なんだかんだ勢いで帝国に来てしまった。妖精姫の《テレポート》で帝国の飛竜空港入口に飛んだ俺達は、まずはそこで入国許可の手続きを取ることになる。
これが意外とめんどくさい。はずなのだが。
「王国のベルンシュタイン公爵様付きの聖女様御一行様ですね。――はい、確認が取れました。帝国へようこそ」
「え? それだけ?」
「何で自分で言っておいて驚いてるんスか」
確かセフィがそんなようなことを言っていたので入国審査の人にそのことを話してみたところ、物凄くあっさりと許可が出た。妖精姫が何とも言えない表情でツッコミを入れているが、だって俺もこんなに上手くいくとは思ってなかったのだからしょうがないだろう。
「まあ、その辺りはセフィちゃん先輩に後でしっかりお礼言っとくとして」
スロウが俺達にそう述べると、じゃあ早速と妖精姫を見た。が、当の妖精姫はそう急がなくてもという様子を見せる。
「ここに来る前にも言ったっスけど、隠れ潜む百花は殺しはやんないし自分の周りで何かが死ぬのも嫌がってやらせないんで、クーヤの無事は基本的に保証されてるっス」
「それは聞きましたよ。だから急いで隠れ潜む百花さんの所には行かなくていーことも分かってます」
「……やっぱり妹が心配っスか」
妖精姫が表情を真剣なものにしながらそう述べる。まあこの感じだと確かにそう思えても不思議ではないし、アリアやシトリーもそう感じたのか何やら考え込む表情をしている。
が、多分こいつの考えていることは違う。若干ジト目でスロウを見ると、やっぱりエミルにはお見通しですねと笑みを浮かべられた。
「まあ確かに姉妹の情とかはありますけど、元々はどーでもいい同族の一体でしたから」
「それはそれでどうなんスか……」
「わたしはエミルが一番で、仲間が二番、知り合いが三番。あ、妖精姫さんもちゃんとこの中に入ってますよ」
「それは嬉しいっスけど、そういうことじゃなくて」
「で、クーヤは今は仲間です」
「じゃあ余計重要じゃないっスか!」
妖精姫がツッコミを連打する。そんなやり取りをアリアは苦笑しながら眺めており、シトリーはオロオロしている。そして俺はさてどうしたもんかと顎に手を当てた。
さっきも言ったが、こいつの考えていることは凡そ分かる。心配していないわけでもないが、妖精姫の思っているような心配とも違う。
「クーヤは言いましたよね、心配無用って」
「言ったっスけど、でも」
「だからわたしはクーヤを信じます」
「……つまり」
「まあしばらくはほっといても大丈夫でしょう」
「言い方ぁ!」
結論は妖精姫の言っていることとそう変わりはないのだが、いかんせんその言い方がだいぶ問題である。流石にそれと同じにされることは嫌がったのが、妖精姫もそこら辺はツッコミを入れていた。
「……で、じゃあ一体何をどうするつもりなんスか」
「そう怖い顔しないでくださいよ」
「あちきは他の属性頂点と違ってそういうやり取りに耐性持ってるわけじぇねぇんスよ!」
「落ち着け妖精姫。周りが見てる」
「誰のせいだと思ってるんスか! エミルさんも彼氏なら止めて欲しいんスけど!?」
「彼氏じゃない。いやそれを踏まえても止めるタイミングが今だったから仕方ないと思ってくれ」
言うまでもないが空港である。帝国民だけでなく他国の人々も来訪する場所である。そこで光の属性頂点が騒いでいるなどとなれば何事だとなるわけで。
いやこれ俺達が悪いか? 悪いかもしれないけど、でもなあ。
「まあいいや。とにかく場所を変えよう」
「……分かったっス。近くに行きつけのギルド併設のカフェがあるから、そこ行くっスよ」
「カフェとか行くのか」
「なんスか? 悪いんスか?」
「いやそうじゃなくて。他の属性頂点があまりにもアレだからそういう普通のことしてるのがちょっと意外だったというか」
「自分で言うのもなんスけど、多分属性頂点の中であちきが一番普通の生活してると思うっスよ」
それが良いことなのか悪いことなのかは分からないが。そう続けたが、まあ少なくとも悪いことではないだろうから問題ないと思う。
ともあれ。そんなわけでギルド併設のカフェとやらに来た。本当に行きつけらしく、入るとああ妖精姫様いらっしゃいと気さくに迎えられる。そしてそのまま特に何も言わずとも窓際の席へと案内された。多分ここが指定席なのだろう。
ご注文は、と聞かれたのでそれぞれ好きなものを頼む。俺はコーヒー、スロウはカフェラテ、アリアは紅茶、シトリーはココアを頼み、妖精姫はいつものと常連らしさを放ったりもしていて。
「まあ別に高いもんじゃないしここは奢るっスよ」
「そうか。ありがとう」
「ありがとー妖精姫さん」
「ありがとうございます」
「ありがとうだよぉ……」
ふふん、とどこか上機嫌の妖精姫。ちらりとカウンターを見ると、またやってるという顔をしているのが見えたので、どうやらここで誰かに奢ってやるのは彼女にとって既定路線らしい。上位者っぽさを出すための手段なのだろう、多分。
「今なんか規模小さいなって思ったっスね?」
「まあな」
「素直に言えば良いってもんじゃないっスよ」
そう言われても。そもそも俺の中で属性頂点は敬うべき対象にないからな。まあ妖精姫と迷宮の管理者は、かといってないがしろにして良いわけじゃないってくらいには考えているが。
「普通は属性頂点ってもっと恐れられたりするもんなんスけどねぇ……」
「妖精姫様は親しみやすいからね」
「マスターまで茶々を飛ばすんスか!」
はっはっは、と笑いながらカウンターで飲み物の用意をするマスター。話によるとこの街と周辺のギルドマスターも兼ねているらしいので中々にやばい人なのだが、まあ本人はそんなことを感じさせない気さくな人柄である。妖精姫が行きつけにしている理由も分かる気がした。
それで、そろそろ話を元に戻そうか。
「誰のせいだと思ってるんスか」
「誰のせいだ? これ俺のせいとはちょっと違うだろ」
「むう……まあ確かにそうかもしれないっスけど」
「ほらまた脱線した」
パンパン、とアリアが手を叩いて話を戻す。そうしながら、さっきからずっと聞き役に回っていたけれどと前置きし、困ったように溜息を吐いた。
「あたし、事情を三分の一も分かってないのよね」
「あ」
そういえばこいつクーヤが連れ去られた直後に合流したから、隠れ潜む百花のあれやそれやのやり取り知らないのか。
というかそもそも隠れ潜む百花自体にもあってるか怪しいレベルかこれ。
「そもそも隠れ潜む百花って木の属性頂点の名前よね? 何でその名前が出てくるのよ? いや、話を聞く限りクーヤを連れ去ったのが隠れ潜む百花様だってのはなんとなく予想がついたけれど」
ああ、やっぱりそこからか。俺と妖精姫は顔を見合わせると、じゃあ改めて、と村に突然やってきた隠れ潜む百花がシトリーと遭遇したところから、後継者探しでスロウとシトリーに目をつけて、最終的にクーヤを対象にして連れ去ったところまでを話した。
しっかり理解したらしいアリアは頭を抱える。それでどうやって救出するのよ、と溜息と共に皆の顔を見渡した。シトリーは無理無理と首をブンブン横に降っている。
「まあでも、さっきも言いましたけど、クーヤは心配無用って言ったんで心配はしません」
「薄情なのか信頼なのか分からないっスね、ここまでくると」
「強いて言うならどっちもだな」
「どっちも!?」
「はいはい。エミルのスロウのこと分かってます感はどうでもいいから」
「スロウちゃん……じゃあ、どうするのぉ……?」
何か今凄い流され方したけど、話は進んでいる以上ここで待ったをかけると色々と文句を言われる可能性がある。仕方ないと今回は口を噤み、シトリーの言う通りスロウがどうするのか、その言葉を待った。
いやまあ知ってるけれども。さっきのアリアの言葉じゃないが、スロウのことなら大抵は分かるから。
「妖精姫さんに帝国を色々案内してもらおうかと」
「クーヤのこと置いてきぼりでっスか!?」
「観光するってわけじゃないですよ。流石にそこまで薄情じゃないです」
「今限界ギリギリまで薄情だったわよ」
アリアのジト目とうんうんと頷くシトリーを見て、どっちも酷い、とスロウはよよよと鳴き真似をした。そうしながら、まあそうですねと即座に元に戻る。
口ではそう言うが、アリアもシトリーもクーヤを見捨てるような選択をスロウがするなどとは微塵も思っていないのが分かっているからだ。信頼の表れとも言う。
「でも、元々妖精姫さんもすぐに助けに行くつもりじゃなかったですよね?」
「そりゃそうっスけど。でも流石に観光しましょうとまではいかなかったっスよ?」
「だから観光するんじゃないですってば」
まったくもう、とスロウが頬を膨らませる。いつからわたしはそんな薄情キャラになったんでしょうかと言いながら、スロウは給仕の女の人が運んできたカフェラテに口を付けた。それに合わせるように、俺もコーヒーを一口。うん、美味い。家で飲んでいる安物とは段違いの味だ。いやまああれはあれでいいんだけど。
「じゃあ逆に聞きます。妖精姫さんはどうするつもりでした?」
「へ? そりゃまずはある程度この帝国のことを把握してもらうために首都に向かうことと、隠れ潜む百花の馬鹿からどうにかクーヤを取り返すための情報収集っスかね」
「ここから帝都に真っ直ぐ向かうとして、それは《テレポート》ですか?」
「いや、地形の把握を兼ねるんで別の移動手段を取るつもりでしたけど……」
「それって観光になりません? って言われたら、どう反論するつもりでした?」
「うぐぅ……」
なんか珍しくスロウが頭良いような会話してるな。いやこの場合、妖精姫がポンコツなだけかもしれないが。
そんなことを思っていたら、グリンとスロウの視線が妖精姫から俺に向けられた。
「今失礼なこと考えましたね」
「いやまったく」
「失礼でしたよ」
「そうか?」
「そう!」
「そうか」
「とゆーか。わたし別におバカじゃないんですけど?」
そう、だったか? いやまあ地頭は悪くないし頭の回転が鈍いかといえばそういうわけではないのだから確かにその通りなのだが、普段の言動とか行動とかがどうにもそういうのを打ち消しているような気がしないでもない。
「なんか相対的にあちきのこと馬鹿にしてませんか?」
「素直とか単純、とかは思ったが、馬鹿にはしてないぞ」
「あちきこれでも光属性の頂点なんスけど!?」
カウンターの向こうでマスターがゲラゲラ笑っている。いやまあ、多分親しみやすさとか人望とか、そういうのに関しては多分他の属性頂点より頭一つは抜けているとは思うぞ。
多分最下位は傀儡人形。だと思っていたが、あの様子だと隠れ潜む百花も大分対抗馬になってきたな。
「とにかく。わたしも考えとしては似たようなものだったんで、妖精姫さんが言うように情報収集も兼ねて帝国を見て回りましょう」
「観光だよぉ……」
「本当にいいの? あたしは件の隠れ潜む百花様に会ってないから分からないけど、クーヤの安全は保証されてるの?」
「妖精姫さんの言うことが正しいなら間違いなく。でもって、わたしの予想が合ってるなら、多分今頃は……逆にお世話しちゃったりしてるんじゃないですか」
へ? とアリアが素っ頓狂な声を上げる。碌でもない面倒臭がり屋、というのが俺の隠れ潜む百花の印象だが、確かにそこから考えると逆にクーヤがあいつの世話を焼いていてもおかしくはない。
というか、ほれ後継者にしようとするなら修行をつけろとか言ってそうだな。
「まあ、レベルアップの意欲は人一倍、じゃない、虫一倍あったっスからねぇ」
そう考えると確かにもう既に面倒くさがっている可能性がある。そんなことを呟いた妖精姫は、だったら逆に今向かってもいいかもしれないと頷いていた。
が、しかし。
「それだとクーヤの修行はどうなるんですか?」
「あちきが師匠なんスけどぉ!?」
「まあ話の流れとこの展開だと、隠れ潜む百花様もクーヤの師匠だと考えても良さそうではあるわね。まともに修行をつけるかどうかはともかく」
「放り出されちゃったら……困るよぉ……」
「いやあいつそうやった結果死なれると面倒臭いからってそういうとこ無駄に面倒見が良いから、捨てることはしないと確信出来るっスけど……けど、そうなると本当にあの馬鹿がクーヤの師匠面しそうで……あちきの弟子なのに……」
不憫だ。いやまあとはいえクーヤもそれで師匠の乗り換えをしようとなどは考えていないだろうから、その点は安心して欲しい。スロウほど分かっているわけではないし、まだ付き合いは浅いが、そういう性格ではないことくらいは分かる。
「まあそこら辺は大丈夫だろう。とりあえず予定はそのままで行こうぜ」
「そうですね。ある程度《テレポート》で行ける場所を増やすほうが良いですし」
「ああ、成程。確かにそれもあるわね」
「了解だよぉ……」
「仲間内だからこそ分かっているやり取りってやつっスねぇ……」
俺達のその会話を聞きながら妖精姫がそんなことを呟き、頬杖をついてどこか眩しそうにこちらを見ていた。