歩近付く。人の心抉るのを趣味にしているような奴を野放しにしておくわけにもいかないしな。今のところその矢印が俺に向いているのが不幸中の幸いってところか。
まさかあれがあいつの愛情表現ってわけでもないだろう。もしそうだとしたら俺はお断りだ。
そんなことを思いつつ、会話は雑談にシフトしていく。大半は気にすることでもない本当に雑談だったが、その中で俺がふと聞き返すことがあった。
「え? 勇者級になれそうなのか?」
「一応実績としては積んでますからね」
「ギルドのゴタゴタも終わっているし。……まあ、それ以外の理由は増えたけれど」
朝食の皿を片付けながらオルが肩を竦める。確かに、目下の問題は各地で暗躍している大魔王級とその部下だ。アピスは死んだが、それ以外の部下はまだ健在だし、グリュセの残した紙によればもう一体、この帝国にあいつの配下がいる。
「あのメモは結局マスターに渡したんですよね」
「ああ。ヘンリエッテの部下たちのリストに加えるように頼んだ」
頷き、そして、そこに書いてあったことを思い出す。特徴というべきか、あいつの俺へのメッセージと言うべきか。
その魔王級、ヘンリエッテの部下であるそいつは、確かに俺と関係がある。以前ここで、帝国で討伐されたはずの魔王級。アンデッドを操っていたあいつだ。大魔王級の加護を受けたことで強力な魔物になっているらしいが、今のところなにか帝国で起こっている様子もない。
潜伏か暗躍か。まあどちらにせよ厄介なことには違いない。
「今のところギルドにアンデッドの報告はないのよね」
ううむ、とオルも顎に手を当てて考え込む。あいつの情報が古くて、実はもう帝国にいないという可能性もありそうだな、これは。
そもそもグリュセ自体が王国と帝国両方に出没しているくらいだ。ヘンリエッテ同様国飛び回っていても不思議じゃない。
ともあれ。朝食も終えた俺達はそのままカフェへと向かう。マスターに挨拶をしてから、さてでは俺はどうしようかとカウンターの席についた。
「暇なのかい?」
「暇というか……いやまあ、暇なのかな」
スロウの言う通りになってしまったが、まあ昨日はアルと過ごした。そうして今日も引き続き、というのもあれだし、一度は帰るべきだろうとは思う。思うが、それ以外の予定は確かにない。ヘンリエッテ達の情報もないので、今のところは、だが。
そんな俺を反応を見たマスターは、それじゃあ丁度いいと笑みを浮かべた。
「何がだよ」
「実はね、昇級試験の監督を探していたんだよ」
昇給試験の監督、って、そんなの他に頼める相手なんか大勢いるだろうに。そんなことを述べると、いいや、と首を振られた。これはごく一部の冒険者にしか頼めないんだ、と続けられた。
「何せ、勇者級への昇級だからね」
「へ? 勇者級?」
成程? 確かに言われてみれば、俺達の時も別の勇者級、バクス達と合同の依頼を受けるのが試験だったな。成程、別の勇者級に認められるだけの実力を見せる、というのが条件ならば仕方ないだろう。
だが、しかし、である。そもそも帝国にはちゃんとした勇者級がいるだろうに。
「それが、アイラちゃんとリィンちゃんは今依頼中なんだ」
「別に戻ってきてからでもいいだろ」
「今の状況を考えると、新しい勇者級はできるだけ早く増えたほうがいいだろう?」
そう言われるとまあ、そうかもしれないが。そんなに待てないほど早くなりたいなんて冒険者は、それはそれで大丈夫なのか、と思わないでもない。勇者級の実力を本当に持っているのか、と疑問に思う。
「その辺りは問題無いと思うがね」
マスターはそう言ってコーヒーを差し出す。そうしながら、じゃあいっそ試験を最初から確認すればいいとマスターは笑った。それはもう俺が監督をすることが確定している流れじゃないか。
「勿論、他の面々も来てくれて構わないよ」
「……そこまで言うなら」
現状スロウ達も何も言ってこないということは、向こうで問題が起きているというわけでもないだろう。一度戻って、再び帝国に来て監督をする、くらいの余裕はありそうだ。
分かった分かった、と返事をする。じゃあスロウ達を呼んでくるからちょっと待っててくれ、と俺は指輪の能力を発動させた。
「昇級する冒険者の情報は聞いていかないのかい?」
「後で確認するよ。出会えば分かるだろうし」
そうしてスロウの眼の前に《テレポート》をした俺だが、案の定というか村のギルドでのんびりしていたようである。アリアとシトリーは、よかった無事だった、と言われたが、その辺スロウに説明されたんじゃなかったのかと俺は首を傾げた。
「そうは言っても、直接確認しないと」
「うんうんうん……。それに、エミルくんのことだから、向こうでもなにか厄介事持ってきそうだしぃ……」
シトリーの言葉に思わず動きを止める。あ、これ何かあったな、とアリアとシトリーは俺をじっと見詰めた。
「す、スロウ」
「どーしました? アルちゃんとのことなら説明しましたよ? みんな、別にそのことを言ってるわけじゃないです」
「あ、そうなのか」
じゃあ、と思ったが、そういえば今から伝えることがまさに厄介事になりかねない案件だったことを思い出した。
「ん? エミルそれ以外にも何か問題持ってきたんですか」
「いや、問題ってほどじゃないぞ」
「何かしらは持ち込んできたのね」
はぁ、とアリアが溜息を吐く。そうしながら、ほれ怒らないから言ってみろと詰め寄られた。
何だか叱られる子供のようだが、仕方ないと肩を落とした俺は、さっきマスターに言われたことを三体に話す。帝国の勇者級昇級の試験監督をやって欲しいと頼まれた、と。
「ふーん。監督ですか」
「成程」
「別に、それくらいならぁ……」
三体とも別段反対はしなかった。まあ今のところヘンリエッテの情報もないことですし、とスロウは述べ、じゃあサクッと行きましょうと《テレポート》を唱える。
そうして再び帝国に戻った俺は、スロウ達を連れてギルドのカフェに向かった。俺達の姿を見て笑みを浮かべたマスターは、じゃあギルドに移動しようかと扉を指差す。
帝都のギルドに移動し、受付にマスターが説明をしていた。俺達の顔を見て、ああ成程、と頷いた受付の職員はギルドの訓練場に該当の冒険者を案内しますと述べる。
「よし、じゃあこちらも移動しようか」
そうしてマスターに言われるまま訓練場へ。そういえば、少し前にここでアイラさんやリィンさんと戦ったんだったな。今はもうすっかり修復されている訓練場を見ながら、試験を待っているという冒険者のもとに、って。
「あれ?」
「どうしたのよ」
「何かありました?」
そこにいたのはオルとアルである。どうしてここに、と聞くまでもない。勇者級に昇級する試験を受ける冒険者というのは、この二体だ。
よくよく考えれば、朝の時にそんな話をしていたじゃないかとは思うが。あれはまたそのうち、という意味かと思っていたけど、まさかそんなすぐとは。
そんなことを思いながらスロウ達を見ていると、別段驚いていない様子であった。
「まあ、そうですよね」
納得したようにスロウが述べる。これまでの実績、成り立てとはいえ魔王級を倒したという経験。唯一の懸念点であるモンスターである、という点も、これまでの立ち振舞から問題ないと判断されたのだろう。うんうんと頷きながらそう述べたスロウは、間違っているかとマスターに問い掛ける。
「いや、その通りだよ。心配事ももう無くなったんでね、改めて推薦することにしたんだ」
大魔王級ヘンリエッテが現れたことで、逆に人側についているモンスターへの信用度が相対的に高まった。オルとアルの変わらない態度も、ギルドの心配事を無くす一助になった。
そんなわけで、有能なものは出来るだけ早く昇級させようとなった結果がこの状況だ、というわけか。
「まったく、お前だけよ? 驚いていたの」
「私達はもう既に聞いてましたし、てっきりエミルさんもそうなのかと」
聞いてない、とマスターに文句を言おうとして、そういえば自分で聞かないことを選択したんだと思い出した。結果として何とも言えない表情でマスターを見たことで、スロウにはさくっと覚られてそれはエミルが悪い、とバッサリいかれる。
「さて、ではみんなが納得したところで」
始めようか、とマスターがオルとアルを見やる。こくりと頷いた二体は、まずは簡単な実力測定だ、と訓練用の人形を指し示した。
「あれ? 俺の時はもう既に分かってるから、みたいな感じだったぞ」
「まあこれまでは割となあなあで済ませていたけど、ほら、ギルドの再編があったからね」
勇者級とはいえ、きちんと手続きを踏まないと、というわけか。成程な、と頷きながら、じゃあとオルとアルを見る。
当然とばかりにそれぞれの武器を構えた二体は、訓練用の人形に向かって一気に距離を詰めた。
「おー」
「やるわね」
「すごいよぉ……」
最初に冒険者をさせた時の、あのへっぽこぶりが嘘みたいに。アルの剣は訓練用の人形を真一文字に切り裂き、オルのメイスも人形の頭部を見事に破壊していた。
どうだい、とマスターが問い掛ける。どうだも何も、何の問題もないだろう。そう述べると、うんうんと頷いたマスターは判定用紙に合格の印を押していた。
では、とマスターは言葉を続ける。ある意味これからが本番。勇者級の監督の同伴の下、依頼をこなしてもらう。そう言って出した依頼書はサラマンダーの討伐。上級モンスターだが、今更二体にあてがうような敵でもない気がする。
「まあ、勇者級への昇級の依頼自体はこんなものだよ。サラマンダーを選んだのは、まあちょっとしたお茶目かな」
最初にボコボコにされ、リベンジを果たしたモンスター。それを、今の実力ではどのくらいになるのか。それを改めて見せることで、勇者級たるかどうかを判断しろ、ということらしい。
「場所も同じですね。とゆーことは」
「《テレポート》で移動できるわ」
オルが呪文を唱える。同じく《テレポート》を出そうとしていたスロウは、お、と感心したように声を上げていた。
それじゃあ後は頼んだ、とマスターに言われ、勇者級試験の監督して俺達もその場所に向かう。以前と同じ場所で、再びサラマンダーの討伐をする、その手際を評価して。
「ん?」
などと思っていた空気が引き締まる。オルとアルも、周囲を警戒しつつ、眼の前にいるサラマンダーを真っ直ぐに見た。
いや、違う。眼の前にいるのはサラマンダーじゃない。手足のないヘビのような体を持った竜型のモンスター、ワームだ。それも二体。上級どころじゃない、改定されたおかげで準魔王級に認定されたそれが、こちらにゆっくりと振り向いた。
「あれ? エミルじゃん。どしたの?」
「あれ? ひょっとしてあーしら何かの邪魔しちゃった感じ?」
そうしてその口から放たれる可愛らしい声、ってお前ら、ウィアとウェルか。思わず名前を叫ぶと、二体のワームはそうだそうだと言わんばかりに頷いた。
「エミル、知り合い?」
「仲が良さそうですけど」
オルとアルがそんなことを聞いてくる。いや、知り合いといえば知り合いだが、仲は別に良くない。というか敵だ。こいつら、ヘンリエッテの部下の魔王級だ。
そのことを伝えると、確かに資料で見た、とオルとアルは即座に臨戦態勢に入る。いや待て、同じ魔王級だけど、こいつら相手だと流石に分が悪いんじゃ。
「エミル」
「何だよ」
「だいじょーぶだと思いますよ。オルちゃんもアルちゃんも、実力はきちんとついてますから」
「本当かよ……」
「あんたが信じてやらないでどうするのよ」
「そうだよぉ……」
アリアとシトリーにもそんなことを言われる。皆にそこまで言われたら、流石に見守るしかないというか。
オルとアルに声を掛けた。それでも、無茶はするなよ、と伝えた。
「まっず。これ戦う流れじゃない?」
「ボスいないのにめんどーじゃんね」
ギュルン、と体を捻り人型に擬態するウィアとウェル。そうは言いつつ、そう簡単には逃げられないと踏んだのか、まずは眼の前の相手を撃退する方向にしたらしい。
「いくわよアル」
「うん、おねえちゃん!」
「うーわ、ちょーやりづらいんですけど」
「うへー、やりたくなー」
やる気は正反対の二組の姉妹がぶつかり合う。オルとアルの武器を尻尾で受け止めたウィアとウェルは、地面を蹴って高く跳び上がった。
「しょーないから、手荒にいくよ」
「あーしらもささっと帰りたいんで」
『ぶっ潰れろ!』
巨大な二本の尻尾がオルとアルへと迫る。喰らえば確実に大ダメージ間違い無しのその攻撃を、オルは冷静に支援を掛けながら、両方の尻尾に蜘蛛の糸を吐いた。
べちゃりとそれがくっついた尻尾は、そのまま空中でぐるぐると絡み合って。
「え、ちょ」
「まぁじぃ!?」
ゴス、と空中で大激突した双子のワームはそのままバランスを崩して墜落していく。どしゃりと地面に落ちた二体は、どうやら打ちどころが悪かったようでふらふらと体を揺らしていた。一方のオルとアルは墜落する二体の回避も成功して無傷、これは勝負あったかもな。
「あいったー」
「うー、頭くらくらするー」
そんなことを言いながら、しかしオルとアルを視界から外さないウィアとウェルは、そのまま表情を苦いものに変えた。これはちゃんと戦わないと無理だ、と呟いた。
「何? ふざけて戦ってたの? 嘗められたもんね」
「あー、ちがうちがう。あーしらが言ってるのはそゆことじゃなくて」
ずる、と何かを引きずる音がした。その方向に視線を向けると、サラマンダーが何匹かこちらにやってくるところで。
「エミル」
「ああ」
スロウも気付いたらしい。というか気付かないはずがない。こちらにやってくるサラマンダーはそのどれもが何かを引きずっている状態だ。いや、何か、とか曖昧な表現はやめよう。勿論尻尾ではない。尻尾も引きずっているが。
「何あれ……腸が飛び出てるわ」
「死んでるんだよぉ……」
アリアとシトリーも当然それに気付き、呟く。動いているサラマンダーの死体、これは間違いなくアンデッドで。
「言っとくけど、これあーしら関係ないかんね!」
「そーそー。むしろあーしらは被害者ってゆーか?」
ワーム姉妹が何やら喚いているが、どちらにせよこいつらが来たことでウィアもウェルも戦う気はなくしたらしい。ならば、現状気にしなければいけないのはこのアンデッド。
「まあアンデッドならわたしが」
「待ってください」
さっさと浄化しましょうか、と呪文を唱えようとしたスロウに、オルが声を掛けた。これは私達の昇級試験です、とスロウに述べた。
「え? でも」
「大丈夫です。おねえちゃんも私も、負けません」
そうはっきりと言ってのけたのでスロウも分かりました、と呪文を止めた。まああっちのワーム姉妹よりかは弱っちいですしね、と笑った。
「これあーしら喜んでいいやつ?」
「いんじゃない?」