朝である。ゆっくりと体を起こすと、休んだはずなのに無性に疲れた気がしてきた。スロウ達は既に起きているのか野営の片付けを終えて出発の準備をしている。
「あ、起きましたね。どーですか?」
「どうって、何が」
「疲れてるかどうかって話よ」
「昨日、その……やりすぎちゃったと思うしぃ……」
アリアは平然と、シトリーは少し恥ずかしそうにそれを述べる。いや、まあ、疲れてるか疲れてないかでいえば多分疲れているが、心配するようなものじゃない。
そんなことを言いながら、立ち上がり俺も出発の準備をしようと。
「あ、エミルはもうちょっと休んでていーですよ」
「ん? でも」
いいからいいからと座らせられる。アリアもシトリーもスロウのその言葉に頷いていたので、分かったという通り準備を任せて休むことにした。
そうして暫くして出発の準備を終えた俺達は、再度目的地に向かうために歩き出す。
「この調子なら、多分夕方になる前には着けそうですね」
「そうなると、そのまま調査するか一度戻るか微妙なところね」
「無理に夜に調査することはないと思うよぉ……」
スロウ達の言葉を聞きながら、まあそうだなと返事をした。何がそうだななのかと言われると答えにくいが、とりあえずシトリーの意見を採用しておこうという感じだ。
とりあえず調査は昼に行い、何も無ければその時は夜に。そういう方向でいけばいい。
そんなわけで昨日に引き続き別段何にもない道中を進みながら、ちらほら雑談をしつつ目的地に進む。野生の魔王級なんてものは現れないし、脅威になるようなモンスターも出てこない。
そのまま問題なく目的地に到着する頃には、スロウの言っていたように夕方になっていた。調査をするには微妙な時間、夜の度胸試しならば丁度いい、くらいか。
「そういえば、連中が見たのはいつなんだろうな」
「その辺書いてなかったですね」
ううむ、と悩みながら眼の前に広がる診療所跡を見る。思った以上に大きな建物で、王国と帝国の境目にある事を考えても、どちらの患者も招き入れていたのだろうということを伺わせた。まあ、今の廃墟となっている状態ではそれがどうしたではあるのだけど。
「そんな場所が、どうして廃墟になったんだろうねぇ……」
確かに言われてみれば。そうは思ったが、そもそもここを中心とした町や村が出来てないことを考えると、普通に廃れたと考えるのが妥当なところかもしれない。
あるいは、作ったはいいが辺鄙な場所だったので患者も来なかったか。
「もう一つあるわよ」
「ん?」
「助からない病人の隔離施設だった、とかね」
そう言いながらアリアが診療所跡を見る。そう言われると、途端にこの廃墟が怨嗟の声に満ちているような気がしてきてしまう。見る限り廃墟になって大分経つみたいだし、もうそんなことは起きてないのであろうことが救いか。
「なにか出る、ってなると、アリアちゃんの言ってた可能性が結構高そうですね」
まあどちらにせよ一旦戻るなりもう一回野営するなりして、調査は明るいうちにしたほうがいいだろう。
そう述べると、三体もそうだと頷き、じゃあ戻りますかとスロウが《テレポート》を発動させる。
「え?」
そのタイミングで診療所の入口の扉が開いた。開いた先に広がる闇から、何やら手のようなものが伸びて来る。
「え……? きゃぁ……!」
そうして俺達に伸びてきたその手は、シトリーをガシリと拘束した。むにぃ、とシトリーの大きなおっぱいが掴まえてくる手によって形を変える。
「やっ……やぁん! あ、え……まっ……!」
そうして悶えた隙をつき、シトリーを掴んだ手はあっという間に彼女を扉の向こうへと攫っていってしまった。バタン、と扉が閉まり、周囲は再び静けさを取り戻す。
急なそれに思わず動きを止めてしまった俺達だったが、すぐに我に返ると扉に向かう。警戒しながら扉を開くと、先程とは違い、薄暗い診療所の空間が広がっていた。
「シトリーちゃん、いませんね」
「……どうする?」
「どうするって、行くしかないでしょ」
そりゃそうだ。ここでシトリーを放っておいて朝になるまで待つ、という選択肢はない。
依頼の通りならこんないきなり襲い掛かってくる様子はなかったので、油断していた。早くシトリーを助け出して、ここの何かを討伐しないといけない。
「シトリーちゃんが捕まっちゃってるので、破魔呪文で一気に、も出来ませんしね」
ううむ、とスロウが顎に手を当て考える。こんなことなら調査とかせずに一気に行けばよかったですね、とか言っているが、まあ元々の依頼が調査だったのでそこはしょうがないだろう。
そんなことを言いながら診療所の中に足を踏み入れる。扉が閉まって閉じ込められる、みたいな展開を予想していたが、意外にも扉自体はそのままだった。
「シトリーちゃんをさらった目的があるんでしょうか」
「あるいは、誰でもよかったか、だな」
そんなことを言いながら診療所を歩く。ちょっとした屋敷くらいは広さがあり、屋敷の客間やら何やらの部屋が病室になっているような、そんな作りだ。
「今のところ何も無いわね。スロウの方はどう?」
「見た感じ、あの隣町の廃屋敷の地下と同じような状態になってる感じですね。シトリーちゃんがさらわれてるのもそうですけど、下手に破魔呪文をぶっ放すと診療所ごと崩れるんで使えないです」
逆に言えば、調査としてはこの診療所がそういうもの、アンデッド由来の何かに侵されているということはもう分かったので、それこそ診療所ごと浄化すればそれで終わりというわけだ。
まあつまり、攫われたシトリーを助けて脱出すればいい。
「それが出来れば苦労はしないんだよな」
結局のところ何も変わっていないわけで、ほんの少しだけ前進したかな、程度の進捗だ。
そんなことを思いながら病室の扉を開けると、そこには横たわっている人間が。
「っ!?」
「アンデッド!?」
ゆっくりと起き上がったそれは、恨みの籠もった視線を俺達に向けてきた。何故お前達は生きている、とでも言わんばかりのそれは、そのまま俺達への敵意に変わって。
そんな視線を向けている首を切り裂いた。どしゃりと床に落ちた頭部は、熟れた果実のようにぶつかり潰れる。その横では、アリアが別のアンデッドを爆破させて始末しているところであった。
「正直、この程度のアンデッドは見飽きたわね」
「まあな」
倒したアンデッドを見下ろしながらそんなことを述べる。普通の人や、あるいはそこそこの冒険者ならば脅威になるかもしれないが、こちとら勇者級である。既に何回も討伐しているし、ぶっちゃけ脅威というほどでもない。
スロウを見る限り最近犠牲になった感じでもない、正真正銘魂のない動く死体。この程度で俺達を倒せると思ったのならば、流石に嘗めている。
「でもそーなると、シトリーちゃんをさらった腕が気になりますね」
確かに、勇者級冒険者であり魔王級モンスターであるシトリーをあっさり拘束出来るとなると、あの腕の主は少なくとも魔王級相当の能力があるのは確実だろう。だが、今のところそういう気配もない。
さっきのアンデッドを倒したのを皮切りに、診療所内でアンデッドが湧くようになったが、それだけだ。
「鬱陶しいだけだな」
「まあ、そうね」
別段苦労することもなく倒せる連中が増えたところでだ。これが物凄い数で押し潰しに掛かる、ならまだ分からないでもないが、出てくる量は多いがそこまでではない。精々が探索の邪魔になる、程度だろうか。
「あの廃屋敷みたいに地下に秘密が、とかそーゆー感じでもなさそうですね」
一通り一階の病室を回ったがアンデッドがいるばかりで何も無い。いや、依頼の調査としてはアンデッドがこれだけいた時点で何かあったわけだが、そういう意味ではなく。
そしてスロウが言うように秘密の地下室がある様子もない。となると残るは二階だが。
「これ、上がれるのか?」
「大分ボロボロですからね」
「あたしは飛べるから問題ないけど、あんた達はちょっときついかもしれないわね」
廃墟になった診療所の割にはしっかりと形が残っているが、ボロボロには変わりない。戦闘なんぞしようものならあっという間に床が抜けて。
「……こんなところに、本当に人が来たのか?」
「どーしたんですか、急に」
「いや、ここって周囲の町や村から結構離れてるだろ?」
そんなところにわざわざ来るんだろか。そんな疑問が頭をもたげたのだ。成程、とスロウもアリアも頷いたが、でもそうなると誰が、という疑問にぶち当たる。
「罠の依頼を出したってことですか?」
「その可能性もあるってことだ」
まあ別に馬車なり馬なり使って町からわざわざくる酔狂な人間もいないこともないだろうし、あくまで可能性だけど。
ともあれ。二階には行かないとしょうがない。ギシギシと音を立てたながら階段を上がり、俺達は二階の部屋を再び一つ一つ探索して回った。当然というべきかアンデッドがここにもおり、そして襲い掛かってくる。
「っと!? まずいな」
「滅茶苦茶ギシギシしますね」
「床が抜けないよう気を付けなさいよ」
アリアも先程より爆発を弱め、出来るだけ周囲に影響がないように立ち回っている。俺もあまり動かず、出来るだけ一撃で始末するように気を付けた。
それでもやはり床は抜ける。バリ、という音と共に俺の足は床を踏み抜き、そしてそのまま一階へと。
「まったく。大丈夫?」
「悪い、助かった」
その直前にアリアに引っ張り上げられた。穴の空いたその場所を触らないように部屋を出た俺達は、残っているアンデッドが床を踏み抜き落ちていくのを眺める。先程までいた病室は、見事に床が無くなった。
これはやっぱり出来るだけ戦わずに探したほうが良さそうだな。そんなことを言いながら、再び探索を行う。アンデッドがいる部屋はもう無視することにした。
「そういえば、診療所の診察室はどこなのかしら」
「確かに、そーいえば無いですね」
一階部分には無かった。ということは二階にあるのか? 診療所の作りとしては大分欠陥じゃないか。そんなことを思いながら、ギシギシと軋む床を歩きながら部屋の扉を開く。
病室とは少し違う部屋がそこにはあった。どうやら本当に二階に診察室があるらしい。
こんな変な作りをしているとなると、本当にちゃんとした診療所かどうかが疑わしくなってくるな。
「あ、あそこ!」
「あ、シトリー!」
スロウとアリアが声を上げる。診察室のベッドの上に、シトリーが寝かされていた。急いで駆けつけようと足を踏み出した俺だったが、ミシリという音で動きを止める。ここの床も、場合によっては抜けるかもしれない。
「そういう時は、あたしの出番ね」
ふわ、と浮いたアリアがシトリーの元まで飛んでいく。様子を見る限り眠っているらしいシトリーを、アリアはぺしぺしと叩いて起こした。
「ふぇ……?」
「起きた?」
「あ、ワタシ……捕まって、それでぇ……」
体を起こしたシトリーがアリアを見て、そしてアリアの指差す先にいる俺達を見てホッとした笑顔を浮かべる。周囲にはアンデッドもいない、このままアリアに抱えて運んでもらえば、床も抜けないだろう。
「さ、あたしに掴まって」
「うん……え……?」
「シトリー!?」
アリアの差し出した手を取るそのタイミングで、シトリーの後ろから再び手が湧いて出た。即座にアリアがシトリーを掴もうとしたが、湧き出てきたその手によって阻まれる。
再びガシリとシトリーを拘束したその手は。続いて診療所内を縦横無尽に広がり始めた。勿論壁や床などお構いなしに、である。
「まずい!」
「一旦逃げましょう! アリアちゃん!」
「くっ……!」
こちらに戻ってきたアリアと共に一階へと急ぐ。今にも抜けそうな床を走り、階段を降りたタイミングで二階がバキバキと崩れ始めた。その崩れる二階の中心部に浮いているのは、シトリーを拘束している手。そして手は診療所にいたアンデッドやその残骸を次々に掴んでそこに吸収していった。
「シトリー!」
「エミル、くん……!」
そうして形作られるそれは、この間も見たアンデッドの合成モンスター。ただ一つ違いがあるとすれば、核となる何かがある、ということだろうか。
あの奇妙な手が、シトリーを核として作り上げたアンデッドの巨人。それが、巨大な腕を振り上げてこちらに襲い掛かってきた。
診療所から脱出する。アンデッドの巨人の一撃で、廃墟だった診療所は完全な残骸へと化した。周囲の木々より大きなそれが、こちらをじっと見詰めていた。
「エ、ミル……」
アンデッドの巨人の中心部から声が聞こえる。シトリーの声じゃない。これは、あの時の影の声だ。ということは、さっきの手もあの影の仕業か。
どちらにせよ、今ここでこいつをどうにかしないといけないことには変わりない。が、あの中にはシトリーがいる。まずはそれを助け出さないことには。
「破魔呪文で一発、とかやれないですしね」
「その辺も踏まえて、核にシトリーを取り込んだんでしょ。悪趣味だわ」
アンデッドの巨人がこちらを踏み潰さんと足を振り上げる。しかし、その程度の攻撃で俺達がどうにかなるわけはなし。アリアが爆破を叩き込んで体勢を崩したところに、そのまま魔法剣の斬撃を込めた一撃で足を両断した。
が、アンデッドの巨人は切り落とされた足を何事もなかったかのように切断面にくっつけ、立ち上がる。再生力はかなりのものがあるらしい。
「きゃぁん……!」
「シトリー!?」
そのタイミングでアンデッドの中にいるシトリーが悲鳴を上げる。まさかこいつ、シトリーとダメージを共有してるのか?
「違うわね。再生のタイミングで苦しんでいるところをみると、シトリーの体力を使って再生しているんじゃないかしら」
「どっちにしろ厄介だな」
「まあでも、再生される前に倒せばいいってことですよね」
大分脳筋な考え方だが、シトリーを苦しめずに助けるにはそれが一番手っ取り早い。
ちょっとだけ我慢してくれよ。そんなことをシトリーに告げつつ、俺達は眼の前のアンデッドの巨人を再生される前に倒すべく武器を構えた。