アンデッド化したサラマンダーは上級モンスターからレベルは上がっている。まあといってもよくて準魔王級なので勇者級相当の実力があれば別段問題はない。まあ数が多いのは多少厄介だが、少なくともクロード達、バクス達、アイラさん達ならば苦戦することなくいけるだろう。それは俺達も同様だ。以前出会った教国の新人勇者は、まあ、勇者級になっているんだろうからいけるだろう、多分。
ともあれ。オルとアルも勇者級になるというのならば、コイツラは倒せるくらいの実力を持っていてもおかしくないわけで。ウィアとウェルが邪魔しない限り、多分問題はないだろう。なにせ以前成り立てとはいえ魔王級ハイドラをきちんと討伐しているのだから。
「というかウィアとウェルは何でこんな場所に来てたんだ? ラドーンはどこだ?」
「んないっぺんに質問されてもー」
「とりあえず今日はボスとは別行動。てかあーしらだけ仕事、よよよ」
オーバーリアクションで悲しむ素振りをしたウィアとウェルは、まあもう終わってたんだけど、と述べる。ということはやっぱりこれはお前らの仕業か。思わず二体を睨み付けると、いやいやと手をブンブン振った。
「いや確かにサラマンダーぶっ殺したのはあーしらだけどぉ」
「そーそー。こうなるってのはまじ知らなくてぇ」
「どういうことだ?」
「だから、あーしらもよく知んないんだってば」
ぶぅぶぅと文句を言いながらウィアがそっぽを向く。曰く、ヘンリエッテの命令でここの地域の魔物を討伐に来た。それ以外は別に何も言われていない。とのこと。
「だからあーしら、てっきりエミルたちとバトるセッティングされたのかとまぁじビビったんよ」
「ボスもいないのにあーしらだけでとかちょーめんどーだしぃ」
「別に、あたし達は今手持ち無沙汰だし、戦ってもいいわよ?」
「あ、えんりょしときますー」
アリアの言葉にすすすと下がるウィアとウェル。お前らそれでいいのか? ヘンリエッテの部下として。
視線を向けると、スロウ達も別にどっちでもいいみたいな態度である。アリア自身もそう言ったものの、じゃあ積極的に戦うかといえばそうでもないという感じらしい。
とはいえ、こいつらはアロー達を襲った連中だ。それを忘れて仲良しこよしというわけにもいかないし、何よりヘンリエッテの戦力を削ぎたいという目論見もある。
「だーら、あーしらはやる気ないんだってば」
「そーそー。ボスいる時にしてよ」
そう言いながら更に下がるウィアとウェル。もう既に撤退する気満々だ。
「どーします?」
「どうするったってなぁ」
野放しにしておくとまたヘンリエッテの命令で何かをやらかす。それは間違いない。なので、ここで討伐しておくのが一番いいのは確かなのだが。
撤退するあいつらを追い掛けて討伐、となると、オルとアルを置いていくことになる。信じてはいるが、万が一ということもあるだろうし。
「うっしいまのうち」
「じゃ、またねー」
そんな一瞬の俺の迷いの間に、ウィアとウェルは即座に逃亡の準備に入った。ヘンリエッテから渡されている《テレポート》を発動させ、急げ急げと我先に光の中に消えていく。
慌ててその手を掴もうと足を踏みだして、前回のグリュセのことが頭をよぎり、躊躇してしまった。魔法陣の光は消え去り、ワーム姉妹はその場から消え去る。
「距離的にも、多分追い付けなかったと思うよぉ……」
うーん、とシトリーがフォローしてくれるが、取り逃がしたことには違いない。くそうと拳を握りしめながら、今度あった時はちゃんと討伐してやると呟く。ラドーンとの決着も同じく、だ。
仕方ない、と視線をオルとアルに戻す。サラマンダーのアンデッドは通常のブレスの他に毒も追加で吐くようになった厄介な存在だ。膂力もアンデッド化したことで上がっており、準魔王級のレベルであることが伺わせる。
それが何体も、二体を取り囲んでいる。アンデッドであるということを加味すると、下手な魔王級一体分くらいの厄介さはありそうだが。
「やぁぁぁぁ!」
蜘蛛の巣を自身の発射台にしてアルが飛び出す。ゾンビサラマンダーが何か行動を起こすよりも早く肉薄したアルは、そのまま一気にゾンビサラマンダーの喉を切り裂いた。とはいえ、相手はアンデッド、その程度の攻撃では死なないし、怯まない。喉が切り裂かれたことなど気にすることなく、その太い腕を叩き付けんと振り上げた。
「アル!」
「おねえちゃん!」
その腕が途中で止まる。オルの蜘蛛の糸が絡みつき、ゾンビサラマンダーの動きを止めたのだ。ギシ、とその動き止められたゾンビサラマンダーは、アルの追撃によって完全に首が落とされた。頭部を失った胴体がふらふらと動き、そしてやがて動かなくなる。
次、とアルは別のゾンビサラマンダーに視線を動かした。再度一気に距離を詰め、そしてその体を切り裂いていく。
「だいじょーぶそうですね」
そんなアルの動きと、オルのフォローを見ながらスロウが呟く。そうだな、と俺もそれに同意しながら、二体の活躍を眺めていた。
別段問題なくもう一体のゾンビサラマンダーも倒される。ふう、と息を吐いたアルは、一旦オルと合流し、支援と回復をしてもらってから次のゾンビへと向かっていった。
「そういえば」
そんな姿を見ながら、アリアがスロウに向き直る。オルを指差し、あの娘は破魔呪文は使えないんだっけ、と問い掛けた。
「そーですね。オルちゃんはまだ聖女ってわけじゃないですし。よくて見習いですからね」
そう言いつつ、あの調子ならば使えないこともないだろう、と続けた。やっぱりそれだけ成長してるんだな、あの二体。
もしグリュセのコピーがきちんと今の二体を反映していたら、あの時もう少してこずっていたかもしれない。まああの時のコピーは俺を苦しめるためだけの存在だったからそこまで完全にコピーしてなかった可能性もあるけど。
そんなことを思っているうちにもう一体ゾンビが始末される。あと二体か、まあ別に手助けもいらないだろうし、問題はなさそうだな。
「大分予定は変わったが、まあ勇者級として見ても問題ない、でいいか」
「そーですね。まあまだ見習いでしょうけど」
「それにしても、あたし達がそんな判定をする立場になるなんてね」
「びっくりだよぉ……」
まあ確かに、そもそも昇級するつもりもないなんて言っていた頃と比べると、この状況は完全に想定外だろう。かといってじゃあ昔のほうがよかったかと言うと、意外とそうでもないというか。色々な出会いもあったしな。
さて、とオルとアルを見る。最後のゾンビサラマンダーも倒し終わって、二体とも一息ついていたところであった。どうだと言わんばかりにこちらを見る二体に、お見事とばかりに拍手をする。
「これで、私達も勇者級認定よね?」
「おねえちゃん、まだ早いよ」
「いや、そんなことはないぞ。十分だ」
俺の言葉にオルもアルも嬉しそうな顔になる。やったぁ、と二体でハイタッチしながらはしゃぐ姿を見ていると、俺も同じように嬉しくなって。
「ん?」
「え?」
そんなオルとアルの周囲が淀んだ。これは、と俺達が思わず目を見開いている中、倒されたゾンビが一箇所に集まっていく。
ぐちゃぐちゃと音を立てながら死体が形を変えていく。そうして出来上がったのは、以前、あの時の武闘会でも見た偽のドラゴンゾンビだ。前回と同じ個体だとすれば、強さは魔王級。
「オル、アル、下がれ!」
「そーですね、こいつはわたしたちで」
前に出る。そうしながら、向こう側にいる二体を下がらせようとした。が、オルもアルも下がる素振りを見せない。それどころか、武器を構え戦う姿勢を見せた。
「あの時だって一緒に戦ってたんです!」
「やれるわよ、嘗めないで!」
「そりゃそうか」
ついさっき勇者級だって言った相手を下がらせるのは流石に失礼だな。そんなことを思いながら、じゃあ戦うか、と武器を構え。
「あ、ふつーに戦います?」
スロウのそんな言葉に動きを止めた。そういやそうだ、この場は別に破魔呪文をぶっ放しても問題ない状況だし、ドラゴンゾンビもどきも一体。呪文をぶっ放せば終わりである。
そんな呑気なことを言っていたスロウは、そうだ、と手を叩いた。オルのもとに向かうと、丁度いいですよね、と笑みを見せる。
「破魔呪文、やってみます?」
「え? 私がですか?」
「そーです。勇者級になったついでに、聖女デビューもしちゃいましょう」
では、と破魔呪文についてスロウがオルにレクチャーを始めた。いや、別にそれはいいんだけど、その間こいつどうするんだよ。
「てきとーに押さえていていください。そんなにかからないと思うんで」
いや、こいつ腐っても魔王級だぞ、文字通り。いやまあこの程度の魔王級なら別に押さえることは難しくないけどさ。
「エミルさん」
アルがこちらを見る。自分行けます、みたいな表情で見られると、分かった分かったと頷くしかないわけで。
「じゃあ俺達は援護くらいしかしないぞ」
「はい、ありがとうございます」
そう言ってアルが一気にドラゴンゾンビもどきに向かっていく。サラマンダーの肉体で出来ている割に、あるいはだからか、その口から繰り出される火球はかなりに威力を秘めていそうであった。
が、アルには当たらない。要所要所で蜘蛛の巣を足場にし、それを使って高速移動を行っている。あれはもう完全に俺の戦い方と違うな。
「そう? 集中の時のあんたはあんな感じよ」
「そうだねぇ……」
そうなのか。自分自身のことなので傍から見ているとどうなっているのか分からなかったが、あんな攻撃をビュンビュン避けるのか。まあ実際はもう少し違うけれど、というアリアとシトリーの言葉を聞きながら、俺はこの調子なら援護もいらないかもしれないなと力を抜く。
「っ、くぅ!」
そう思っていた矢先にアルが被弾した。火球を躱した先にドラゴンゾンビもどきの振り下ろしが待っていたのだ。弾き飛ばされたアルはバウンドして、しかし途中で受け身を取って立ち上がった。
「アル!」
「大丈夫です!」
攻撃自体はガードしていたらしく、派手に吹っ飛んだ割にはダメージは少ない。あるいは、自分から吹っ飛んでダメージを減らしたのかもしれない。
「蜘蛛の巣が防御と回避の二段構えになってるのね」
ドラゴンゾンビもどきの爪にくっついていた蜘蛛の巣を見ながらアリアが呟く。成程、自分の種族特性も使いこなしているあたり、本当に強くなったんだなと実感する。
そんなタイミングでスロウがじゃあやってみましょう、と述べていた。視線を向けると、オルが緊張した様子でメイスを構えている。
「だいじょーぶですよ。失敗してもどうにかなるわけじゃないですし」
「は、はい」
アル、とオルが妹の名前を呼ぶ。コクリと頷いたアルがこちらに戻ってきた。これで破魔呪文の範囲にはドラゴンゾンビもどきしかいない。遠慮なくぶっ放して問題ないはずだ。
オルが呪文を唱え始める。そういえばスロウはその辺省略して即座にぶっ放してたっけか。本来はああやって詠唱するもんなんだな。いやまあ、当たり前といえば当たり前なんだけど、スロウといるとその当たり前が壊れるというか。
「迷える魂よ、あるべき場所に帰りなさい――《ターン・アンデッド》!」
破魔呪文が展開される。こんな名前の割に魔物にもしっかり効くので正直俺達だと使いにくい呪文なのだが、アンデッドには特に特効なので、今回はしっかり役目を果たしてくれるはずだ。
光りに包まれたドラゴンゾンビもどきが浄化されていく。とはいえ、流石にオルの習いたて《ターン・アンデッド》では魔王級相当は完全に浄化は出来なかったらしく、未だドラゴンゾンビもどきは健在であった。
が、まあここまで弱ればもう何の問題もない。アルが再び一気にドラゴンゾンビもどきに肉薄すると。その足元で急停止、足場に蜘蛛の巣を生み出すと同時にそれを足場にして盛大に跳び上がるかのごとく剣を振り上げた。
「はあぁぁぁぁ!」
その一撃でドラゴンゾンビもどきの頭部がが縦に両断される。そのまま跳び上がったアルは、返す刀でその首を切り落とした。真っ二つになった首が地面にドシャリと落ち、そして残った胴体もぐらりと揺れる。わずかに残っていた力を失ったドラゴンゾンビもどきは、そのまま盛大な音を立てて地面に倒れた。
「やった、やったよおねえちゃん!」
「ええ。やったわね」
駆け寄って抱擁する蜘蛛姉妹。そのまま暫し抱き合っていた二体は、ゆっくりと離れると、俺達に向き直った。
やったな、と二体に告げる。オルは誇らしげに、アルは少し恥ずかしげに頷き、これで勇者級の試験は合格だろうかと問い掛けてきた。
「そりゃーもう、ですよね」
「そうね、文句なしだわ」
「うんうんうん……」
準魔王級相当のゾンビサラマンダー、そして魔王級相当のドラゴンゾンビもどき。それらを見事に討伐してみせたのだ。文句など言わせない。間違いなくオルとアルは勇者級だ。
おめでとう、と俺は笑顔を見せる。そんな俺を見て、二体も笑顔でありがとうと返し。
「っ!?」
何か、猛烈な殺気を感じて振り返った。そこには何も無い。ドラゴンゾンビもどきの死骸が残るのみ。だが、俺はそこから目が離せなかった。
「どーしたんですか、エミル」
「いや、何もいない、よな?」
「んー。……いや、確かに何かいる感じがしますね」
俺の見ている方向を見て目を細めたスロウは、そのまま顔を顰めながらそう述べた。スロウのその言葉で確信を持った俺は、眼の前の空間に向かって声を掛ける。隠れてないで出てこい、と告げる。
「エミル、エミル……」
俺の名を呟きながら、空間から何かが這い出てきた。実際は姿を隠していただけかもしれないが、その姿を見るとそれが合っているような気がしてくる。
フードとマントを付けた黒い影。以前はそう形容したであろう存在が、ゆっくりとこちらを見ていた。間違いない、あの時の、俺が初めて遭遇した魔王級のあいつだ。
一度は属性頂点に倒され、そしてアンデッドとして復活した後は俺達に討伐された、あの影が、再びここに。
す、と俺を指差した。まあ俺の名前を呼んでいるからには俺に用があるんだろうとは思うが、だとしても別にそこまでお前の恨みを買った覚えはないぞ。
そう思っていると、今度はスロウ、アリア、シトリーを順に指差した。
「スロウ。アリア。シトリー……」
それぞれの名前も呟いた影は、くるりと俺達に背を向ける。おい待て、何しに来たんだお前は。
「エミル、スロウ、アリア、シトリー……」
背を向けたまま俺達の名前を呟き続ける影。だから一体何しに、ともう一度問いかけようとしたタイミングで。
影が広がり、ドラゴンゾンビもどきを飲み込んだ。再び元の大きさに戻った時には、既にドラゴンゾンビもどきは欠片も無くなっていて。
「エミル」
「どうした?」
「あいつ、ここら一体の不浄を飲み込みました」
「は?」
「吸収したみたいです。言うなら、逆ターンアンデッド、みたいな」
ひょっとして、帝国で何かが起きた様子がない、というのは。あいつがその都度吸収していたから気付かれなかっただけで、これまで何度も。
背筋に冷たいものが走る。あいつがどのくらい吸収しているか分からないが、その分だけ強くなっているなら。
「なっているなら、祓っちゃえばいーんですよ。《ターン・アンデッド》!」
影に向かってスロウが呪文をぶっ放す。が、それは読んでいたようで、即座にその場から掻き消えるように移動をした。
「むう、普通のアンデッドとは違うから当たりにくいですね」
「スロウ……!」
ぎょろり、と影がスロウを睨む。そんな影にふふんとドヤ顔を浮かべたスロウは、まあ連続でぶっ放せば別に問題がない、と本当に呪文を連打し始めた。
が、その対策は既に出来ている、とばかりに移動したのは俺達のすぐ近く。まあ、前回もそれで防がれたしな。そんなことを思いながら、眼の前に現れた黒い影を睨み付けた。
「エミル……」
「何だよ」
「エミル、エミル……」
「だから何だって」
とん、と胸を指で突かれた。別に何のダメージもない、ただ突いただけ。だというのに、そこには言いようのない悪寒が走り。
「許、さない……」
それだけを言うと、影はその場から掻き消えた。空間のどす黒いいやらしさもなくなり、普通の空気に戻る。
「エミル、だいじょーぶですか? 一応回復しておきますね」
スロウが俺に異常回復を思い付くだけ掛ける。何かしらをされた感覚もないので大丈夫だと思うが、念のため素直に全部受けた。
「これでよし、っと。反応するのはなかったですけど、心配ですね」
何だったんでしょうかあれ、とスロウが怪訝な表情を浮かべた。まあ、最初に向けていた殺気といい、あの姿といい、多分ヘンリエッテの部下だという、以前俺達が倒したあの魔王級が復活した姿なのは間違いないだろうけど。
「恨んでるんですかね、討伐したわたしたちを」
「まあ、あの感じだとそうでしょうね」
「うんうんうん……」
やっぱりそうなのだろうか。まあ許さないって言ってたしな。ということは、あいつは基本俺達への復讐で動いているってことか。まあ、それならそれで分かりやすくていい。
とはいえ、ヘンリエッテの部下でもあるのは間違いないから、何かしら暗躍とかもするのか。面倒だな。
まあとりあえず、あいつの情報も帰ってマスターに報告するとしても。一番の報告は。
「オル、アル、帰ろうぜ」
「え、ええ」
「はい」
「まあ最後に変な邪魔が入ったけど、勇者級の昇級は合格だ、おめでとう」
「おめでとーございます」
「おめでとう」
「おめでとうだよぉ……」
改めて、とそれを伝えると、オルもアルも嬉しそうな顔を見せた。よしじゃあ帰って報告して、お祝いでもするか。
そんなことを述べると、スロウ達もそれはいい、と同意してくれた。