わざとであろうとなかろうと、とりあえず文句は言いに行く。そんなわけで結局四つ首のハイドラ討伐になったそれの報告も兼ねて、俺達は教国の首都へと戻ると月の大聖女と会うために大聖堂へと向かった。
いきなりたかが中級冒険者が属性頂点に会わせろと言ったところで普通は無理なのだが、ここにはスロウと入れ替わっているスノウがいる。こいつの名前を出せば大丈夫だろう。
そう思っていたら、受付の聖職者がスノウをちらりと見てふむ、と何やら考え込むように頷いていた。
「真・スノウ様でしたら今向こうでご友人達と仲良くお茶会を行っております。毎度毎度抜け出す旧・スノウ様は正直いらないかなと大聖堂の職員一同考えておりまして」
「嘘でしょう!? 私が本物ですよ!?」
あぁ、と何となく納得したように俺達はスノウを見る。どうやらセフィ達と一緒にいたからなのかスロウは大人しくしていたようで、そのおかげでしっかりと向こうの好感度も稼いだらしい。
とはいえ、じゃあ入れ替えるかとは俺達もならないわけで。正直スノウをスロウの代わりに渡されても邪魔なだけだ。彼女が悪い、というわけではなく、スロウが特別、という意味でだ。
「まあ冗談はそのへんにしてやってくれ。俺達も流石にパーティーメンバーが欠けていると大変なんだ」
「おや、貴方は」
受付の聖職者がこちらに視線を向ける、そうすると、これはこれはと一礼を返された。何でだ。
「旧・スノウ様のお世話は大変だったでしょう」
「ああ、そういうことか。まあな」
「否定してくれませんか!? 私貴方の治療もしましたよね!?」
確かにその辺りは助かった。けど、ぶっちゃけその辺はそうでないと困るというか、そもそもこっちが面倒事に巻き込まれたんだからやってしかるべきというか。
そんなようなことをスノウに伝えると、そうかもしれませんけどと押し黙った。一応今回の件で迷惑を掛けている自覚はあるらしい。まあこっちとしても別に詰める気もないので、その辺の話は置いておいて、だ。
「話を戻すけど。スロウは俺達の大事な仲間だからな。そっちの都合で入れ替えられても困る」
「そうでしょうね。まあこちらとしてもスノウ様にちょっとお灸が据えられればいいと思っただけなので、本気ではありません」
今のところは、と意味深に続ける。それを聞いたスノウは自分が本物なのだから負けない、と受付に食って掛かっていた。
それにしても。受付にすら知られている辺り、やっぱりこいつはちゃんと教国のお偉いさんではあるんだな。最初に次代の教国を導くものとか言ってたのもあながち間違いではないのか。
いや、ただ単にお転婆のやらかしが知れ渡っているだけの可能性もあるか。
「今私のことを馬鹿にしませんでしたか?」
「したよ」
な、と絶句しているスノウは置いておいて。また話が脱線してたから元に戻すぞ。
スロウに会わせてくれ。そう告げると、受付は分かりましたとあっさり了承した。本当は月の大聖女に会うのを先にした方がいいのだろうが、いい加減これ以上このお嬢様と入れ替えておくのも限界があると思ったのだ。というか、多分件のお茶会に月の大聖女も交ざっているんじゃないか、という予測もある。
そんなわけで案内されるがまま進むと、思った通りそこには四つの人影があった。正確には人は二人だけだろうけれど。
「あら、お疲れ様」
そう言って月の大聖女はスコーンを齧る。何か企んでいるような様子も見当たらないので、これはやっぱり伝え忘れてたんだろうな。はぁ、と溜息を吐きながら疲れたよと返し、そして今回の顛末を語る。ハイドラが二体いた事、共食いして四つ首になった事、何だか知らないがヤマタノオロチがいた事とかをだ。
案の定、それを聞いた月の大聖女は糸目を少しだけ見開いた。
「二体……? おかしいわね」
「報告と違ったってことか」
「いえ、別々の場所に出現したという話はあったわ。わたくしはそのうちの片方をエミルくんに討伐してもらおうと思っていたの」
「もう片方もこっちに来てたってことかよ」
「そうなるわね。……多分、あの呑んだくれが気まぐれに動いたせいでハイドラが逃げてきたのでしょう。それで、合流してしまった」
「……あれひょっとしてそういう意味だったのか」
酒を要求するとはいえ、何だかやけにこっちに親切だなとは思ったが。ヤマタノオロチもその辺りを察して、だから協力を持ちかけてきたのだとすればまあある程度納得はする。普通あんなに気安いこともないだろ、魔王級だぞ。
「その辺りはエミルくんの魔物たらしが影響しているのもあるでしょうね」
「エミル、またモンスターたぶらかしたんですか」
笑う月の大聖女の横で、スロウがジト目で俺を見る。何でだ、誤解だ誤解。別に俺はそんなことをした覚えはない。
そんな会話をした辺りで、俺達用のお茶の準備も終わる。とりあえず、と席について、疲れた、と背もたれに体重を預けた。
「やはりスロウさんがいないと違いましたか?」
そう言ってセフィが問い掛けてくる。そりゃもう、と素直に返し、そういやそっちはどうだったんだと質問し返した。
「こちらは平和そのものでしたわ。セフィーリアさまとスロウさんが揃っているのですから、当たり前といえばそうなのですが」
「まあ、そうだろうな」
アンゼリカ嬢の言葉に頷く。そうしつつ、こっちは逆に大変だったと肩を竦めた。さっきも話したが、もう少し雑談風に、細かいどうでもいい部分も交えながらハイドラの騒動を口にした。
話をし終えると、スノウには悪いがやっぱりスロウが一番だ、と思わず呟く。
「わたしが一番! やっぱりエミルはわたしが一番ですよね!」
「ん? まあそこはそうだろ。お前が一番付き合いも長いし」
「そーですよね。えっへへー、エミルの一番はわーたーしー」
「……今のそういう意味ではないですよね? いいんですか、スロウさん?」
ニコニコしながら紅茶を飲むスロウに、スノウがそんなことを問い掛ける。どうでもいいが、そういやスロウの髪型いつものに戻ってるな。俺はともかく、これなら他の面々も分かりやすくなっているだろう。
「いーんですよ。何にしたってエミルの一番になってるってのが重要なんですから」
「そ、そうですか」
ジロリとスノウがこちらを見る。そんな風に見られても俺にどうしろと。別にそっちになにか問題があるわけでもないだろうし。
「いつものことよ」
「気にしちゃ……はぐ、もぐ……負けだよぉ……」
現にアリアとシトリーも別段気にしてない。そんな二体の態度を見て、スノウも納得行かないが渋々と引き下がる。だから何でそんな気にするんだよ。
「恋する乙女を応援するのは当然でしょう」
ふんす、と胸を張るスノウ。そんな彼女を見ながら、ああそうですかと俺は気にせず流すことにした。
そんなことを言いつつも、とはいえ現状別に何か出来ることはないかなどと中々に不穏なことを言いながら話題を変えたスノウは、スロウを改めてまじまじと見た。
「本当にそっくりですね」
「そーなんですかね」
そんなことを言いながらスロウは俺を見た。何だよ、と返すと、エミルは自分達が入れ替わっても分かりますかと問い掛けてくる。嘗めんな、流石に分かるわ。
「ですよねー。えっへへー」
「口だけだ、とかは思わないんですね」
「え? でも実際スノウちゃんと出会った時、エミルは一目で別人って見抜きましたよね?」
「……そうですね」
「ほらやっぱり」
ニッコニコのスロウから視線を動かし、ぐぬぬ、と俺を見るスノウ。だから何でだよ。そういう感じなのになんで付き合ってないんだとか言われても、俺とスロウはそういうんじゃないんだってばとしか言いようがない。
「わたしはエミルのこと大好きです」
「ほら」
「何がほらなんだよ。別に俺だってスロウのこと好きか嫌いかで言えば――」
「言えば?」
「嫌いじゃないに決まってるだろ」
「へたれ」
「あははははっ、それがエミルくんのいいところよ」
スノウのジト目に、ケラケラと笑いながら月の大聖女がそんなことを述べる。何で俺がこんな言われなきゃいけないんだよ。そうは思ったが、問い詰められると墓穴を掘りそうなので口を噤んだ。
「まあいいでしょう。話を戻して、確かエミルさんは自分以外のパーティーメンバーは虫だ、と言っていましたが。スロウさんは」
「そーですよ。わたし、ミミックロウラーです」
「成程、やっぱり虫のモンス――ミミックロウラー!?」
綺麗な二度見を見た。トラップレシアのシトリーはまあ疑似餌の皮を被る擬態だからまあ納得も出来るレベル。トリックモスのアリアは、まあ擬態能力はある程度高いのだから、そういう個体もいるかもしれないと思わないでもないレベル。
対するスロウ、下級モンスターの、どう考えてもこんな風に人に擬態など出来ないミミックロウラーである。中級で、まあ可能かもしれないレベルのアリアですら普段下半身は虫でいることも踏まえ、つま先から頭のてっぺんまで紛うことなき美少女になっているミミックロウラーは驚愕を超えて、嘘であると判断してもおかしくないだろう。
実際嘘だろうと信じなかった人物が今ここにいるわけだし。
「スノーティア様、信じられないのかもしれませんが、彼女は間違いなくミミックロウラーの擬態した姿ですわ」
「セフィーリアさん、でもどう見ても……ミミックロウラーには、芋虫には見えませんよ!」
ガタンと立ち上がり、スロウの下へとツカツカ進む。綺麗な金髪をサラリと梳き、柔らかそうな頬をつんつんと触り、そしてゆっくりと一歩下がった。
「いやどう見ても、どう考えても人ですよ! 嘘でしょう!? 本当は人で、私をからかっているだけでしょう!?」
「あたし達を見てたでしょう? それなのに信じられないの?」
「うんうんうん……」
アリアとシトリーが声を掛けるが、スノウはそれでも、と二体の方に向き直った。そうしながらアリアとシトリーも同じように体に触れていく。
「……正直、あの姿を見てなかったら、アリアさんもシトリーさんも擬態だってことを信じられませんでしたし」
「あ、じゃあ擬態を解けばいーんですか?」
「え?」
スノウの呟きに、スロウがそんなことを述べる。そういえば、どこぞの誰かさん、セフィ相手に信じさせる時も同じことをやったな。そんなことを思いながら、俺はスロウの言葉に、それが一番手っ取り早いかもなと返す。
「ちょ、ちょっと待ってください。ほ、本当にスロウさん、芋虫になるんですか?」
「なるっていうか、元々の姿が芋虫なんで、戻るが正しいですね」
「いやそれはどっちでもよくて! え? 嘘じゃなくて、本当の本当にミミックロウラーなんですか?」
「嘘ついてもしょーがないですし」
よし、と立ち上がったスロウを見て、スノウが明らかに動揺した。話の流れからしてそうなるのは分かりきっていただろうに、なんで今更そんなことで驚くのやら。
そんなことを思っていると、スノウは縋るように月の大聖女へと向き直った。今この場にいる最高権力者というか実力者というか、そんな奴へと言葉を紡いだ。
「つ、月の大聖女様! 流石に冗談が過ぎます、こんな」
「冗談? 何の話かしら?」
「スロウさんがミミックロウラーだなんて」
「あら、わたくしが保証するわよ。スロウはミミックロウラー、本来なら下級のモンスターよ」
今の彼女は上級モンスターでしょうけど、と続けながら、月の大聖女は面白そうに笑う。そうしつつ、観念して正体を見せてもらいなさいな、と言葉を続けた。
「で、でも……」
「あ、ひょっとして芋虫苦手だったりします? もしそーなら無理には見せませんけど」
「いやまあ得意ではないですけど、でも別に苦手ってほどではないです。じゃなくて! そういう配慮とか今私の悩みに関係ないんですよ!」
ただ単に自分の中の常識が崩れるのが怖いだけだ、とスノウは述べる。まあ確かに完全な人型に成れるミミックロウラーなんか見た日にはそうなっておかしくない。
「スノウ。さっきも月の大聖女が言ってただろ? うちの虫達はもう全員上級モンスターレベルらしいんだよ。だから擬態できても不思議じゃない」
「な、なるほど……?」
「スロウもアリアもシトリーもそのモンスターの適正レベルの頃から擬態は完璧だったわよ」
「何で茶々入れるんだよ」
ひぃ、とまた怯えるスノウを見ながら笑みを浮かべる月の大聖女。この娘にはこれくらいの方が良いのよ、と笑っているが、普段の行いがよっぽどだったんだなこいつ。いやまあ、今回のハイドラ討伐で一緒になった際に片鱗は見えたからさもありなんといったところか。
「で、どーします?」
「もういいからさっさと擬態解いてみせてやれよ」
「え? ちょ――」
「はーい」
ぐねん、とスロウの体がねじ曲がる。ぐねぐねとおおよそ人の動きではないねじれと振動をしながら、美少女の姿が芋虫へと変化、ではなく芋虫へと戻っていった。
そうしてあら不思議、あっという間に巨大な芋虫が一体、スノウの眼の前に鎮座することと相成るわけで。
「こんな感じですけど、どーですか?」
「あ」
「ほえ?」
「あひゃぁぁぁあああ!!」
おおよそお嬢様らしくない悲鳴を上げながら、スノウはそのままぶっ倒れた。お転婆とは言えお嬢様、眼の前での擬態解除は中々に刺激が強かったか。気絶していないのはアリアで耐性がついていたからか、はたまた。
「芋虫!」
「はい、芋虫ですよ」
ずずい、とぶっ倒れたスノウに迫るスロウ。そのへんにしてやれ、と俺はそんなスロウを抱きかかえ、自分の席に連れて行った。
「ちょっとやりすぎましたかね」
「いやまあ、月の大聖女もゴーサイン出したし、いいんじゃないか。ほれ口開けろ」
「あーん。はむ」
ちょうどいい場所に芋虫の頭があるから、とお菓子を食べさせつつ、俺達はスノウが落ち着くのを待ちながら、のんびりティータイムと洒落込むのであった。