幼馴染の擬態した虫が聖女とか言われた   作:負け狐

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第三十九話

 アンガービー騒動も終わり、祭りの準備も順調に進んだとある日。お客さんよ、という母親の声で部屋から出た俺は、そこに立っていた相手を見て首を傾げた。はて、こんな知り合い俺にいたのだろうか、と。

 

「お初にお目に掛かります」

 

 そう言ってペコリと頭を下げる小さな少女。身長は擬態したスロウ達より小さく、ぶっちゃけてしまえばまだ子供とも呼べる年齢に見える。薄く銀色に見えるような髪をサイドポニーにして、頭を上げた際にキラキラと輝く琥珀色の瞳がこちらを見詰めていた。

 

「えっと?」

 

 それはそれとして。俺には彼女が訪ねてくる理由がさっぱり分からない。見ず知らずの女の子が突然家に来るなんて何がどうなると起きるのか。

 そんな俺の疑問を察したのか、少女はああすいませんでしたと再度頭を下げた。

 

「まずは自己紹介からでしょうか」

「あー、まあ確かに? 俺の名前は」

「エミルさん、ですよね? 話は聞いています」

 

 話は聞いている? 一体に誰に、と新しい疑問が湧いた俺に向かい、自己紹介の前にそこを説明しましょうと少女は苦笑した。

 

「月の大聖女はご存知ですよね」

「嫌な予感しかしない」

 

 いきなりとんでもないことを言われた。聞きたくない名前を聞かされ、俺の警戒心が一気に跳ね上がる。

 一方で、そんな俺の態度を見た少女はまあそうなりますよね、ともう一度苦笑していた。

 

「あの脳筋からの紹介だとなると警戒するのは当然です」

「うん」

「はっきり言いますね」

 

 苦笑したままそう続けた少女は、まあしょうがないですけれども、と前置きして言葉を続けた。

 ペコリと頭を下げ、こう言い放った。

 

「あち――失礼。私は光属性頂点、妖精姫、と呼ばれております」

「……」

「そう露骨に嫌な顔をされると少し傷付きますけど」

 

 いやだって。属性頂点と関わって碌な目にあってないんだから、警戒するのも当然というか。しかも月の大聖女からの紹介とか言われたら余計に。

 そんな俺を見て、少女――妖精姫はどうしたものかと頬を掻いていた。さもありなん、といった表情をしていることから、月の大聖女やら他の属性頂点やらと関わるとどうなるかを大体察しているのだろう。

 

「……まあ、確かに厄介事を持ち込んだという意味ではそうかもしれません」

「どういう意味だ?」

「先日そちらで退治したアンガービー。本来ならばこちらで対処するべき事柄でした」

 

 それはどういう意味だろうか。別にアンガービー自体は珍しいというほどのモンスターではない。確かにこの辺ではあまり見かけないといえばそうなのだが、それでも全くいないというわけではないし。

 そんな俺の疑問の表情を見て、いえ実は、と妖精姫が苦笑する。

 

「別の街で発生したアンガービーの生き残りがこちらに紛れ込んでしまった、という報告を受けたのです」

「ああ、そういうこと。といっても、その程度なら別に気にするようなことじゃ」

「たまたま来ていたとはいえ、そこら辺はあちきの管轄っスから。はいそうですかと言うわけにはいかなかったんスよ」

「ん?」

 

 はぁ、と溜息を吐きながらそうぼやく妖精姫。いやどうでもいいんだが今口調が凄いことにならなかったか?

 

「どうかしたっスか? ――どうか、しましたか?」

「多分手遅れだと思う」

 

 まあ話しやすい方で問題ないから、と俺が伝えると、それなら遠慮なく、と妖精姫はふにゃりと緊張を解く。

 

「いやぁ、この口調を初対面の、しかも謝罪する相手にするとふざけてんのかってブチ切れられる可能性もあったっスからね。あちきとしてもその辺の無用な軋轢は避けたいとこだったんで」

「いやまあ、俺はその辺気にしないし」

 

 というか属性頂点なのだから、口調がおかしいくらいはぶっちゃけ気にするに値しない。それよりどんな無茶振りをされるかとか、どれだけ思考がぶっ飛んでいるかとか、そういう方が余程問題だ。

 そんな俺の思考をよそに、妖精姫は話を戻しましょうと咳払いを一つした。

 

「そういうわけで、今回はあちきが謝罪に伺った次第っス。ぶっちゃけ全部あちきで対処すればよかったんスけど、それするとちょっと周りの影響もでっかくなりすぎるんで」

 

 話を聞く限り、どうやら月の大聖女にたまたま会いに来ていた妖精姫が、アンガービーの対処に失敗したらしい冒険者の尻拭いに来た、ということらしい。

 何でだ、と思ったのでもう少し話を聞くと、その冒険者の手伝いを自分から志願したのにも拘らずそのような結果になってしまったのを気にしてなのだとか。

 

「まあ普通の冒険者は、いきなり属性頂点が手伝いに来るとなったら緊張するよな」

「やっぱりそうなんスかね。あちきんとこではそこそこあることなんで普段通りにやっちゃったのがまずかったか」

 

 あの冒険者の人にも申し訳ないことをした、そう肩を落とす妖精姫を見ながら、まあ別段大きな問題は起きなかったのでよしとすればいいと述べた。

 が、俺のその言葉には首を傾げられた。

 

「何か村のお祭りの準備が滞ったって聞いたっスよ?」

「ちょっとだけだよ。お面も無事に返ってきたし、アンガービーの影響を受けた連中も元に戻ったし」

「エミルさんの彼女さんが寄生されて死にかけたって」

「彼女じゃない。あと、スロウも別に死にかけてはいない、と思う」

 

 こればっかりは当事者の自己判断なので俺がどうこう言えることじゃない。そこまで考え、じゃあついでだからスロウに聞いておこうとやつを呼んでくることにした。

 なんですか、とやってきたスロウに、まずは妖精姫を紹介する。

 

「光属性の頂点さん? なんでこんなところに?」

「いや、色々偶然が重なったというか」

 

 至極もっともな疑問に、妖精姫は頭を掻きながら再度説明する。それを聞いたスロウもやっぱり、それ妖精姫さんがわざわざ謝りに来ることでもないじゃないですかと返していた。

 

「でも、スロウさん死にかけたんスよね?」

「まあ気付かなかったら体食い尽くされてましたけど」

「申し訳ありませんでした」

 

 深々と頭を下げる妖精姫。属性頂点がそんな態度でいいんだろうかと思わないでもないが、そこら辺は個々の判断なのでまあ置いておこう。

 スロウはそんな妖精姫に別に気にしないでくださいと述べていた。結果的に死んでないんで大丈夫だ、とあっけらかんと言い放つ。

 

「でも」

「んー。あ、じゃあこういうのに耐性つけるような方法とかって教えてもらえたりします?」

「へ? それくらいなら別に大丈夫っスよ。あちき、光属性の頂点なんでその手のはエキスパートっスから」

 

 任せろ、とばかりに胸を叩いた妖精姫は、装飾品より体内に抗体を作る方がいいだろうかと顎に手を当て考え始めた。よし、とそのまま暫し考えて纏めたらしい彼女は、しかし少しだけ申し訳なさそうにこちらを見た。

 

「えーっと、抗体の薬を作る材料集めだけ、お願いしてもいいっスか? あちき、この辺の土地勘ないんで、材料があるかどうか分かんないんス」

 

 それくらいなら、お安い御用だ。そう言って頷いた俺は、じゃあ行くかとスロウを連れて外に出る。

 その直前、どうせならアリアちゃんとシトリーちゃんも誘いませんかというスロウの言葉に、まあそれもそうかと引き返した。

 

 

 

 

 

 

 そうしてシトリーを拾い、ギルドでアリアと合流し。人に紛れていない本来の状態らしい拳大の大きさになったふよふよと空を飛んでいる妖精姫を伴って、俺達はこないだも入った森の中へとやってきていた。

 

「さっきの人の大きさになってるのも、ある意味擬態みたいなもんか」

「んー。まあ広い意味ではそうかもしれないっスね」

「それにしても、あんたが属性頂点に警戒していないの珍しいわね」

 

 気楽に話している俺と妖精姫を見て、アリアがそんなことを言う。まあ確かに言われてみれば、これまで出会った月の大聖女とか傀儡人形とかに比べれば妖精姫は口調は変だがまあまあまとも寄りだと判断したからだろう。迷宮の管理者もかなりまとも寄りではあったが、多分分類するなら現状妖精姫もこっちだろう。

 必要な材料をメモした紙を見る。まあ何かあったら遠慮なく聞いて下さいとばかりに漂っている妖精姫ではあるが、あまり頼りすぎるのもよくないと思うわけで。

 

「まずはこのキノコだな」

「はい。それっスね」

「で、次はこっち」

「それはちょっと違うやつっス。隣の方を取ってください」

 

 同じやつじゃないのか、と思い妖精姫の方を見たが、確かにものとしては同じだけれども、と返された。今回の抗体の薬を作るには、そういう厳選が必要らしい。

 しかしそうなると、土地勘でメモの材料がある場所に行ったとしても、該当するものじゃない可能性も十分あるんじゃないのか。そんな不安を持ちながら問い掛けると、流石にそんなことはないと思うと返された。

 

「厳選といってもそこまで細かくないっスから。ちょっと質のいいやつくらいな考えでいいんスよ」

「そういうことなら、いいけど」

 

 そう言われつつ、次の材料の場所に向かう。メモに記されたそれぞれは、ぶっちゃけほとんどこの辺でも珍しくないものばかりだ。確かに生えている場所は地元の者じゃないと探さないと分からないが、その程度である。ぶっちゃけもうある程度ここに住んで時間の経ったアリアやシトリーでも分かる。

 

「これで本当に薬になるのぉ……?」

「こういうのは、どこにでもある材料で作れるからいいんスよ」

 

 シトリーの疑問に妖精姫がそう返す。成程確かに、特別な材料でないと出来ない特別な薬も確かに重要だが、そうでない材料で出来るのならばそっちの方が間違いなくいい。

 そんなことを思いながらメモの材料を集めていき、残るは一つ。

 

「どうします? めんどいならわたしの皮剥ぎますか?」

「剥がん。もう今更だし、その辺のミミックロウラー探して倒すぞ」

 

 芋虫の、ミミックロウラーの皮である。これも厳選するならば出来れば同郷のものが望ましいらしいが、まあこの森の芋虫なら何の問題もないだろう。

 

「あ、じゃあ身内から」

「もうちょっと躊躇え」

 

 いや、今更か。そうツッコミを入れながら諦めた俺は、さっさと倒して皮もらうぞと視線を動かした。別に絶滅させたりはしてないし、最近は定期討伐もなくなったので森にミミックロウラーなんぞうじゃうじゃいるはずだ。

 そう思ったのだが、探せど探せど見付からず。一体どうしたんだと俺達は首を傾げていた。

 

「この間のアンガービーで全滅したとか?」

「流石にないでしょ。もしそうならこの辺一体にアンガービーが巣食ってることになるし」

 

 確かに。もうアンガービーの被害の話がないことから、あの時の三匹で打ち止めなのは間違いないだろう。しかしそうなると、じゃあ何故という疑問にぶち当たるわけで。

 

「アンガービーを怖がって、生息域を変えたのかもしれないっスね」

 

 ふよふよと漂っていた妖精姫がそんなことを言う。元々この辺には多くいたのか、という彼女の疑問に首を縦に振ると、その可能性は高いと返された。

 

「丁度生息域にアンガービーが出たとなると、被害の少ない場所に移動するのは極々自然っス」

「そうなると、どこ行ったんだ?」

「そうですね。――ん?」

 

 がさり、と茂みが揺れた。何だ、と視線を向けると、一匹のミミックロウラーがこちらを見ている。離れた場所を新しい生息域にしていたが、アンガービーの被害が無くなったと判断して戻ってきたのだろうか。

 そんなことを考えたが、まあこいつから皮を取ればいいか、と結論付け。

 いや待った、と剣を止めた。

 

「何かこいつ、俺達を案内しようとしてないか?」

「あんたついにスロウ以外のミミックロウラーにも手を出すようになったの?」

「どういう意味だ。いや確かにちょっとスロウに顔立ちは似てるような気はしたけど」

「ミミックロウラーの顔立ちの違いが分かるんスか……」

 

 何か漂っている妖精姫が若干引いてるが、あくまでそんな気がしただけで、俺が見分けられるのは基本的にスロウだけだ。そう弁明したらしたで、ああ成程と今度は生暖かい視線を向けられた。

 

「愛、なんスねぇ」

「誤解だ誤解」

「そうかしら」

「合ってると思うよぉ……」

 

 ガヤがやかましい。そんなことより、今はあのミミックロウラーだ。何でか知らないが、俺達をどこかに案内させようとしている。

 皆で顔を合わせ、それについていくことにした。ガサガサと草や木々をかき分け、ミミックロウラーの案内で進んだ先、そこは。

 

「ミミックロウラーがいますね」

「ここが新しい生息地ってことか」

 

 視線を案内したミミックロウラーに向けると、肯定するようにゆらゆらと揺れ、そしてゆっくりとスロウに近付いた。つんつん、とスロウに触れると、そのままこの新しい生息地から離れるように去っていく。

 なんだったんだあれ。そんなことを考えていると、スロウはどこか懐かしそうに、嬉しそうに口角を上げていた。

 

「あれ、多分わたしの妹です」

「妹ぉ!?」

「身内のことどうでもいいと思ってましたけど、ああいうことやられると、ちょっと間違って退治するのは躊躇いますね」

「ちょっとで済ますな。がっつり躊躇え。いや違う、退治しようとするな」

 

 しかし、妹か。成程、だからちょっと顔立ちがスロウに似ていたのか。人間換算するなら、俺やスロウより一つか二つ年下ってくらいか。アンガービーに寄生された姉を心配して来たのだろうか。

 なんだ、別に群れでも完全に嫌われていたわけじゃなかったんじゃないか、お前。

 

「……どうでもいいけど、そうなるとここのミミックロウラー倒すの躊躇うわね」

「あ、こっちのは別にわたしを追い出した連中ですし」

「じゃあ、いいかぁ……」

 

 まあ、躊躇う理由のある相手はいないみたいだし、別に全滅させるわけでもないし。

 いざとなったら皮剥ぎ取ったら《リザレクション》してもいいしな。前に一回やってるから何の副作用もないのは証明済みだ。

 

「中々ワイルドっスねぇ」

 

 あはは、と苦笑しながら俺達の話を聞いていた妖精姫がそうぼやく。そうしながら、あ、そうだとスロウに向き直った。

 

「薬は何個か作れるんで、もしあれだったらさっきの妹さんにも分けてあげてくださいっス」

「いいんですか?」

「救える相手は救う。そういうもんじゃないスか」

 

 そう言って笑う妖精姫の表情には一点の曇りもなく、本心で言っていることが伺えた。裏で何考えているなどということもない、至極真っ直ぐな言葉を聞いた俺は。

 

「……属性頂点って、こういうのもいるんだな」

「だから月の大聖女様と傀儡人形様に引っ張られ過ぎなのよあんた」

 

 そう言われても、現状これでまだ半々だぞ。しょうがないだろうに。

 

「その前に、属性頂点の半分と会ってることが問題だと思うよぉ……」

 

 そんなことを考えていた矢先。シトリーにそう言われ、あ、と俺とアリアは思わず顔を見合わせた。

 言われてみれば、属性は八つ、そして今回も合わせて出会った属性頂点は月・水・土・光で四つだ。

 

「このまま全員と会ったりしちゃうかもしれないですね」

「勘弁してくれ……」

 

 そんなスロウの呑気な言葉に、俺はがくりと肩を落とすのだった。

 

 




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