幼馴染の擬態した虫が聖女とか言われた   作:負け狐

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おバイオですわ~


第七十三話

 翌日。方針も定まりやることも決まった、後は。

 などと悠長に考えていた俺達を、否、多分俺を嘲笑うかのように、朝の時点で既に異常は起きていた。

 

「おはよーございます。レアちゃん」

「お、おはよう、スロウ……」

 

 レアの周囲を男子生徒が囲っている。一体全体どういうことだと尋ねようにも、その男子生徒達が他の誰かをブロックするようにしているので話し掛けることも出来ない。スロウはそんなこと気にせずレアに話し掛けていた。まあスロウだしな。ほら、男子生徒が睨んでるぞ。

 

「何か凄い邪魔なのがいますね」

「あはは……」

 

 言い方。いやレアも表情からしてそう思っているようではあるが、そうはっきり言うと周りの心象が悪くなるだろうに。いやまあスロウは別に何の関係もない人間達からの好感度なんぞ気にも留めてないから仕方ないんだけど。

 そういう意味では俺も似たようなものではあるが、ここで気にせず声を掛けると面倒なことになるというのが分かっているのでやらない。やらないが、スロウの侍従、という時点でもう既に男子生徒に睨まれているので関係ないのかもしれない。

 

「で、どーしたんです?」

「私にも分からないの。朝、突然声を掛けてきて」

「へー。で、これ知らない人なんですか?」

 

 これとか言うな。多分貴族の子息だぞ。まあ今のスロウも立場上は貴族子女なんで別に構わんのかもしれないけど。そうでなくても公爵家のお墨付きの聖女なので問題はないんだけれども。

 ともあれ。スロウの質問にレアは苦笑しながらそういうわけじゃないと返した。何でも、以前距離を近めに接していた貴族令息の面々らしい。ということは、アンゼリカ嬢に注意された原因になった時の連中か。婚約者がいる奴も交じっていたとか言ってたっけか。

 そんな連中をレアは困ったように眺め、もう教室なのでそちらも各々の教室に戻った方がいいと述べた。が、そう言われた方は君を守るためだとか言って離れない。

 

「守るため?」

「そうなの。この間の騒動で私も被害に遭ったことを知ったらしくて、それらから守るためだって……だったら守るべきは被害が大きいスロウの方じゃない?」

「わたしはエミルがいるから平気ですよ」

「ま、そうよね。ごちそうさま」

 

 スロウのそれを流しながら、レアはぽつりと小さく呟く。私もそういう運命の人がいるといいのにな、と。何気ないそんな一言であったが、それは確かな力を持っていて。

 

「エミル」

「ん? うお、何だいきなり」

「念の為治療魔法掛けときました。ちょっとやべーことになってますね」

「何が……いや、確かになんかマズいことになってそうだな」

 

 空気が変わった。朝の、授業開始前の喧騒がなくなり、何か別の騒ぎが巻き起こっているような、そんな空気だ。実際、レアの周りにいた男子生徒も先程までとは雰囲気が明らかに変わっている。

 男子生徒が皆一歩前に出て、そして傅いた。その体勢のまま、皆一様に同じ言葉を述べる。自分こそが、貴女の運命の人だ、と。

 

「な、何!? いきなりどうしたの!?」

 

 まあ当然である。レアは怯えたように後退り、そして近くにいたスロウの後ろに隠れた。その光景を見て、男子生徒の表情が変わる。その立ち位置は、自分であるべきだろう。そんなことを言いながらゆっくりと立ち上がった。

 

「むー」

「どうした? スロウ」

「あれに状態異常の回復魔法掛けたんですけど、治ったそばから状態異常になってるんで、原因をどうにかしないと無理っぽいですね」

「原因って」

 

 スロウの後ろで怯えているレアを見る。まあ間違いなく彼女のマンドラゴラの状態異常能力が暴走しているのが原因だろう。が、それを今教えてもどうにもならない気がする。むしろかえってパニックになり被害が増大するようにしか思えない。

 かといって、放置しておくわけにも行かない。

 

「最悪一回ぶっ殺して騒動が収まってから生き返らせますか」

「人の心ないのかお前」

 

 ないよな、芋虫だし。後どうでもいいがその場合やるの俺だろ? 嫌だよある程度仲良くなった女の子殺すの。それにだ、本体が死んだことで状態異常が更に暴走する可能性だってないことはないだろ。

 

「それもそーですね。じゃあぶっ殺すのも教えるのも今のところ無しの方向ですか」

「そうしろ」

「何か物騒なこと話しているけど、何がどうしたの!?」

「異常事態が起きたんでどうしようかなって話してたんですよ」

 

 しれっとスロウがそんなことを言う。そんなスロウを見つつ、さてどうしたもんかと俺は周囲を見渡した。

 教えても教えなくても暴走は徐々に広がっているらしい。何事だとどよめいていた教室の生徒達も、いつの間にか何かに魅了されたようにレアを見詰めている。否、正確には魅了された生徒が半分、嫌悪している生徒が半分だ。どうやら複数の状態異常を意図せず同時にばら撒いたせいで、おかしなことになっているらしい。

 彼女を多少なりとも憎からず思っていた生徒は魅了され、自分こそが運命の相手だと思い込み。嫌がらせをしていた、あるいはそれを見ていい気味だと思っていた生徒達はそれがエスカレートして彼女を排除しようと思い込む。

 かといって前者と後者が争い合うのかといえばそうでもなく。魅了された方は方で自分こそがとレアに群がるし、排除しようとしている方は勿論そのためにレアに群がる。結果、ほぼ全ての人間が彼女へと殺到する羽目になっていた。

 

「ひっ……!」

 

 レアが悲鳴を上げる。まあそうだろう。魅了されていようが嫌悪に取り憑かれていようが、正気を失った瞳には違いない。正と負、と言っていいのか分からないが、狂気のそれが全て自分に向けられているのだと理解してしまった恐怖は如何ほどだろうか。

 

「とりあえず逃げますよ」

「ど、どうやって!? 教室の人達は皆」

「全員じゃないです。わたしとエミルは無事ですし」

 

 視線を動かす。よいしょぉ、と狂気の生徒を掻き分けながら、シトリーとアリアがこちらに合流するところであった。

 

「思った以上に面倒になってるわね」

「びっくりだよぉ……」

「あ、あれ? アリア様……? 口調が」

「あら、ごめんあそばせ」

 

 レアがいるのに素を出したことにちょっとだけ焦りながら、アリアは扇で口元を隠す。そうしつつ、これからどうするのかと俺達に尋ねた。どうするもこうするも、このままここにいてもしょうがない。

 

「とりあえず移動するぞ。アンゼリカ嬢のいる場所まで」

 

 こうなってしまった以上仕方がない。放課後まで待つことなど出来はしないので、今すぐアンゼリカ嬢の下へと向かう。その提案に異を唱えるものはいなかったので、では早速と移動しようとした。レアだけは頭にはてなマークが浮かんでいたが、反対する理由はないらしく素直に従っていた。

 が、教室を出たところで俺達は思わず表情を歪めた。

 

「これは、蔓延しているようですわね」

 

 扇で口元を隠したままアリアが述べる。その言葉の通り、レアの暴走した状態異常の範囲は相当の広さだったようで、彼女のいた教室だけでなく、隣の教室も巻き込んでいたらしい。いや、この規模だとここら一帯を巻き込んでいてもおかしくない。

 でも、どういうことだ。レアは人とマンドレイクのハーフだという話のはずだ。普通、純粋のマンドラゴラだとしても、こんな規模の状態異常は起こせない。単純に考えるならば種族特性的に能力は半減していてもおかしくないと思うのだが。

 

「逆かもしれないですね」

「逆?」

「普通は人とモンスターは子供を作りませんから、こーゆー場合ってあんまり例がないんですよ。だから、ひょっとしたらむしろ倍になってるのかも」

「そいつは厄介だな」

 

 事例がないからその辺は不明ってわけか。しかしそうなるとますますレアをどうこうして一旦収束を、なんて手も使えなくなる。スロウも同じことを思ったのか、やっぱりぶっ殺すのは無理ですねと呟いていた。

 しかし、と俺は周囲を見やる。正気を失った生徒達がこちらに群がるさまは、さながらゾンビの集団に出くわしたかのようだ。ゾンビと違うところは、襲い掛かってくるのが生きた学院の生徒だってことか。おかげで蹴散らして進むことが出来ない。

 

「ったく、スロウ、何かいい方法ないか!?」

「無茶振りしますね。んーと、じゃあこういうのはどうです?」

 

 そう言うと口から糸を吐いて天井にくっつけた。ロープのようにしてつくったそれを何個か作ると、それをよじ登るように告げる。大丈夫かそれ。

 

「わたしの糸はそう簡単に千切れませんよ」

「それはいいけれど。スロウ、大丈夫なの?」

「なにがです?」

 

 ほれ、とアリアがそこを指差す。目を見開いたまま固まっているレアが立っていた。

 

「す、スロウ……? あなた、今、口から糸を、吐いた……?」

「そーゆー魔法なんですよ」

「え? あ、そうなの……そうよね、そうじゃなきゃ、人が口から糸を吐くわけ無いわよね……」

 

 残念ながら人じゃないんだよな。まあここでいきなり実は芋虫でしたじゃじゃーん、とかやったらレアの精神状態が大変なことになるのは間違いないので誤魔化すのは正しい。

 それはともかく。スロウの吐いた糸を伝って天井付近を移動することにした俺達は、レアに眼下の狂気に染まった生徒達をなるべく視界に入れさせないようにしながら、アンゼリカ嬢のいるであろう教室へと向かった。運の悪いことに、俺達の教室とアンゼリカ嬢の教室は相当離れている。そして運の悪いことに、離れているから影響は少ないのかと言われるとそうでもないわけで。

 教室の入口まで辿り着いたが、やはり周囲にいる生徒達は皆正気を失っている。本当のゾンビのように襲い掛かってこないだけまだマシだと思うべきだろうか。ソンビのように力付くでどうにか出来ないので厄介だと思うべきだろうか。

 流石に天井付近にいる状態だと教室には入れない。廊下に再び足をつけると、待っていたと言わんばかりに狂気の生徒達が群がってきた。

 自分こそが運命の相手だ、いや自分こそが運命だ。そう言ってくる魅了された男女問わない生徒達と、逆に生意気だ、誰にでも媚びを売る尻軽、と嫌悪を顕にするこれまた男女問わない生徒達。

 そんな狂気を一身に受けるレアの精神は大分マズい。原因は彼女自体にあるのだと思われるが、だからといって自業自得だと言えるような状態でもないわけで。

 

「なんで、どうして……! 私が、何をしたっていうのよ!」

「落ち着いてください。大丈夫ですよ、わたしもエミルも、アリアちゃんやシトリーちゃんもいますから」

「スロウ……」

 

 もう既に当初の設定をぶん投げていることについて誰も何も言わないが、まあそんな場合じゃないからということにしておこう。ともかく、スロウがそう言ってレアを抱きしめたことで、彼女も少しは落ち着いたらしい。ありがとう、と少し照れくさそうに笑っていた。

 さて、では落ち着いたところで教室に入ろう。この状況だとアンゼリカ嬢が無事かどうかも怪しいが、向こうにはコイナもいるのだからなんとかしているだろうと信じたい。

 扉を開ける。教室の中はやはり正気を失った生徒達だらけでまともに会話出来そうな人間が一見すると見当たらない。

 いや駄目だろ。アンゼリカ嬢はどこにいった。

 

「エミル様」

「あ、コイナ。アンゼリカ嬢は」

「こちらに」

 

 教室の窓際を差す。そこにはこの正気を失った生徒達の中でも静かに佇むアンゼリカ嬢が。いや、この状況だとそれがむしろ怖い。何でこの惨状の中無事なんだよ。

 

「あら、無事ではありませんわ」

「はい?」

「わたくしも魅了を受けております。現に今も、レア嬢に愛を囁きたくて堪らない」

「マジかよ……」

 

 じゃあ駄目じゃないか。頼みの綱のアンゼリカ嬢まで正気を失ってるんじゃ、もうこれを打破する方法なんぞ見付からない。

 そこまで考えて、ん? と眉を顰めた。その割には冷静だな、と。

 

「どんな時でも冷静に、取り繕うことが出来なければあの方の弟子などやれませんもの」

 

 そう言ってコイナに用意してもらったであろう紅茶を一口。そんなアンゼリカ嬢は、ですが、と困ったように頬に手を当てた。

 

「傀儡人形様の教えを受けたわたくしでもぎりぎり、といったところでしたので」

 

 その言葉と共に、もう一つ気配があったことに気が付いた。そうだ、俺達は何を忘れていたのか。今目の前にはアンゼリカ嬢とコイナしかいない、ということは。

 

「レアさん……」

「せ、セフィーリア様? どうしたんですか?」

「私こそ、貴女の運命の相手ですわ」

「セフィちゃん先輩が壊れた!?」

「落ち着けスロウ。いや、落ち着いてもこれはマズイぞ……」

 

 目が据わっているセフィを見る。どうやら完全に魅了を受けているようだ。このままだとセフィがレアを抱きしめ、そして。

 そして、どうなるんだろう。そういえばこの状況で最終的にどうなるのか俺もよく知らない。アンゼリカ嬢に視線を向けると、彼女は落ち着いた様子で紅茶をコクリと飲んだ。

 

「恐らく、貞操を奪われるかと」

「全力でセフィを止めるぞ!」

「セフィちゃん先輩、正気に戻ってください! ダメです、回復したそばから魅了状態になっちゃいます!」

「ということは」

「一旦、気絶させるなり何なりしないと駄目だよぉ……」

 

 戦闘態勢を取る俺達を見て、目が据わったままのセフィはそういうことならば、と己の武器を抜き放った。普段、仲間でいる時は頼もしいはずのそのレイピアの切っ先が、今この瞬間ではどうしようもなく恐ろしい。

 

「私は、あなた達という壁を乗り越えて、レアさんと運命の契を」

「させてたまるか!」

 

 どうしてこうなった。いや本当に、何でだ。

 

 

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