第五十四話
短期講座も終わり、俺もようやく中級冒険者を名乗れるようになってきた。あの時同じように短期講座を受けていた面々も、あの後中級冒険者になったのだとかなんとか。そんな話を聞きながら、俺は今日も今日とて新たに発生した問題に頭を悩ませていた。
「どーしたんですか」
にゅ、と芋虫が俺の背中にのしかかる。それを気にすることなく、俺はちょっとな、と流した。勿論それで流される芋虫――スロウではないので、何だ何だとまとわりついてくる。
「いや、大したことじゃない、こともないが」
「じゃあ大したことじゃないですか。どーしたんです?」
「……まあ、これを見てくれ」
これ、と悪徳の剣を鞘から抜き放つ。んん? とそれを眺めたスロウは、次いでわお、と声を上げた。
「ヒビ入ってますねー」
「そうなんだよ」
自称魔王級との戦いがきっかけなのか、あるいは短期講座でのシェイプシフターで集中を使い過ぎたのか。はたまた、俺の心情が偽物だとはいえスロウを殺したことに耐えられなかったのか。
ともあれ、悪徳の剣の刀身にはしっかりと罅が刻まれていた。
「セフィちゃん先輩に頼めばどーにかなるんじゃ?」
「まあ、それが一番妥当だよな」
元々セフィが魔道具の試作品ということでくれた武器だ。直すにしろなんにしろ彼女に話を通すのが一番手っ取り早い。そうと決まれば、じゃあ行くかと俺は準備を始めた。はいはい、とスロウも芋虫から人型に擬態をし、いつもの格好になる。
そうして公爵家の城に向かうと、今日は王都の学院にいると言われてしまった。
なら仕方ない、とこれまでならなるところであるが。学院は学院でついこないだまで短期講座でいた場所である。まあ行っても大丈夫だろうと俺とスロウはそのまま王都まで向かった。
そうして受付で昼休みなのでセフィと会うのも問題ないと言われ、中庭に出向き。
「成程」
何故だかアンゼリカ嬢も一緒という事態になっていたりする。まあこの間にも一緒にいたし、学院では公爵令嬢同士仲良くしているのかもしれない。月の大聖女と傀儡人形という後ろ盾を持っているのも共通だし。
「それで、どうされるのですか?」
アンゼリカ嬢がセフィに問う。が、問われた方は何やら難しい顔をして罅の入った刀身を眺めているばかりだ。
「修理自体は恐らく可能でしょうけれども」
「何か他に問題があるのか?」
「予想以上というべきか、この剣はエミルさんとの繋がりが強くなっています。ただ修理するだけだと、その繋がりが薄くなってしまう可能性がありまして」
「それって何か問題なんですか?」
「はっきりと言ってしまえば、剣の性能が落ちる可能性が高い、ということですわ」
場合によってはただのなまくらに変わってしまうかもしれない。そんなようなことまで続けられると、流石にただ修理するという選択肢を取ることが難しくなる。何だかんだ使ってきた武器だ、愛着もきちんとある。
「じゃあ、どうにもならないってことか」
とはいえ、それで修理せずに使うのもまた問題なわけで。罅の入っている武器だ、次はいつ壊れるかわからない。集中を使っている時に壊れてしまえば、致命的な隙を晒す可能性だってある。
そんな俺の考えを汲み取ったのか、セフィは方法はありますと述べた。こちらで普通に修理するのではなく、とアンゼリカ嬢へと視線向けた。
「成程」
「何が成程なんだ?」
「そうですね……この間の短期講座で、属性頂点についてもエミルさん達は習っているはずですが」
「ん? ああ、まあな。半分以上知り合いだったけど」
月の大聖女、傀儡人形、迷宮の管理者、妖精姫、隠れ潜む百花。雲の上の存在みたいな扱いで講義をされる中、俺達は何とも言えない表情を浮かべていたのも覚えている。
「では、残りの属性頂点についてももうご存知ですね」
「ああ。頂の古龍、悲鳴彫刻家、それと、剛腕の鍛冶師だ」
そこまで言って、俺は何だか嫌な予感がした。その三体の中で、今回の話に関係してそうな名前が出てきたからだ。
「まさか」
「はい。剛腕の鍛冶師様ならば、悪徳の剣をそのままの状態で修理・強化が出来るはずですわ」
「わたしたちが言うのもなんですけど。属性頂点ってそんな簡単に会っていいんですか?」
「こと貴方方に限っては今更ではなくて?」
アンゼリカ嬢にそう言われ、俺達はまあそうなんだけどとしか言えなかった。
再度帝国である。今回は別に頼みに行くだけだからとアリアとシトリーに合流することなく、スロウとだけ、一人と一体で件の相手がいる場所へと向かっていた。その手には、効力があるのか、むしろ逆なんじゃないかと思うような紹介状が二枚。
「なあ、これ本当に役に立つと思うか?」
「どーなんですかね」
「何か逆に門前払いされるアイテムな気もするんだが」
「流石にそれは考えすぎですよ」
月の大聖女と傀儡人形が用意した紹介状である。セフィ経由とアンゼリカ嬢経由で用意されたそれは、こっちでも読んだが別段問題を起こすようなものには見えない。見えないが、これを剛腕の鍛冶師が見てどう思うかが問題だ。
「まあ、考えていても仕方ない。行くか」
工房の扉を開ける。お客さんですか、と工房の一人がこちらにやってきたので、ここにいるらしい剛腕の鍛冶師に会いたいと告げた。途端に対応していた工房の人の表情が変わる。
「主は多忙ですので」
まあそういう反応になるだろうな。工房が普通に通える場所に存在している以上、属性頂点に会いに来るのが目的の輩も大量にいたのだろう。俺からすればなんで自分から会いに行くんだよあの連中に、とは思うんだが。
「それは分かってるんだけど、こっちも用事があるんで。これを見せればいいのか?」
「これ、とは……はぁ!?」
二枚の紹介状を見せる。門前払いする気満々だった工房の人は、それを見て目を見開き、そして紹介状と俺とを視線を行き来させる。
そうして、少々お待ちください、という声を聞いて工房の奥へと去っていった。
そのまましばらくすると、賑やかな声、というか怒号のようなものが聞こえてくる。ああ、やっぱりそうなるのか。
「月の大聖女と傀儡人形からの紹介状だぁ? 嘗めてんのか、本物のわけが……本物だな。いや待て、あの碌でもないのが紹介する奴なんぞ碌でもないに決まってる。でもなぁ」
が、よくよく聞いてみると怒号より困惑のほうが勝っているようにも思えた。普通に考えて現状知ってる碌でもない筆頭からの紹介状だ、さもありなんといったところか。
そんなことを思っていると、工房の奥から人影二つが顔を出してきた。片方は先程引っ込んでいった工房の人、そしてもう片方は。
「てめぇらが紹介状を持ってきたって奴か?」
長身の獣人らしき男。らしき、というのは、その顔面に仮面のようなものが装着されていたからだ。左右がそれぞれ黒と緑に塗られたそれを付けた、赤毛の狼。獣人としての特徴はそんなところだろうか。身長は高いがゴツいと言うほどでもなく、しかし威圧感はかなりのもので。
「えっと、そうだ、いや、です」
「別にかしこまる必要はねぇよ。月の大聖女や傀儡人形と知り合いで紹介状まで用意されるってこたぁ、てめぇが件の聖女だろ? で、そっちが聖女の彼氏のエミル」
「彼氏じゃない」
「彼氏! 彼氏だってエミル! 彼氏ですよエミル!」
「彼氏じゃない」
「ぶー」
俺達のそんなやり取りを見ていた獣人――火属性の頂点、剛腕の鍛冶師はガハハと笑い、まあそういう反応だよなと言葉を紡ぐ。このやり取りでも思ったが、どうやら彼は俺達のことを少しは知っているらしい。
が、何でだ? 反応からして月の大聖女や傀儡人形とは馬が合わないように思えるのだが。
「ん? ああ、妖精姫から聞いたんだよ」
「妖精姫が?」
「そう、新しく出来た友達だっつってな。ついでに隠れ潜む百花のヤローとも知り合ったんだってか? なかなかどうして、やるじゃねぇか」
そう言って仮面の奥でカラカラと笑う。まあ知り合いたくて知り合ったわけではないが、結果として向こうも何だかんだ知り合いとして認識してくれるようになっているので、よしとするべきだろう。多分、きっと。厄介事のほうが多いような気もするが。
「まあ厄介事の方が断然多いだろうな。つっても、属性頂点と関わるってのは、多かれ少なかれそういうもんだ。だからオレとしても、無闇に人と関わるのは避けてる」
ただ会いに来たような連中にはお引き取り願っているのは、そういうわけだ。そんなようなことを続けた剛腕の鍛冶師は、それで、とこちらを見た。属性頂点と多数関わっている俺達が、そんな物見遊山でわざわざ来ているものではないということを察しているのだろう。まあ紹介状を持ってきた時点でバレバレだが。
俺は腰の剣を掲げる。ん? と首を傾げた剛腕の鍛冶師だったが、一瞬だけですぐに納得がいったように声を上げた。
「何だ何だ。かなり質の良い魔道具武器だが、無茶しやがったな」
「やっぱり分かるんだ」
「たりめぇだ。オレは自身の名前に恥じないだけの能力は持っているつもりだぜ。剛腕、の方は知らんが」
そう言って笑った剛腕の鍛冶師は、オレの悪徳の剣を受け取ると鞘から抜き放ち刀身を見た。成程な、と頷くと、そのまま視線を俺に移す。仮面越しだが、何やら見透かされているような気がして、俺は思わず目を逸らした。
「はっ、その様子だと月の大聖女のヤローに何回かやられてるな。心配するな、オレぁそんなズケズケと入り込む趣味はねえよ。ただてめぇの実力をちょっと測っただけだ」
「それもそれで気まずいんだが」
「だから心配すんな、ちょっとだちょっと。……中々面白い強化方法を使ってるな」
俺の集中のことだろう。まあ実際月の大聖女に注意されたくらいなのだから、あまりまともな強化方法ではないのは何となく分かる。多分これも悪徳由来なんだろうな、という感じもしている。
だからといって、封印するかと言えば答えは否なわけで。スロウの支援と同じで頼り過ぎはよくないだろうが、いざという時のために使えるに越したことはない。
そんな俺の考えを読んだのか、剛腕の鍛冶師はその意気や良しと笑った。そうしながらも、悪徳の剣を眺め、少し難しい顔をする。
「そうなると、このままじゃそのうちへし折れるな、これ」
「まあ、罅が入っていた時点でそれは予想出来たけど」
「そういう意味じゃねぇよ。このまま打ち直しても、てめぇの負荷に耐えきれないって話だ」
剛腕の鍛冶師曰く。この剣の魔道具としての特性は使用者の心と共鳴すること。そしてその結び付きが強くなればなるほど武器との一体感は増していくが、同時に心の脆さも引き継いでしまう。
「人ってのはどれだけ鈍くても心は傷付く。それが自分には分からなくても、この剣には分かっちまうんだ。だからこの武器は、ある意味滅茶苦茶脆い」
心の脆さが武器の脆さに直結するってことか。まあ確かに『非の打ち所のない悪徳』なんてもんを背負っているらしい俺にとって、心の強さなんぞあって無きがごとしだ。多分実際気にならない俺の心の軋みが剣には思い切り出てしまうのだろう。
「まあそれだけ武器と一心同体になっているってことだ、そこは誇ってもいいぞ。なんなら隣の彼女より相棒してるんじゃねぇのか?」
「へし折ります?」
「何でだよ。あとお前は彼女じゃないだろ」
「だって、だってー!」
「……心配しなくても、俺の相棒はお前だよ」
「……むー。エミルのそういうところずるい。大好き」
「付き合ってねぇのは嘘だろてめぇら」
何だか呆れたような剛腕の鍛冶師の声が聞こえるが、俺は聞かなかったことにして話を元に戻した。まあつまり俺の心が反映される以上、直しても同じことだってことか。
そう尋ねると、そうとは限らんと返された。あくまで今のまま直した場合の話だと言葉を続けた。
「このままこの武器を使いてぇなら、強化してやれるぜ。ただ、時間と報酬がちょいと掛かっちまうが」
「時間の方はまあ大丈夫だが、報酬か……」
「お、いくらまで出せる?」
ちなみに相場はこれだ、と工房の人が指示されて請求書を持ってきた。受け取り、それに記されている料金を見たが、とてもじゃないが中級冒険者が払える額ではなかった。多分上級冒険者でもポンと払えるのは一握りだろう。
「そりゃそうだ。オレぁこれでも属性頂点、それが鍛える武器なんてもんをそうホイホイ実力もないやつに渡しちまったら、均衡なんざあっという間に崩れちまう」
それをふるいにかけるために手っ取り早いのはまず料金。次いで、実力と資格。そんなことを述べた剛腕の鍛冶師は、もう一度俺達を見た。そういや妖精姫から聞いた面子には少し足りないな、と呟いた。
「ああ。武器の修理を頼むだけだったし、残りの面々、アリアとシトリーは連れてきてないけど」
「ふむ。――料金の件はまあどっちでもいい。てめぇらなら実力と資格は兼ね備えてるんじゃねぇかって思ってるからな」
「本当か!?」
「そりゃ、属性頂点五体と関わって、そのどれもとそれなりの関係を築いてる奴なんざ英雄や勇者でも一握り、いるかいないかってレベルだぜ? 妖精姫の友人なんておまけも付いてるんだ、疑う理由はねぇさ」
とはいえ。そう述べると、やっぱりどうせなら自分で確認したくもなると剛腕の鍛冶師は続けた。まあそりゃそうだろう。俺が向こうの立場でも同じことを思う。
が、じゃあどうすればいいのかが分からない。実力を示すって、ひょっとして剛腕の鍛冶師と戦うとかそういう感じか?
「それも悪かねぇが、まあ今回は別件だ。そうだな、一旦戻って、全員で来い」
「全員? 俺とスロウ、アリアとシトリーでってことか」
「ああ、そうだ。それで、てめぇらが揃ったら」
ちょいと、武器の試作に付き合ってもらう。そう言って剛腕の鍛冶師はニヤリと笑った。