幼馴染の擬態した虫が聖女とか言われた   作:負け狐

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第七十七話

「つ、月の大聖女様!? 私はそんなことは」

「あら、今の貴女はスロウなのでしょう? 彼女なら、それくらい二つ返事よ。エミルくんが行くのだから」

「私は彼にこれっぽっちも親愛を抱いていません」

 

 スノウの言葉に月の大聖女が笑う。それはそうだろう、と言葉を紡ぐ。

 

「もしそうだったら、今頃スロウは全力でここに来ているはずだから。ちゃんと言い含めたわたくしに感謝をしなさい」

「ぐぬぅ」

 

 クスクスと笑う彼女にスノウが歯噛みする。何がどうなったこうなったかはまあ説明が面倒だが。ぶっちゃけると月の大聖女がスロウとスノウを暫く入れ替えた、である。

 なんでも、大聖堂に連れていかれたスロウを見た月の大聖女が、何でこんなところに、と尋ねたのがきっかけだとか。勿論知り合いに出会ったスロウは自分が間違えられてここに連れてこられたと主張し、連れてきた方は何を言うのですかスノウ様と述べ。

 ああそういうことかと理解した月の大聖女が、せっかくだからちょっと体験してみなさいとスロウを諭した。

 

「なあ、月の大聖女」

「あら、どうしたのエミルくん」

「本当にスロウは大丈夫なんだろうな?」

「普段の冒険者生活からすれば退屈だ、というくらいで、身の危険は何もないわ」

 

 知りたかったのはこれだろう、と言わんばかりに月の大聖女が笑う。そんな彼女に舌打ちしながら、しかし珍しく脳筋が頭使ってるなと怪訝な表情になった。

 そんな思考を読んだのだろう。失礼なことを考えているわね、と糸目のまま眉尻がちょっと跳ね上がった。

 

「わたくしとしても、スノーティアのサボり癖は少し矯正しなければと考えていたところだったのよ。貴方達についていけば、今まで自分がどれだけ恵まれていたか知るいい機会になるでしょうし」

「それはいいけど、その場合、スロウがいないと俺達も危ないんじゃないのか?」

 

 やりたい放題のお嬢様を分からせるのだとして、その結果全滅しましたは洒落にならないし、そんな事に巻き込まれるこっちもたまったものではない。ジロリと月の大聖女を睨むと、それについては問題ないと笑みを浮かべた。

 

「貴方達ならば、スロウ抜きでもこなせるレベルよ。スロウがスノーティアになるくらいどうってことないわ」

「一応考えてるんだな」

「先程もそうだけど、大分失礼な事考えているわね。これでも属性頂点、何でも力技で解決しようなどと思うほど浅慮じゃないわ」

「ほんとかよ……」

「貴方、月の大聖女様にも大分遠慮がないのですね……それはもう育ちが悪いで済まされるものではないのでは?」

「あははははっ。いいのよスノーティア、わたくしが許しているのだから。エミルくんはこうでなくては面白くないわ」

 

 そう言って片目を開く月の大聖女。また何か見透かしたのかよ、と思いながら睨み返すと、再び楽しそうに笑い出した。訳分からん。

 ともあれ。と月の大聖女は話を戻す。アンゼリカ嬢とセフィは当初の予定通り教国のお偉いさんとの会談に向かい、道中の護衛は一旦終わったので待機中の俺達に暇潰しとばかりに渡された仕事をこなすことになった。というそれを述べながら、じゃあよろしくと月の大聖女は話を締めようとした。

 

「しかし、月の大聖女様。一応あたし達も護衛なので、本来の業務をほっぽり出して別の仕事をするのは少しまずいのではと思うのですが」

 

 そこにアリアが割り込む。スノウがそれを聞いて、そうだそうだと元気を取り戻して抗議を始めた。いい性格してるなこのお嬢様。

 

「そこは心配しないで頂戴。ちゃんとわたくしが目を光らせているし、何より彼女の傍らにはスノーティア・ド・ロプロ名誉枢機卿が同席することになっているもの」

「それってぇ……」

「成程」

 

 シトリーとアリアがそういうことかと頷いた。俺も月の大聖女の言葉を聞いて、そういうことならと納得する。

 要は、あっちにはスロウがついている、というわけだ。念の為の護衛という意味では、あいつ以上に適任はいない。スロウとセフィがいれば会談の場を襲った相手が自称魔王級でも無い限り負けることはないだろう。それはそれで残りの俺達の意義が薄れるのでアレだが。

 

「そうね。本来守られる側のセフィーリアにいらない苦労を強いるのは確かに問題よね。そこは盲点だったわ」

「戦えるならいいやとか考えてただろ脳筋」

 

 珍しく色々作戦を作ってた割にはそういうところが抜けている。これが傀儡人形だったりすると……それも踏まえてわざと色々やりそうだたからやっぱり却下だ。あいつを再評価することはない。

 

「まあ確かに傀儡人形なら、別の厄介事を組み合わせて彼女達にその解決もさせるでしょうね」

「碌でもねぇ……」

 

 まあそういう意味では月の大聖女に裏表はない。こいつが大丈夫だと言うからには大丈夫だ。いや傀儡人形の大丈夫も最終的には大丈夫なんだろうけど、あれは裏があってのことだから。ついこないだのレアの事件みたいに。

 

「って、あ、そうか」

「どうしたのかしら?」

「レアとコイナも向こうに行ってるんだよな」

「そうね。あ、成程。その辺りは傀儡人形の範疇ね」

 

 ちょっとした刺客程度ならばコイナとレアの状態異常で十分対処可能だろう。その辺りも見越してレアを用意させていたとしたら。いや、もうこれ以上考えるのはよそう。

 話が脱線し続けている。結局、俺達は一体何をすればいいんだ。そう月の大聖女に問い掛けると、教国の冒険者の仕事を少し手伝ってもらいたいのだという返事が来る。だからそれは聞いてるのだから、具体的に何をだという部分が知りたいのだと続ける。

 

「ハイドラよ」

「ふざけんな」

 

 

 

 

 

 

 ハイドラ。多頭のヘビ型モンスターで、その首の数によって強さが変わると言われる上級モンスターである。上級モンスターである。大事なことなので念を押した。

 

「大丈夫よ。そもそもハイドラは四つ首までは中級モンスターの上澄み扱い、五つ首から上級、八つ首以上は自称魔王級という風に変わっていく出世モンスターでしょう?」

「なあ今の説明のどこに大丈夫だって言い切れる部分があったんだよ」

 

 知ってるぞ。八つ首以上有るハイドラはヤマタノオロチって呼ばれる自称魔王級で、教国に生息してるって。話の通じる奴だから討伐対象になってないって。そんな化け物なんだぞハイドラって。

 

「心配せずとも、酒飲み(ヤマタノオロチ)の相手をしろって言っているわけじゃないの。二つ首のハイドラが近隣の町を荒らしているって話だから、これを討伐に行って欲しいの」

「二つ首ということは、最低限のハイドラね」

「中級モンスター扱いだよぉ……」

 

 まあその程度なら、とアリアとシトリーは安堵した表情になる。なあ感覚麻痺しているかもしれないけど、それでも上澄みだからな。セフィと戦う時よか簡単かもしれないが、それでも凶悪なモンスターだからな。

 その証拠に、スノウはその話を聞いてもちっとも表情が変わっていない。

 

「ん? あれ?」

「……どうしたんですか?」

 

 そんな彼女を思わず眺めていたら、怪訝な表情を浮かべられた。まあそりゃそうだろうと謝罪したが、それはいいとして、と顔を見ていた理由を尋ねられる。

 その質問に、簡単な話だと俺は口を開いた。

 

「ひょっとしてスノウって聖女じゃないのか?」

「え? ええ、はい。名誉枢機卿ではありますが、聖女の資格は取っていないです」

 

 とはいえ、ヒーラーやプリーストなどの資格は持っているので支援役としては問題ないと思うと言葉を続けた。続けたが、彼女は少し不安げな顔で更に述べる。ひょっとして、聖女じゃないとまずかっただろうか、と。

 

「いや。ただ、聖女だと思っていたから、その割には自信なさげだな、と」

「そういうことですか。……いえ、だとしても聖女をなんだと思っているんですか?」

「バーサーカー」

「即答しましたね……」

 

 いやだって、俺の知ってる聖女はスロウとセフィだぞ。後は教国の勇者パーティーにいたリナさんとか。その辺りを述べると、スノウは非常に苦い顔をした。

 

「なんというか、見事にというか」

「他は違うのか?」

「まあ大なり小なり近接も行えるので、あながち間違いではないとも言えますが。正直そこまで極端では」

 

 でもセフィがそう言ってたしな。そう返すと、スノウは地面につくほどの長い溜息を吐いていた。じゃあもうそれでいいです、と投げやりに呟いた。

 

「あははははっ。どうスノーティア? あまりはしゃぐと、こういう目に遭うのよ」

「今まさに実感しています……」

「人を厄介事みたいに言うな。お前の方が相当だろうが」

「あら、それは違うわエミルくん。属性頂点八体と繋がりがあり、かつそれらと対等に話すような存在は、人によってはわたくし達単体以上に厄介事なのよ」

「八体全員と繋がりはないっての」

 

 まあそれでも七体は顔見知りではあるのだが。そう考えると、成程確かに存在が厄介事と言われても仕方がないような気がしないでも。

 いや、だとしてもそれは属性頂点が厄介事を運び込んでくるだけで、俺達はただ純粋な被害者だろう。そう気を取り直し反論すると、月の大聖女は再び楽しそうに笑って流した。

 

「さてでは話を戻しましょう。二つ首のハイドラ討伐、受けてくれるわね?」

 

 そう言われても。ちらりとスノウを見る。明らかに表情がこわばっており、このレベルの実戦に投入して良さそうな感じはしない。能力はある程度あるであろうが、所詮は箱入り娘。多少お転婆というくらいでは無理だろう。

 

「なあ、月の大聖女。やっぱり」

「やります」

 

 今回はやめておく。あるいは、スロウが戻ってきてからにする。そう述べようとしたタイミングで、スノウが月の大聖女にそう告げた。俺は思わずそちらを見て、本当に大丈夫なのかと口にしたくらいだ。

 

「ええ。この依頼を受けないと、今度こそ本当にこうやって街で羽を伸ばすことも出来なくなりそうですから」

「こういうのもなんだが、抜け出すのをやめればいいだけだと思う」

「それは出来ません」

 

 即答しやがった。命掛けてまでやることかね、と思わないでもないが、そういうのは自由を謳歌している俺にはきっと分からないものなのだろう。

 まあ、なので。俺に出来ることは彼女がやると決めたのならばきちんと連れて行くことだけだ。護衛をする、みたいなことは考えない。あくまでパーティーの一員として扱い、守る時は守る。それだけだ。

 

「そうでなくては、月の大聖女も認めてはくれないでしょうから」

 

 それを伝えると、スノウも望むところだと拳を握った。よし、じゃあそういうことなら早いところ済ませたほうがいい。月の大聖女に場所を聞くと、俺達はハイドラの出没するという場所へと向かうのだった。

 教国には詳しくない。そういう意味では、道中はスノウが頼りである。とは思ったが、箱入りお嬢様だと難しいか。

 

「嘗めないでください。伊達に聖堂を抜け出してあちこち歩いてはいません」

「自慢になってないんだよ」

 

 ふふん、とドヤ顔になったスノウにそうツッコミを入れつつ、俺達は彼女の案内で件の街まで歩みを進めることになった。

 の、だが。

 

「……おや?」

「森の中ね」

「街は無さそうだよぉ……」

「迷ってんじゃねぇかよ」

 

 違うんじゃないか、と意見を言えるほど俺達は教国に詳しくない。なので、必然的にスノウを全面信頼せざるを得ないわけで。

 その結果がこれである。森のど真ん中でようやく彼女は道を間違えたことを認めたのであった。

 

「い、いえ。ですが目的の場所にはきちんと向かっています。この森を抜ければ、ちゃんと」

「抜けるための道はなさそうね」

 

 アリアの言葉に、ビシリと立てていたスノウの指がへにょりと垂れ下がる。周囲を見渡してみても、森のど真ん中らしく木しか見えない。

 まあ、とはいえ。間違っているんじゃないかと思いつつも何も言わなかった俺達にも責任はある。とりあえず森を抜けて、それから改めて目的地への道を探し直そう。そう告げると、皆は異議無しらしく頷いていた。

 

「さて、となると」

 

 周囲を見渡す。ガサガサと動く木々。そして、何かがいる気配。

 

「エミルさん。周りの木が!」

「ああ、分かってる。これは」

「ツリーオークだよぉ……」

 

 いつぞやにも戦った中級モンスター。どうやら縄張りに入ってしまったらしく、いい獲物だとばかりにこちらを叩き潰さんと立ち上がっていた。この調子だと、ただ逃げるだけじゃ駄目そうだな。

 

「そうみたいだよぉ……。あれ見てぇ……」

 

 シトリーがツリーオークの上を指差す。頭部のようになっている木の枝に、何やら蜂の巣のようなものがくっついていた。よく見ると、襲い掛かってきそうなツリーオークのいずれにもそれがぶら下がっている。

 

「あれって」

「アンガービーかよ。木にも取り付くんだなあいつ」

 

 ということは。よくよく周囲を見渡すと、静観を決め込んでいるツリーオークが多数見える。成程、どうやら体よく厄介者の除去を頼まれたらしい。となると、他のツリーオークにはなるべく傷を付けないようにしたほうがいいな。

 

「アリア、シトリー。とりあえず試しに一体、蜂の巣だけをぶっ壊そう」

「分かったわ」

「了解だよぉ……」

 

 言うが早いかアリアは扇で風を起こし。最低限の炎で蜂の巣を燃やす。ぼとりと落ちた巣からはブンブンとアンガービーが湧いてでてきた。これで巣がくっついていたツリーオークは正気に戻る。

 

「と、うまくはいかないか」

 

 蜂の巣の剥がれた場所や木の幹が割け口のようになっている部分からもアンガービーが飛び出てくる。どうやらこいつはもう手遅れみたいだ。

 

「スノウ、支援できるか!?」

「え、あ、は、はい!」

 

 突如始まった戦闘に一瞬呆気に取られていたスノウも、俺の言葉で我に返ったらしく、俺達に支援を飛ばしていた。スロウほどじゃないが、まああいつと同程度を求めるのも酷だな。

 

「もらった!」

 

 真一文字にツリーオークを切り裂き、空洞になってしまったそこから湧いてくるアンガービーはアリアが焼く。落とした巣はシトリーが丸ごと食い尽くした。

 

「程よく焼いてあるから香ばしくて甘いよぉ……」

 

 食レポを聞きながら、残っている寄生されたツリーオークを見る。この調子だと残りもアンガービーに中身を食い尽くされてそうだな。周囲の無事なツリーオークもそう判断したのか、あるいは今の戦闘で勝てないと悟ったのか、波が引くように木々が無くなった。

 そうして残ったのは数本の蜂の巣付きの木。振り下ろした巨木の腕を大剣で受け止めたシトリーが、そのままアリジゴクの顎でガジリと腕をもぎ取った。もぎ取られたその先端からアンガービーが湧いて出る。逃さん、と俺がぶった斬り、撃ち漏らしはアリアが焼いた。

 そうして残りの寄生ツリーオークを片付け終わり。ふう、と一息吐いたタイミングで、スノウがぽかんとしていることに気が付いた。

 

「どうした?」

「貴方達、ひょっとして勇者級なんですか?」

「なわけないだろ。しがない中級冒険者だよ」

「そんなわけないでしょうが! こんな簡単に寄生ツリーオークを仕留める冒険者がしがない中級のわけがないです。……上級を受けるのを面倒くさがってますね、さては」

 

 ジト目でそんなことを抜かすスノウに、だから俺達はそこまで大層なものじゃない、と返し。そもそも経験が圧倒的に足りてないから分不相応だ、と述べた。

 それで納得したのかしてないのか。まあ間違いなくしていないが、渋々それならばと引き下がったスノウだったが、俺達を見る目に明らかに疑惑が混じった。中級詐欺、と呟いているのも聞こえた。

 

「……まあ、ハイドラ討伐を軽く任されるくらいなんですから、当然ですか」

 

 今回だって以前戦ったモンスターだから対処出来たんだからな。なーんだ安心、みたいな顔するなよ。こういうのって絶対何かあるんだからな。村に着いたらきっとまた面倒なことが始まるんだからな。

 調子を取り戻したスノウに、俺はそう言い聞かせた。

 

「実感こもっていますね……」

「まあ、いつものことだから」

「うんうんうん……」

 

 

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