「で。まだ粘る気か?」
「めんどぉ」
「じゃあ帰れ」
「それもめんどぉ」
こいつどうすればいいんだろう。俺は溜息を吐きながら目の前のツインテールの少女を見る。見た目だけならば美少女だが、性格が碌でもないし多分これまでの経験からすると恐らく今の美少女状態は擬態だ。
まあその辺のことを聞いても面倒だとしか返ってこないだろうから聞かないが、ともあれそんなことより今はどうやってこいつを追い返すか、である。
「大体どうすれば属性頂点になれるか分からないってことは、それを調べるのも面倒なんじゃないのか?」
「それはそぅやん」
「じゃあやめとけよ。というか属性頂点ってそんな忙しいのか?」
月の大聖女とかレベルなら分かる。傀儡人形は自分で動いてるから分からん。迷宮の管理者は――あれはどうなんだ? 自分で勝手にやってんのかそういう職についてんのかどっちだ?
とにかく、特別何かない限りは多分属性頂点だからってやらなきゃいけないこともないはずだ。そんなことを思いながら問い掛けたそれに、隠れ潜む百花は数秒だけ考えてから口を開いた。
「別に」
「じゃあいいじゃねぇかよ!」
「でぇも、何かあった時出張らないといけないのめんどぉなんよ」
「何かって、何だよ」
「世界の均衡とぉかが崩れる時」
「そこ面倒くさがってたら終わりだろ」
アンデッド発生のこともあり、基本そういう事が起きないように人も亜人も節度を守っている。小競り合いはままあるが、所詮その程度だ。大規模な戦争なり何なりが起きるようなことがあれば、それはもう面倒だとか言ってられない。
「そぅなんよ。だからめんどぉだけど、うちもぉ頑張らないといけない」
「あ、そこは一応やるんだ」
碌でもないは碌でもないけど、ちゃんと属性頂点としての自覚はあるのな。
そうは思ったが、いやだからそれから解放されるために後継者探してるんだったこいつと思い直し即座に考えを否定した。
しかも、その後継者の候補はアリアかシトリー、そしてスロウのどれかと来た。どう考えても許すわけにはいかない。
「別に、まず起きないことを心配してもしょうがないだろ。その方が面倒だ」
「ん~。一理ぃあるんね」
「だろ? だから別に後継者探しなんかしないで」
「あれ? エミル、何やってんですか?」
ひょこ、と芋虫が現れた。擬態も何もしてない状態のスロウがもそもそと動きながら俺とシトリーを見て、そして隠れ潜む百花を見る。お客さんですか? と尋ねてくるが、いかんせん俺は今それに答える余裕がない。
隠れ潜む百花が見ているのだ。じっと、スロウを。
「ミミックロウラー?」
「はい、そうですよ」
「つよぃ?」
「へ? んー、よく分かんないですけど、普通のよりかは強いと思います」
ふーん、とスロウを眺めていた隠れ潜む百花は、成程と頷くとこちらに視線を動かした。その眠たげな瞳は、まるでこちらの考えを見透かすようで。俺は思わず一歩下がる。
「そぉいえば、名前聞いてなかった。君ら、なんてぇの?」
「エミル」
「あ……えっと……アミュー・シトリーだよぉ……」
「スロウです」
さくっと答えた俺とスロウに対し、シトリーは若干しどろもどろでフルネームを答えていた。そういやこいつそんな名前だったな。
ちなみに隠れ潜む百花はシトリーの名前が長くて呼ぶのが面倒くさいと告げ、結局シトリー呼びになった。
「とゆーか、木属性頂点さんだったんですね。あれ? 木属性頂点っていうと」
「ああ、そうだよ」
勿論自分から名乗らないので俺がスロウに説明すると、こいつも察したのかあー、となんともいえない表情になる。そのまま来た理由のところまで話すと、今本体状態で丁度良かったかもしれないとゆらゆら揺れた。
「そういや何で家とギルド以外の村の中で芋虫なんだお前」
「今日はちょっと羽を伸ばす日だったんですよ、わたし芋虫なんで羽持ってないですけど」
「やかましいわ」
ともあれ、まあそのおかげかこいつは隠れ潜む百花のお眼鏡に適わなかったようである。そういう意味では一安心で。
そして心配なのは、眼の前にいるもう一体の方だ。
「シトリー、かぁ」
「ひ、ひゃい!?」
「ん~。悪ぅくはないやんけど、どぉだろ」
まずい。というかこいつシトリーがトラップレシアなのはもう既に分かっているのか。いつものようにアリジゴクがまろび出てないのに。そこら辺はまあ属性頂点だからというか、モンスター同士のシンパシーというか。
ふむ、と隠れ潜む百花が頷いた。ちょっと面倒だけど、などと言いながら、ゆっくりと首を回し、そして。
「きゃう!」
「シトリー!」
突如として生えたカマキリの鎌のようなものでシトリーがぶっ飛ばされた。ゴスロリドレスの背中から出てきた一対のそれをワキワキとさせながら、ふむふむ、と何かを査定するように眠たげな瞳を倒れているシトリーに向けている。
「おい、てめぇ!」
「ん~?」
「人の仲間ぶっ飛ばしておいて」
「あ、ぅん、ごめん」
即座に謝られた。何でだよ、というか謝るなら最初からするんじゃない。そんなことを思いながら、ついでに口にしながら詰め寄ると、説明が面倒だったからというような返事がくる。
お前それで全部済ませる気じゃないよな。いや、済ませる気だなこいつ。
「うぅ……痛いぃ……」
「シトリーちゃん大丈夫ですか?」
ててて、と近付いたスロウが即座にシトリーを回復させる。何か聖女する芋虫って絵面が凄いな。まあ今は隠れ潜む百花に色々バレちゃいけないからしょうがないんだけど。
「んん? ミミックロウラーが回復魔法ぅ?」
「あ」
やばい。そうか、人への擬態が異常なんでそっちに気を取られてたが。よくよく考えれば聖女としての能力全取得している方も大概だった。というか見方によってはそっちの方がよっぽど見付かるとマズい。
「でぇも、芋虫だし」
ううむ、と何かに悩んでいる様子である。二言目には面倒だと言っていた隠れ潜む百花であるが、流石にその辺は慎重なのかもしれない。
そんなことを思っていると、一体全体どうしたのだと追加でやってくる人影が。いや、妖精姫とクーヤだったので人ではなかったがまあその辺はどうでもいいとしておこう。
「って、げ。隠れ潜む百花じゃないっスか。何でこんなとこいるんスかお前」
「あ、妖精姫。ん~。ちょぉっとした後継者探しなんよ」
「お前に見合う後継者なんかその辺に転がってるわけないっスよ! 忘れたんスか? お前が帝国で一番強い属性頂点だって認定されたことを」
今なんつった。帝国で一番強い? こいつが?
ちなみに帝国というのはこの王国の隣りにある大国のことだ。基本的に自由裁量で公爵領とかその辺がほぼ小国として成り立っているような割と緩めなうちの王国とは違い、帝国は皇帝がしっかりと統治している纏まった一つの国である。
そこで一番強いって認定されてるということは、大国の総意とみてもいいだろう。
「とゆーか、妖精姫さんって帝国住みなんですね」
「あれ? 言ってなかったっスかね」
「そういうほのぼの会話後にしてくんない!?」
今ちょっと新しい驚愕な事実が判明しているところだから。そうは思ったものの、よくよく考えると帝国で一番強かろうとそうでなかろうと俺にとっては誤差だ。どっちみち勝てるはずがないという意味で、である。同じくらいの手加減をされても勝てる確率が大幅に減るという意味では重要かもしれないが、まあぶっちゃけだからなんだ、だ。
面倒だからという理由でほとんど何もしてきていないが、相手が無理矢理連れて行こうと考えた時点でもう詰みなのは変わりない。
「こほん、では気を取り直して。隠れ潜む百花、アホなことやってないで帰るっスよ」
「後継者見ぃ付けてないんだけど」
「だからいるはずないっつってるっスよ」
「……そこのは?」
「へ?」
そこ、と隠れ潜む百花が指差したのは一体の芋虫。先程シトリーを回復させたスロウである。
指差されたスロウは身構えると、ぐるりと体を捻り人型に擬態して俺の隣に立った。あ、馬鹿、今それやったら。と一瞬思いはしたが、もう多分回復をした時点で既に手遅れだったのだろう。スロウもそう判断したからこそ擬態したんだろうし。いざという時習った格闘戦が出来るように。
「スロウさんのことっスか?」
「そぅ。だぁいぶ良さげじゃない?」
「彼女は月の大聖女のお気にっスよ? 勝手に取ってくと場合によっては」
「え? そぅなの? それはめんどぉやん」
せっかくいい線いってたのに。そう言ってがくりと肩を落とすと、どうしようかなと目を瞑り何かを考え込む仕草を取った。諦める、という選択肢を選んだわけではなさそうなのが非常に厄介だ。面倒くさがりのくせに何でそこは粘るんだよ。
「そういうやつなんス」
「碌でもねぇ……」
これで帝国お墨付きの強者ってのが更に碌でもなさを増している。まあ強者の余裕をかましすぎていると言われれば確かにそうかもしれないと思ってもしまうわけだが。
「あ、じゃあぁその隣は?」
「あん?」
その隣、と隠れ潜む百花が指差したのはクーヤ。同じミミックロウラーの特殊個体で、妖精姫お墨付きの才能持ちのスロウの妹。確かにそういう意味では条件を満たしてはいる。
いるのだが、いかんせん強さでいうのならばまだまだ全然だ。妖精姫が稽古をつけている、というだけのちょっと強いミミックロウラー。一応中級モンスターには届いているかもしれないけれど、とてもじゃないが属性頂点を担える強さではない。
「そういうわけっスから、諦めるっスよ」
「ん~。……そぉかな?」
「何が言いたいんスか」
「その娘、強ぉくなるでしょ」
「そりゃ、あちきが鍛えるんスから、その辺のモンスターなんかよりは全然強くなるとは思うっスけど」
「じゃぁ、いぃやん」
ぐるん、と。今度はスカートの下から伸ばしたツタのようなものでクーヤを絡みとると、そのまま一気に自分のもとまで引き寄せた。
「月の大聖女の許可取るのはめんどぉだけど、妖精姫なら眼ぇの前やし」
「あちきの大事な弟子を渡すわけねーっスよ!」
「めんどぉだから、後で聞くんよ」
そう言ってそのまま光の魔法陣を描き始めた。まずい、あれが何か俺達は良く知っている。スロウに使ってもらって滅茶苦茶重宝している《テレポート》だ。飛ばれたらまずい。
「させるか!」
一気に飛び出し、それを阻止せんと剣を振り上げた。悪徳の剣も遠慮などしないとばかりに輝いている。
が、隠れ潜む百花の鎌にあっさりと防がれた。力を込めているのにびくともしない。
「あ、君ぃ、強いやん」
「嫌味か!」
「何でそんなめんどぉなことしなきゃいかんのよ。ふつぅ、うちの鎌のこれで相手吹っ飛ぶんよ」
「殺す気かよ!」
「何でそんなめんどぉなことしなきゃいかんのよ。うちは殺しとかそんな滅茶苦茶めんどぉになることやりたくない」
だから、と鎌を振り上げ、俺の悪徳の剣を弾くと、返す刀で俺をぶっ飛ばした。とんでもない衝撃でもんどりうった俺はそのままゴロゴロと地面を転がる。が、成程言う通り死ぬほどのダメージではない。当たり前だが痛いは痛い。
「うちがやるのは、心を折っとく方法なんよ。絶対勝てぇんと思ったら、もう来なくなるから」
それじゃあ、とクーヤを持ったまま隠れ潜む百花は《テレポート》の魔法陣へと足を踏み入れる。
させない、と俺に代わり距離を詰めたシトリーとスロウも、同じように鎌でぶっ飛ばされて地面にすっ転がった。
「姉様」
「クーヤ!」
「心配、無用。クーヤ、奮闘」
そう言って、ぐ、とサムズアップをしたクーヤは、そのまま隠れ潜む百花に連れられたまま魔法陣へと消えていった。《テレポート》が発動し、魔法陣も効果を失い消えていく。
そうして残されたのは、一発でボコされた俺達と。
「本気で連れていきやがったっスね、あの馬鹿」
ぐぎぎ、とちょっとキレ気味の妖精姫だ。こうしちゃいられない、と妖精姫は即座に同じように魔法陣を描き、《テレポート》を発動させて向かおうとする。
「妖精姫!」
「止めないで欲しいっス。こうなったのも、あいつのことだから結局面倒になって置いていくんだろうと思って手出ししなかったあちきの責任。だから」
「そうじゃない!」
「へ?」
俺の言葉に、妖精姫は振り返る。そうして、彼女は目をパチクリとさせた。俺も、シトリーも、スロウも。若干ボロった状態のまま、しかし同じように真っ直ぐに妖精姫を見詰めている。
その視線の意味は一つ。
「ちょっと何事よ、って、本当に何事!?」
騒ぎを聞きつけてやってきたアリアが、そんな俺達を見て声を上げていたが、しかしなんとなく事情を察したのだろう。成程、と頷くと、俺達の隣に並ぶように移動した。
「何だか知らないけど、多分騒動の主を追いかけるんでしょ?」
「流石はアリアちゃん、話が早いですね」
「そういうわけだ。妖精姫」
「ワタシたちも、一緒に行くよぉ……」
俺達がそう言ったことで、妖精暇は再度目をパチクリとさせ、はぁ、と溜息を吐いた。
「一応言っておくっスけど。別にクーヤは何か酷いことをされているわけでもないっス。あいつは後々面倒だから殺しのたぐいは一切やらないし、後々面倒だからって周りで死ぬこともさせないっスから」
面倒臭いことを避けるための努力の方向絶対間違ってるな。そんなことを思いつつ、だから別に取り返しに行くといっても何か酷い騒動になるわけでもない、という妖精姫の前置きを聞いていた。
「それでも、来る……んスよね、やっぱり」
「とーぜんです」
「当たり前だ」
「勿論よ」
「決まってるよぉ……」
はぁ、と溜息を吐いた妖精姫は、じゃあちゃんとついてきてくれと俺達を魔法陣へと案内した。肩透かしになっても責任取らない、とついでに続けた。
「それじゃあ、行くっスよ。目的地は、帝国!」
次回から帝国編、だからといって何も変わらないですけど