幼馴染の擬態した虫が聖女とか言われた   作:負け狐

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第五十八話

 とは言ったものの。この連中を叩きのめすのに鞘の力を使う程ではないような気もする。鞘付きの悪徳の剣を構えながら、俺はそんなことを思った。セフィからもらった悪徳の剣、それを強化してもらった後の追加装備として渡されたこの鞘だが、正直追加でもらっていい代物でもない。

 気に入った相手にはサービスするのが剛腕の鍛冶師の性格なのだとか妖精姫が言っていたが、これは流石にサービスし過ぎではないだろうか。いやまあ、試用も兼ねているのだろうから、そんなもんか。

 ともあれ。とりあえず鞘の力を使うかどうかは眼の前の連中の実力次第だ。パーティーリーダーの貴族の男は騎士だとか自慢げに言っていたのである程度剣は使えるはずだ。残りの面子は魔術師とプリーストというまあ無難な後方火力と支援だ。いなくなったもう一人がどんな役割を担っていたかは知らないが、こいつらにとっては別に気にするような立ち位置ではなかったのかもしれない。まあ、そうじゃなきゃ一緒に被害者にしないだろう。

 

「この、魔物使いが……!」

 

 魔術師の男が呪文を放つ。俺はそれを躱しながら、向こうの実力を大体こんなもん、と設定した。まあそこそこ、である。

 

「エミルー、使わないんですか? 鞘」

「今考え中だ」

 

 スロウの言葉にそう返す。ちなみに、スロウからの支援も現在はもらっていない。さっき啖呵を切ったということもあるし、鞘の力をどこまで使えるか試したかったという意味合いもある。

 

「まあいいや。試しに使ってみるか」

 

 鞘に魔力を込める。悪徳の剣と、そして鞘が輝き、俺の体に支援魔法が掛かったような状態になった。

 

「はっ、あれだけ言っておきながら支援を貰ったのか」

「いやよく見ろって。これだよこれ、この鞘」

 

 俺の悪徳は、独りでいるならば牙を剥く。悪徳の剣が俺の悪徳――性質を形にしたものならば、鞘もまたしかり。独りにならない、俺の仲間がいる。それを体現するための鞘。

 そんな意味合いがあるらしいこれは、俺の仲間の能力を一部込めることが出来るもう一つの刀身だ。今使ったのはスロウの力、スロウそのものと比べると非常に微々たるものだが、これがあることで俺が一人でもスロウを感じることが出来る。

 言ってて何だか恥ずかしいなこれ。

 

「まあいい。人に化けるのが上手くても、所詮下級モンスターの支援なんぞその程度。俺達にとって、その程度で」

「その程度で、なんだって?」

 

 一足飛びで間合いを詰めた俺は、魔術師の顎を鞘付きの悪徳の剣で打ち上げた。脳みそを揺らされた魔術師は、それだけで立てなくなって倒れ伏す。何、と驚いているリーダーの貴族へと今度は剣を振るい殴り飛ばした。あっという間に二人がやられて、残ったプリーストは目を見開く。

 

「ぐっ。魔物使いが……ふざけやがって……」

 

 あ、まだリーダーの方は意識があるらしい。曲がりなりにも中級冒険者ということか。この程度の一撃では沈まないようだ。その顔は憤怒に塗れていて、大した称号でもない魔物使いにやられたのが相当の屈辱だったと見える。

 だが、しかし。

 

「別に魔物使いが弱くなきゃいけない理由はないだろ。というか、そもそもこの称号をもらうまでに色々と学んでるんだから、何も出来ないって考えるほうがおかしいんだよ。講義習いたての下級冒険者かっつの」

「そんなことは知っている! 基礎スキルしか学んでないようなやつに負けるはずがないだろう!」

「称号なんかなくても色々学んでるっていう考えはないんだよな、こういう奴って」

 

 まあ俺の場合、学んだのは中級冒険者の講座で経験不足をある程度解消したってだけで、専門は受けてないから間違ってはいないんだけど。

 じゃあ何で、と言われると。自分でも何でなんだろうなとしか。冒険者始めて一年経っていないのに様々なあれこれに巻き込まれるわ八属性の頂点の内六体に出会うわ。いや本当に、何がどうなってこうなったんだろう。これも『非の打ち所のない悪徳』のせいってことか。

 

「まあいいや。とりあえずこれで後はお前らを捕縛して終わりだ」

「ふざけるなっ! 俺達がこの程度でやられるとでも!?」

「いやもうやられてるだろ。この状態でどうするんだよ」

「嘗めるなよ……。貴様みたいなやつに、この俺が負けるわけがない!」

「いやだから……ん?」

 

 貴族の男が取り出したのは何やら笛とランプをくっつけたような奇妙なオブジェ。それを掲げると同時に、ランプが何やら音色を奏でだした。ああ、これオルゴールだったのか。

 

「って、それがどうしたんだよ」

「ふ、ははははっ! お前程度の冒険者には分からないだろう。これはな、あの剛腕の鍛冶師が作ったとされる、魔物を操作するオルゴール! これさえあれば、周囲のモンスターは俺の意のままに操れるのさ!」

 

 つまり、とリーダーの貴族は俺の背後を指差す。お前の下僕の化け物どもも、俺の思うがままなんだよ。そう言いながらこっちに来いと命令を下し。

 

「え? 嫌ですけど」

「断るわ」

「嫌だよぉ……」

「……は?」

 

 さくっと断られて何とも間抜けな声を上げた。思わず背後を振り返った俺も、その反応を見てホッと胸を撫で下ろす。いや大丈夫だとは思っていたが、しかし本当にあれが剛腕の鍛冶師の作成した魔道具だった場合、万が一ということもある。

 

「まあ、そもそもわたしは操られてエミルに襲いかかるくらいなら素直に自害するかエミルに殺されるかしますし」

「操られない方向にしろ」

「万が一です。あ、別の意味で襲いかかるのはありかもしれませんけど」

「そっちもやめろ」

「そーですよね。やっぱり初めては合意がいいですよね」

「やかましい。ふざけたこと言ってんじゃない」

 

 いやんいやんと体をくねらせるスロウに一発チョップをお見舞いしてから、で、本当に大丈夫なんだろうなと三体を見る。スロウは言わずもがな、アリアとシトリーも問題ないと頷いていた。

 

「な、ど、どうしてだ!? これはあの属性頂点の魔道具だぞ!」

「多分偽物か、あるいはあんたじゃ真価を発揮出来ないようされてるかのどっちかでしょうね」

 

 狼狽えるリーダーの貴族に向かい、アリアがそんなことを述べる。そうしながら、まあ機能したとしても恐らく無事だったでしょうけど、と言葉を続けた。

 

「だってあたし達、妖精姫様の薬で耐性貰ってるもの」

「妖精姫の……薬……耐性……?」

 

 アンガービー騒動の時、妖精姫と初めて出会ったあのタイミングで作ってもらった薬の効果で、スロウ達三体とクーヤはこの手のものに耐性がある。普通の状態異常では分からない特殊なもの、寄生や乗っ取り、精神操作のようなものは、彼女の薬が防いでくれるのだ。効果を絞っている分耐性を強く永久にしているので、麻痺とか毒とかの普通の状態異常は範囲外だが、その辺はスロウが普通に回復ないしは耐性を付けるので問題ない。

 

「にしても。人のこと散々馬鹿にしといて奥の手が魔物使いと同じとか、恥ずかしくないのか?」

「雑魚の魔物使いと一緒にするな! これはどんなモンスターでも操ることの出来る剛腕の鍛冶師の一品だぞ!」

「出来てないじゃないですか」

「下僕の化け物は黙ってろ! そんな、魔物使いの男を悦ばせるためにそんな擬態をしているようなモンスターが――」

「あ?」

 

 チリ、と周囲の空気が燃えた気がした。気がした、ではなく、実際そのドスの利いた声を発した当事者と、貴族のリーダーの周囲に待っていた木の葉が燃えている。

 

「あんた、今なんて言った?」

 

 す、と一歩、正確には浮いているので一歩くらいの距離だが、アリアが前に出た。その表情は能面のようで、普段とも、アリアンロッテモードの時とも違う。

 ブチ切れている表情だ。

 

「アリアンロッテの姿を、気高き悪役令嬢の姿を、男を悦ばせる擬態だと?」

「な、何を言っている。その通りだろう!? 所詮お前ら化け物は、そこの男に媚びた姿を」

「黙れ」

「ひっ、ぎゃぁぁぁぁ!」

 

 貴族の男の左手が燃えた。衝撃で取り落としたオルゴールが甲高い音を立て、そして壊れたように歪な音色を奏で出す。

 そんなものを一瞥することもなく、アリアが地面に転がる貴族の男を非常に冷めた目で、しかし内心は憤怒に満ちているであろう表情で見下ろしていた。

 そりゃそうだろう。アリアにとって自身の擬態は悪役令嬢アリアンロッテに成るための努力の結晶。それを男に媚びた姿とか言われたら間違いなくブチ切れだ。

 

「ちなみにわたしはエミルが喜んでくれるなら願ったり叶ったりです。けど、最近エミルったら芋虫の方にデレが増えてる気がするんですよね」

「何の話だ何の。俺はお前がどっちでも変わらんぞ」

「今そういう場面じゃないよぉ……」

 

 シトリーのツッコミが入り、ああそうだったと我に返った。そうしながらシトリーを見ると、ちなみに自分の疑似餌は元々そういう目的だ、という聞かなかったことにした方がいいような発言が返ってきた。いやまあ、トラップレシアってそういやそうだっけか。ボッチをこじらせてモンスターとしての特性を発揮出来ていないのですっかり忘れていた。

 

「酷いけど、正しいから言い返せないよぉ……」

「……はぁ。後ろがやかましくて何か怒るのが馬鹿らしくなってきたわ」

 

 そんなやり取りが聞こえていたのだろう。溜息を吐いたアリアが先程までの空気を霧散させてこちらに振り向いた。悪い、と謝罪すると、いや別に構わないという返答が来る。

 

「ここで殺すとスロウに余計な手間がかかっちゃうものね」

「んー。まあ確かにこんなのに《リザレクション》するんだ、とかは思いますね」

「《リザレクション》……だと!?」

 

 左手が焼け焦げた貴族の男がスロウを見やる。そんな視線に気付いたのか、スロウはそりゃそうですよと鼻を鳴らした。

 

「だってわたし聖女ですから」

「は……? 人に擬態した芋虫の化け物が……魔物使いの下僕が、聖女……」

「その下僕って言い方やめろ。こいつらは俺のパーティーメンバーだ」

 

 一応、書類上は使役モンスターになっているが、そうじゃなくなっても大丈夫なように他の肩書きも持っている立派な仲間である。公爵令嬢セフィーリア様様だ。

 ともあれ。スロウの聖女宣言が信じられなかった貴族の男は、嘘に決まっている、デタラメを言うなと喚き散らしていた。いや別に嘘でもいいけど、その場合お前死んだら生き返れないぞ、いいのか?

 

「うるさい! 俺は、俺は侯爵家だぞ! 貴様のような平民とは違う! こんな、こんなことがあってたまるか!」

「知るかよ。そんなこと言うんだったら、俺達は光属性頂点からの依頼だ。どっちが偉いか、試してみるか?」

「嘘を吐くな! 属性頂点がそんなことをするはずがないだろう!」

 

 こいつ妖精姫のこと全然知らないのか? 彼女はそういうことするやつだぞ。隠れ潜む百花からの依頼だってなったら、まあ絶対嘘だって疑っても仕方ないけど、妖精姫だぞ? やるだろ。

 

「エミル。もう面倒なんで一回ぶっ殺して後で蘇生させるでよくないですか?」

「よくねぇよ。いやまあ、お前がいいならそれでもいいかもしれんけど」

「エミルくん、段々思考がこっち寄りになってきたよぉ……」

 

 失礼な。俺だって時と場合をわきまえるぞ。ただスロウが面倒じゃないって言うからそれでもいいかと思っただけで。

 そんなことを考えていた矢先である。ひぃ、と残っていたプリーストが悲鳴を上げたことで周囲に意識を戻した。視線を向けると、大木がギシギシと軋みながらこちらに何本も迫ってくるところで。

 

「ツリーオーク!? 何でいきなり」

「あ、あれじゃないですか? オルゴール」

 

 あれ、とスロウが歪な音色を奏でるオルゴールを指差す。使用者の手から離れて暴走した魔道具が、森で眠っていた樹木のモンスターを呼び寄せたってことか。

 太い枝や根が手足のようになって動いている大木のモンスター、ツリーオークが五体。強さとしては中級でも割と高い方。万全だったとしても、間違いなくあの貴族のパーティーでは勝てないだろう。今の状態では尚更だ。

 だというのに、貴族の男は何か勝ち誇ったように笑っていた。形勢逆転だな、とこちらに笑みを浮かべていた。

 

「あのオルゴールで呼び出されたということは、こいつらは俺の下僕だ! 所詮中級冒険者のお前らでは、この数相手ではどうにも出来ないだろう!」

「……本当か? お前も襲われる対象に入ってるんじゃないのか?」

「そんなわけがあるか! ツリーオーク共! あの魔物使いとその下僕を叩き潰せ!」

 

 貴族の男のその声に、ツリーオークはちらりとそちらを向き、そして即座に視線を外した。どうやら本当に向こうの言うことを聞くらしい。そうなると、あの魔道具も本当に剛腕の鍛冶師が作ったのかもしれないという疑問が頭をもたげる。

 

「違うわね。あれ、ただ単に相手にされてないだけよ」

「どうでもいい獲物、って思われたんだよぉ……」

「……ああ、そういう」

 

 だとしても。こいつらに向こうの捕縛を阻まれるのには違いがない。ここでモタモタしていては、無事なプリーストに回復をされて逃げられる可能性がなきにしもあらずだ。

 さて、どうする、と考えるよりも先に、アリアとシトリーがツリーオークの前に立ち塞がっていた。

 

「とりあえずこっちでこいつらは抑えておくから、あんた達でさっさとそいつらふん縛っときなさい」

「任されたんだよぉ……!」

 

 アリアは扇を、シトリーは大剣を。剛腕の鍛冶師から貰った武器を構えながら、俺とスロウにそんなことを述べた。

 了解、とスロウは即座に行動、プリーストが我に返るより早く殴り飛ばすと、そのまま足をへし折った。おい、捕縛って言っただろうが。

 

「捕まえる道具持ってなかったですし、これで逃げられないからいーんじゃないですか?」

 

 あっけらかんと言い放つ芋虫。うん、まあ、それならそれでいいや。気絶していた魔術師を縄で拘束しながら、俺はそんなことを思う。

 さて、残る一人は。

 

「く、来るな! おい、ツリーオーク! 俺がピンチなんだぞ! 助けろ! 早くしろ、このノロマ!」

「あれだけ魔物使いを馬鹿にしておいて、最後に頼るのが魔物かよ」

 

 はぁ、と溜息を吐くと、俺は同じように捕縛しようと縄を取り出す。

 が、そのタイミングでスロウが俺の名前を叫んだ。咄嗟にバックステップで離脱すると、先程まで俺がいた場所に大木の腕が叩き付けられる。地面と大木の腕の間にあった何かが、ぐしゃりと音を立てた。

 

「あー、やっぱり味方じゃなかったのか」

「いや、案外本当に助けようとした結果かもしれないですよ」

 

 ゆっくりと腕を持ち上げるツリーオークを見ながら、俺とスロウはそんなことを述べる。そうしながら、足の折れたプリースト、縄で縛った魔術師、そして物言わぬ肉塊になった貴族の男を脇にどけると、アリアとシトリーの二体に合流した。

 後は、このツリーオークをどうにかするだけか。

 

「オルゴールを止めれば、どうにかならないかなぁ……」

「んー。無理っぽいですね、さっきの一撃で一緒に潰れちゃいましたし」

「確かに音は鳴り止んでるわね。ということは、こいつらは純粋にこっちを獲物だと認識してるってわけね」

「しょうがないか。よし、行くぞ」

 

 武器を構える。さっきの戦いではちょっとした試しにしかならなかったから、ある意味丁度いいのかもしれない。そんなことを考えつつ、俺は今度は鞘から悪徳の剣を抜き放ち、鞘は鞘、武器は武器で、それぞれ構えた。

 

 

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