幼馴染の擬態した虫が聖女とか言われた   作:負け狐

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第七十二話

「ほえ?」

 

 スロウが宙を舞う。階段から突き飛ばされたスロウは、そのまま盛大に転がり落ちて地面に激突した。ぐしゃ、と音がしたかもしれない。まあ芋虫だしそういう感じの音がしても不思議ではないだろう。本当にダメージを受けていたら、だ。

 悲鳴が起きた。そりゃそうだろう。眼の前で女生徒が階段から落ちたのだ。しかもそれなりの高さのだ。普通に考えれば怪我は免れないし、場合によっては重傷、最悪死だ。

 そんな状態なのに俺は平然としていた。床に転がるスロウを一瞥し、そして突き飛ばした犯人がどこに紛れたのかを観察する。あいつだ、と声を掛けようとしたが、騒ぎが大きくなったので捕まえそこねた。

 

「あ、あんた、スロウの従者でしょ! 何でそんな平然としているのよ!」

 

 そんなタイミングでレアが叫ぶ。そういえば一緒にいたんだったな。その横では同じようにスロウを階段の上で見下ろしているアリアもいる。勿論レアはアリアにも突っかかった。

 

「アリア様も! 何で!? 妹のことなんかどうでも良いっていうの!? 何だかんだ助けてくれる時もあったから良い人なんじゃないかって思っていたのに、やっぱり」

「落ち着きなさい」

「落ち着いていられますか。友人が階段から落ちて、落ち着いてなんか――」

「あー、びっくりした」

 

 ひょこ、とスロウが起き上がる。え、と起き上がったスロウを見て目を丸くさせたレアは、そのまま階段を勢いよく降りるとスロウに駆け寄った。

 

「どーしたんですか?」

「どうしたもこうしたも。大丈夫なの?」

「へ? あの程度で怪我なんかしませんよ」

「普通は大怪我するのよ! 本当に、大丈夫なの?」

 

 スロウを触って怪我の状態の確認する。が、無傷であることを知ると、レアは安心したように溜息を吐いた。大げさですね、とスロウは呑気に笑っているが、レアの方はその発言にキレていた。勿論スロウは気にしない。なので、彼女の怒りも急速に冷めてくる。心配は当然残っているので、とにかく医務室で診てもらおうとスロウを立たせた。

 

「エミル」

「なんでしょうかアリアお嬢様」

「そういうのはいいから。あんたは向こう行かなくていいの? 後医務室は大丈夫?」

「医務室の方はまあ大丈夫だろ。詳しく調べると芋虫だってバレるだろうけど、そこまで診ることはないだろうし」

 

 後、アンゼリカ嬢やセフィがその辺根回ししてくれてるだろうし。そんなことを言いながら、俺はスロウの場所へと歩みを進めた。ひょい、とスロウを抱きかかえると、では医務室に行きましょうかと述べる。

 

「あ、エミル。えへへー、エミルー」

「あなた達、本当に仲良いわね……」

 

 すりすりと俺の体に顔を寄せているスロウを見ながらレアが呆れたように溜息を吐く。そういう相手がいない彼女は、そんな俺達を見て良いなぁと呟いた。

 ちなみに言っておくけれど、俺とスロウはそういう関係じゃない。現状はお嬢様と侍従という関係になっているだけだし、普段だとしても幼馴染だ。だからレアの思うような『そういう相手』はスロウにもいない。

 流石に全部ぶちまけられないのである程度ぼかしながら彼女にそう述べると、はいはいと流された。解せぬ。

 そのまま医務室で異常なしと診断されたスロウを連れて教室に戻った俺達だったが、その道中で俺はふと気になったことを問い掛けた。

 レアの『そういう相手』について、である。

 

「そりゃあ、私だって恋の一つくらいしたくもなるわよ」

「その割にはいろんな男の人に声掛けてますよね」

「別にそういうんじゃないけど、でも、そうね。確かに自分の運命の人を探そうと心の底では思っていたのかも」

 

 大して面白くない話だけれど、とレアは前置きし、自身の母親についてを語った。身分も何もかも違う彼女の母親は、ひょんなことから男爵と出会い、運命の相手だと惹かれ合ったのだとか、勿論男爵にはきちんとした婚約者がいて、決して叶わぬ恋ではあったが、それでも。

 

「それで関係を持った二人の間に私が生まれて。お母さんと二人で過ごしていた私は、まあ不便もあったけれどそれなりにのびのび育てられて」

 

 母親が病死したことを同じく妻を亡くしていた男爵が聞きつけ、娘として男爵家に迎え入れた。そんな身の上を簡潔に語ると、だから、とレアは顔を上げた。

 

「運命の相手がいるって、運命の相手を探したいって、そう思うのかも」

「へー」

「ほら、やっぱり大して面白くなかったでしょ」

「まあ、面白い話じゃないのはそーでしたね。でも、わたしはいいと思いますよ、運命の相手探し」

「あなたはもういるからでしょ」

「えっへへー。やっぱりそう思います?」

「はいはい。ごちそうさま」

 

 まったく、と肩を竦めたレアは、何か別のことを考え込むような仕草を取り、まあでも、と言葉を紡いだ。注意もされたし自覚もしたから最近はそういうのを気を付けているのだけれど、嫌がらせは段々とエスカレートしている気がする、そう呟いた。

 確かに、被害は教科書などの物から当事者そのものに移り変わっているし、植木鉢が落ちてきたり階段から突き落とされたりという普通の人間なら洒落にならないものにも変化している。主に受けているのはスロウだから無傷でケロリとしているだけだ。

 そこまで考えて、おや、と俺は首を傾げた。確かにレアも被害は受けているが、水を掛けられたり虫をけしかけられたりだ。さっきみたいに一歩間違えていたら死ぬ程度のものではない。何かスロウとレアに違いがあるのか。それとも、犯人は。

 そこまで考えて、それは違うかと頭を振った。流石にレアが一連のあれこれの犯人だとは思えない。スロウと一緒にいるうちに何となく分かった人柄的にそういうことを出来そうにないというのも一つだが、一番の理由は『理由がない』ことだ。これで他の男子生徒の気を引く、という意味合いがあったとしたら失敗している。被害が大きいのは間違いなくスロウで、もし心配されるとしたらスロウの方だからだ。

 となると、単純にスロウを排除しようとしているか、だが。自分が唯一のヒロインになりたかったのだと仮定しても、その場合そもそもスロウをターゲットにせずに自分だけに絞ればそれで何の問題もないはずだ。わざわざ排除する必要もない。

 そういうわけで、俺は現状レアが犯人であるという説は頭から外していたわけだが。

 

 

 

 

 

 

「恐らく犯人はレア嬢でしょう」

 

 放課後、アンゼリカ嬢からそんなことを言われた。俺の推理を真っ向から否定するようなそれに、俺は思わずどういうことだと聞き返してしまう。

 そんな俺を見た彼女は、言葉が少し足りませんでしたと微笑んだ。

 

「正確には、レア嬢の体質が原因だろうと思われます」

「体質?」

 

 何かあるのだろうか。思わずスロウを見ると、こいつも分からないようで首を傾げていた。なら、とアリアに視線を向けると、承知のようで頷いている。

 

「この結果を教えたのはあたしだもの」

「アリアが?」

「そう、正確にはコイナに調べさせた結果を渡した、って感じだけど」

「あ、だからここ数日ワタシがメイド役だったんだぁ……」

 

 シトリーが納得したように手を叩く。それはいいが、一体全体何を調査したどういう結果なんだそれ。俺がそう尋ねると、アンゼリカ嬢の横で紅茶を飲んでいたセフィがコクリと頷いた。

 

「では、結論から言いましょう。彼女はモンスターのハーフですわ」

「はぁ?」

 

 それはどういうことだ? レアがモンスターのハーフってことは、両親のどちらかがモンスターだってことになる。男爵ってことは流石にないと思うから、母親がモンスターだったってことなのか。

 驚いている俺、スロウ、ついでにシトリーを順繰りに見ていたセフィは机の上の調査書をなぞりながら言葉を紡いだ。

 

「きっかけは、コイナさんがレアさんに反応を示したことです」

「はい。なんというか、奇妙な違和感を覚えました」

 

 それが何かを突き詰めているうちに、これは同族が近くにいる感覚に近いということが分かったらしい。が、同時にそれを否定する感覚もある。だからこそ奇妙だとそう思ったのだとか。

 それがどうにも気になったコイナはアリアとセフィに相談し、彼女の身辺を改めて調べることにした。出てくる情報は既にアンゼリカ嬢も調べたものであったが、どうにも違和感が拭えないコイナが亡くなったというレアの母親のことを調べていると。

 

「彼女がマンドレイクであったことが分かりました」

「本来、モンスターが人と子をなすことはまずありえない。そういう背景もあり、どうやら周囲にはそれを隠していたらしいのです。コイナさんがマンドラゴラであるからこそ分かったというわけですね」

「えっと? じゃあレアちゃんってマンドレイクと人のハーフなんですか?」

「そうなります」

 

 そこまで言ってセフィは紅茶に口をつける。そうしながら、先程アンゼリカ嬢の言った『犯人はレア』という部分がここに出てくるのだと続けた。

 

「マンドレイクの性質って、状態異常ばら撒いてるってことですか?」

「恐らくは」

 

 アンゼリカ場がスロウのそれに答える。えっと、それはつまり。レアが実はモンスターで、状態異常をばら撒いて学院を混乱させているってことにならないか?

 俺がそう問い掛けると、このまま行くとそうなってしまうでしょうとアンゼリカ嬢が返した。そして、その場合レアは始末されるであろう、ということも次いで述べる。

 

「それは、ちょっと」

「あら、また寝覚めが悪い、でしょうか?」

「ぐっ」

 

 アンゼリカ場が少し意地悪そうに口角を上げて笑う。悪いか。いやまあ確かに被害だけ見ると大分マズいのは承知の上だが、でも幸いなことにスロウがターゲットになったおかげで怪我人は出ていないし。

 

「状態異常回復しときます?」

「違うっての。というかスロウ、お前だって一応友達になったんだろ? いいのかよ」

「え? よくないですけど」

 

 さらりと言い放ったそれに俺は思わず力が抜ける。何だお前、とスロウを睨むと、そもそもその辺の話はまだしてなかっただろうと言われぐうの音も出なかった。

 じゃあ、どうなんだよ。俺は改めてそれを問う。レアを始末する、というのに賛成するのかどうか。

 当然のごとくと言っていいのか、誰も賛成をしなかった。

 

「わたくしの言い方が少々悪かったようですわね」

 

 そう言ってクスクスとアンゼリカ嬢が笑う。再確認だが、こういうところは師匠であるあのタコ女、傀儡人形そっくりだ。ちくしょうと歯噛みする俺に少しからかい過ぎましたと謝罪した彼女は、そういうわけですので、と言葉を紡ぐ。

 

「わたくしとしては、恐らく無自覚に使用しているであろう彼女の状態異常のスキルを制御出来るようにさせてあげたい、と思っていますの」

 

 勿論、本当は意図的にばら撒いているのであればそれなりの処分もします。そう続け、どちらにせよ平穏な学院生活が続いていくようにしたいと締める。

 セフィはそこについて異を挟まないので、最初からそういう話を聞いていたということなのだろう。アリアやコイナも同等なのか、小さく頷くだけに留まっている。シトリーは、まあ話を聞かされていてもいなくても多分一緒だろうから問題ないか。

 とどのつまり、この問い掛けに答えるのは、俺と。

 

「じゃあ、そーしましょう」

「いいのか?」

「エミルもそのつもりですよね? わたしはエミルについていきますから、基本そうなりますよ」

「それはそうだけど」

「まあ、わざとやってる感じもしませんでしたし、エミルの心配事も起きませんよ」

 

 そう言ってスロウが笑う。お見通しだぞとばかりに胸を張る。そんなスロウを見て、俺はやれやれと肩を竦め。どこか安心したように溜息を吐いた。

 お前がそう言うんなら、そうなんだろう。俺もお前を信用してるからな。そんなことを思いながら、スロウの頭に手を置く。わしわしとこいつの頭を撫でながら、じゃあそれで行こうと述べた。

 

「決まりね。じゃあ早い方がいいでしょうし、明日にでもレアをこの場に連れてきましょう」

「それはいいけど。大丈夫なのか?」

「それについてはご心配なく。何せこちらには本家のマンドラゴラがいるのですから」

 

 クスクスと笑うアンゼリカ嬢を見ていると、安心していいのか心配した方がいいのかわからなくなってきてしまう。背後にあのタコ女が透けて見えるので、尚更。

 とはいえ。現状それ以外に方法はないだろうから、まあしょうがない。彼女の言葉に頷き、俺は明日に備えるかと拳を握る。

 出来ることならば、明日何事もなく放課後になるといいな。そんなことを一瞬考え、いかんいかんと振って散らす。こんなことを考えると余計に何かが起きる気がしたからだ。

 

 

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