幼馴染の擬態した虫が聖女とか言われた   作:負け狐

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第七十八話

 こうなると思ってたよ。

 何がこうなると思ってたって、そりゃもう、これだよこれ。

 

「つまり? お前サンがたぁ二つ首のハイドラ討伐に来たってワケだ」

「そ、そうなります」

 

 そう言って眼の前で酒を飲み干す九つ首のハイドラに、スノウがそう答える。そんなやり取りをしつつ、そのうちの一つが俺を見て、そしてなにか面白そうなものを見た表情を浮かべた。あ、これ絶対碌でもないことだ。

 言わずもがな。九つ首のハイドラとはヤマタノオロチのことである。教国の自称魔王級、こいつの場合話が通じるから純粋に魔王級と言ってもいいかもしれないとてつもないヤバいモンスターだ。幸いなのが、話が通じるので脅威ではあるものの討伐対象になっていないこと。扱いとしては属性頂点に近いといってもいいかもしれない。

 まあ属性頂点に近い扱いっていうのは、俺にとっては碌でもない奴だというのと同義なのだが。

 

「丁度ワシが酒飲みに来たところで良かったナぁ? ちょいと頼みを聞いてくれれば代わりにブチ殺してやるゾ?」

「いらん」

「……ほう?」

 

 どうせ碌でもない頼みなんだ。そんなもんに頼るくらいなら自分でぶっ倒したほうがなんぼかマシだ。そう思って即答したが、ヤマタノオロチはどこか興味深そうに俺の顔を見た。さっきもそうだったけど、何でそんなに俺の顔を見るんだよ。別に大したもんじゃないだろ。

 

「スロウがいたら、エミルは格好いいですからね、とか言いそうね」

「あ、うんうんうん。言いそうだよぉ……」

 

 呑気だなお前ら。いやまあ、属性頂点と出会い過ぎてこういう超越種に慣れきってしまった弊害かもしれない。ほれ、スノウなんか恐縮しきってカチコチになってる。

 

「な、何でそんなに気安く話せるんですか……?」

「何でって。別に相手に敵意はないし」

「魔王級ですよ!? もし何かの拍子に機嫌損ねたら、私達なんか」

「そんな簡単に機嫌損ねて襲い掛かってくるような魔王級なら、討伐対象にならずに放置なんてことにされてねぇよ」

 

 絞り出すように述べたスノウのそれにきっぱりとそう返すと、ヤマタノオロチは何が可笑しいのか九つの首全てで大笑いをし始めた。でかい、一つの大笑いでもうるさいのに、それが九つである。思わず耳をふさいだが、ヤマタノオロチは気にせずガハハと笑い続けた。

 

「いやスマンスマン。まさかそんな返しをするようなのがいるとは思わなくてナ。お前サン、モテるダロ?」

「いや、別にそんなことは」

「謙遜スルなって。お前サンからは沢山の魔物からの好意がプンプンするんだからナ」

 

 何だそれは。思わず顔を顰めると、その中でも一際濃いのが纏わりついてるとヤマタノオロチは言葉を続ける。これは好意というか、愛情に近いな。そんなことを言いながら、心当たりはあるのかと問い掛けてきた。

 

「……いや、まあ、それについてはあるけど」

「スロウね」

「スロウちゃんだねぇ……」

「愛されてるんですね」

 

 生暖かい目で俺を見るアリアとシトリー、ついでにスノウ。おいスノウ、お前さっきまでビクビクしてたじゃないか。どういう風の吹き回しだ。そんなことを思いながら彼女を睨むと、先程の貴方の言葉を聞いて成程と思いましたと返事が来る。まあ普段から聖堂抜け出してはっちゃけてるだけはあって、こいつはこいつで中々いい性格をしているらしい。

 

「にしても、愛情に近い、なんだな」

「執着って言ってもイイナ。多分お前が死んだらそいつも死ぬぞ」

「知ってるよ」

 

 いや、実際は蘇生出来るだろうからそう簡単には死なないだろうけど。でもまあ、そのくらいの覚悟は持ってるって自分でも言ってたからな。だから俺は死ぬわけにはいかない。

 今この場にスロウがいないのだから、余計にだ。そう考えると、これまでのヤマタノオロチとの会話はその割にはちょっと迂闊だったかもしれない。

 

「どうした? 別に取って食うこともないシ、ワシは酒飲んでればそれでいいからナ。暴れもせんヨ」

「それを聞いて安心したよ」

「禁酒をシロって言われりゃ暴れるがナ」

「微塵も安心できなくなった」

 

 いやまあ、魔王級に禁酒を命じるような馬鹿がこの世にいるかどうかは定かではないが、もしいるとしたら。

 いかん、二体ほど心当たりがある。

 

「あ、でも妖精姫とか月の大聖女も体を心配して言いそうか……?」

「こちとら魔物サ、酒の飲み過ぎでカラダ壊すようなこたぁナイナイ。だからお前サンのそれは杞憂ヨ」

「だといいけどな」

 

 傀儡人形や悲鳴彫刻家はそうじゃない理由でやりそうだからな。いや、でも流石に属性頂点だし、世を乱すようなことはしないか。したらもうそれは属性頂点じゃなくて魔王級のモンスターだ。

 ……あいつら本当は魔王級モンスターじゃないのか?

 

「お前サンの考えてることが手に取るように分かるゾ。安心しな、傀儡人形も悲鳴彫刻家もちゃんと属性頂点だからヨ」

 

 少なくとも自分よりは世の理を考えている。そう続け、ヤマタノオロチは再び酒をかっくらう。どうでもいいがその体に合うだけの酒がよく用意してあるな。

 そんなことを思っていると、ヤマタノオロチはふぅと息を吐いた。酒臭い、物凄く酒臭い。こいつ口に入れるもの全部酒なんじゃないかっていうくらい酒臭い。

 

「ナァ、お前ら王国の人間なんダロ? 何か旨い酒持ってねぇカ?」

「飲めるような年齢になってねぇよ」

 

 こちとらまだ十六になるかどうかって年だ。酒が美味しく飲めるような年齢じゃない。そうでなくても、護衛任務に酒を持ってくるほどふざけちゃいない。そう述べると、真面目だな、とヤマタノオロチは口角を上げた。

 

「まあいい。そっちの教国の嬢チャンは、まあ持ってないわナ」

「ご期待には添えませんね」

「いいさいいさ、聞いただけダ。で、いい加減討伐に行かなくていいのカ?」

「誰のせいだと思ってんだよ」

「ワシのせいだヨ。カハハハハ」

 

 そう言って再び笑う九つ首。だからうるさいっての。そんな風に笑ったら、うるさくて討伐対象もどこかに行って――

 

「ヤマタノオロチ!」

「おう? どうしタ?」

「ここらで暴れてたっていう二つ首のハイドラ。お前は見てないのか?」

「森の方に逃げてったゾ」

 

 ほれ追え、と言わんばかりにぐい、と首の一つが方角を指し示す。さっき俺達が来た方角じゃねぇかよ。ちくしょう、と毒づくと、俺はアリア達に戻るぞと声を掛けた。

 逃げたといっても、それはここに魔王級がいるからであり、もう街を荒らさないというわけではない。別の街か、あるいはここにいるヤマタノオロチがいなくなったら再びこの街を荒らしにくるだろう。だから、俺達がやることは。

 

「追いかけて、討伐しに行くぞ」

 

 

 

 

 

 

「そうなると、私の道案内は正しかったってことになりますね」

「はいはい」

 

 アホなことを言うスノウを流しながら、俺達は再び森の中に戻ってきた。どうでもいいがそのアホさ加減は中々にスロウっぽかったぞ。

 

「スロウさんって月の大聖女様も認めた才女なんですよね? その割にはエミルさんの評価が低めというか」

「別に低いわけじゃない。あいつの聖女としての能力はぶっ飛んでるし、天才聖女とか自称してるけどそれだけの地頭はある。けど、なんというかアホなんだよなぁ」

「はぁ……?」

 

 いまいちよく分かっていないようで、スノウは首を傾げている。だが、こればかりは本人、じゃない、本虫に会ってもらわないと分からないだろう。そして会えば分かるはずだ。

 そんな無駄話をしながら森を探索するが、いかんせん森に逃げたという情報だけでは見付かりようがない。それほど大きくない森とはいえ、ツリーオークも生息している立派な規模である。この数で闇雲に探すには流石に無理がある。

 

「こういう時はスロウに糸吐いてもらって森を索敵してもらうんだが」

「それを私に求められても困りますよ。支援はともかく」

「知ってるよ」

 

 となるとアリアの鱗粉でどうにかしてもらうか。そう思い視線をアリアに向けると、あまり期待しないでよと羽を出現させ鱗粉をばら撒き風で飛ばした。木々を抜けるように鱗粉は風に舞い、森に広がっていく。

 

「スロウみたいに鱗粉はあたし自身に直結してるわけじゃないから、精々広がり方から予測するってことくらいしか出来ないわよ」

 

 そう言いながら、多分こっち、と移動を開始する。道中ツリーオークとすれ違ったが、前回の戦闘を見ていた個体なのか、別段こちらに襲い掛かってくることはせずに去っていった。

 

「……」

「どうしたのぉ……?」

 

 だとしても、流石に妙だな。シトリーの言葉にそう返しながら、ツリーオークの去っていった方の逆を見る。こちらとすれ違うようだったのだから、俺達が向かおうとしている場所の方角。そこに何かががいて、俺達にかまっている暇など無い、と思っていたのだとしたら。

 

「だとしても、ツリーオークも中級モンスターですよ。そう簡単に逃げ出すようなものじゃないと思います」

 

 俺の考えを口にすると、スノウがそう反論する。成程確かに、二つ首のハイドラはあくまで中級の上澄みで、上級モンスターではない。ツリーオークの縄張りに乱入したのなら、数の暴力でツリーオークが叩きのめすことだって不可能ではないはずだ。

 

「俺達がさっきぶっ倒した寄生されたツリーオークが向こうの最高戦力だった可能性はどうだ? 残っている連中じゃハイドラに勝てない、とか」

「ありえないこともないでしょうけど、流石にそれは都合が良すぎませんか?」

「まあ確かにこれはちょっと都合が良すぎか。となると、考えられるのは」

 

 咆哮が聞こえた。恐らくハイドラのものだろう、それと同時に、何かが倒れる音も聞こえる。多分ツリーオークが一体やられたな。

 そんなことを考えると同時に、何体かのツリーオークがこちらを見向きもせずに通り過ぎていく。自然の木々も気にせず走り去ったそれは、向こう側に何がいるかも確認できるようにさせてくれる。

 ハイドラの咆哮は二つ首ならばそう大したことはない。が、先程の咆哮は明らかに大きかった。最高峰の笑い声、九つ首の咆哮を聞いているので、そこから逆算するのならば。

 

「二つ首って言ったじゃねぇかよ」

「二つ首も、横にいるよぉ……」

 

 シトリーがほらあれ、と向こうを指差す。成程確かにそれの横には二つ首がいる。というか一体じゃないのかよ。そういえば確かに数は言ってなかった。あの馬鹿頂点、そういうところ言い忘れてるんじゃねぇよ。それともあれか、脳筋だから一体も二体も一緒でしょとか思ってたのか。

 

「わざと、とは考えないのね」

「傀儡人形や悲鳴彫刻家じゃあるまいし。そういうところは一応信用してるんだよ」

「どのみち、これはイレギュラーですよ!」

 

 スノウが叫ぶ。その通り、ツリーオークが逃げてきた先、そこにいるハイドラは俺達が予想していたものとは違い。

 三つ首と二つ首の二体だったのだ。

 

「ど、どうするんですか!? 三つ首は二つ首より強いんですよ!」

「そんな当たり前のこと言ってんじゃない名誉枢機卿。どうするも何も、逃げるわけにはいかないだろ」

「いや逃げましょうよ! ヤマタノオロチもいたんですから、協力を要請して」

「俺の予想が正しければ、あれの協力を仰ぎたければ酒がいる。持ってるか?」

「持って、ない、です」

 

 じゃあ無理だな、はいこの話は終わり。さて、援軍は期待出来ないということが分かったので、あとはこの場の戦力であれをどうにかするしかない。

 

「それにしても、ヤマタノオロチも二つ首のハイドラ、としか言わなかったわよね。酒で視界でもぶれてたのかしら?」

「そんな無茶苦茶な!? というか余裕ですね!?」

「流石に違うと思うよぉ……。多分、ついさっき成長したんじゃ、ないかなぁ……」

 

 大慌てのスノウといつも通りのシトリー。こういう場面であわあわするのはシトリーの役目だった気がするので、落ち着いている彼女を見るのは割と新鮮である。そんなことを思っていると、シトリーがどこかジト目でこちらを見ていた。

 

「流石に色々あったから、ワタシも慣れたんだよぉ……」

「そりゃそうか」

「こういうことに慣れてるんですか!?」

「じゃなきゃあんな無茶振りされないっての。さて、準備はいいかいお転婆お嬢様?」

 

 武器を構える。ヤマタノオロチがわざわざ三つ首を二つ首と嘘を吐く必要もないだろうから、恐らくシトリーの言ったことが正解だろう。ならば、三つ首とはいえ強さ自体は二つ首に毛が生えた程度。最低限のハイドラ二体と考えれば、別に勝てない相手じゃない。

 まあ問題はスロウがいないことなんだが、ここは一つ、月の大聖女に頼まれたように、このスノウを目一杯こき使ってやろうじゃないか。

 

「わ、わ、分かりました。こうなればヤケです。やってやります!」

「その調子だ。んじゃ全員に支援をよろしく」

「はいっ」

 

 スノウの支援が俺とアリア、シトリーに与えられる。よし、スロウと比べるとやっぱりちょっと物足りないが、流石は名誉枢機卿、これなら十分いけるはずだ。

 

「下がってろよスノウ、お前はスロウと違って戦闘はできないんだから」

「はい、邪魔にならないように支援に徹します」

「あら、随分と過保護じゃない」

「預かってる身だからな、ある意味護衛対象みたいなもんだし」

「スロウちゃんよりも、やっぱり弱いしねぇ……」

 

 ばっさりいったな。うぐ、と後ろで精神的にダメージを負ったスノウを横目に見つつ、俺は眼前のハイドラコンビに向かって駆け出した。

 

 

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