幼馴染の擬態した虫が聖女とか言われた   作:負け狐

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第七十六話

 教国。この大陸で王国と帝国に並ぶ大国の一つ。勇者クロードがいる場所でもあり、教会の総本山だ。何かそこら中に出現するので勘違いされがちだが、月の大聖女の所属は王国ではなくここ教国である。

 そんな教国にやってきた俺達は、さっそくというか何と言うか。

 

「ですから、私はスノウ。スノーティア・ド・ロプロ。ここ教国を統べる教皇聖下の血を引く者にして、名誉枢機卿ともされる、次代の教国を導くものなのです」

「……見た目は、どう見てもスロウなのよねぇ」

「でも、この人……『人』だよぉ……」

 

 驚いたように述べるアリアに、シトリーがそう補足する。そうだよな、人だよなぁ。いやまあ、それ以前に似てるっちゃ似てるけど、俺としては見間違えるほどでもないというか。

 

「まあ、エミルさんはそうでしょうね」

「愛のなせる技ですわね」

「流石はエミル様」

「はいはい、ごちそうさま」

 

 そんな俺の呟きを聞いたのか、セフィもアンゼリカ嬢もコイナもレアも生暖かい目で俺を見てくる。なんだよ、そりゃこちとら幼馴染だぞ。昔っからスロウを見てるんだから、それくらいは出来ても当たり前だろ。そんなことを言いながら皆を睨むと、アリアとシトリーにまで生暖かい視線を向けられた。何でだよ。

 

「あら。その様子ですと、どうやら私と間違えられた少女はそこの方の想い人のようですね」

「だから違うっつってんだろ」

 

 ついでに偽スロウにも言われる。いや、まあ流石にその言い方は語弊があるし失礼か。えっと何だっけか、教皇の親族でお偉いさんなお嬢様のスノウさんだっけ。

 いや待て。ちょっと聞き捨てならないぞ。誰がなんだって?

 

「お久しぶりですスノーティア様」

「あら? 誰かと思えばセフィーリアさんではないですか。よく見るとアンゼリカさんまで。……と、いうことは。その娘が私との顔合わせで見間違えた少女ということですか」

 

 そう言うと納得したようにスノーティアは頷いた。そうしながら、似ているとは聞いていたけれど、とスロウが連れ去られていった方向を見やる。

 

「まさか髪型まで完全に同じだとは」

「いえ、それは不幸な偶然が重なったのですわ」

 

 アンゼリカ嬢の言葉に、そうなのですかとスノーティアが頷く。まあ本人――本虫もこんなことになると分かってたらいつもの髪型にしてただろうな。

 そんなことを思いながら、ツインテールの少女を見て溜息を吐いた。

 

「あら貴方。私を診て溜息を吐くとは――まあ、心中お察しします」

「そいつはどうも。あ、俺は育ちが悪いもんで、敬語とか敬うとかそういうのにはあんまり期待しないでくださいよ」

「ああ、それならば別に気にすることはありません。この際ですので、私をそのスロウさんと同じように扱ってくれても結構です」

「そいつは御免被る。が、まあその提案自体はありがたいので、遠慮なく接させてもらうぞ」

「流石に恋人と同じように扱うのは駄目、ということですね」

「違うっつの」

 

 そう言ってクスクスと笑うスノーティア――呼んでいいらしいのでスノウと呼ぶが、それはそれでスロウと紛らわしい気もするんでなんとも。まあ気を許してくれてるんだろうから突っぱねはしないが。

 ともあれ。とりあえず何がどうなったかを改めておさらいしよう。

 

「発端は……まあスロウか?」

「あれを発端と言っていいのかしらね」

「どうなのかなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 今回の目的は国のお偉いさんに会うという話を事前に聞いていた俺達は、じゃあということで珍しく服装をきちんとしたものに変えた。とは言っても服を用意したのは俺とアリアで、スロウとシトリーは擬態と疑似餌を変更するくらいであったが。ついでに言うとアリアも普段からドレスなのでこれを機に新調したというだけなのだが。

 まあそういうわけで装いを新たにした俺達だったが、スロウはせっかくだしと心機一転とばかりに髪型を変えようと言い出したのだ。

 

「せっかくなんで、エミルの気になる髪型に変えてもいーですよ?」

「いや気になる髪型っつっても、スロウは普段のが見慣れてるし、一番しっくり来るな」

「むー。そーゆーのってマンネリって言うんですよ。ま、いーです。じゃあちょっとイメージチェンジをしちゃいましょう」

 

 そう言うとスロウはいつもの蛾のリボンを外し、パサリとロングのストレートになる。擬態なので別に髪は伸びないが、それでも元々肩にかかるくらいはあるのでそれなりの長さだ。が、どうせなら、とか言い出した途端そこからずるりと髪が伸びた。

 

「それで、これをこーして」

「いやお前今何をやった」

「髪をちょっと伸ばしました。擬態の姿が馴染んだんで、これくらいの変化は出来るようになったんですよ」

 

 成程? 理屈はよく分からんが、別の姿になれないのは相変わらずで、そうやってちょっとイメージチェンジをするくらいなら出来るようになったということか。そんなことを思いながらスロウを見ていると、伸ばした髪を左右でくくってじゃーんと俺に見せてきた。

 

「どーですか?」

「おう、似合ってるぞ」

「えっへへー。ありがとうエミル。とはいっても、何かキュンと来てる感じはしませんね」

「まあ、髪型変えてもスロウはスロウだからなぁ」

「んー。場合によってはキュンと来るセリフですけど、今はあんまし来ないやつですねそれ」

 

 むむむ、と悩んだスロウであったが、まあいいやと表情を戻した。髪型は戻さない。どうやら今回はそれで行くらしい。

 ちなみに他の面々にも尋ね、皆一様に可愛い似合っていると述べていた。それに嬉しそうに返事をしていたスロウを見ながら、なんか俺の時だけ微妙なダメ出ししなかったかこいつと怪訝な表情になる。

 

「まあ、それは乙女心の問題よね」

「そんなもんかね」

「そうだよぉ……」

 

 アリアとシトリーにそんなことを言われ、じゃあ他の面々にと話を振っても大体同じ言葉を返される。解せない、こともないが、そんなこと言われても、という感想くらいは出してもいいだろう。

 

「彼女が彼氏のために髪型工夫しているのに、余計なことを言う貴方が悪いのよ」

「そんなもんかね」

 

 レアのダメ出しである。そういえば、今回アンゼリカ嬢のメイドとして彼女も旅についてくることになったらしい。マンドレイクの能力指南役のコイナがセフィのメイドとして教国に行くので、必然的にということにもなっているが、ある程度腕を認められているという部分もあるらしく、割と上機嫌だ。

 しかしそんなメイドや俺達も含めて最小限で教国に向かうのはどういうわけなのか。だってお偉いさんに会うわけだろう? そんな疑問はまあ大々的に向かうわけではないということや、俺達護衛の実力を高く評価しているというお世辞も加えられつつ答えられた。

 まあ何か問題の起こっている国に行くわけでもなし。そうそうトラブルに巻き込まれるなんてこともないだろうから、その辺りは別にそこまで心配していない。

 

「スノウ様!」

 

 などと楽観的に考えていたのが災いしたのだろうか。教国に辿り着き、まあせっかくだからちょっと観光でもしてスロウのテレポート場所増やそうぜという意見に反論もなく、俺達は街をぶらぶらと歩いていたわけだが。

 急に誰かに呼ばれ、俺達は足を止めた。何だ、と振り向くと、どこかで見たような格好をした騎士達が俺達を見ていた。

 否、正確には、俺達ではなくスロウを、だ。

 

「まったく。今日という今日は逃がしませんぞ」

「へ? 何がどうなってんです?」

「とぼけても無駄です。ご友人達にも迷惑を掛けて――おや、ベルンシュタイン公爵令嬢とフォーマルハウト公爵令嬢? 何故ここに」

「こんにちは神殿騎士様。ちょっと所用で教国まで来たのですが。あの、彼女はスロウさんであって」

「やはりスノウ様ですか。まったくもう、自国の街の方に迷惑を掛けるだけに飽き足らず、他国の方にまで。いくら知り合いだからといって、今日という今日は」

「いやだから待ってくださいよ! わたしはスロウ! 多分そっちが探してる人とは全然別人ですよ!」

「いいえ、スノウ様。間違えてなどいませぬ。ほら、まだ大聖堂でのお務めが残っているのですから、急ぎますよ」

「だーかーら! わたしはスロウなんですってば! スノウじゃなくて! ちょちょちょ!」

 

 何がどうなって。そんなことを考えているうちに、あれよあれよと神殿騎士によってスロウが連れて行かれてしまった。あまりにも急な展開に思わず呆けていたこともあり、気付いた時には既に神殿騎士達はいなくなった後で。

 

「スロウが攫われた!?」

 

 慌てて辺りを見回してももう遅い。どうする、とアリアとシトリーを見たが、こいつらも俺と同じようで、どうしたものかと頭を抱えていた。

 ならば、とセフィ達を見る。レアは慌てているのが表情で分かるが、主が動いていないので極力落ち着こうとしているのが目に見えてわかる。コイナも同じくだ。で、セフィとアンゼリカ嬢は、どうしたものかと考え込んでいた。一見すると俺達と同じようだが、なんというか、悩みの方向が違うというか。

 

「二人共、どうしたんだ?」

 

 俺が尋ねると、二人揃って、なんと説明したものかと苦笑している。その表情を見る限り、少なくともスロウは無事であると確信を持っているようであった。

 いや、まあ連れて行ったのは神殿騎士だし、ここで教会が悪の総本山であるとかいう話でも出てこない限りどうにかなるのはありえないとも思うが。それでも、スロウはあんなんでも擬態した芋虫である。もし正体が露見したら。

 属性頂点の月の大聖女がトップな時点で今更か。というかそもそもあいつ教会に認められた聖女なんだから芋虫だってバレれば逆に身分が保証されるんじゃないのか?

 

「そうですね。スロウさんの方は恐らく問題ないと思われます」

 

 俺の考えを読んだのか、はたまた表情に分かりやすく出ていたのか。セフィがそんなことを言って俺を見やる。そうしながら、問題はどちらかというと違う方向で、と口元を隠した。

 

「スロウさんが間違えて連れ戻されたということは、恐らくこの街に」

「何がいるんだよここ」

 

 何だかよく分からないが聞き捨てならないことを言わなかったか。そんなことを思い問い掛けると、ええまあ、という返事が来た。ちょっと待て、何かいるのか。

 

「何か、と言いますか。そうですわね。例えば、世界広しと言えども、同じ顔に出会うことはそうあるものではありません」

 

 アンゼリカ嬢が唐突にそんなことを述べる。まあそりゃ同じ顔に出会うとか、シェイプシフターみたいな魔物でもなきゃ普通はまずありえないよな。でもそれがどうしたんだよ。そんなことを思いながら、彼女が全然関係ないことを述べるわけがないので黙って続きを促した。

 

「ですが、魔物なら? シェイプシフターのそれは、ある意味擬態とも言えますが、モンスターの擬態も含めれば、同じ顔に出会う確率も増えてしまう」

「何だかよく分からないが、同じ顔が今回の件に何か関係を――」

「あ、スロウ!」

 

 アリアが声を上げた。何だと、とその方向を見ると、成程確かに、先程連れ去られたスロウの姿が見える。髪型も俺にどうだと見せていたツインテールだ。

 と、そこまで考え、あれ、と俺は首を傾げた。

 

「ちょっとスロウ、大丈夫だったの?」

「……え? あの、どなたでしょうか?」

「何を言ってるの!? あんたさっき連れ去られた時に記憶の改変でも行われたわけ?」

「記憶の……? いえ、私は別に何もされていませんし、先程から何だか私の名前の発音が少しおかしいような……?」

「名前の発音? スロウでしょ?」

「私はスノウですが」

 

 違う。こいつはスロウじゃない。似てるといえばそうかもしれないが、彼女をスロウと間違えて声を掛ける程ではない。後ろ姿を見て声を掛けても、顔を見れば人違い――まああいつの場合虫違いかもしれないが――だというのも分かる。

 

「アリア」

「あ、エミル。あんたからも何か言ってやんなさいよ。スロウが変なのよ」

「いや、この人、スロウじゃないぞ」

「何言ってるのよ、どっからどう見てもこの人は――人?」

 

 そこでアリアも気付いたらしい。シトリーもアリアと同じように少女を眺め、そしてびっくりしたように目を見開いている。

 

「でも、この娘自分のことスロウって」

「スロウではありません。スノウです」

「……え? スロウじゃなくて?」

「ええ。ですから、私はスノウ。スノーティア・ド・ロプロ。ここ――」

 

 そうしてこうなって、今に至る。

 

「成程。ですが、普段の私の行動を顧みれば、髪型が普段通りでもあまり結果は変わらなかったと思います」

「駄目じゃねぇか」

 

 ともあれ。事情を説明をされたスノウはあっけらかんとそう語る。思わずツッコミを入れたが、先程言った通り俺の態度は気にしないらしい。

 そのまま態度どころかツッコミすら気にすること無く。しかし、と顎に手を当て口角を上げた彼女は、そのままセフィとアンゼリカ嬢へと視線を向けた。

 

「初めて出会った際、件のスロウさんと間違えられた時はよもやと思いましたが、まさかこんな面白――いえ、大変なことになるとは」

「おい今こいつ面白いって言ったぞ」

「まあ流れから察するに聖堂抜け出して街をぶらついてたんでしょこの人」

「それは、そうなるよぉ……」

 

 俺達のツッコミをスルーして、彼女はそのまま二人に述べる。なら丁度いい、と言葉を紡ぐ。

 

「ではこれから暫く私がスロウということで」

「なにが、ということで、だよ! 無理に決まってんだろ!」

「あら? 私、これでも名誉枢機卿。聖女としての実力もあると自負しております。《リザレクション》もきちんと習得したのですよ!」

 

 そう言ってドヤ顔を浮かべるスノウはまあ確かにスロウに似ているっちゃ似ていたが。

 

「あの、スノーティア様。ミンチになった死体は蘇生可能ですか?」

「え? 流石にそこまで損壊すると無理でしょう……は? パーツが残っていれば可能? ……ま、まあそうですね、頑張れば出来ないことも」

「では、首を落とされた後腐敗した死体は? パーツは残っています」

「それはもう蘇生とかそういう問題ではないような……え? 可能なの? おかしいでしょうその人!? あ、人じゃなく虫なのでしたっけ。――いや余計おかしいでしょう!?」

 

 セフィとレアの蘇生事例を聞き、盛大なツッコミをあげているのを見て。ああやっぱりそうなるんだ、と俺はボリボリと頭を掻いた。

 

 

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