芋虫に若干のトラウマを持った感もあるスノウは、お茶会の後素直に聖堂のお勤めに戻っていった。再びこっちのパーティーに戻ってきたスロウを加えて、これで俺達も十全に力を発揮出来る。
とはいえ、別に何か新たな問題があるわけでもなし。元々の依頼である護衛、という名目でセフィやアンゼリカ嬢と共に行動しているのみだ。まあぶっちゃけ帰ってもいい。そんな空気がないこともない感じである。
そう思っていた矢先、月の大聖女がちょっと頼みがあるとか言い出してきた。用事は一旦済んだとはいえ、まだ教国に残っていた俺達はそこで再び足止めを食らうわけで。
「で、何かあったのか?」
「そう身構えなくてもいいわよ。面倒事を持ってきたわけではないもの」
「どうだか。俺としちゃそっちの頼み事だってだけでもう面倒事確定みたいなもんだしな」
そう述べると、月の大聖女は苦笑する。大分警戒されているわね、とか言っているが、属性頂点の頼みで碌なもんじゃなかったことがないから仕方がないだろう。結果的にではあるが、妖精姫の依頼ですらそうだったのだ。
「そう。じゃあ身構えたままでもいいわ。聞いてくれはするんでしょう?」
「まあ、一応」
「あははははっ。エミルくんのそういうところ、わたくしは好きよ」
「エミルはあげませんからね」
ずい、と月の大聖女にスロウが割って入る。そんなこいつの行動を見て更にケラケラと笑った月の大聖女は、安心しなさいとスロウに述べた。
「わたくしはね、勝負の見えた戦いにわざわざ手を出すほど暇じゃないの」
「? どーゆー意味ですか?」
「エミルくんはスロウ一筋ということよ」
ね、とこちらに視線を送る。糸目なので分かり辛いが、そんなことはどうでもよくて、ついでに何がどう一筋なのかもどうでもいい。そんなことより話を戻せ、と俺は月の大聖女に述べると、はいはいとどこか楽しそうに話題を変えた。
「では、教国のとある街にある品物を取ってきて欲しいの」
「そんなもん、俺達に頼まなくても教国の冒険者に依頼を出せばいいだろ」
「ええそうね。でも、場所というのが」
そう言って告げた街の名前を聞いても俺はピンと来ない。スロウ達を見ても、何がどう関係しているのかと首を傾げていた。
ただ、アンゼリカ嬢とセフィは別だったらしい。というか、セフィが名前を聞いた瞬間声を上げていた。
「セフィ、どうしたんだ?」
「いえ、その街は、フレデリク様の家が治めている場所でしたので」
「フレデリク様?」
誰だ? と思ったが、月の大聖女が会ったことあるでしょうと俺に述べ、その時の話をし始めたことでようやく分かった。あの時の、セフィのお見合い相手だ。
そういえばあの後別段何も聞くこと無かったので知らなかったが、この感じからするとお見合いは何だかんだ上手くいっていたらしい。そういうことなら、とセフィが言っていることからもそれが窺える。
まあつまり、そういうことか。荷物の受け取りにいくついでに、婚約者と会ってくるのはどうだ、というやつか。
「婚約が確定したわけではないですが、そうですね。せっかく教国に来たのですから、フレデリク様に会いに行くのもいいのかもしれませんわ」
「じゃあ、決まりですね」
「まあ、そうだな」
セフィの言葉にスロウと俺が頷く。アリアもシトリーも別段反対する理由はなかったようなので、まあしょうがないと月の大聖女の依頼を受けることにした。
それで、品物ってなんなんだ。まあよっぽど怪しい物を受け取らせたりとかをすることはないだろうと信用はしているが。これが傀儡人形だったら絶対に碌でもないものを受け取らせる気だろうと身構えるし、依頼は受けない。
「お酒よ」
「……一応、用途を聞いていいか?」
「多分エミルくんの予想している通りの使い方ね。ヤマタノオロチと話し合いをするために入り用なの」
この間のハイドラの件も含めて、と月の大聖女が微笑む。まあ話が通じるとはいえ魔王級、その辺をフラフラしてもらうと色々とマズいのは間違いないであろうが、しかし。
そういう意味では属性頂点も大分ヤバいのではないだろうか、と俺は思う。
「勿論そうよ。だから出歩く時は極力影響の無いように自身の力を抑え気味にしているのよ。少なくともわたくしは」
そうは言いつつ、他の面々も当然そのくらいはやっていると付け加えた。まあ確かに、顔バレや自己紹介とかで正体を知る以外で明らかにおかしいと思うようなやつはいなかったしな。悲鳴彫刻家や、隠れ潜む百花ですら出会った当初はそうだったし。
決してまともだったというわけではない。実力とかそういうのを加味しなければ明らかにおかしかった。
そういう意味では一番当初から存在感がヤバかったのは眼の前の脳筋なわけだが。
「あの時はきちんと『そういう場』の存在感を出していただけよ。……まあ、そういう調節が一番苦手なのがわたくしなのは認めますが」
まあそれは置いておいて、と仕舞われているかのように小さくなっている翼腕がジェスチャーするように動き、話の脱線を元に戻す。そういう力加減をすることがほぼないのが魔王級であり、それは友好だろうと敵対だろうと関係がないというわけだ。
「だから、酒が足りないという理由でフラフラしているのならば、ちょっとお説教をしようと思うのよ」
「説教するのに酒用意するのか」
「ただお説教するだけだと最悪戦闘になりかねないもの。酒さえあればあいつも無闇に動かないでしょうし」
ただ、と月の大聖女は顎に手を添える。もし気まぐれ以外で何か理由があるならば、それを聞いてきちんと対処しないといけない。表情を少し真剣なものにしながらそう述べた月の大聖女は、こちらに向き直るとでもまあ、と言葉を紡いだ。
「その場合、対処するのはこちらよ。エミルくん達には極力迷惑を掛けないわ」
「本当かよ」
まあその言葉を信じるとして、とりあえずは酒を取りに行くとしますか。
「あれ?」
「ん?」
そんなわけで辿り着いた街に入ってすぐ。どこかで見たような人影を見付けた。向こうもそれは同様だったようで、こちらを見ると目を見開いている。何で教国に、と言いながら、その金髪の女の人がこちらに手を振ってきた。
「久しぶりだね」
そう言って笑う金髪の女の人――教国の勇者級パーティーの一人、リナさんは、そのまま視線を俺、スロウ、アリア、シトリーと見て、最後にセフィを視界に入れてあれ、と呟く。ちなみにアンゼリカ嬢は留守番をしていると言ってコイナやレアと一緒に向こうにいるので不在だ。
「お久しぶりです、リナ様」
「久しぶり。あれからまた強くなった感じだね。上級冒険者でもおかしくないくらい」
あれから? と俺達が首を傾げていると、以前、セフィがスノウと出会った頃に一度手合わせをしていたのだとかなんとか。あの時、出会った時にセフィの強さについて語っていたのはそのせいか。そんなことを思いつつ、勇者級から見てもセフィの強さってそのくらいなんだと若干引く。だってこれで冒険者引退してるんだぜ、このお嬢様。
「そうは言うけれど。エミル君達も順調に育ってるよ。この間一緒に依頼受けた時よりも強くなってる。これは上級冒険者になったのかな?」
うんうんと頷いているリナさんに、いやまだ中級ですと述べると、何とも意外そうな声が返ってきた。そう言われても、やっぱり経験不足は何ともならないし、と続けると、そんなことはないだろうという返答が来る。
「前も言ってたけれど。うちのアスカだって似たようなものだよ? あの娘の経験不足だって相当だもの」
「いや、勇者級の例外と一緒にされてもなぁ」
「そっちも十分例外だってば。冒険者になって一年経ったか経ってないかでもう上級の領域にいるなんて、そうそうないんだから」
真横に似たような事例がいますけど、と思わずセフィを見る。が、よくよく考えればセフィは俺達が冒険者の勉強をするよりも前から聖女として修行をしていたみたいだし、冒険者としての経験だけでは語れないか。語れないか? それでも大分ヤバくないかこのお嬢様。
「まあ、セフィーリアちゃんも似たようなものだけど。君達は特に私達と同じ匂いを感じるんだよね」
「同じ匂いって」
「勇者級になるってこと」
うげ、とあからさまに俺が引きつった表情になったからだろう。リナさんは苦笑しながらまあ無理にとは言わないけどと会話を止めた。そうしながら、ところでここには何の用で、と問い掛ける。
俺達は酒を取りに来たことを伝えると、彼女は数度目を瞬き。そしてあっちゃー、という表情を浮かべると額に手を当てた。うん、その仕草だけで何となく分かる。厄介事ですね。
「んー。まあ、厄介事って言えばそうかもしれないけど。多分ヤマタノオロチに卸す酒が足りないんだよね」
「ド直球で厄介事じゃねぇかよ」
何がどうなると酒が足りなくなるんだよ。そんなことを追加で問い掛けると、いや酒自体はあるのだとリナさんが述べる。足りないのは、あくまでヤマタノオロチに卸す用の酒である、と言葉を続けた。
「酒の等級かしら」
「まあ、近い感じだね」
アリアの呟きを彼女は肯定する。曰く、酒を醸造するための魔道具が現在故障中で、上級酒・特級酒の供給が間に合っていないのだとか。普通酒、中級酒ならばあるので、市場の混乱は一部だけではあるらしいのだが、しかし。
「別にあの酒飲み相手ならその辺の酒でもいいんじゃないか?」
「でもそれなら、別に向こうでお酒調達すればいいだけなんじゃないですか?」
俺の考えに、スロウがツッコミを入れる。まあ確かに、言われてみれば別に普通でいいならわざわざここに来る必要もない。いや、セフィを婚約者候補と会わせる為だけだと考えればあるいは、とも思ったが、もしそうなら月の大聖女はそう言うはずだ。良くも悪くも脳筋だし、ついでに会ってくればいいという言葉の通りのはずである。
となると、やはりこの街の、少なくとも上級酒が必要になるわけか。
「つってもなぁ。月の大聖女は場合によっては説教とか言ってただろ? そんな状態の相手に上等な酒を渡すか?」
「まあ、確かに」
ううむ、とスロウと二人で悩んでいたが、いやちょっと待った、とそこで気が付いた。
別に聞きに行けばいいだろう、と。《テレポート》でちょっと戻って尋ねてくればそれで事足りる。街にも着いたので、戻ってくるのも《テレポート》で一発だ。
「そーいえばそうですね。じゃあ」
「待て待て。俺も行く」
全員で戻る意味もないので、俺とスロウだけで一旦教国の首都に戻り、再度月の大聖女に会いに行く。早かったのね、とこちらを見て微笑む月の大聖女に、違うそうじゃないと言葉を返した。
そうして向こうの状況を語る。ふむ、とそれを聞いた月の大聖女は、俺達を見てじゃあ、と口を開いた。
「もし出来たら、魔道具の修理も手伝ってもらえないかしら」
「いや無理だろ」
「出来たら、よ。リナが状況を知っていたということは、何かしら冒険者に依頼が入るような事があってもおかしくない。それを手伝って欲しいの」
「別に直るまで待ってて、それからヤマタノオロチにお説教、じゃ駄目なんですか?」
俺が別に乗り気じゃない、ということもあり、スロウもぶっちゃけやらない方向に舵を切っている。そんなスロウを見た月の大聖女もそうねと頷き、まあ急ぐものでもないからと肩を竦めた。
「じゃあ、依頼は取り消しにしましょうか。時間がどれだけ掛かるか分からないもの」
「了解。まあ、一応こっちの手伝いですぐ直りそうならそこだけはやっとく」
「え?」
じゃあ戻るか、とスロウに声を掛けようとすると、月の大聖女がそんな声を上げた。手伝ってくれるの? と俺に問い掛けるので、出来そうならな、とだけ返す。
「じゃあ最初からお願い聞いてくれれば、とか考えたら負けですよ、エミルなんで」
「そうね。流石は魔物も認める捻くれ者」
「おいなんか余計な装飾ついてないか?」
「気の所為でしょう」
スロウも月の大聖女もそんな風に俺の抗議を流し、さあ行きますよ、と《テレポート》に押し込まれる。そうして向こうの街に戻ってきた俺達は、月の大聖女とのやり取りを伝え、まあ手伝えるなら手伝うか、ということになった。
「素直じゃないけど、お人好しだよね、エミル君は」
「それがエミルのいいところなんですよ」
「まあそうね。そういう捻くれたお人好しがエミルの長所よね」
「何だかんだ助けてくれるのが、エミルくんのいいところだよぉ……」
「ふふふ、それは間違いありませんわね」
これ、褒められてるのか? なんか釈然としないが、リナさんはそんな三体と一人の俺の評価を聞いて大爆笑していた。なるほどなるほど、と頷いていたが、一体全体何が成程なのかさっぱり分からない。
「いやぁ、クロードが気に入るわけだ、と」
「あいつに気に入られてるとかすげぇ嫌なんだけど」
「ははは! うん、まあね、あいつ胡散臭いもんね」
本人も自覚しているのか、基本的に最初の自己紹介の時、決して怪しいものではないと伝えるのがお決まりになっているらしく、そのたびにリナさんもアスカさんも笑いをこらえているのだとか。
あ、そうだ。それで思い出したが。何でここにリナさん一人なんだ? そのことについて尋ねると、あははと彼女は苦笑した。
「私達所属がこの街だからね。その関係で、今回その修理の依頼で色々やってるパーティーになってるのよ。つまり」
「……手伝うと、クロードにも会う、と」
「うん、そうなる。……やっぱりやめとく? でもあいつ胡散臭いだけで別に悪いやつじゃないよ?」
そう言って苦笑するリナさんを見ながら、いやまあここでやめるのもなんだし、と頬を掻いた。念の為、と残りの面々を見ても、俺がやるなら別に文句はないと告げられる。
そんなわけで、とりあえず依頼をしっかりと受けるため、俺達はリナさんの案内で街のギルドへと向かうのであった。