幼馴染の擬態した虫が聖女とか言われた   作:負け狐

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第八十五話

 さて、とはいえ。相手は魔王級である。俺一人でどうにかなるようなら苦労しない。向こうはその辺りを承知しているわけではないので現状探り探りの動きをしているが、相手にならないと判断した途端一気に攻めてくるだろう。そして俺はボロ雑巾にされて終わりである。

 

「どうしたの? 大口叩いたんだから攻めて来ないと」

「分かってるよ」

 

 悪徳の剣を構え、一気に間合いを詰める。え、とラティの声が聞こえたが、そんなことを気にしている余裕などない。手加減などすることもなく、思い切り振り抜いた。

 

「きゃぁ!」

「ちぃ」

 

 やはり、というかラティがどこからか取り出した何かによって受け止められた。あまり見慣れない形だが、あれは、銃か?

 いや、待て。銃、ということは。

 

「その動き、中級なんて嘘じゃない。もう、じゃあ今度はこっちの番よ!」

 

 チャキ、と銃口が向けられる。咄嗟に横っ飛びをすると、ガガガガガ、と爆音が鳴り響き一瞬前まで俺がいた場所を蜂の巣にした。地面についた大量の痕を見て、思わず俺は顔を引き攣らせる。

 殺す気か、と思わず言いかけて口を閉じた。そりゃそうだ、殺す気だろうよ。

 

「あら、安心して、殺傷能力は下げてあるわよ」

「……手加減してるのか」

「そうじゃなくて。ラティ、あんまりそういうの好きじゃないの。だから被害も少なくしてたでしょ?」

「魔王級モンスターのくせにか」

「そういう区分も、好きじゃないわ」

 

 そう言いながら銃口をこちらに向ける。さっきは避けられたが、次も上手くいくとは限らない。内心冷や汗を垂らしながら、時間稼ぎのつもりもありつつ、苦し紛れに口を開いた。

 

「それ、銃だよな?」

「そうよ? 普通の魔道具の銃とは違う、ラティの特別製。連射が凄いすぐれものよ。まあ、その代わり狙いがつけにくいけれど」

「人形の体に加え、銃までか。……流石は魔王級」

「そういう褒め言葉は、受け取っておくわ」

 

 ふふん、と得意げに胸を張るラティ。その拍子に強調された胸がたゆんと揺れ、いや違うと頭を振った。別にそういう意味で見てたんではなくて、つい、って俺は誰に言い訳をしているんだ。

 

「じー」

「うおぉ!?」

 

 そんなことを思っていた矢先、隣でジト目になっているスロウに気が付いた。弾かれたようにそちらを見ると、ずずいと顔を近付けてくる。

 

「浮気者」

「何の話だ何の。俺はただ」

「おっぱい見てましたよね?」

「不可抗力だ」

「見たいならわたしがいくらでも見せますよ」

 

 そう言って自分の胸をぐい、と押し出してくるスロウ。いや今そういう場面じゃないから、ほら前見ろ前、魔王級だぞ。

 そんなことを言いながらスロウの視線をラティに向けると、当事者であるラティは俺達のやり取りを楽しそうに見守っていた。何でだ。

 

「え? なになに? 君達仲良いの? 彼氏彼女?」

「彼氏彼女です」

「違うわ。ただの幼馴染だ」

「かーれーしーかーのーじょー」

「幼馴染だ」

 

 ぶーぶー、と文句を言うスロウを横目に、それがどうしたとラティを睨む。睨むが、ラティの表情は笑顔のままだ。というかむしろさっきより目がキラキラしているような。

 

「くっつきそうでくっつかないもどかしい幼馴染! でもお互い好きあってるのよね? ねえねえ、そこの君、名前は?」

「へ? スロウです」

「ねえスロウ、よかったら、色々聞かせてくれないかしら。ラティ、そういうのだーいすきなの」

 

 スロウの手を取り、非常にいい笑顔でそう述べるラティ。その勢いで思わずのけぞったスロウは、何とも困った表情でこちらを見た。いや、こっち見られても。

 

「あ、そうよね。スロウじゃなくても、君に聞いてもいいのよね? ねえねえ、彼女とはどうなの?」

「こっち来んな! だからスロウは幼馴染だって言ってんだろ」

「そんなこと言っても、本当は好きなんでしょ?」

「好きなんですよね?」

「何でお前も突然そっち側に回ってんだよ!」

 

 手の平を返すように向こう側につくスロウに思わずツッコミを入れる。が、気にすること無くスロウもラティと同じようにこちらに詰め寄ってきた。いやだから、スロウのことは別に、いや、別に嫌いってわけじゃないけど、その。

 

「何あんたまで向こうのペースに乗せられてるのよ」

 

 はっ。そうだ、今やることはそれじゃない。スロウがいるということは当然というか一緒にいたアリアに言われ、俺はそこで我に返った。いかんいかんと頭を振ると、とりあえずスロウを小突く。あいたー、と騒ぐスロウを気にすること無く、ラティに再び視線を向けた。

 

「おいラティ」

「教えてくれるの?」

「違う。そもそもお前を討伐するために来たんだって言ってんだろ」

「討伐までは、言ってなかったよぉ……?」

 

 シトリーがそんなことを言うが、俺は気にせず言葉を紡ぐ。どっちにしろやらかした魔王級を無罪放免にするわけないだろう、と。それを聞いたラティはハッと気付いたように目を見開き、こほんと咳払いをした。

 

「そうだったわね。でも、ラティはただではやられないから」

「こちらとしては、盗んだ部品をどうにかしてくれれば多少の便宜は図るけれど」

「え? 君は?」

「フレデリク、ここの領主の家のものだよ」

 

 今度はフレデリクさん。流石に無罪放免とはいかないけれど、討伐にはいたらないと交渉にかかった。そうなの? と首を傾げたラティは、しかし暫し考えると何とも言えない表情になった。

 

「盗んだ部品はどうにもならないわ」

「それは、何故?」

「この体に使っちゃったもの。破壊しないと取り出せないし、何より加工したからそのまま返すのは不可能ね」

「ああ、やっぱり、そうですか」

 

 予想は出来ていた、とフレデリクさんが苦笑する。そうしながら、ではどうしたものかと顎に手を当てていた。どうやら彼の中ではあまり討伐することに積極的ではないようだ。

 まあ魔王級だし、討伐するのが大変だというのもあるのだろう。

 

「でも、そのボディは完全ではなさそうだ」

「そうよ。本当はもっと改良する予定だったの。だからほら、足とか魔導人形のままでしょ」

 

 そう言って少し不満げにラティは自身の足を指差す。太もも部分は人間と変わらないように見えるが、そこから下、膝からの部分は魔導人形と同じような機械で出来ていた。こっちはしょうがないけれど、とついでに背中を見せる。バックパックが装着され、そこに武装が仕込まれているのが見えた。

 何がどうあれ、物騒なのには変わりがないと思うのは俺だけか。

 

「それで、どうなの? ラティは討伐対象かしら?」

「交渉の余地は?」

「そんなこと言われても。取ったパーツは返せないんだから、ラティに交渉の手段ないでしょ?」

 

 そう言って銃を構えるラティ。それに合わせるように、俺とスロウやアリア、シトリーも戦闘態勢を取った。フレデリクさんは戦えないだろうから、と思っていた矢先、セフィが彼を守るように立つ。誰よりも早くその態勢になったということは、まあ何だかんだセフィの方もフレデリクさんのことを憎からず思っている、という感じなんだろうか。

 っていかん、眼の前の色恋沙汰が大好きとか抜かす魔王級モンスターのせいで、俺まで余計な思考になってしまった。

 

「申し訳ない、セフィーリア嬢」

「いいえ。私は聖女ですもの。こういう時には素直に守られてくださいませ」

 

 聖女ってそういうものだっけか、というツッコミを二人のやり取りから言いたくなったが、まあよくよく考えるとそういうものだよなと思ったので飲み込む。そんなことより、眼の前の魔王級だ。

 

「ねえ、そこの二人は付き合っているの?」

 

 と、思ったらやっぱりそこが気になったらしい。先程と同じように目をキラキラさせながらセフィとフレデリクさんに話し掛けていた。お前のそれのせいで俺までさっきそういう思考になりかけたんだからな、今戦闘しようとしたところだったからな。自重しろ。

 

「まだ、婚約者候補、といったところです」

「……ふーん。でも憎からず思っている感じ?」

 

 目をキラキラさせたままニシシとラティが笑う。それを微笑みで躱したセフィと苦笑しながら頬を掻いて答えを濁したフレデリクさんを見て、うんうんと満足そうに頷いていた。

 

「そういうのもラティ、だーいすき」

「ああそうかい。いいからもうとっとと倒されろよ」

「嫌よ。ラティ、もっとそういうの見ていたいもの。君達の仲なんか、特に」

「やかましい。どのみち、クロード達が来ればそれで解決だ。戦わないならここで大人しく」

「勇者級との戦いは嫌。だったらラティ逃げるわよ」

 

 逃がすか、と俺はラティへと足を踏み出す。そこにカウンターを合わせるように銃口を向けたラティは、引っ掛かったとばかりにペロリと舌を出していた。

 が、発射された銃弾は俺が前方に生み出した光の盾で弾かれた。スロウの支援も込みなので、劣化妖精姫のそれでもどうにかなったようだ。

 

「え!?」

「引っ掛かったのはそっちだな」

 

 そのまま剣を振り下ろす。あぶない、と銃で防いだラティは、慌ててバク宙をするように距離を取った。そのまま逃げるでもなく、むむむと苦い顔でこちらを睨んでいる。

 

「エミルエミル」

「何だよ」

「今ラティちゃんのパンツ見ました?」

「今そういう場面じゃないの分かって聞いてる? 後なんか向こうに気安くないかお前」

 

 一応曲がりなりにも魔王級との戦闘中だからな。以前戦った魔王級の影の時と比べると、真面目さが圧倒的に足りない。そんなことを思いながらスロウに述べると、だってしょうがないじゃないですかと返された。何がしょうがないんだよ何が。

 

「被害だって今まだ起きてないだけで、これから出る可能性だってあるんだぞ」

「そんなことしないわよ。ラティは体さえ手に入れば、後は」

「後はどうするんだよ。魔王級が野放し、なんてなるわけないからな」

「細かいわね、君」

 

 細かくない。魔王級だぞ魔王級。勇者級の冒険者が出張る存在だぞ。そんなもんをはいそうですかと見逃すわけ無いだろうが。自分の強さをもう少し考えろ。

 そう思ったし実際言ったが、ラティは不満げな表情を隠そうともしない。そんな顔のまま、だったら、と俺達を指差した。

 

「君達はどうなるの? そこの三体、魔王級に片足突っ込んでいるわよね? 野放しでいいの?」

「は?」

 

 魔王級に片足突っ込んでる? スロウ、アリア、シトリーを順に見て、そして眼の前のラティを見て。

 いや流石にそれは言い過ぎだろうと思い直し頭を振った。

 

「何よ、ラティが嘘ついてるっていうの? 上級の上澄みも上澄みでしょ? 魔王級に認定されてもおかしくないじゃない」

「だからそれが――いや、実際どうなんだ?」

 

 そう言われると何だか不安になってきた。俺はともかく、異常さで言うならば確かにスロウもアリアもシトリーも相当なものだ。上級はもうそうだろうなと納得するだろうし、その上澄み、という評価も、ひょっとしたらと考えてしまうほどだ。

 

「今そこは重要じゃないでしょ。だから向こうに乗せられるんじゃないわよ」

「うんうんうん……」

「何よ。重要でしょ? ラティが討伐対象でそっちが無罪放免なんておかしいもの」

 

 そう言ってアリアとシトリーを睨む。そうしながら、ずるい、と二体に銃口を向けた。

 

「どうして? そっちだって何かしらはしてきたでしょ? なのに野放しで、ラティは討伐対象なの? ずるいじゃない」

「あたし達は一応エミルの使役モンスターっていう肩書があるもの」

「野放しってわけじゃ、ないんだよぉ……」

「だったらラティもそうなればいいの? 違うでしょ?」

 

 そう言ってラティは俺を見る。いやまあ、魔王級を使役モンスターに、なんて芸当は多分無理だろうから、確かにそういうわけにはいかないとは思う。だから俺はゆっくりと首を横に振る。

 

「ほら。何で? どうして? そっちだって似たようなものじゃない。後から魔王級になればよくて、今ここで魔王級なのは駄目だなんて、ずるいじゃない」

「それは……」

「そう言われるとぉ……」

 

 ううむ、と二体がこっちを見る。いやだからこっちを見られても、無理なものは無理だってば。中級冒険者でしかない俺は、上級のモンスターを管理下に置くのだってあれだけの署名が必要だったんだ。それ以上の、魔王級なんか土台無理だ。

 そしてそういう意味では、確かに魔王級になりかねないと言われたたこいつらは、俺の使役モンスターという書類上の扱いだけで大丈夫なのかという不安も。

 

「大丈夫ですよ」

「スロウ」

「少なくともわたしは、エミルを絶対に裏切りません。だってエミルのことが大好きなんですから」

 

 そう言って俺に抱き着いてくるスロウ。いやそういう問題じゃないだろ、と思いはするが、こいつの真っ直ぐなその言葉を聞くと、本当に何の問題もないことだと、大丈夫だと思えてきて。

 

「ずるい! ラティがそういうの大好きで、そういうのに弱いってのを知っててやるんだもの」

「エミルは渡しませんよ」

「分かってるわよ。……もう、ずるい、ずるいずるい!」

 

 癇癪を起こしたこどのようにずるいを連呼したラティは、もう知らないとばかりに銃を構えた。右手だけでなく、左手にも同じものを取り出し、二つの銃口が俺達に向けられる。

 引き金が引かれ、銃弾がばら撒かれた。シトリーが俺達の前に立ち、その銃弾を体で受け止める。あっという間に蜂の巣になっていくシトリーだったが、疑似餌から素早く脱出すると即座にラティの左腕に噛みついた。

 

「んなっ」

 

 その衝撃で銃弾は明後日の方向に逸れ、そしてそのまま銃も取り落とされる。この、とシトリーを蹴り飛ばしたラティは、落ちた銃を素早く拾い上げると、吹き飛んだシトリー目掛けて引き金を引いた。

 

「させないわ!」

「うわっ」

 

 それよりも早く、アリアの鱗粉によって生まれた火柱に左腕が焼かれた。腕自体は無事のようだが、銃が焼け焦げ使い物にならなくなっている。小さく舌打ちしたラティがその銃をアリアに投げつけ、残った右手の銃を俺達へと向け撃つ。銃弾の嵐が飛び交い、俺とスロウに襲い掛かった。

 が、それに割り込んだセフィが銃弾の嵐をレイピアで弾いていく。ちょっと待て。今までの流れの中でこれが一番訳分からん。

 

「魔王級候補よりおかしいのがいた!?」

「失礼ですわね」

 

 いや、その評価は妥当だと思う。スロウは流石セフィちゃん先輩とか言ってるけど。

 それはさておき。セフィの防御でラティは隙だらけだ。決めるなら多分これが唯一のチャンスと言ってもいいだろう。恐らく二回目は同じ方法で隙は出来ない。

 スロウ、と隣を呼ぶ。了解とばかりに支援を掛けたスロウに礼を言いつつ、俺は一気に意識を集中させた。飛び交う弾丸も、弾いているセフィも、それらがゆっくりに見えている視界の中、俺は一気にラティへと間合いを詰めた。弾丸の軌道も見えるので、それらに当たってやる義理もない。

 

「君もっ!? やっぱり、中級冒険者なんかじゃないじゃない! 嘘吐き! 詐欺師!」

「そんなこと言われてもな。中級冒険者なのは本当のことだし」

「卑怯よ! ずるいわよ! ずるい! 勇者級なりかけだって知ってたら、ラティだって――」

 

 ラティの言葉が終わるよりも早く。俺は彼女の顔面に剣を振り抜いた。ぐしゃり、と美少女の顔面が潰れ、そしてその中に詰まっていた魔導機械のパーツが弾け飛ぶ。

 顔面を半分ほど失ったラティは、だらりと両手が投げ出され、そしてがくりと膝から崩折れると仰向けに倒れた。その体はピクリとも動かず、魔導人形の体が活動停止したことを意味していた。

 

「悪いな。お前の文句は、また後で聞いてやる」

 

 動かなくなったラティの体に、俺はそう述べ集中を解く。これまでより更に深く集中したせいか、その途端に一気に疲労が湧いてきた。べしゃりとその場に座り込むと、俺は大きく溜息を吐いて、そして体の力を抜く。

 こういうのは本当はクロード達の役目だろうが。そんな愚痴が、思わず口から零れ出た。

 

 

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