「さて、落ち着いたらちょっと特殊状態異常の回復しちゃってもらっていいですかー? あ、もちろんエミルさんに」
「へ? あ、あぁぁぁぁ!」
「何だいきなり」
がばりと俺から離れたスロウが俺に指を突き付ける。近い、突き付けると言うより俺を突いてる。突き刺してる。
そんなスロウは、しかしそういうことかと言いながら即座に俺に治療の魔法をぶっ放してきた。これでどうですかと言われても、一体全体何が。
「……なあ、スロウ」
「どーしましたか?」
「俺、何かおかしかったか?」
「滅茶苦茶おかしかったですよ! わたし以外に可愛いとか美少女とかメロメロ、とか言っちゃってましたから」
「いや別にお前以外にも可愛いとか美少女とかは言うだろ。むしろお前に言ったかそれ?」
「じゃあ言ってくださいよ! スロウ可愛い、スロウ美少女、スロウ愛してるって」
「言わんわ。特に最後」
「なーんーでー!」
「いや別に、最後はともかく、当たり前のことを今更言う必要が――いやちょっと待った、今の無し」
「……えっへへー。そーゆーことなら仕方ないですね。許してあげましょう」
「え? これいつもやってたりしますー?」
「まあ、割と」
「結構やってるよぉ……」
うわぁ、とか言いながら苦いものでも欲しがるかのような顔をした偽吟遊詩人は、しかしコホンと咳払いをするとこちらに向き直った。正気に戻りましたか、と問い掛けた。
そんな質問されても、と俺は悩む。が、少し考えて答えは出た。
「正気に戻ったかどうかは分からんが、頭の中はスッキリした気がするな」
「それは重畳。なら、戦う相手が何か、も分かりますよねー?」
「別の意味でお前はぶっ飛ばした方がいいとは思うが」
「おやおや、これはこれは。アタシ嫌われてますねー。まあ事実なんでしょうがないとは思いますけど」
「そう思うんなら直せよ」
「いやはや。これでもアタシ結構なお姉さんでしてねー。もう今更性格の矯正とか出来ない年齢なんですよこれが。いやー、困った困った」
「ちっとも困ってなさそうだが」
「いや実は割と本気で困ってますよー? 妖精姫とか滅茶苦茶嫌そうな目でアタシのこと見てきますしー」
「妖精姫にその視線向けられるって相当だぞお前……ん?」
何お前妖精姫とも知り合いなのか? そんなことを思い尋ねると、まあそんなところですという返答が来た。月の大聖女や妖精姫と知り合いとか、何か俺達に通じるものがあるなこいつ。ひょっとして属性頂点の知り合いが他にもいるんだろうか。そんなことを思い、そして先程の強さを思い返し。
吟遊詩人が嘘なら、こいつの正体は、という疑問にぶち当たる。
「なあ、お前ひょっとして」
「はい? 通りすがりの勇者級ですよー。とか言ったら信じます?」
「……まあ、強さからすれば信じてもいいかとは思う」
他にも何個か選択肢はあるが、直近でクセの強い勇者連中と出会っていたせいもあって、その答えはいかにもな気がしてしまう。
ともあれ。勇者であろうがなかろうが、どちらにせよ一応は俺達に敵対する気はないと見ていいのだろう。多分、きっと。
「信用されないですねー。まあ当然か。でもまあ、少なくとも今この場では敵対しないと誓ってもいいですよー」
「後々するような言い方はやめろ」
「それは皆さんの行動次第、ですねー」
そう言ってキシシと笑った偽吟遊詩人は、さてでは本命に行きましょうとそこを指差した。
先程までこちらにいた、もう一人の吟遊詩人を。
「……そんなにあっさりと解呪されるような魅了じゃなかったと思うんですけど」
そう言って困ったように吟遊詩人の少女は――否、マンドラゴラは笑う。その仕草や態度は、とても野生の狂気を持ったマンドラゴラとは思えない。むしろ実はマンドレイクだった、と言われると信じてしまいそうだ。
「あ、とりあえず、変装を解きますね。同じ顔だと面倒でしょうし」
そう言ってマンドラゴラの顔がぐにゃりと歪んだ。そうして偽吟遊詩人の顔とは違い少々幼げな、しかし変わらずくりくりとした緑の瞳が可愛らしい美少女の顔が現れる。髪は変わらず背中に届くほど長く、しかし髪色はマンドラゴラらしいとも言える緑掛かったものに変わった。
「はい、お待たせしました。えっと、それでなんですけど」
討伐、するんですか? とマンドラゴラが俺達に問い掛ける。その表情は理性を持ったそれに近い、というか普通に話の通じる相手そのもので。やっぱり狂気を持った野生のマンドラゴラとは思えないものであった。
しかしそうなると。ひょっとしてこのマンドラゴラは討伐対象じゃないのかと思えてきてしまう。
「うぉ! いや大丈夫だって、魅了掛かってないから」
「むー!」
突然解呪された。横ではスロウがふくれっ面で呪文をぶっ放している。そんな俺達を見て、偽吟遊詩人が腹を抱えて笑っていた。
とりあえず後ろの偽吟遊詩人を一睨みし、視線を再度マンドラゴラに向ける。どうかしましたか、とコテンと首を傾げる仕草を見ながら、凄くやり辛い、と俺は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「……なあ、これ本当に倒すのか? いやだから解呪はいらんっての」
「そんなこと言いだしたらやるに決まってるじゃないですか。こーゆーのがマンドラゴラの騙す手段だったりするんですよ。多分」
「多分って言っちゃってるじゃねぇかよお前も」
「まあでも、ちゃんとした性格でもマンドラゴラですし、さっさとぶっ殺すのがいいんじゃないですか?」
「あ、やっぱり私殺される方向なんですね」
あはは、とマンドラゴラが苦笑する。まあ確かに人は襲っているからしょうがないですね、とか言いながら、こちらを見てぐっと拳を握った。
「でも、私もただでは殺されません。精一杯抵抗するので、覚悟してください」
「やりづれぇ……」
もうちょっと邪悪な本性とかそういうの出してくれないかな。そんなことを思いはしたが、この調子だともしそういうのがあったとしても出さなさそうだ。ということは、何か大人しげな美少女を今からぶち殺すことになるわけで。
「おやおや。エミルさんも男の子でしたかー」
「そういうんじゃねぇよ」
「え? 美少女を殺すのは惜しい、みたいなやつじゃないんですかー?」
「エミル?」
「だから違うっての!」
「隙ありです!」
突如伸びたツタが刺突剣のように変化し、俺を貫かんと迫ってきた。危ない、と鞘の効果で妖精姫の盾を生み出し咄嗟に防いだが、魔力の調節をしている余裕がなかったのでそれだけでごっそりと消費してしまった。
「っと。やっぱりそれがお前の本性か」
「えっと? もう戦闘開始だと思ったので攻撃したんですけど、駄目でした?」
「……いや、そうだな。もう戦闘開始だよな」
「エミル、ちょっとしっかりしなさいよ。向こうのペースに飲まれてるわよ」
アリアにそう言われ、俺はいかんいかんと頭を振る。そうだ、相手はマンドラゴラ、上級モンスターで、片手間に勝てる相手じゃない。
だがしかし。なんというかそれとは別の意味でもっとこうこっちをしっかり敵視して攻撃してくれるとありがたいとか思ったりもするわけで。狂気の野生マンドラゴラなら、ちゃんと野生のモンスターらしくしてろよ。
「まあ、あんたの言いたいことも分からないわけじゃないけど。でも、このまま放っておいたら被害が増えるわよ。でしょ?」
「あ、はい。私も生活があるので……」
そう言ってちょっと寂しそうに笑うマンドラゴラ。とりあえず好き好んで人を襲っているわけじゃないってことか。しかしそうなるとますますやり辛い。今までこういうパターンの戦闘をやってこなかったので、余計に。
剣を構えはするものの、どうしたもんかと攻めあぐねている俺を見て、スロウははぁ、と溜息を吐いた。そうしながら、まあいつものことですけど、と言葉を続ける。
「わたしは、エミルの言う通りにしますよ」
「……まあいいわ。あんたの好きにしなさい」
「いや、好きにしろって言われても。まあ確かに倒しにくいとは思ったが」
「見逃すなら、それはそれでだよぉ……」
「いや見逃すのはちょっと」
何だかんだモンスターなので少しズレた意見を出すシトリーにツッコミを入れつつ、しかしどうしたもんかと思考を巡らせた。このまま村に連れてくか? いやでもこいつが人を襲うには変わりないから、ただ村に被害が出るだけになる。もしやるならば、どうにかしてこいつを無害な状態にしてから、ということになるわけで。
「お困りですかー?」
「困ってるよ、悪いか」
「悪いなんて言ってませんよー。ふむ、じゃあここは一つ、アタシに頼ってみてはいかがです?」
「……何をする気だよ」
キシシと笑う偽吟遊詩人を見ながら、俺はそう問い掛けた。それに対し、簡単な話ですよ、と言いながら偽吟遊詩人が一歩前に出る。
あ、その前に、と一歩前に出た偽吟遊詩人が振り向いた。
「別にどうしても助けたい、ってわけじゃないんですよねー?」
「え、まあ、そうだけど」
「なら話は簡単ですよー。エミルさん達はこのマンドラゴラが倒せない。だったら代わりに、アタシが退治してあげます」
何でだよ。お前にそれをやるメリットがないだろ。そう問い掛けると、そんなことはありませんという返事が来る。
「アタシの趣味が堪能出来るなら、これくらい安いものですよー」
そう言いながら、偽吟遊詩人が一歩前に出る。その拍子に背中が裂け、虫の羽が飛び出した。
な、と俺達が目を見開くのと同時、メキメキと音を立てながら、偽吟遊詩人の姿が変化していく。ガシリとした節足を持つ、俺達の身長よりもでかい、巨大な蚊のモンスターへと変化した。否、これが本体で、さっきまでの人型が擬態だったのだろう。
そのあまりの変貌ぶりに、俺も、スロウも、アリアも、シトリーも、驚きの表情を隠せない。
「そうそうそれそれ。それが見たかったんですよー」
節足でカバンからカメラを取り出し俺達の顔を写真に撮っていく。そうした後、さてでは、と同じように驚愕の表情を浮かべているマンドラゴラへと視線を向けた。
「ひっ!」
「うーんいい驚き顔。これも撮りましょう、パシャっとな」
「い、いや……」
「さて、いい顔も撮れましたし。さくっと殺してしましょう」
「や、いや、死にたくない……私まだ、いや、助けて……」
「おや、抵抗しないんですかー? ……まあ、実力差的に抵抗しても無駄だってのは分かってるんですねー」
「やめて……! いや! 助けて! 死にたくない! 死にたくない!」
腰が抜けたのか、ぺたりと地面に尻を付けながら必死でマンドラゴラは後ずさる。そんな彼女を偽吟遊詩人――蚊の化け物が節足で押さえ付け、そして蚊の顔のままキシシと笑った。
「大丈夫ですよー。痛いのは一瞬です。ちょっとグサッとするだけで、後はすぐですから。あ、それともジワジワが良かったですかー?」
「いや! 助けて! 助けて! 助けてください! 誰か! 助けてぇぇぇ!」
「何かを襲って糧にしてたら、自分も糧にされる可能性を持たなきゃ駄目ですよー。冒険者も同じです。一方的に狩れると勘違いするようじゃ、やっていけません。その辺どうですかー? エミルさん達は」
ぐりん、と蚊の頭がこちらを向く。思わずビクリと反応した俺達を見て楽しそうに笑った偽吟遊詩人だったものは、それでどうですかと再度問い掛けた。
「……そうだな、正直、その辺自惚れてたかもしれない。口ではあれだけ言ってても、何だかんだやれてたから、油断はしてた気がする」
「エミル……」
そうだ。上級冒険者なんかなりたくない、って言うのは、結局なれるのにならないという自惚れから来ていた。中級でも、なんて言っておきながら、その辺のモンスターと戦闘して倒せていたから、だから。
だから今回もなんとかなるだろうと、心の底では思っていたんだ。
「おや、ちょっとした挑発だったのに、素直に反省しちゃうんですねー。うーん、そういう正直なところ、アタシは評価しますよー」
「ほっとけ」
「あらそういう部分は捻くれ者」
そう言って再度キシシと笑った偽吟遊詩人だったものは、では改めてと必死でもがいて逃げようとしているマンドラゴラに視線を戻した。蚊の化け物の視線を受けて、彼女は再度悲鳴を上げる。
そうしながら、必死の表情でこちらを見た。助けて、とこちらを見た。
「助けて! 助けてください! やだ! お願いします! 私、死にたくない!」
「もー、諦めてくださいって。向こうの頼みなんですから、ですよねー」
「いや、いやぁぁぁぁぁあぐっ」
ブスリ、とマンドラゴラの体に蚊の針のようになっている口が突き刺さった。ビクンビクンとマンドラゴラの体が跳ね、何かが吸い出されていく。必死でもがいていた体の動きが段々と鈍くなっていき、彼女の瞳から光が失われていった。
そうして動かなくなったマンドラゴラの何かを吸い取っていた蚊の化け物は、ふう、と息を吐くと体から針を抜き取った。
だらりと四肢を投げ出したまま動かない彼女の体をひょいと掴むと、偽吟遊詩人だったものはこちらに向き直る。
「はい、一丁上がりですねー。さ、どうしますこれ?」
「どうしますって言われても……」
マンドラゴラの死体は、モンスターの死骸というより人の遺体に近い。先程まで死にたくないと叫んでいた美少女の死体を渡されてどうしろというのだ、というが正直な感想である。
「とどめを刺すなら燃やしてくださいねー」
「そんなこと言われても……とどめ?」
「そうそう。別に死んでませんよこれ。生気を吸い取るだけ吸い取ったんで瀕死ですけど、養分を与えれば復活しますよー」
見た目これですけど植物モンスターですしね。そう続けた蚊の化け物は、ぽかんとしている俺達を見て、そういう驚きもいいんですよね、と再度写真に収めていた。
「ちなみに、吸った味わいからすると、このマンドラゴラ人は襲ってますけど殺しまで積極的にはしてないですねー。さてどうします? 更生の余地ありですかー?」
「……知っててやったのか?」
「まっさかー。アタシはただ、皆さんの驚く顔が見たかっただけですよー」
そう言ってキシシと笑う偽吟遊詩人だったもの。嘘だ、こいつ全部知っててやりやがった。そんなことを思いながら、ほとんど全部こいつの思い通りにされたことに腹が立つ。非常に覚えのあるこの感じ、あの時のムカつきと似通っているのだ。
「まあ、あっちは水、こっちは氷。光と火が仲良いみたいに、こっちもこっちで交流ありますしねー」
「……何の話だ?」
「あれ? まだ気付いてなかったんですかー?」
そう言うと、偽吟遊詩人だったものはキシシと笑った。じゃあ改めて名乗りましょうか、と蚊の顔でも分かるほど楽しそうな笑みを浮かべた。
「氷属性頂点、悲鳴彫刻家と申します。どうぞ、よろしくお願いしますねー」
「氷属性、頂点……!?」
「お、そうそう。その顔が見たかったんですよー」
いい顔が撮れました、と笑う蚊の化け物――悲鳴彫刻家を見ながら、俺はガクリと肩を落とした。出会ってしまった、また碌でもない属性頂点に。
そんなことを思い、俺は盛大な溜息を吐いた。