先手必勝。まずは確実に倒せる方から倒していく。二つ首のハイドラに狙いを定めた俺は、そのまま剣を振り抜いた。流石に一撃で首が落ちる、みたいな勇者級の活躍は出来ないので斬り付けただけだが、それである程度のダメージは与えることが出来る。二つ首が悲鳴を上げたが、そんなこと知らんとばかりに俺はさらにもう一撃を加えた。
「やっぱり中級じゃないですよね!?」
「ぼさっとしてないで支援をしろ支援を!」
「わ、分かっていますよ!」
反撃で繰り出された首と尻尾。そして自分を忘れるなとばかりに攻撃をしてくる三つ首のハイドラ。それらの攻撃を掻い潜りながら俺はスノウにそう叫んだ。掻い潜ったと言えば聞こえはいいが、被弾を極力少なくしたというだけだ。当然ダメージは有るわけで、スノウにその辺りを回復してもらえるように要請を行う。承知とばかりに回復魔法を飛ばしてくれたので、改めて剣を構えハイドラと対峙した。
「ひ、一人で行き過ぎだよぉ……」
「あたし達もいるんだから」
そのタイミングでシトリーが隣に、アリアがその後ろにつく。そうしながら、普段と違うんだからあまり前に出過ぎるなと言葉を続けた。確かに言われてみれば、現在の支援役はスノウであってスロウではない。普段ならなんてこと無い場面が思った以上にピンチになってしまう、ということも十分有り得る。
「悪い。そういやそうだったな」
「ええ、そういうことよ」
「うんうんうん……」
「何だか凄く駄目な人を見る目で見られている気がします。これでも名誉枢機卿ですよ! そりゃあ、件の聖女には敵わないかもしれませんけ――」
バックステップ。スノウの襟首を掴んで、即座にその場から離脱した。その横にはアリアが追従しており、そして俺達がいた場所は三つ首のハイドラと二つ首のハイドラのダブル尻尾が押し潰していた。
「どぉぉぉぉ!? げっほげほげほ!」
「あ、悪い。咄嗟だったからついスロウにやるみたいにやっちまった」
「彼女さんにこんなことをしているんですか!? 愛想尽かされますよ!?」
「まあ確かに、もっと抱きしめるとかお姫様だっことかしてくださいとかよく言われるな」
戦闘中にそんな余裕あるならお前避けられるだろと思わないでもないのでやらないけど。そんなことを続けると、本当に愛想尽かされますよとジト目で見られた。
「スロウはそんなことじゃエミルを嫌わないから大丈夫よ」
「そういう向こうの好意におんぶに抱っこは良くないと思うんですけ――」
第二撃。さっきよりかは余裕があったので、しょうがないとスノウをお姫様抱っこしてその場から離脱することにした。アリアは横で違うそうじゃないと滅茶苦茶白けた顔をしている。なんでだ。
「なんでも何も。スロウにやったげなさいって話だったでしょうが。あんたね、スロウは多少あんたにぞんざいな扱いされても幼馴染のじゃれ合いで流すけど、他の女を理由もなしにチヤホヤするのはキレるわよ」
「私何もしていないのに痴情のもつれに巻き込まれたんですけど!?」
「そう言ってもなアリア、これは放っておくと死にそうだし」
「これ扱い!? って、そういえば忘れていましたけど、シトリーさんはどこに!?」
「シトリーならあっち」
「潰されてるじゃないですか!?」
立ち上がったスノウが俺の指差した方向を見る。尻尾がビタンビタンと二本二連続で降ってきた場所である。まあそりゃもう、普通なら潰れてぺしゃんこである。
まあ勿論シトリーだって直撃すればぺちゃんこだ。いや、あいつも最近強さで言うなら上級モンスターになっているらしいし、ハイドラの攻撃でもぺしゃんこにならないのかもしれない。
「お、っとっとぉ……」
どのみちそんなこと考えていても仕方がない。眼の前で二つ首のハイドラの尻尾を受け止めているシトリーの姿が全てである。直撃すれば、は文字通りであり、受け止められなかった場合、という意味である。受け止めるのだから問題なし。
さっき二本二連続、と言ったが、これは正確には間違いである。二回目は三つ首のハイドラ一体だけであったし、場所も同じ場所ではなくこっちだった。なので、シトリーがいた場所には二本の尻尾が同時に降ってきた場所でしかない、が正しい。
「う、受け止めている!?」
「最近こういうことも増えたから、疑似餌の中にいても、ある程度対処できるように頑張ってるんだよぉ……」
そう言いながら背中が割れ、ズルリと本体のアリジゴクが這い出てくる。ひぃ、とスノウが短い悲鳴を上げるのを聞いたが、シトリー自体はそんなことをおかまいなしに受け止めた状態になっている二つ首のハイドラの尻尾をアリジゴクの顎と咥えた大剣の三つでザクリと切り裂いた。先端が斬り飛ばされ宙を舞う。それをシトリーがキャッチしてそのまま捕食をし始めた。
「うぐ」
「どうしたスノウ」
「トラップレシアの捕食とか普段生で見ることなんかないので、ちょっとショックが」
「あ、ごめんなさい……。もうちょっと隅で食べるよぉ……」
スノウの言葉を受け、シトリーが追加とばかりに輪切りにした二つ首のハイドラの尻尾を持って森の木々の中に紛れ込む。血の滴るヘビの肉を持ったままノシノシと移動するアリジゴクを見たスノウは、目を見開いて一瞬気絶した。
「はっ! わ、私は」
「大丈夫かお嬢様。やっぱり冒険者とか無理だったか」
「い、いえ。いやまあ、大丈夫か大丈夫じゃないかと言われればもう大丈夫じゃないに比率は傾いていますけど、でも多分これはそういうのではなくですね」
「状況はまあ特殊だが、光景としては普通のトラップレシアの捕食シーンだぞ」
「歯ごたえがあってボリューミーだよぉ……」
「普通……? 普通って何だっけ……?」
「まあ普通かどうかはさておき、モンスターの捕食シーンは冒険者やってれば見るものよ。やはり、聖堂で素直にお嬢様やっていたほうが良かったのではなくて?」
そう言って扇で口元を隠しながらクスクスとアリアが笑う。あからさまな挑発である。悪役令嬢モードでそんな挑発をした理由は俺にも分かるくらい至極簡単で、ここで支援役にリタイアされたら大変だからである。尻尾を輪切りにしたものの、それで倒せたわけではない二つ首は暴れまわりながらこちらを睨んでいるし、三つ首も変わらず俺達を獲物にしたままだ。
「スノウ」
「な、なんですか!?」
「お前の常識とか今はどうでもいいから、とりあえず支援をしてくれ」
「え、あ、わ、分かっていますよ!」
俺の言葉で我に返った、というか拗ねたというか。とにかく戦闘の方に意識を向けるようになってくれたので、俺は改めて二つ首の方へと距離を詰めた。三つ首の方にアリアが鱗粉を飛ばして撹乱しているうちに、手負いになった片方を始末する。そういう腹積もりだ。
二つ首がその首を左右交互に繰り出してくるが、その程度の攻撃なら俺一人でも十分しのげる。その間に食事を終えたシトリーがこちらに合流し、再度疑似餌に入って大剣を構えていた。
「いくぞシトリー!」
「了解だよぉ……」
せーの、とハイドラの首を一本ずつ切り裂く。シトリーの顎とセットでぶった切れた代物なので流石に斬り飛ばすことは出来ない。それは最初の一撃でも先刻承知。だが、深く傷付けることは全然出来るわけで。
盛大に血を吹き出しながら倒れるハイドラを見ながら、俺とシトリーはとりあえず一体と息を吐いた。
「これで残るは三つ首だけだな」
「うんうんうん……。あ、その前に」
アリアの方に加勢に行かなくては。そんなことを思いながら視線を動かしたが、シトリーの言葉に再度視線をそちらに向けた。どうした、と尋ねると、せっかくだし、と再びアリジゴクの本体がまろび出る。
「首の方も、食べようかなぁ……」
「お前なぁ、アリアが戦ってるんだから、その後で――」
「ほぇ……!?」
呑気だな、とツッコミを入れようとしたそのタイミングで頭上に影が差した。三つ首のハイドラがいつの間にかこちらに来ていたのだ。シトリー、と名前を呼んでアリジゴクの足を掴む。疑似餌の時とは体長が違い過ぎるので、引っ張って回避というのが出来そうにないが、それでも。そんなことを思いながら引っ張ると、シトリーも俺の意を汲んでくれたのか即座に疑似餌に戻ってこちらに抱き着いてきた。そのままゴロゴロと転がるように回避をして、相手の攻撃は俺達のいた場所に。
「いや、ちょっと待て」
「ふぇ……? あ、あぁ……!」
「あんた達、大丈夫!? って、え」
アリアがこちらに駆け寄って、浮かんでいるので正確にはちょっと違うが、とにかくこちらに来てそんなことを言っていたが、三つ首のそれを見て同じように声を上げていた。
ブツリ、と肉の噛み千切られる音がする。ボタリ、と口から漏れ落ちた肉が地面に落ちる音がする。
「ひっ!」
遠くで見ていたスノウが声を上げた。まあシトリーの捕食でも引いていた彼女ならこれはショックがでかいだろうな。そんなことを思いながら、俺達は警戒を怠らずに三つ首から距離を取り、スノウと合流した。
で、だ。あれはなんだ。
「共食いしてるわね」
「獲物取られたんだよぉ……」
「な、何の意味があるんですか、あれ!?」
シトリーの言葉はまあ置いておいて。そう、スノウの言う通り、共食いをして、倒された二つ首を捕食して一体何になるというのか。まさか戦闘中に腹が減ったなんてことはないだろうし。
「知りたいカ?」
「うわっ!」
にゅ、と巨大なヘビの首が背後から出てくる。何だ何だと思うこともない。ヤマタノオロチの首の一つが、どこかからかこちらに伸ばしてきたのだ。
「あれは簡単な話ダ。ハイドラに限ったモンじゃないが、成長するモンスターって奴は同族を倒して食らうことでも成長するなんて特性があるのサ。あ、ワシはちゃんと自力で成長したからナ」
「それはどうでもいい。じゃあつまりあの三つ首は」
「お前サンがたを倒すのに、三つ首じゃキツイと思ったんだろうナ。ギリギリ死んでなかった二つ首のトドメを刺して、血肉にしやがっタ」
ヤマタノオロチの笑い声を受けながら、メキメキと首が増えていく三つ首を見る。流石に二つ首を食ったから合計で五つ首、みたいなことにはならなかったが、それでも四つ首、ほぼ上級並みのハイドラへと成長を遂げた。先程よりも更に威圧が強くなり、スノウは悲鳴を上げて数歩後ろに下がってしまったほどだ。
「さ、どうすル? 酒くれればワシがぶっ倒すゾ?」
「だから持ってないっつってんだろ」
「後払いも許可してやるゾ?」
「そいつは優しいな。……まあ、なんとかなるだろ」
「なるんですか!? 本当に!?」
「……あー、じゃあ悪い、ヤマタノオロチ。そこのお嬢様だけ見守っててくれないか?」
そう言ってヤマタノオロチに向き直る。そうしながら、でも支援はちゃんとくれよとスノウに告げた。分かっています、と言いながら俺達に支援を掛けた彼女は、ヤマタノオロチの首を一瞥し、ふるふると首を横に振った。
「ここまで来たんですから、最後までやります!」
「そうこなくちゃ」
ぎゅ、と杖を握りしめたスノウを見て、アリアがどこか楽しそうに笑みを浮かべた。
それじゃあ、とアリアが羽を出現させる。瞳も複眼めいたものに変わり、口元もギチギチと虫の顎が鳴らすような音が加わる。
「悪役令嬢には似合わないから、あまりしないのだけれど。貴女には特別に見せてあげるわ、この、刺激の強い姿」
ズルリ、とコルセットの部分から節足が飛び出る。ちゃんとドレスに傷を付けないようにしているあたり、意図して虫の要素を濃くしているのだということが良く分かる。
ひっ、とスノウが悲鳴を上げた。まあそりゃそうだろう。シトリーはトラップレシア。疑似餌に入り込んだ擬態、というのには見覚えがなけれども、疑似餌と本体というトラップレシアのモンスター情報とは外れていない。
一方のアリアはトリックモス。可能か不可能かで言えば可能ではあるかもしれないが、本来ならばこんな美少女に擬態するという発想が出ようもないモンスターだ。
「え、あ、足、足が」
「ええ、そうよ。知らなかったのかしら?」
そうしてふわりと浮いたアリアの下半身をしっかりと見たのだろう、美少女の上半身に虫の下腹部がくっついているというアリアの状態に、スノウは再度悲鳴を上げた。
「スノウ、ぼけっとするな!」
「無茶言わないでくださいよ! 虫ですよ虫!」
「俺のパーティーは俺以外虫だ、今更なこと言ってんじゃない!」
「それは、そうですけどぉ!」
「ワタシは一応植物でもあるよぉ……」
シトリーの訴えを流しつつ、アリアに声を掛けた。行けるか、という問い掛けに、愚問だと彼女は返す。こちとらこの程度の連中なら何度か戦っている、油断することこそないが、怖がる必要などどこにもない。
「さあ、こんがり焼いてあげるわ!」
扇を一振り。四つ首の周囲を舞う鱗粉が、一斉に着火し爆発した。森の一角に盛大な火柱が上がり、見物していたヤマタノオロチもおおやるな、と笑っている。
「いい感じに、香ばしい匂いだよぉ……」
「食い気から一旦離れろ」
次はシトリーと俺、ある意味呑気なそんな会話をしながら、焼けた四つ首へと突っ込んだ。
さっきと同じように、とはいかなそうなので、俺とシトリーの攻撃で首一本に狙いを定めた。俺達の攻撃が同時に入れば、さっきの二つ首のように深い傷を与えることは出来る。血を流しながらだらりと力を無くす首を見ながら、残り三つと俺もシトリーも視線を動かし。
「危ない……!」
「シトリー!」
カウンターの一撃でシトリーが吹っ飛んだ。咄嗟に俺を庇ってくれたので俺自体に傷はないが、シトリーは木に打ち付けられそのままゴロゴロと転がっている。あいつの耐久力と回復力なら死にはしないだろうと判断し、俺は即座に視線を戻した。
「スノウ! シトリーの回復!」
そう言って返事を聞かずに首の一つに狙いを定める。仕留め損なったことで今度はこちらの攻撃がカウンターとなり、そのまま首を一本切り裂いた。今度は向こうの攻撃もきちんと確認して回避する。
残った二つの首が口を開いた。と、同時にブレスが飛んできた。こいつそんな攻撃も出来たのか。そんなことを思っているよりも早く、毒霧のブレスが俺へと着弾する。
「油断するなって言ってんでしょうが」
「悪い、助かった」
それよりも前に鱗粉を風で舞わせ、巻き取るようにブレスをアリアが舞い上がらせた。そのままお返しだとばかりにハイドラへと送り返す。流石に自身の毒霧で毒になる、ということはなかったようだが、鱗粉との相乗効果で視界を奪われたらしく怯んで下がった。
残るは二本。出来れば一気に片付けたい。となれば、だ。俺は意識を集中させると、一瞬だけ目を閉じ、そして開いた。すべての空間がスローになっていく感覚、集中力が極限まで研ぎ澄まされるという確信。背後ではスノウがシトリーを治療し終えているのが分かるし、やっぱりそう大したダメージでなかったのも分かる。頭上では、アリアがこの馬鹿、と呆れているのも分かるし、すぐさま片付けなさいよ、と溜息を吐いているのも分かる。
行ける。そう確信を持った俺は、ヘビの首がこちらを向くよりも早く、その喉元を切り裂いていた。血飛沫が飛ぶ。その一滴一滴がよく見える。
あ、まずい。調子に乗っている場合じゃなかった。俺は即座に鞘に魔力を込め、スロウの力を引き出した。今の状態より、更に早く。じゃないと、またぶっ倒れてスロウに、この場にいないことで余計にどやされる。どやされるだけならまだいい、泣かれる。それだけは駄目だ。
「これで、終わりだ!」
残った最後の首を切り裂くと同時に集中を途切れさせる。ギリギリだったので着地を失敗しゴロゴロと地面を情けなく転がってしまったが、しかし受け身を取れるくらいには余裕があった。よし、どうにかなったぞ。
「なってませんよ」
「あ、スノウ」
「それ、多分奥の手ですよね? しかも体に負担がかかるタイプ。そんなものを彼女さんがいない時に使ったら、絶対悲しみますよ」
「あー……やっぱり?」
「当たり前です。ほら、回復しますから待っててください」
「あ、ちょっと待った。出来れば回復しないでくれ」
多分もう大丈夫だとは思うが、月の大聖女に言われていたことを思い出し、その旨を伝えて自力で起き上がれるようになるまで待ってくれとスノウに伝えると、追加で溜息を吐かれた。こちらに戻ってきたアリアの溜息のおまけ付きである。
「スロウさん、こんなのが彼氏だと大変そうですね」
「でもまあ、何だかんだいいコンビなのよ」
なんかボロクソ言われている気がするが、現状が事実なのでしょうがないか。そんなことを思いながら、俺は倒れていた体をゆっくりと起こすのであった。
シトリー「ハイドラ美味しいよぉ……」