そんなこんなで翌日、祭りの日である。まあそんな大層なことはやらないので、要は大宴会の日であるのと同義なわけだが。
普段は別に参加するような性格ではないのだが、今回はスロウが参加したいということで俺もこの場にいる。アリアやシトリーも当然参加しており、そして。
「いやぁ、あちきもこういうのに参加しちゃって良かったんスかね」
てへへ、と言いながら料理を食べているちびっこ。光属性の頂点妖精姫である。ちょっとだけ遠慮している素振りを見せているが、まあこの手の宴会なんぞ誰でも参加オーケーみたいなものだから気にすることはないだろう。
現にほら、そこのネコモドキも気にしないで食べてるし。
「美味しいですか」
スロウの言葉にこくりとネコモドキが頷く。猫のようで猫ではない、そんな感じのそれを見て、スロウはどこか優しげな笑みを浮かべていた。
言わずもがなかもしれないが、これは薬の材料を見付ける際に出会ったスロウの妹である。妖精姫がどうせなら保護しておこうかと提案し、本人――本虫に尋ねるとそのままついてきたので妖精姫預かりとなってこの場にいる。
ミミックロウラーの姿のままでもまあ大丈夫といえば大丈夫かもしれなかったが、念の為。流石に人型になれるわけではなかったので、一旦何かしらに擬態してもらうことにしたのだ。
「それにしても」
ひょい、とネコモドキを拾い上げてアリアが呟く。ミミックロウラーは本来ちょっとした人間くらいの大きさの芋虫だ。だというのに、スロウの妹芋虫が擬態した猫は普通の猫とそう大差ない大きさである。
そのことが不思議なのか、アリアもううむと首を捻っていた。
「ねえ、スロウ。この娘、ひょっとしてあんたと同じような才能持ってたりしない?」
「さあ? わたしその辺のことはさっぱりですから。基本ずっとエミルといましたしね」
だから正直何で妹がこっちについてきたのかも分からない。そう言ってスロウは首を傾げる。アリアに抱えられたままの猫は、そんなスロウを見て同じように首を傾げた。そうした後、するりとアリアから抜け出るとスロウの足に擦り寄る。
「……何でなんでしょう」
「俺に聞くな」
こちらを見られても分からん。というかそういうのは当事者に聞け。そうは思ったのだが、まあ普通のミミックロウラーって喋れないからな。どうしたもんかと視線を動かすと、妖精姫がふむふむと頷いていた。
「分かるのか?」
「いや、きっちりとは分かんないっスよ。まあなんとなく、みたいな感じっス」
それでいいのならば、と前置きして、妖精姫は猫と目線を合わせた。そうして、改めてふむふむと頷く。
「別に自分は姉を嫌ってなかった、みたいなこと言ってるっスね」
「群れを見捨てましたよ?」
「そりゃそうだろうと自分も思うし、自分も群れを売ったからこれで同じ、とかそんな感じのこと言ってるっス」
「なんか、スロウの妹だって感じするな」
自分の群れに対するドライ感とか。というかあれやっぱり群れを売ったのか。どういうつもりなんだろうかと思ったけど、ちゃんと明確な意志でやったのだと分かりホッとすればいいのか悪いのか。
「というかこの娘、ミミックロウラーにしては頭良過ぎないスかね」
「言われてるぞスロウ」
「いやスロウさんは別っスよ!? 別というか規格外というか」
「分かってますよ。エミルの冗談を真に受けてたらキリないですし」
それで、とスロウは妖精姫に話の続きを促す。慌てていた妖精姫はそこで気を取り直し、ええっと、と改めて猫を、妹芋虫を見た。
「そもそも、擬態の能力ってそのまま知力に直結している部分があるんス」
曰く。ミミックロウラーの擬態がなんとも見破られる程度のものなのは、基本的にそいつらの知力がその程度だということになるらしい。だとしても、擬態できる時点で普通のモンスターよりは知力値みたいなものは高いらしいが。
「それで、スロウさんの妹ちゃんっスけど。この猫、大分完璧な猫なんスよね」
「確かにさっきも思ったけど。普通ミミックロウラーの擬態って大きさまで変わることはないわよね」
猫を撫でながらアリアがそう述べる。それこそ特別な能力か才能でも持っていない限りそんなことは不可能だろう。というか大きさが変わったらそれはもう擬態じゃなくて変身だ。
「まあ若干大きいが、猫の範疇だよな」
「そうス。そのことを考えると、この妹ちゃんの擬態能力は普通と比べて明らかにおかしい。ついでに思考能力も大分ミミックロウラーの範疇から外れてるっス」
「んー。ぶっちゃけるとわたしの妹は天才ってことでいーです?」
「ぶっちゃけまくってるっスけど、まあ早い話がそういうことっス。……これ、ひょっとするとひょっとするっスよ」
スロウの言葉にそう返した妖精姫は、ううむ、と何かを考え込むような仕草を取った。そうした後、これはあくまで提案だけれども、と前置きをした。
猫に視線を向ける。妹芋虫に向かい、妖精姫は真剣な表情で言葉を紡いだ。
「もしよかったら、あちきの弟子にならないっスか?」
「だから……ちょっとはしゃぎ気味なんだねぇ……」
山盛りの料理を持ってきたシトリーがそれらをぱくつきながらそんなことを述べる。まあそういうことだ、と言いながら、俺も持ってきた料理を食べたり飲み物を飲んだりしていた。
視線の先には、妖精姫とスロウ、そして猫に擬態した妹芋虫が広場で踊っている。宴会なのでそういうのも全然問題なしだ。例の仮面の舞踊も祭り開始を告げる一発芸みたいなもので、後はああやってはしゃぎたい奴が勝手に踊るみたいな状態になっている。スロウが出てきたので、アンガービー騒動に巻き込まれた連中もあわよくばお近付きになりたいとばかりに飛び出していって玉砕していた。
あ、撃墜された奴がこっち来る。
「エミル、お前はほんと羨ましい」
「うるさいよ」
「幼馴染で、可愛くて、胸も大きくて、ついでに聖女。そんな娘がいつも隣にいるとか」
「芋虫だけどな」
「そんなことはどうでもいい、重要なことじゃない」
「大分重要じゃないのか」
「じゃあ逆に聞くが、お前はそれを重要だと思ってるのか?」
「……いや、別に」
「だろ?」
そう言われるとそうかもしれないが、でも多分お前と俺の中の重要な部分が違う気がするんだが。そうは思ったが、何か酒臭いこいつの今の状態でそんなことを言っても無駄な気がして、俺は溜息を吐くだけに留めた。
というか飲むなよ。いくら冒険者になったら咎められないといっても、本来ならもう少し後になってからだろ酒飲めるのは。
「いい子ちゃんかよぉ!」
「酒臭い」
「飲んでるんだから当たり前だろ」
「絡むな酔っ払い。もういいからどっかいけ」
「いいやまだだね。だってお前他にも女の子はべらせてるだろ」
「侍らせてるとか言うな。あいつらは冒険者のパーティーメンバーだし、ついでに全員虫だ」
「ワタシは一応花でもあるよぉ……」
横で酔っ払いに絡まれている俺を見ながら黙々と飯を食っていたシトリーが口を挟んでくる。が、そんなところを気にする前にまず俺が絡まれてる時点で助け舟を出して欲しかった。
「そういうの、ぼっちには荷が重いよぉ……」
「あー……ごめん、俺が悪かった」
「おいこらエミル、シトリーちゃん泣かせるな」
「泣いてはいないよぉ……?」
シトリーの言葉を酔っ払いが聞いているわけがない。申し訳ない、と何がなんなのか分からない謝罪をした酔っ払いは、再び羨ましいとこちらに文句を言ってきた。知るか。というか何が羨ましいんだ何が。
「こんな、片メカクレの巨乳おっとり系ヒロインを完備しやがって!」
「ちょっと何言ってるか分からない」
「気にしたら負けよ、酔っぱらいだもの」
「お、アリア、お前どこに行ってたんだよ」
「飲み物取りに行ってたのよ」
「更に加えて、お嬢様を目指す一般人美女までいるんだぞ」
「どういう肩書よ。あたしはアリアンロッテを目指してるのであって、お嬢様を目指してるわけじゃないのよ。あと一般人言うな」
「虫だもんな」
「そこじゃない!」
俺の言葉にツッコミを入れたアリアは、あたしの扱いだけイロモノ枠じゃないのかと酔っ払いを睨み付けた。もっとこうあるでしょうが、と言わんばかりに言葉を待つが、酔っぱらいはその眼光に萎縮してちょっとだけ後ずさっている。
「いや、アリアさんは美人だし、真面目だし、でも話してみると案外気さくだしでギルドを利用してる連中の中では滅茶苦茶人気なんだけど」
「けど、何よ」
「悪役令嬢ロールプレイが、ちょっと」
「表出ろ酔っ払い」
「落ち着けアリア、ここはもう外だ。あと酔っ払いの戯言だから支離滅裂なのはしょうがない」
下手するとこの酔っ払いを消し炭にしかねないので流石に止める。割とマジのドスの利いた声だったので、流石の酔っ払いもすいませんでしたと逃げた。
まったく、と不機嫌そうに鼻を鳴らしていたアリアは、そのまま持ってきた飲み物を一気に煽る。ふう、と息を吐くと、無くなってしまったからもう一杯貰ってくるかと一歩進み。
「っと」
「おいどうした。足、で立ってるわけじゃないからあれか、蛇行運転だぞ」
「別にそれほどでもないでしょ」
「そうか? って、お前も酒臭っ」
ひょっとしてお前さっきから飲んでるのジュースじゃなくて全部酒か。そんなことを尋ねると、アリアンロッテは社交でお酒を嗜むのだから当然だろうと返された。
お酒を嗜むっていうのは酒だけ飲むってのとは違うんだぞ、分かってるのか。
「分かってるわよ。祭りの宴会の雰囲気にちょっと当てられただけよ」
「ほんとかよ……」
多分信用出来ない。よくよく考えるとさっきの急なブチギレもこいつが酔っ払いだったからだと考えると納得がいくというか。いや、シラフでもあれはキレるかもしれんからなんとも言えんな。
「なあシトリー、お前はどう思う」
「むぐもぐ……ごくん。多分、大丈夫だと思うよぉ……」
「その心は?」
「アリアちゃんは鱗粉で状態異常を引き起こすから、そういう系統には元々耐性を持っていると思うんだよぉ……」
思った以上にちゃんとした答えが返ってきた。成程、と頷いた俺は、シトリーの言葉で勝ったとばかりの表情のアリアを見て溜息を吐いた。
まあ分かったからほどほどにな。そう言ってアリアを送り出すと、俺もまあいいかと食事を再開することにした。
ん、と視線を落とす。妹芋虫の擬態した猫が、いつの間にか隣にいた。
「何だお前、師匠と姉さんほっといていいのか?」
そう尋ねると、こくりと猫が頷く。そうしながら、前足をひょいと向こうに突き出した。そちらを見ると、いつの間にか乱入していたギルドのお姉さんとスロウが踊っていて、妖精姫が巻き込まれているのが見える。ああ成程、逃げてきたのか。
「んじゃ、何か食うか?」
こくりと頷かれる。皿に料理を何個か盛って差し出すと、猫に擬態した妹芋虫はそれをパクパクと食べ始めた。
何かこうやってると、いつぞやの、子供の頃を思い出すな。まだ擬態がお粗末だった頃のスロウといた頃を。
「ん?」
ふと視線を向けると、何やら抗議の表情らしきものを浮かべている妹芋虫が見えた。ぐぐ、と伸びをすると、猫から人間ほどの大きさの芋虫に戻り、そして下腹部側の多足でバシバシと地面を叩く。どうやら擬態を解きたくなるほど機嫌が悪いらしい。
「ひょっとして、スロウの昔と重ねたからか?」
ベシベシ地面を叩きながら芋虫が頷く。それはあれか、姉と一緒にするなとかそういうやつ。
ではないらしい。そう考えて口にした途端、ベシベシと叩く音が強くなったからだ。
視線を向こうの自身の姉に向ける、そして、再度こちらを見てベシベシと地面を叩いた。
「……えーっと? 姉の思い出を自分と重ねるな、とか」
ベシベシが弱まる。方向性はそれで合っているらしい。となると、後はそれの理由だが。
そこまで考えて、ふと、気になったことがあった。こいつは普通のミミックロウラーと比べても頭が良いらしい。まあつまりモンスターよりもスロウ達みたいな思考をしていると考えていいわけで。
「お前ってさ、スロウが俺のこと好きだっての、知ってるのか?」
頷く。そうしながらベシベシと地面を再度叩いた。あーっと、それはつまり、さっき怒ったのは。
「……お前、ひょっとしなくても姉のこと、嫌いじゃないレベルじゃなくて、ちゃんと好きだな」
ベシベシが弱まる。わしゃわしゃと多足が動き、俺の横に来ると、今度は俺の背中をベシベシと叩いた。多分、いや絶対にこれは肯定の返事だろう。
「お姉ちゃんの思い出を自分で上書きとかふざけんなってことでいいのか。別にそういうつもりはなかったんだが、姉妹で似てるなって思っただけで」
ベシベシと背中を叩かれる。痛い。まあしょうがないとはいえ、コミュニケーションの方法が限られるのは中々面倒だな。
よくよく考えると、スロウはその辺最初から喋れてたな。そういう意味でもあいつは規格外だってことか。とはいえ。
「才能があるとか天才だとか言われてたし、お前も喋れるようになればまた違うんだろうけど」
「可能」
「まあまだ無理か――ん?」
「言語、取得、少々」
「……マジかよ」
単語単語ではあるものの、この祭りの間に言葉を取得したらしい妹芋虫が少しドヤ顔で胸を張るのを見て、俺は思わず目を見開いた。
スロウ、お前の言った通り、こいつは確かに天才かもしれない。
シャァベッタァァァァァ