自称魔王級との遭遇というイレギュラーはあったものの、概ね依頼自体は滞りなく終わった。とはいえ、俺が何だかんだ無茶をしていたこともあり、そのまま王国へと帰還することにもなったのだが。結局、冒険者としての経験を積むという目標は達成できないままだ。
妖精姫と隠れ潜む百花に修行を付けてもらうために帝国に残ったクーヤ以外の、いつもの面々は俺と一緒に王国に戻ってきた。俺の身体自体は無茶を通り越していなかったので別段問題はなかったらしい。妖精姫に確認してもらったので間違いないだろう。
「だとしても、か」
じゃあ大丈夫次の依頼を行こう、などとなるはずもなく。腹を貫かれたことで失った血液とかその他諸々のこともあり、俺は半ば無理矢理休暇を取ることになった。
降って湧いた暇を持て余しながら、しかし今回のことも踏まえての不安は拭えないままで。
「成程。そのような悩みが」
見舞いに来てくれたセフィにそれをぶっちゃけたところ、成程成程と頷かれた。彼女は彼女で自身の経験不足からくる失敗や不安を経験しているのだろう。表面上ではなく心の底から同意してくれているようであった。
「私の場合、実際経験不足が死に直結しましたし」
「あー……いやあれは経験不足とは違わないか?」
あんなもん出会い頭の貰い事故みたいなものだ。そう述べると、あの考えに至るまでの時間が早ければ防げた事態だと返される。まあ、そうか? でもなぁ。
ともあれ。それ以外にも公爵令嬢としての失敗もあったりと色々な経験をしているらしいセフィーリアお嬢様は、そんな俺の考えを聞いて少し考え込む仕草を取った。
「エミルさん」
「ん?」
「もしよろしければ、王都の学院に通ってみますか?」
「はぁ?」
セフィ曰く。王都にある学院は冒険者向けの短期講座も行っているらしく、今からならそれを受講することも可能らしい。中級冒険者が知識を得るにはうってつけ、とのこと。
「実地もあるので、経験不足もある程度は補えると思いますわ」
「成程」
確かにそれは願ったり叶ったりな話である。まあ毎度毎度セフィに迷惑をかける、という部分さえ除けばであるが。
そう思ったが、セフィは気にしないでくださいと微笑んだ。彼女としてはこういう風に手助けするのも結構楽しいらしい。本当かよ。いやまあ嘘を吐いているようには見えないし、嘘を吐く必要もないだろうから真実なんだろうけれども。
「ああ、勿論スロウさんやアリアさん、シトリーさんも一緒で構いませんわ」
「いやそれは助かるが……でも、大丈夫か?」
「野生のモンスターのような行動を取らない限りは」
言外に何の問題もないと言ってくれているのは分かる。が、そう言われると若干怪しいのがちょっといるんだよな。
「スロウさんもシトリーさんも、何も問題ないと思いますけれど」
「いやまあ、そうだよな……」
アリアは向こうも除外してある。あいつはその辺について何も心配していない。悪役令嬢アリアンロッテを演じることに全力なあいつだ、疑問に思うことも野暮だろう。
そう思っていたが、セフィが何かを思い出したように、あ、と声を上げた。そう言えば、一つ気になることがあった、と述べた。
「何かまずいのか?」
「いえ、短期講座とはいえ学院に所属するので、制服を着用していただくことになるのですが。それが身分証も兼ねているので」
「いつものスロウみたいに糸で作るわけにはいかないってことか」
「はい。どうしましょう」
「どっちみち俺は行くつもりだったから、スロウ達が行くかどうかだな」
まあ行かないとなったら王都のタウンハウスを使わせてもらうようセフィに頼むか。そんなことを思いながら、俺はじゃあ、とスロウ達にその話をしに向かった。
さて、そんなわけで久しぶりの王都。どっちみち準備が必要だろうとベルンシュタイン公爵家のタウンハウスにやってきた俺達は、そこで学院の制服を着ていた。
そう、俺達、である。何だかんだでスロウ達も一緒に学院へと向かうことになった。
「うぅ……なんかゴワゴワします」
今まで服装は自身の糸で作っていたので、ちゃんとした服を着るのはこれが初めてくらいのスロウは、生地に慣れずに何とも微妙な表情を浮かべていた。王都の学院の制服なんだから上等な布を使っているはずなのだが、まあその辺は普段と違う物を身に纏っているという感触の問題なのだろう。
「これ、芋虫に戻ったら制服置いてきちゃいますね」
「あー、確かにな」
試しに、と芋虫に戻ったスロウであったが、んげ、と言う声を上げて再び人に擬態した。どうやら制服が縄のようになって食い込んだらしい。となると芋虫に戻る時は一旦服を脱がないといけないのか。
「変態じゃないですかわたし!?」
突如服を脱ぎ全裸になる聖女。まごうことなき変態である。仕方ないから制服を着ている間は元に戻るのを制限するしか無いようだ。
どうする、辞めるか? そう尋ねると、何を言う、とスロウに不満げに返された。
「エミルと一緒に学園生活ですよ? やらないわけないじゃないですか」
「短期講座だから多分小説みたいな感じにはならないと思うぞ」
「それでもです。アリアちゃんだってそう思ってますよね?」
くるり、と振り向いたスロウが同じく制服を着て何とも言えない表情をしているアリアに問い掛ける。
急に話を振られたアリアは一瞬ビクリと反応し、しかし会話自体は聞いていたのかやれやれと肩を竦めた。
「まあ、確かにアリアンロッテを深く知るためにも学園生活は必須よ」
「ですよね」
何に同意した何に。いやまあそれはそれとして、アリアンロッテの造詣を深くするためだけに学院に行こうとするこいつも大概だが。
だが、そうなるとこいつのこの表情の理由は何だ。アリアンロッテ率を高められるのだからもっと喜ぶのがいつものアリアなのに。
「いや、ほら……スカートの丈が」
膝くらいまでのそれをピラリと摘む。ああそうか。そういえばこいつ普段は下半身虫のままだったっけ。足まで隠れるスカートでそれを隠してたけれど、制服だとそれが出来ないのか。
事実、今のアリアは虫の下腹部の、動物でいう尻尾辺りが丸見えである。
「まあ、これもアリアンロッテに近付くため。気合を入れて擬態するわよ」
ゴキゴキと音を立てながら虫の下腹部から人の足へと擬態を行っていく。以前も見せてもらった人の下半身状態を、今回はずっと続けるつもりらしい。
「無理はするなよ」
「ご心配なく。あんたと違って、あたしはやれることしかやらないわ」
そう言ってクスクス笑うアリア。ああそうかい、んじゃ心配とかしないからな。そんなことを思いながら、俺は最後の一体へと視線を向けた。
シトリーは別段問題なく制服を着ている。元々疑似餌を着ているような擬態方法なので、その上から重ね着したところでだから何だ、といった感じなのだろう。
「そうでもないよぉ……」
「ん?」
「制服を脱ぐか破くかしないと疑似餌から出られないんだよぉ……」
「お前もか」
そんなこと思いつつ、シトリーの方はもっと厄介かと溜息を吐いた。なにせこいつの正体の現し方は疑似餌を脱ぐ、である。ついでに戦闘も割とそれに近い方法で戦うので、いざ実戦となった場合、全裸のシトリーの疑似餌を囮にして本体が捕食する、という感じになる。
ハニートラップかな?
「エミルがえっちなこと考えてる」
「誤解だ。シトリーの学院での立ち回りをどうするかを考えてたんだ」
「最悪上だけ脱げばなんとかなるよぉ……」
「それもそれでどうなんだ……?」
上半身裸のシトリーの疑似餌を囮に――いやさっきと絵面が大して変わらん。
「エミルがえっちなこと考えてる」
「何でだよ。ああもう、そもそも学院で講義を受けるだけなら正体出す必要ないだろ」
「あ……確かに……」
おお、とシトリーが手をぽんと叩く。確かにじゃない。いやすぐさまそこに至らなかった俺も俺なのだが。
いつの間にか何かしらトラブルが起こる前提で話を進めている自分に何だか頭痛がした。
「そういうのもある意味経験の賜物じゃない?」
「そうだといいんだけどな……」
アリアのフォローを貰うが、果たしてそれでいいのかと不安になる。いや、この辺の不安を払拭するために学院の短期講座を受けるんだから、むしろ願ったりと思うべきか。
そんなこんなで制服の試着も終わり、タウンハウスで一日過ごした俺達は、翌日学院の受付へと向かっていた。既に書類は提出してあるので、制服着用でそこに向かえば問題なく通される。講義室の場所を聞き、俺達はそのままその教室へと向かった。
中に入ると、制服を着た年齢も性別もバラバラの面々がそこに座っている。とはいえ、年は上の方でも二十に行くか行かないか程度なので、元々そういう人達向けの講義なのだろう。
四人、というか一人と三体纏めて座れる場所を確保した俺達はそこに座る。そうして授業開始まで待っていると、やがて一人の教師らしき人物が教卓の前に立った。
「では、これから冒険者用短期講座の授業を始めます」
そう述べると、自己紹介と簡単なこれからの流れを説明される。成程、まずは知識、それからテストを経て、実践講座になるのか。結構充実してるな。
しかし、と俺は思う。テストってこれ大丈夫か? 俺とアリアはともかく、スロウとシトリーはそこで落第とかにならないだろうな。
「大丈夫ですよ」
「が、頑張るよぉ……」
俺の心配の視線を受けたからなのか、スロウもシトリーもそんなことを述べた。スロウの自信がどこから出てくるのかも心配だが、シトリーはそれ以上に心配である。
そんな俺の心配を他所に、講義は当然のように始まるわけで。まずは基本、この辺りは冒険者になる時にも聞いたやつだ。あくまで復習、とさらりと流されたが、まあ実際忘れかけていた部分もあるのでありがたい。
そうして今度は中級冒険者になった後に必要になる知識部分だ。基礎では学ばなかったスキルや魔物の種類、討伐解体の方法。それらを聞きながら、俺はノートに書いていく。アリアも同じように講義を真面目に聞き、ノートを取っているようだ。
問題は、とちらりとスロウとシトリーを見る。
「……」
シトリーはイッパイイッパイながらもきちんと聞こうとしているらしい。ノートもちゃんと取っており、まあ分からなかったら後で聞いたりしてなんとかなるだろうと思わせる状態だ。
問題はスロウである。滅茶苦茶簡単なメモしか取ってない。これ後で見返して本当に大丈夫なやつか? 試験前に何も分かりませんってこっちに泣きついてこないか?
「む。エミル、わたしのこと馬鹿にしてますね」
「というか心配してる」
「心配してくれるのは素直に嬉しいですけど、でもその心配はちょっと違いますね」
「本当かよ……」
メモだけのノートをもう一度見て、俺はその表情を苦いものに変えた。自信満々なのはいいが、それで本当にやれるかどうかは話が別だぞ。
そんなことを思っている間に講義は終了。昼休みだ。
「スロウ、本当に大丈夫か?」
「心配性ですね。ちゃんと聞いてましたよ」
「本当かよ」
「あ、信じてませんね。じゃあ」
そう言ってスロウが語りだしたのはさっきまでの講義の内容。一字一句覚えている、という感じではないが、教師の話を聞いて理解していないと出来ない纏め方をスラスラと口頭で述べられた。
そんな光景に俺がポカンとしていると、スロウはどんなもんだと胸を張る。
「わたし、天才聖女ですよ?」
どやぁ、と滅茶苦茶満足そうに笑うスロウに、俺は何とも言えない敗北感を味わうのだった。
「まあ、よくよく考えれば回復と支援の魔法、破魔呪文の全てを独学で習得しているんだもの、出来ないはずもないのよね」
「そーですそーです。もっと言っちゃってやってくださいアリアちゃん」
「す、スロウちゃん……ワタシに、ちょっと教えて欲しいんだよぉ……」
「まっかせてください。何でも教えちゃいますよー」
どやどやぁ、と物凄く満足そうに笑うスロウを見て、何だか無性に敗北感を味わう羽目になった。なんだろう、俺も一応きちんと講義を聞いてちゃんと身に付けたはずなのに。