幼馴染の擬態した虫が聖女とか言われた   作:負け狐

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もはやお約束


第八十六話

「やりました?」

 

 顔面が潰れたラティの死体を見ながらスロウがそんなことを呟く。そこに別段俺を責めるようなこともなく、当然というか寂しがるような声色でもなかった。ただただ、本当に、やったかやってないかの確認を尋ねてきたのだ。

 

「やってない」

 

 だから俺は同じように別段何の感慨もなくそう述べた。ピクリとも動かない美少女だった死体を見下ろしながら。

 否、死体に見える人形の体を見下ろしながら、だ。

 

「でも顔ぺちゃんこですよね?」

「ああ」

「普通は死にますよ?」

「そこにそうじゃない証明みたいなのがいるだろ」

 

 そこ、とシトリーを指差す。促されるままそこを見たスロウも、ああ成程、と頷いていた。

 

「うぅ……ワタシの疑似餌ボロボロだよぉ……」

 

 ぺしょぺしょと蜂の巣になった美少女の皮を見ながら嘆くアリジゴク。そういえば殺傷能力は下げているとか言ってた割に、しっかりシトリーの疑似餌ボディは穴だらけになったな。

 

「あ、それなら、ワタシが完全に外に出ちゃってたからだよぉ……。疑似餌の皮は案外脆いからぁ……」

 

 疑似餌との接続をしていれば、疑似餌にもシトリーの本体の防御力をある程度反映させることが出来るらしいが、今回は完全に脱ぎ捨てた状態で囮にしたため、防御も見た目通りのか弱い美少女相当、あるいはそれ以下しかなかったのだとか。

 ……だとしても、それで蜂の巣になるってことは普通の人間は死ぬんじゃないのか?

 

「冒険者相手に、ってことなんでしょ」

 

 これじゃあ着れない、と嘆いているシトリーを慰めながらアリアがそんなことを述べる。それが不満なら直接聞けばいい、と視線をシトリーからラティの死体へと向けていた。

 

「それもそうだな。おいラティ」

「――――ずるい」

 

 顔面の潰れた死体から声が響く。どう考えても声の出せるような頭部ではない以上、声を発しているのは自ずと違う部分になる。

 

「ずるい、ずるい、ずるい! なんでよ! どうしてよ! なんでそんなに強いのよ!」

 

 声を発しているのは死体の大体腰辺り。

 そう、こいつの本体、短剣が収められている場所だ。クイックシルヴァーは魂を持った物体の魔物。生きる魔道具、などと呼ばれるモンスターだ。勿論魔道具とは構成から何もかもが違うのだが、まあ勝手に動く道具という意味では同じなのかもしれない。いや、魔道具も別に勝手には動かないけど。

 ともあれ。そんなわけなのでこいつの本体はあくまで短剣で、美少女部分は外付けパーツの、いわば擬態みたいなものだ。だから顔面を破壊したところで討伐は出来ない。

 完全に殺すには、短剣部分を破壊しなければ。

 

「な、なによ。ラティにとどめを刺す気!?」

「そうしたいのは山々だが、流石にさっきみたいな奇襲は通用しないだろ、魔王級」

「……今動けないから、普通に倒されるわよ、ラティ」

「本当か?」

「嘘だと思うならやりなさいよ! もう手も足も出ないんだから!」

 

 ううむ。どう思う、とスロウを見ると、エミルの思うがままでいいと思いますという答えが来る。いや今はそういう場合じゃないだろ。そう返すと、それもそうですねとあっさりさっきの答えを翻した。

 

「まあぶっちゃけ信用できないですよね」

「だよな」

 

 そう言って俺達はラティを見下ろす。口はしていないが、アリアもシトリーも、勿論セフィやフレデリクさんも同じ考えのようであった。

 

「ぐ」

「そこで唸るなよ。さてはお前そういう奇襲とか苦手だろ」

「そんなことないわよ。エミルの体の操作も奪ったじゃない」

 

 言われてみれば。そもそも人の体の操作を奪うという能力の時点で奇襲の塊みたいなものだ。そう考えると苦手なはずはない、んだろうが。

 じゃあ何でそんなバレバレなんだよ、という疑問が出るわけで。

 

「人の体の操作を奪うことはやってたけど、それで奇襲ってしたことないのよね、ラティ」

「こいつ思ったよりポンコツだな」

「素直で可愛い性格って言いなさいよ」

「素直で可愛いやつは人の体を乗っ取らないんだよ」

「ぐぅ」

 

 ぐうの音しか出ないらしい。こいつ本当に魔王級なんだろうか。そんな疑問が頭をもたげるが、まあ実際問題強さや能力を考えるとそう呼称するのが妥当なのは間違いないだろう。

 それはそれとして大分残念な感じなので、討伐するとしてもこのままあっさり出来てしまいそうなのがなんとも。

 

「もぅ! ずるいずるい! 中級者とか名乗る勇者級手前のパーティに、何だか分からない変人までいるんだもの!」

「変人……」

 

 あ、セフィがダメージ受けてる。いや、そうは言ってもあの銃弾を全部レイピアで弾いたのは紛うこと無く変人だ。

 

「私はただ、今回の教国の旅で改めてようやく聖女として認められた、駆け出しですわ」

「駆け出しとか絶対嘘だ!」

 

 というか聖女の称号をようやくってのも嘘だろとしか言いようがない。セフィが見習いって名乗ってただけで実際はとっくに聖女だっただろ。そんなことを思いながらスロウを見ると、まあそんなところですと笑っていた。

 

「月の大聖女さんにいい加減聖女名乗れって言われて、渋々みたいな感じでしたけど」

「あのお嬢様はどこ目指してるんだよ」

 

 俺達に置いていかれないように、とか言ってたけど、どう考えても俺達が置いていかれてるよなあれ。あの時言ってたリナさんとの手合わせも手加減無しでやらかしてただろ。

 そんなことを思っていると、顔の潰れたラティがゆっくりと立ち上がった。ボタボタと血のような液体を垂らしながら、美少女の見る影もない頭部をこちらに向ける。同時に、持っていた右手の銃口もこちらに向けた。

 

「ラティはまだ目的も叶えてない。だから、ここで討伐されるわけにも、いかない!」

「っ!」

 

 引き金を引く。弾幕を作り上げたラティは、俺達がそれに怯んでいる隙に離脱しようとフラフラの体で後退し。

 

「そうは」

「いかないでござるよ」

 

 背後に一人の少女がいることと、乱入した人影が人の背丈ほどある両手斧で弾幕を全て弾き飛ばしたことで失敗に終わった。

 

 

 

 

 

 

「リナさん、アスカさん」

「ごめんね、遅れちゃって」

「申し訳ないでござる」

「ゆ、勇者級……」

 

 挟み撃ちになる形となったラティは一歩も動けず、ただその場に佇むだけとなった。前には斧を構えたリナさんが、後ろには剣を構えたアスカさんがいる。流石に勇者級に挟まれた状態ではラティも迂闊に動けないらしい。

 

「さっきから迂闊に動けなかったわよ! やぶれかぶれだったのにぃ!」

「うん。やっぱりエミル君で十分だったじゃない」

「拙者達は余計なお世話だったでござるな」

 

 うんうん頷きながら二人共武器を仕舞う。おい待て、仕舞うな。まだあいつ逃げる気なんだから隙を与えるな。

 そんなことを思っていたのが伝わったのか、しかしそれとは裏腹にリナさんもアスカさんもラティから視線を外し、そのまま観客になってしまった。おい勇者、魔王級どうにかするのが仕事だろうがよ。

 

「そうは言っても、向こうも既に敵意が無くなっていますしね」

「うわクロード」

「あの二人がいるんですから、当然私もいますよ」

 

 そりゃ分かるけど、突然湧くな。そんなことを述べると、おやおやと肩を竦められた。そういう胡散臭い態度だからだぞ、分かってるのか。

 まあそれはともかく。勇者級が敵意はもうないって判断するってことはまあ信用してもいいのだろう。敵意がないだけで逃げる気は満々、みたいなこともないはずだ。だとしたらクロードはともかくあの二人が観客に回るはずもない。

 カラン、と銃が地面に落ちた。べしゃりと顔の潰れたラティがへたり込むと、諦めたように項垂れる。潰れた顔面からは変わらずボタボタと血のような液体が垂れていた。

 

「あーあ。ラティもここまでか」

 

 そう呟くと、腰の短剣を取り出し突き出した。本体をわざわざそうやって前に出すということは、流石に観念したのだと思っていいのだろう。

 

「ねえ」

「どうしました?」

 

 クロードに、勇者級達にラティが声を掛ける。ちょっとお願いがあるんだけど、と述べると、自分にとどめを刺す相手はあっちがいいと俺達を指差した。俺と、スロウをだ。

 

「それはまた、どうして?」

「ラティ、あの二人好きなの。だから、ああいうカップルに殺してほしいなって」

「カップル! カップルですってエミル!」

「カップルじゃない」

「ぶー」

「成程」

 

 何が成程なんだよクロード。リナさんもアスカさんもそんな生暖かい視線を向けるな。

 というか、そもそも。

 

「殺す殺さないって、何でそうなる」

「あ、また始まった」

 

 横でスロウがやれやれと肩を竦めているのが見えたが、何だよ、何が始まったって言うんだよ。

 俺はただ、あれだけ目的を叶えるまではとか言ってたのにあっさり諦めたのが気に入らないだけで。

 

「こういう時は命乞いなりなんなりすればいいだろうが。さっきまで死にたくないとか言ってたくせに」

「始まったわね」

「いつものだよぉ……」

 

 だから何がだ。アリアとシトリーをジロリと睨むと、俺はラティをびしりと指差す。

 で、結局お前はどうしたいんだ。回りくどいことなどせずに、俺はそうラティへ問い掛けた。

 

「え? だから、殺すならエミルとスロウにやってほしいって」

「死にたいのか?」

「はぁ? 死にたくないに決まってるでしょ! ラティはまだまだやりたいことあるもの!」

「ふふっ」

 

 耐えきれない、といった様子でクロードが吹き出した。その横ではリナさんとアスカさんも面白いものを見ている様子でこちらを眺めている。何だよ、見世物じゃないぞ。

 

「見世物よ。もう見慣れたやつ」

「うんうんうん……」

 

 やかましい。そんなことを言いながら、俺は視線をラティからクロード達と同じような表情をしているフレデリクさんへと向けた。その横ではスロウ達と同じような表情をしているセフィが見える。

 

「なあ、フレデリクさん」

「なんだい?」

「便宜は図るって、交渉の余地はあるって。戦う前に言ってたよな?」

「はい、言いましたよ。こちらとしては、そうですね――」

「だから、ラティには交渉の材料なんて」

「この街の住人になる、というのはどうです?」

「ない、って、へ?」

 

 その場合、今回の騒動を起こした責任として修繕を無償で手伝って貰うことになる。後は関係者への謝罪と賠償。まあモンスターなのでとりあえずはそんなところだろう。呆気に取られているラティにそう述べると、フレデリクさんはセフィを見て、そして頷くと俺に視線を向けた。

 

「どうかな? 未来の勇者級さん。この裁定に不服ですか?」

「俺が口を挟むことじゃないだろ。フレデリクさんとラティの問題だ」

「ということは、討伐はしない、ということで」

「まあ」

「ちょ、ちょっと、ちょっと待って!」

 

 これにて一件落着。そんな状態に待ったが掛かる。当事者であるラティだ。何がどうなってそうなったのか、頭にはてなマークでも浮かんでそうな状態のまま、そんなことを俺達に問い掛けてきた。

 何がどうなってそうなったと言われても。フレデリクさんが交渉して、その交渉をお前が受ければそれで終わりの、単純な話だ。

 

「え? だってラティ、自分で言うのも何だけど結構悪いことしたよ?」

「人殺しとか、その辺をしてないだろ。魔王級なのに」

「魔王級なのにとか余計! だってラティそういうの好きじゃないし」

「だから、こういう交渉が出来るって話だろ。フレデリクさんに感謝しろよ」

「僕は貴方の意見を汲んだけですよ」

 

 横合いから声。そんなフレデリクさんの言葉を受け、ほーらやっぱりとアリアとシトリー、スロウにセフィまでもが俺を見てくる。クロード達は完全に観客として楽しんでる状態だ。

 

「えっと? エミルに感謝すればいいのかな?」

「すんな。俺はただ」

「ただ?」

「……別に、討伐しなきゃならないような奴に見えなかったから、それだけだ」

「そーゆーところですよ、まったく。エミルったら」

 

 がば、とスロウが抱き着いてくる。何でだ、そんな大したことは言ってないし、そもそもクロード達だってそういう方向に話を持ってこうとしてただろ。そんなことを思いながら向こうを睨むと、苦笑しながら頭を振られた。

 

「流石にそこまで無罪放免にしようとは考えていませんよ。魔王級を懐柔するなんて、勇者でも滅多にしませんから」

「そうそう。誇っていいよ」

「流石でござる」

 

 だから何でだ。別に俺は懐柔したつもりもないし、フレデリクさんの交渉の結果なんだから、この街の住人になるってことで俺の功績なんぞどこにもないだろうに。

 そんな文句を言っていると、何を言っているのやら、とクロードが肩を竦めた。

 

「流石に魔王級をはいそうですかと街の住人には出来ませんよ。ある程度の保証人は必要になります。そう、例えば」

 

 同じような状態の冒険者、具体的には魔王級なりたてを使役モンスターにしている冒険者とか。そう言って微笑んだクロードは、そういうわけですので、と言葉を続けた。

 

「何がそういうわけなんだよ」

「流石に中級冒険者は魔王級を使役モンスターには出来ません」

「する気もないけどな、で?」

「エミル君。どのみち、このままだとスロウちゃん達の使役モンスターの許可も下りなくなるよ」

「まあほぼ魔王級みたいなものでござるからな」

 

 リナさんとアスカさんがそう畳み掛けてくる。ぐだぐだと言っているが、まあそれはつまり、早い話が。

 

「上級冒険者に、いや、いっそこのまま勇者級になりましょう」

「嫌だよ! せめて上級で止まらせてくれ!」

「それでもいいけれど」

 

 んー、とリナさんが何かを考え込む仕草を取る。そうしながら、多分、と俺を指差し笑った。

 

「上級試験を受けるための推薦人は私達がするし、多分、よっぽどのことがない限り一気にランク跳ね上がるよ」

「じゃあ推薦なんかいらねぇよ!」

「魔王級を使役するとなると、流石に推薦無しの上級試験じゃ無理でござるよ?」

 

 詰んだ。ちょっと厄介事に首を突っ込んだらこれだ。平穏無事がいい。そう思っていたのに、いつの間にやら、あれあれよとこんなことに。

 ……いやまあ、スロウと一緒にいる時点でもう今更か。

 

「どーしたんですか?」

「お前と一緒にいるためにもやるしかないかって思っただけだ」

「……そーゆーところですからね。大好き!」

 

 うわ、だから何で急に抱き着いてくるんだよお前は。

 

「いいねいいね、もっとやって!」

 

 うるせぇぞ短剣。

 

 




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