囮作戦は思った以上にすんなりといった。前回、例の自称魔王級と出会った依頼を受けた時は妖精姫の案内でカフェだったこともあり、俺達が経験不足の中級なりたてだということに疑問を挟む相手はいない。
そのため、見た目だけなら美少女揃いのこのパーティーを例の連中がさっさと目をつけてくれたのだ。中級の先輩として何か力になれるだろうなんて言いながら、俺達を、正確には俺以外のスロウ、アリア、シトリーを見ながら冒険に誘ってきた。
「この場でぶっ殺しませんか?」
「待て、落ち着け」
予想通りというか、スロウはそんなあからさまな態度と視線に悪寒を感じ、危うく擬態が解けそうになっていたりもする。ここまであからさまに態度には出していないが、アリアとシトリーもまあ気持ち自体は同じようなものだろう。ちなみに俺も似たようなものではある。あるが、まだ確実な証拠を押さえられていないので疑惑止まりの冒険者パーティーをムカつくという理由だけで討伐したら大問題だ。
それがたとえ、ほぼ黒確だとしても、だ。
そういうわけで、俺達は犯人であろう冒険者パーティーと共同でクエストを受けることになった。クエスト自体はそこまで難易度の高くない、中級冒険者ならば倒せるであろうモンスターの討伐依頼。こちらの経験不足を踏まえて、という話らしい。それだけ聞くときちんと後輩冒険者のことを考えているいい先輩冒険者パーティーに見えるが。
「……」
「どーしました? エミル」
「いや、ちょっとな」
妖精姫やギルドマスターの話を聞く限り、こいつらは仲間が一人行方不明になっているはずだ。だというのにそんなことを微塵も感じさせない明るい雰囲気をかもし出している。
後輩に情けない姿を見せないように、あるいは冒険者として割り切って前に進んでいるのか。それとも、そういう正の理由ではなく、負の理由から。
自分から行方不明にしたので、既にどうでもいい存在になっているからなのか。
「まあ、見る限りあまりいいパーティーには見えないわね」
俺の考えを読んだのか、アリアが前を行く例のパーティーを見ながらそんなことを呟く。どうかしたかい? とこちらを振り向いた彼らには、いえ大丈夫、と返していた。
「で、でも……一応先輩冒険者としては、やってくれてるよぉ……」
「まあな」
帝国が不慣れ、という俺達にこの帝国での冒険者の基本知識を自慢気に教えるその姿は、まあ確かに先輩冒険者であろう。その過程でスロウやアリア、シトリーの胸や尻をジロジロと見たり、無遠慮に肩を抱いたりとかしていなければ、であるが。
しかしこのパーティーのリーダーはお偉い貴族の子供だっていう話だが、貴族の子女がそんなんで本当にいいのだろうか。少なくとも王都の学院にいた貴族の面々はもっとしっかりしていたぞ。
「帝国の気風、とか?」
「リベルト皇子は普通でしたし、流石にこれが例外じゃないですかね」
隠れ潜む百花に惚れているという色々とアレな皇子を普通と言っていいのか分からないが、まあ少なくともトップからおかしいということはないだろう。なので、今のところこの男に連なる貴族がおかしいと結論付けていいはずだ。
「それで、そこの魔物使い君は大丈夫かい? ついてこれているかな?」
そんなことを考えているタイミングで向こうから声が掛かる。珍しくスロウ達ではなく俺単体に当てた言葉だったが、そこにはあからさまに嘲りが含まれていた。
「ああ、ご心配なく」
「……まあ今のところ戦闘もないし、そりゃそうか。でも、もし戦闘で危なくなったらすぐに隠れるようにね」
そう言って貴族の男が笑う。それに合わせるように、残りのパーティーメンバーも笑っていた。そりゃそうだ、と。こいつは弱いからしょうがない、と。馬鹿にするように笑っていた。
「何だか……面白いくらいに引っ掛かってるんだよぉ……」
「普通もう少し考えるものじゃないかしら」
「馬鹿なんでしょうね」
そんな向こうのパーティーを見たこちらの感想である。油断をさせるという意味合いも込めて、俺達のパーティー構成は魔物使い、プリースト、魔術師、タンク役の剣士、ということにしてある。使役モンスターもいないのに魔物使いを名乗る俺は、向こうには思い切り見下す対象に入ったことだろう。そんな連中をスロウは滅茶苦茶冷めた目で眺めている。
「まあ実際、こんな状態の魔物使いで何が出来るってのはあるしな」
「それでもあからさまに態度に出すのはいただけないわね」
ただでさえ中級になる時点で別の称号に変わっていてもおかしくない不人気職が、それもほとんど能力を使えない状態ともなれば、多少なりともそういう感想を持つのは間違いではない。が、アリアの言う通り、あそこまではっきりと見下すのはまあ、普段からそういう態度だったんだろうなと言わざるをえない。
まあ、そのおかげで俺は向こうにとってほとんど脅威になりえないとノーマークになっているのだから、作戦成功といったところだ。
そんなことをいっているタイミングで、モンスターの襲来である。相手はスノーラビット、もはやいやというほど戦ったと言えるほどお馴染みのモンスターだ。さてどうするか、と思案しながら剣を抜こうとしたタイミングで、向こうの連中が無理はするなと俺を下がらせた。
心配、ではないな。役立たずは下がってろ、みたいな態度だ。うん、まあ、間違ってはいないのでここは素直に引き下がろう。
「残りの彼女たちは戦えるだろう? 多分、普段からそうしていただろうし」
役立たずのお守りをしながらやってきたんだろう。言外にそう匂わせながら貴族の男はスロウ達に助力を求める。まあ予想通りの反応だな、とスロウは物凄く適当に支援を掛け、アリアとシトリーは向こうの撃ち漏らしを迎撃せんと構えた。
一応曲がりなりにも中級者パーティー。スノーラビット程度なら俺達が積極的に手伝わなくとも倒せるらしい。数体の撃ち漏らしはアリアがさくっと燃やした。
「成程、随分とバランスの良いパーティーだ。これならきっと中級でもやっていけるだろう」
戦闘終了後、貴族の男がそんなことを述べる。言っていることは普通の称賛だが、いかんせん視線が酷い。さっきより無遠慮にジロジロとスロウ、アリア、シトリーの顔や体を眺めている。なんというか、その目は人を見るというより商品を品定めするのに近い。
そうしながら、良い提案があるなどとリーダーの貴族は言葉を続けた。間違いなく受けてくれるだろうと言わんばかりに述べた。
「こちらのパーティーに入ってくれないか?」
「え? 嫌ですけど」
即答である。スロウが考えるとかそういう間も何もなく向こうの言葉に被せるように断った。流石のそれにリーダーの貴族もピシリと固まり、ついでふっ、と気を取り直すように笑った。
「ああ、ひょっとして魔物使い君以外を入れると勘違いしているからかな? 大丈夫、そこの魔物使い君もきちんとこちらに引き入れるよ。荷物持ちやサポーターくらいなら出来るだろうしね」
「聞こえてませんでした? 嫌だって言ったんですけど」
「……そこの男の扱いは今のパーティーでも同じだろう? 何の問題があるんだ?」
「そもそもこのパーティーのリーダーはそこのエミルです。わたしじゃありません」
さっきから勘違いしてるみたいですけど。そう続けると、スロウはやれやれと肩を竦めた。アリアとシトリーもうんうんと頷いているのを見て、貴族の男は怪訝な表情を浮かべた。そこの役立たずが? と言わんばかりの顔である。
「どういうことだい? まさかそこの男に惚れてるわけではあるまいに」
「惚れてますよ。わたしはエミルにベタ惚れです」
また即答である。さっきと同じように食い気味にそう返したスロウは、そのまま俺の腕に抱き着いた。はぁ? と目を見開いた貴族の男は、俺を見て、そしてスロウを見て。やれやれ、と呆れたように溜息を吐いた。
「理解出来ないな。そんな冴えない男のどこが」
「エミルはわたしの全てです。エミルがいるから今のわたしがいるんです。そもそも、エミルの方がずっとずっとずーっとかっこいいです」
「愛されてるわね、かっこいいエミル」
「言われてるよぉ……かっこいいエミルくん……」
「やめろ」
ずずい、と前のめりになるスロウから俺に視線を向けてそう述べるアリアとシトリー。そんな二体を脇に避けながら、スロウにもその辺でやめとけと述べた。貴族の男が今にも射殺さんとばかりの表情で俺を睨んでる。見下す相手から、排除する鬱陶しいゴミくらいにまで下がった感があるな。
「……理解出来ないな」
「してもらう必要もないですけどね」
はっ、と貴族の男が笑った。素直にこちらに入ればもう少し可愛がってやったのだが。そんなことを言いながら、まあいいと下卑た笑みを浮かべた。
「そういうことなら仕方ない。この間の連中みたいに、娼館にでも売って金にしよう」
「何を言ってるんですか」
「何って、こういうことさ」
カバンから何か香入れを取り出す。ふわりと煙が周囲を漂い、その匂いを嗅いだことで、俺の体に力が入らなくなった。
「この香入れの香りは、吸った人間だけ体が麻痺させて身動きが取れなくさせるものでね。モンスターには効かないし、勿論こちらはあらかじめ解毒してあるから、効くのはお前達だけさ。さ、男はこのままモンスターにでも襲わせて、残りはこちらで味わって――」
「エミル。すぐ回復しますね」
「か、ら……?」
男の言葉がそこで止まる。回復魔法で即座に復帰した俺はともかく、香の香りを吸っても何の影響も受けていないスロウ、アリア、シトリーを見て、何が起きたのかと怪訝な表情を浮かべていた。
「な、なるほど。香の香りが足りなかったか。プリーストの回復で一時的に抑えても、濃さは段々と強くなる。残念だが、ゆっくりと――」
「効きませんよ」
「……なん、だと……?」
それでも即座に気を取り直した向こうは香の香りを強めてきたが、スロウもアリアもシトリーも全く効いている素振りがない。どういうことだ、と焦った様子のリーダーの貴族の男に、スロウはあっけらかんと言い放った。
「だってそれ、人間に効くやつですよね? わたしもアリアちゃんもシトリーちゃんもモンスターなんで効きませんよ」
「……は?」
「聞こえませんでした? わたしたちモンスターですから、人間用の麻痺毒は効きませんよ」
「……は? いや待て、モンスター……?」
何を言っているんだ、という表情の貴族の男の前で、ふふんと胸を張りながらぐねりとスロウが芋虫に戻る。ひぃ、と悲鳴を上げる向こうの残りの面子を見ながら、スロウは満足したように再び人型に擬態した。
「人に紛れ込むモンスター……!? 化け物め、よくも俺達を騙したな!」
「騙したのはどっちですか。その香使って冒険者をどうにかしようとしてたんですよね。さ、証拠も手に入ったし、もういいんじゃないですか?」
「何を言っているんだ? 化け物が人の言葉を話すんじゃ――」
「そこまでにしとけよ」
スロウの前に出て、貴族の男の言葉を遮る。さっきの口ぶりからすると、香の香りを強くすればプリーストの回復程度ではどうにもならないくらいの代物らしいが、いかんせんスロウは聖女である。しかも全回復魔法と全支援魔法を覚えているというおまけ付き。この程度の麻痺毒なら平気で回復できる。
ついでに言うとスロウは普段からこういう奇襲に備えているのでモンスターに効く麻痺毒だったとしても弾いていたので結果は変わらない。
まあそれはそれとして。
「俺達はギルドの依頼でお前らが犯罪してるっていう証拠を手に入れに来たんだよ。で、まんまと出してくれた」
「……証拠? こんなものが証拠になるか? 俺達は化け物に騙された被害者だぞ?」
「いや、ちゃんと音声も録音してあるからな」
そう言って先程の会話を録音した魔道具を取り出す。流石にこれがあれば向こうの貴族も簡単には揉み消せないだろう。権力でどうにかしようとしても、こちらの依頼者は妖精姫、光属性の頂点だ。
その辺りを伝えると、貴族の男の顔色が変わった。よこせ、とこちらに襲いかかってきたので蹴り飛ばした。慌てていたからなのを込みでも、この程度なら簡単に避けられる。見下していた魔物使いに反撃されたことで、すっ転がった貴族の男の表情は憤怒で染まっていた。
「雑魚の魔物使いが化け物を従えたくらいで調子に乗るな!」
「乗ってねぇよ。というか、調子に乗ってたのはそっちだろ」
貴様、と貴族の男が再び突っ込んできたが、鞘に入ったままの悪徳の剣で受け止めて殴り飛ばした。さっきから頭に血が上っているのか攻撃が単調過ぎる。蹲りながらパーティーメンバーに命令をしたリーダーの貴族は、そのまま俺を囲むように武器を構えた。
「はっ、魔物使いなのに、頼みの化け物どもは助けてくれないのか?」
「え? 助けいるんですか?」
「いらない」
「そうよね」
「うん。心配してないんだよぉ……」
後ろで待機しているスロウ達のそんな声を聞きながら、俺は改めて鞘に入ったままの悪徳の剣を構えた。その武器の構え方にふざけてるのか、という声が飛ぶが、別にふざけてるわけでもないし、手を抜いているわけでもない。
「悪徳の剣も新しくなったからな。これでいけるか試したいだけだ」
全力ではないという意味ではそうかもしれないが、これはこれで本気だ。剛腕の鍛冶師に鍛えてもらった悪徳の剣と、新しい装備であるこの鞘。それを使って、この連中を叩きのめす。