幼馴染の擬態した虫が聖女とか言われた   作:負け狐

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第3章はここまで


第五十三話

 考えていても仕方がない。向こうの戦力はこっちも良く知っている。真正面から向かっていったら偽シトリーに止められる、かといって攻めあぐねていると偽アリアの鱗粉で状態異常にされるか燃やされるかの二択を迫られる。うまい具合にダメージを与えられても、偽スロウが即座に回復してくる。

 詰みじゃねぇか。ふざけんな。

 

「思った以上にお前らが強いな……くそっ」

「これ褒められてます?」

「微妙なところね」

「いつもなら喜べるんだけどぉ……」

 

 まあ戦力としてはこちらも同じ。そう言えればよかったのだが、いかんせん現在アリアとシトリーの能力が制限されているのが痛い。特にシトリー。トラップレシアの本体が飛び出せないので迎撃が殆ど出来ないも同然だ。

 

「制服、脱いじゃおうかって考えちゃうんだよぉ……」

「それはやめろ」

 

 色々な意味でアウトになる可能性がある。そもそもさっきは制限されている状態でも負けないとか宣言してたくせに即座に手の平返すのはどうなんだ。

 

「だって……やっぱり自信無くなってきたんだよぉ……」

 

 ぺしょぺしょと表情を歪めるシトリー。そんな姿を見て、ああもうと俺は頭を掻いた。別にそんなこと気にするな、と一発チョップを叩き込んだ。

 

「どうせ模擬ダンジョンだ。イレギュラーとはいっても訓練施設の機能自体はちゃんと動いているみたいだし、こないだみたいに負けたら死ぬわけでもない。もっと気楽に考えればいいんだよ」

「そう……かなぁ……」

「そうだよ」

「エミルエミル、わたしにも何かいー感じのセリフ言ってくださいよ」

「お前はもう少し緊張しろ」

「酷くないです!?」

 

 いやだって、お前絶対何か俺達とは違うこと考えてるだろ。もしくは何も考えてないだろ。そんなことを続けると、ふっふっふと笑いながらスロウは視線を逸らした。合ってんじゃねぇか。

 

「違います。何も考えてないことはないです」

「じゃあ碌でもないこと考えてたな」

「碌でもないとは失礼な。わたしは、向こうの偽物よりわたしのほうがエミルのこと大好きだって証明してやるって気合い入れてただけですよ」

「碌でもねぇ……」

 

 なんか最近お前属性頂点に似てきてないか? モンスターってレベル上がっていくにつれて段々皆ああなってくのか、なんて心配もしてくる。今んとこアリアとシトリーはそこまでじゃないからただただスロウがアレなだけかもしれないが。

 

「わたしにとってはちゃんとしたことなんですよ。わたしの一番はエミル、わたしが一番エミルを好き。そこは譲れないし、譲る気もありません」

 

 真っ直ぐこちらを見てそう言われると、俺としても言葉を返せないわけで。ああそうかい、と視線を逸らして返答することしか出来なかった。

 

「いちゃついていて大丈夫かい?」

 

 横合いから声。友好的な方のパーティーのリーダーが、その手に目的の宝石を持った状態で俺達に声を掛けてきていた。どうやらちゃんと謎解き、と言っていいのかわからないそれを解明しアイテムを手に入れたらしい。対抗心を燃やしていた方もからくりに気付いて脱力しているのが遠目に見えた。

 

「そっちはもう中級試験をクリアしているんだっけ。ならこの仕掛けも知ってたんだろう?」

「まあな。だからあえてこっちに挑戦してる」

「成程。じゃあ俺達は観戦させてもらうよ」

 

 そういうと向こうに離れていく。何の確認をしたのか分からないが、教師のいる場所に移動したということは、多分もう皆承知の上ということだろう。そして、その上で戦うのを見ているわけだ。

 

「何か急に恥ずかしくなってきたな」

「今更何言ってるんですか。向こうもいい加減待ってはくれませんよ」

 

 スロウの言葉通り、偽物達もどうやら動き出すらしい。気を取り直して武器を構え、向こうの行動よりも先に間合いを詰める。相手が自分達の偽物ということは、逆に言えば敵の行動パターンは分かりきっているということでもある。

 とはいえ、偽シトリーの壁役は相当分厚い。悪徳の剣を受け止められ、そのまま足元からアリジゴクが飛び出すいつもの捕食パターンが迫りくる。

 

「知ってても、面倒だなこれ!」

 

 偽シトリーの顔面を蹴りつける。その反動で掴まれた剣を引き剥がした俺は、返す刀でアリジゴクの顎に一撃を加えた。金属音が響き、俺とアリジゴクが共にぐらりと揺れる。

 

「かってぇ! なんだこれ、普通のトラップレシアと桁が違うぞ!?」

 

 仲間だと滅茶苦茶頼もしいが、敵だとこんなに厄介なのか。そんなことを思いながら援護よろしくと視線を動かし。

 

「えへへ……」

「いや褒めてるけどさ! とりあえず援護頼んだ!」

「りょ、了解だよぉ……!」

 

 照れてるシトリーが、表情を真面目なものに変えて前に出る。相手は十全にトラップレシアの能力を使える偽シトリー。制服を着ているせいで本体が出せない今のシトリーでは荷が重いか。

 

「大丈夫だよぉ……」

 

 偽シトリーのアリジゴクの顎を掴み取る。自分の顎だから知り尽くしていると言うべきか、色々なモンスターを食材として捕食してきたそれを掴んでもシトリーの手は傷が付いていない。

 

「こ、のぉ……!」

 

 そのまま勢いよく持ち上げると、アリジゴク本体を疑似餌の偽シトリーへと思い切りぶん投げた。ぐしゃ、と激突して吹っ飛ぶ偽シトリー。ダメージも結構あったのか、ぐにゃりとシトリーの姿からほんの少しシェイプシフターの影に戻りかけた。

 

「このまま……」

「シトリー、下がって」

 

 ぐい、とシトリーを無理矢理アリアが下がらせる。そのまま目の前に風魔法を展開させると同時、撒き散らされていた鱗粉が炎へと変化した。舌打ちしながら前を見るアリアの眼前には、虫の羽をはっきりと顕現させ下半身も虫の下腹部状態の偽アリアが浮遊している。格好はコピーした状態の制服なので、普段のアリアとは違い下腹部丸見えでモンスター加減が増していた。

 

「あたしの姿でそんな格好をしてもらいたくないわね」

 

 ふん、と鼻を鳴らすアリアと、笑みを浮かべる偽アリア。ゴキリ、と音がして、偽アリアの腹から虫の節足も生えてきた。どうやら偽物は偽物らしく、本物のポリシーとかそのへんを遵守する気はさらさら無いらしい。完全なる虫と悪役令嬢の融合体となった偽アリアは、その手に持った扇を開くと再度鱗粉を周囲にばらまき始めた。

 

「舐めんな偽物! あたしを騙りたいなら、もう少し淑女を学びなさい!」

 

 アリアが唱えるのは先程と同じく風呪文。普段火ばかり使うアリアにしては珍しい、と思ったが、よくよく考えると鱗粉を周囲に撒いているだけではあれほど上手く相手に命中させることは出来ないということに気付いた。てっきり目の前の偽物のように羽ばたきで動かしていると思っていたが、あれは。

 

「当たり前でしょ。アリアンロッテを目指すなら、それくらい出来て当然だもの」

 

 鱗粉を風で絡め取り、跳ね返す。あっという間に周囲が鱗粉だらけになった偽アリアに向かい、アリアは右手の火種を口元に持っていき、息を吹きかけるように飛ばした。

 

「あんたは色々足らないけれど、何より足らないのは優雅さよね。あたしならその姿でもアリアンロッテを貫くわよ」

 

 炎に包まれる偽アリアを見ながら、アリアはそう言うと髪をゆっくりと搔き上げた。

 

 

 

 

 

 

「何か全然いけそうですね」

「おいそういうこと言うと」

 

 なぎ倒された偽シトリー、燃やされた偽アリア。そんな様子を見て呑気そうに述べたスロウだったが、俺はその言葉に不安を覚えて思わずツッコミを入れた。知ってるぞ、小説とかでそういう感じのセリフを言うと、大抵状況が悪くなるってこと。

 予想通りというべきか、必然というべきか。偽スロウが戦闘不能であった二体の偽物を即座に復活させて戦線に戻した。そうだよな、あれがいるかぎりそうなるよな。

 

「むー。やっかいですね、わたしの偽物」

「まあその分お前が有能だって話でもあるけどな」

「あれ? 今わたし褒められました?」

「褒めたよ」

「やったー! エミル大好き!」

 

 がばりと抱き着いてくるスロウを引き剥がしながら、さてどうするかと俺は迷う。が、迷うも何もこの状況だとやることなど一つしか無い。

 回復役をまず潰す、だ。

 

「そうなるとスロウを守ってる俺の偽物が面倒だな」

「恋人を守ってるんですかね」

「お前虫だろ」

「愛しの彼女を守ってるんですよね」

「回復役をかばうのは定石だろ」

「かーのーじょー!」

 

 ゲシゲシと俺の脇腹を殴るスロウは無視しながら、やれることは一つしかないと結論付けた。結局のところ偽の俺の攻撃を掻い潜りながら偽スロウをぶっ倒すか、先に偽物を倒して回復される前に偽スロウを仕留めるか。この二択である。

 

「アリア、シトリー」

「何?」

「どうしたのぉ……?」

「お前らの偽物、そっちで押さえておけるか?」

「余裕よ」

「任せられたよぉ……」

 

 モンスターの能力を使わずともどうにか出来たシトリーも自信がついたのか、アリアと同じようにこちらへ言葉を返してくる。

 となれば、後は俺達はこちらに集中すればいい。

 

「行くぞスロウ」

「はい、わたしたちのほうがラブラブカップルだってことを見せてやりますよ」

「何でだよ。そもそもいつなったんだよ」

「エミルはわたしが嫌いなんですか!?」

「言ってない言ってない」

 

 いいからさっさと行くぞ。アリアとシトリーにも無理させてるんだから。そう言うと、了解、とスロウも表情を戻して前を見た。

 偽スロウが支援を掛ける。本物とは違い、その支援をわざわざ抑える必要もないのか、偽物の俺のステータスが目に見えるほど増していく。

 

「どうしますエミル。わたしもあれやります?」

「あそこまではいらん。けど、ちょっとだけ強めで頼む」

「りょーかいです」

 

 スロウの支援で能力が増していくのが分かる。普段よりちょっと割増で強化されたそれで、向こうの偽物の一撃を受け止めた。押され気味ではあるが、しかし打ち負けるほどではない。悪徳の剣も呼応するように唸りを上げているし、これなら。

 

「っと」

「エミル!?」

「大丈夫だ、心配するな」

 

 そんな鍔迫り合いを何度か繰り返していた矢先、均衡が崩れ一撃をもらってしまった。左肩が切り裂かれ血が流れる。即座にスロウが回復をしたが、向こうはこれがチャンスとばかりに猛攻を開始した。

 エミル、とスロウが叫んでいるが、気にしない。否、大丈夫だと笑みを浮かべそれに返答し、俺は真っ直ぐに集中を始めた。眼の前には丁度いいくらい同じ実力の相手がいる。これを超えるには、自分を超えるには。

 相手の剣がゆっくりに見える。そして俺の動きも緩慢だ。違う、ゆっくりしか動けないなんてことはない。向こうよりも、このゆっくりに見える世界よりも、早く。

 

「エミル!」

「大丈夫だって言ったろ」

 

 周りの景色はクリアに見える。相手の動きがよく見える。スロウが安堵している表情なのも確認出来る。悪徳の剣が、軋むように唸りを上げているのも分かる。

 偽スロウの支援で強化されている偽物の俺であろうと、動きが分かっているのだから当たる道理はない。その一撃一撃を、弾き、躱し、あるいは受け流し。

 斬、と偽物を袈裟斬りにした。切られた俺の偽物はぐにゃりと形を変え、シェイプシフターに戻ると倒れ伏す。影の球体が水たまりみたいに弾けて地面に落ちた。

 そして返す刀で偽スロウに肉薄。回復せる暇もなく、こいつをぶった切って。

 

『エミル、やだ、やめて……』

 

 直前、涙を浮かべてこちらを見る偽スロウに一瞬だけ剣が鈍った。集中が切れ、その反動で思わず膝をついてしまう。しまった、そうだ。姿を模倣するのだから、当然そういうこともやってくるんだ。それを、失念していた。

 そしてそれは致命的な隙になる。涙を浮かべたままの偽スロウが、反動で動けない俺に向かって、偽物の俺が取り落とした剣を拾って突き立てようとしていた。

 

「エミルの馬鹿ぁ!」

「おぶっ」

 

 そのタイミングでスロウが俺をぶん殴った。勢いよく倒れる俺と、拳を振り切ったスロウの間で、剣が空を切った偽スロウが目を見開いていた。

 

「偽物のわたしにデレるならわたしにデレてくださいよ!」

「何の話!?」

「いーですか!? わたしは、エミルが好きです」

「……そうだな」

「だから、もしエミルがわたしを討伐対象にするなら」

 

 ちゃんと、エミルに殺されますよ。そう言ってスロウは笑った。だから大丈夫です、とこいつは微笑んだ。

 いや何が大丈夫なんだよ。そんなの俺が大丈夫じゃないだろ。俺がスロウを殺すとか、冗談でもやめろ。

 

「えっへへ。エミルったらわたしのこと大好きなんですね」

「あほ」

「そこはそうだなって言うところじゃないんですか!?」

「知らん。それより」

 

 さっさとそこの偽スロウを倒さないと、そう言って向き直った俺は、ビクリと怯える偽スロウを見て一瞬躊躇った。

 が、横のスロウがそうじゃない、と一喝するのを見て即座に覚悟を決める。

 

「悪いな偽物。そういうことらしい」

「潔く殺されるのがわたしです」

 

 ふんす、と胸を張る本物を見ながら偽物をぶった切った俺は、しかしはぁ、と精神をすり減らしたように溜息を吐いた。

 偽物とは言え、怯えるスロウをぶった切るみたいな経験はもう二度とごめんだ。

 

「わたしは笑って切られますよ?」

「そういう意味じゃない……馬鹿」

「何でですか!?」

 

 何でも何も。お前を絶対に死なせないって言ってんだよ俺は。思わずそんなことを言ってしまった後、しまったと口を押さえるがもう遅い。

 ぱちくりと目を瞬かせたスロウが、次の瞬間満面の笑みで抱き着いてきた。

 

「エミル! エミル! だーいすき!」

「わかった、わかったから! 離れろ!」

「いーやーでーす。もう離れません。ずーっとエミルと一緒にいます!」

「それはもう分かったから。だから」

「約束しましたからね」

 

 す、とスロウが離れる。へ、と俺が間抜けな声を上げるのを気にせずに、眼の前のスロウはえっへへ、と嬉しそうに笑った。

 

「ずっと一緒。……約束、ですからね?」

「……当たり前だろ」

 

 そこは違えるつもりはない。けれども、真っ直ぐにスロウを見て言うのが気恥ずかしくなった俺は、ついそっぽを向いてしまうのだった。

 

 




アリアとシトリー以外の全員「(何を見せられてるんだ……)」
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