カフェから外に出る。じゃあ早速、と行こうとしたら、その前に妖精姫にちょっと待ったと止められた。
「帝国って結構北の方にあるんスよ」
「? そうだな」
「王国とは違って、もうこの季節で結構冷えるんス。だから」
へっくしょい、とスロウがくしゃみをした。そういえば確かに、と吹く風を受けてズビ、と鼻をすする。スロウほどではないが、アリアとシトリーも若干寒そうではあった。
いや、シトリーは思ったほどでもないな。
「ワタシはほら……疑似餌を被ってるから……そういうのにはちょっぴり強いんだよぉ……」
成程。人型に擬態してる時点で既にそういう対策が出来てるようなもんなのか。そう考えるといつぞやの海で全裸になったのも理解が……出来るか? 疑似餌の時点で服ならそこから全裸になる意味なくないか?
「あ、エミルがえっちなこと考えてる」
「何でそうなる」
「シトリーちゃんのおっぱい見てたから」
「偶然だ」
「ほんとーに?」
「それについては本当に偶然だ」
エッチなことを考えていたかどうかについてはまあ、ノーコメントで。ちらりとスロウを見て、あの時の光景を思い出してブンブンと頭を振った。こいつの裸なんか見慣れては、いやまあ、いないな。全く見てないわけじゃないので耐性がないこともないが。
「エミルがえっちなこと考えてる」
「誤解だ」
「見たいんなら見せますよ」
「っ、何を言ってるんだお前は」
「今一瞬迷ったわね」
「ちょっとぐらついてたよぉ……」
「あれ、あの人達ひょっとしてそろそろなんスか?」
外野がうるさい。そもそもこいつの本体は芋虫で、芋虫状態は服なんか着てないから常時裸みたいなもんだってあいつが言って。
……そうか、あれ常時裸なのか。
「エミルがえっちなこと考えてる」
「そんなことより服買いに行くんだろ」
「まあ、そうっスね。外で話してると体冷えちゃうんで」
妖精姫がちらりとこちらを見たが、全員の体調の方を優先したようでそんなことを述べる。特に人間のエミルさんは余計に、と俺を見たまま言葉を続けた。
なんだか見透かされている気がするのは、やはり属性頂点だからというべきか。いやまあ月の大聖女とか傀儡人形とかあの辺と比べると、そういう感じがしたとしてもあまり不快感はない。
見透かされているとしたら内容が内容なので、むしろ違う意味で問題があるが。
そういうわけで服屋に向かう。防寒着を人数分買う、ということになったが、ぶっちゃけ必要なのは俺とアリアくらい。妖精姫は当然もう持っているし、スロウは。
「どーですか」
「似合ってる似合ってる」
「ぞんざい!」
糸を使って防寒着を作っていた。服屋でコートを見てそれをコピーしたので店員から物凄くジト目を向けられたが、そこら辺はもう諦めてもらうしかない。妖精姫が苦笑しながらシトリーを見たが、自分はそういうのはちょっと、と手をブンブンさせていた。
ともあれ、防寒着を用意して寒さ対策も出来上がり。改めて帝国を見て回ろうということになった。まずはこの街を軽く一通り見て回り、それからはある程度でかい街を回っていくという流れになる。
自分で言っておいてなんだが、それ本当に大丈夫か? もはや完全に観光目的と化していないか?
「いや、今更何言ってんスか」
主要の街を巡る、その道中で俺が呟いたそれに妖精姫がジト目でそんなことを述べた。まあ確かに今更である。クーヤが無事である、という一点を前提に帝国をある程度見て回り把握しようとしている、というお題目だけは立派なただの観光。そんなことは分かりきっているわけで。
「ただ、一応隠れ潜む百花の拠点の場所くらいは把握しておいたほうがいいと思ってな」
「今更何を言ってるんスか」
ジト目が変わらない妖精姫が俺を見やる。いや確かに今更、と言われれば今更である。
はぁ、と溜息を吐いた妖精姫は、とはいえ、と顎に手を当てながら考える素振りを見せた。今の質問に何か問題でもあっただろうか。そんなことを思っていると、まあ問題と言えば問題だという返答が来る。
「あいつの隠れ家、というほど隠れてもいない場所なんスけど」
「まああの面倒くさがりようじゃ隠すことすら面倒だって思ってそうだな」
「まあそうっスね。で、拠点に一番近い通り道なんスけど」
そこで一度言葉を止める。そうした後、まあ使うことはないだろうという前置きをした。
「どういうことだ?」
「その通り道は帝都なんス」
「それで?」
「皇帝の居城の中庭にあるんスけど」
「なんでだよ」
何がどうなると拠点の一番近い通り道が皇帝のお膝元になるんだ。ひょっとして隠れ潜む百花って帝国に囲われてるのか。
そんなことを考えていると、そういうわけじゃないという返答が来た。
「あ、いや、ある意味そうかもしんないスね」
「どっちだよ」
「皇帝の息子、第三皇子があれに惚れてまして」
「頭大丈夫か、それ」
「あんたが言うな」
唐突なアリアのツッコミ。何で俺が言ったらいけないんだよ、人に擬態している魔物の、それも極端な能力を持っている存在に惚れているとか、色々な感想を持ったって仕方ないところだろう。
「ふーん」
「アリアちゃん、何でわたし見てるんです? わたしは流石に属性頂点ほどぶっ飛んではいませんよ?」
「それは同意しかねるよぉ……」
シトリーがスロウの言葉にそう告げる。何だかよく分からんが、いや言いたいことは分かるが、そもそも俺はスロウに惚れているわけではなくてだな。
いや、好きか嫌いかとかそういう話をしているわけでもなくて。
「朴念仁はほっといて。話を戻すと、その第三皇子が隠れ潜む百花様の場所に行くための道が皇帝の居城にある、ということであってるのかしら」
「まあそういうことっスね。面倒だからあいつはそれについて何も言わないんで、道もずっと残りっぱなしっス。だから、乗り込むのに一番手っ取り早いのはそこになるんスけど」
いや無理だろ。何をどうすれば帝都の中の中、皇帝の居城の中庭に突入出来るんだよ。そういうのはよっぽどの権力とかコネとかないとどうしようもない。流石のセフィも王国ならばともかく帝国の城までフリーパス出来るところまではいかないだろうし。
よしんばいったとしても、それに見合う対価を俺達が用意出来ない。セフィは気にしないでいいとか言いそうだが、俺達が気にするのだ。
そもそもとして急いでいないからという理由で帝国の街を巡っているのにそこだけ最短ルートを通る必要がないわけで。
「そうなるっスよね。だからまあ行くならば別ルートっスね」
「ちなみになんですけど、妖精姫さんはどこ通ってそこに行くんですか?」
「あちきは割と皇帝の居城の中庭通ってくのが多いっスね」
「何で――も何も、そうか、光属性頂点なんだから、そういうコネあるのか」
「エミルさん達の中で、あちきただの面白キャラみたいな立ち位置になってないっスか?」
別にそこまでは言わないし、要所要所で属性頂点であることを思い出させるような行動は取っているので妖精姫の認識は間違っている。実際さっきも思ったし。
が、いかんせん他の連中よりも、論外の月の大聖女や傀儡人形、それこそまとも寄りの迷宮の管理者よりもずっとこちら寄りというか馴染みやすいというか、そういう感じの性格をしているおかげで、どうにも超越者であるという感覚が薄いというか。
「それ絶対褒めてないっスよね!?」
「こちらに最も寄り添ってくれている属性頂点、ということでは?」
「何かいい感じに言いくるめられそうな一言!?」
「言いくるめられそうなんだぁ……」
「で、だ。最もこっちに寄り添ってくれる属性頂点さん」
「なんスか」
ぶすぅ、とぶうたれたような表情でこちらを見る妖精姫。元々人間大の状態でも子供みたいな身長と見た目のせいで、その姿はどう見ても拗ねるガキンチョそのものである。
別段からかったつもりは、まあ今の呼び方は多少あるが、そういうのを差っ引いても別段そのつもりはない。無い方が余計悪い、と妖精姫のぶうたれた表情がさらに強くなる。
「……はぁ。もういいっスよ。それで、一体何スか? 観光を中断して、一気にクーヤを助ける方に舵取りでもするんスか?」
「いやまあ流石にそこまでではないけど」
「今更だけど、その発言もどうなのよ」
「そろそろ一週間経つんだよぉ……」
ツッコミを入れる二体ではあるが、しかし慌てている様子もない。まあつまり今のこの状況を許容しているわけだ。スロウは言い出しっぺなので端っから心配していない。
ともあれ。街を巡ってスロウのテレポート場所もある程度増やしてきたので、中断というかそろそろ終わりにしてもいいかもしれないとも思ってはいるのだ。
「まあ確かに主要な街は見て回ったっスからね」
見て回った、というのが本気で言葉通りなのはまあ置いておこう。のんびり観光というよりは、街に着いて、街の主要な場所を見て、次の街へ向かって、というサイクルを繰り返したような感じだからだ。観光には違いないので、弾丸観光と言ったところか。
最初に着いた飛竜空港のある街は帝都のお膝元。なので観光するとなれば一番に帝都に向かうのがセオリーなのだが、俺達はそれをしなかった。近い場所にテレポート出来る場所を作っても、という意味もあったし、どうせなら後の楽しみに取っておきたいという観光メインの意味合いもあった。
そんなわけで、そろそろ帝都に向かっても良い頃合いだ。そして、帝都に隠れ潜む百花の拠点に通じる道があるのならばそのまま行くのが手っ取り早い。
「じゃあまずは空港の街に戻りますか」
スロウの《テレポート》でさくっと戻る。最初に奢ってもらったカフェの前にテレポートをした俺達は、その前にと再度カフェの中に入った。話している内容を聞いて事情を知っていたマスターが店内に入った俺達を見て、目的は達成したかい、と笑顔を向けてくる。
「観光の方はほぼほぼ。後は隠れ潜む百花に会いに行くだけだ」
そうそう上手くいくかね、とマスターは苦笑する。彼女の強さは帝国民皆が知るところであり、真正面から戦って勝つのは無理だろうと断言出来る。そう続けた。
そんなことは分かっている。属性頂点と戦って勝てるなんて自惚れていたら、俺はとっくの昔に屍になっていた。そもそも今まで限界まで手加減されてもボコされているのだから、そんなことを考える隙間が無い。
「まあ普通は手加減の有る無し関わらず、複数の属性頂点と戦ってる時点で大概っスよ」
普通の冒険者、なにそれ美味しいの? そんな状態であると妖精姫がばっさり言ったが、だとしても俺はあくまでただの中級冒険者である。特別な使命とか、そういう何かを持っているわけでもない、普通に冒険者として生活をしているだけの男だ。
話が逸れた。俺達がやることはあくまでクーヤを隠れ潜む百花から取り返すことで、やつを倒すことではない。もっと言うならば、戦う必要すらない。
「面倒、面倒って言ってたから……戦闘も面倒くさがるのかなぁ……」
「そーゆー割には普通に攻撃してきてたから、その辺は望み薄ですかね」
そう言えばそうだった、とぶっ飛ばされたシトリーがへにょりと眉を下げる。そういや《テレポート》を阻止しようとした俺もぶっ飛ばされたんだったな。当たり前だが手も足も出なかった。
「分かってるだろうから言っとくっスけど、あいつ割と好戦的っスよ」
「何でそこは面倒くさがらないんだよ」
「ぶっちゃけると、強いからっスね。ぶっ飛ばした方が早い、っていう状況があいつの中で多いんスよ」
強いから、戦う方が面倒がないのか。厄介極まりないな。
しかしそうなると戦う必要はどうしても出てくる。そして腕試しとかそういう向こうからのアプローチではない以上、手加減される可能性は少ない。殺しは面倒だからやらないとか言ってたから死にはしないだろうが、その代わり心折れるまでボコボコにされる覚悟はしておいた方がいいのかもしれない。
「まあ、いざとなったらあちきが抑えるっスよ」
「え?」
「なんスか。まさかあちきは案内だけして見てるだけだと思ってたんスか」
「割と」
「弟子奪われてるんスよこっちは! 一発どついてやらんと気が済まねぇんス!」
がぁ、と妖精姫が叫ぶ。そういやそうか、クーヤは妖精姫が弟子として育てていたんだから、参戦する理由は当然あるのか。属性頂点は基本的にこういう騒ぎに参加しないと勝手に思っていたので、確かにそれは盲点だった。
「これ、隠れ潜む百花さんの方もクーヤが師匠扱いしてたら妖精姫さん泣きそうですね」
「そういうこと言わないの。……まあ、ちょっとその可能性もあるかも、とは思うけど」
「駄目だよぉ……妖精姫さんに聞こえちゃうよぉ……」
「ばっちり聞こえてるんスよ! 考えないようにしてたのにぃ!」
頭を抱えてうずくまる妖精姫を見ると、何だか属性頂点が滅茶苦茶身近な存在に見えてくるから不思議だ。月の大聖女や傀儡人形、迷宮の管理者も同じように人に交じって生活しているのにも拘らずだ。
「……またあちきのこと軽く見てるんスか」
「被害妄想だ。どっちかというと称賛してたぞ今俺は」
属性頂点が全員こいつくらい親しみやすければいいのに。そんなことを思い、まあ無理だな、と即座に振り払った。