幼馴染の擬態した虫が聖女とか言われた   作:負け狐

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試験終了


第八十九話

 剣を振り下ろす。そのタイミングで双頭の巨大狼が通常の巨大狼に分離した。斬撃は空を切り、左右に回り込んだ分離したオルトロスが挟撃を仕掛けてくる。

 

「妨害」

 

 クーヤがそこに割り込んだ。糸で作った鎌で片方の噛みつきを受け止める。ギチギチと狼の顎と鎌がぶつかり合う音を聞きながら、俺ももう片方へ剣を振るっていた。流石に本物と言うべきか、一撃で沈めることは出来なかったが、それでもダメージは与えられた。この調子で攻撃を続けていけば問題なく討伐出来るだろう。

 とはいえ、それはこいつ一体だけの場合である。

 

「エミル様!」

「うお、っとぉ!」

 

 急停止、そして思い切り横に跳んだ。地面の抉れる音がして、俺が一瞬前までいた場所が吹き飛ぶ。別のオルトロスの咆哮によるブレス攻撃だ。双頭の狼がこちらを睨み付けて今にも噛み砕かんと唸りを上げていた。

 

「三体は流石に多いな」

「一体はラティさんが押さえてくれています。実質的には二体ですね」

「成程」

 

 そっちはどうだ、とラティに声を掛ける。銃をぶっ放しながらこちらに振り向いたラティは、ふんと鼻を鳴らすと口角を上げた。

 

「ラティ、これでも魔王級よ? オルトロス一体に負けるようじゃ話にならないわ」

 

 そう言って腰に手を当てふんと胸を張る。そうしながら、そういうそっちはどうなんだとこちらに指を突き付けた。

 嘗めるな、と返す。こちとら勇者級になろうとしてるんだ、この程度で怯んでたらとてもじゃないがやってられない。

 

「それもそうね。じゃあ、そこの二体は任せるわよ」

「言われなくたってやるよ」

 

 ラティにそう述べて再度合体したオルトロスに突っ込んだ。剣を振り抜き首を落とす。と、簡単にいければ良かったのだが、即座に分離してその斬撃を躱された。ゴーレムのオルトロスと比べると、分離合体の頻度が高い。まあ二体で追い詰めて一体に戻って強力な攻撃をするというのが狩りのスタンスなのかもしれないが、随分と違うな。まあ中級試験のボスなんだからある程度弱くないといけないのは当たり前か。

 そんなある意味呑気なことを考えながら、俺は分離している狼に一足飛びで間合いを詰めた。どっちがさっきダメージを与えた方だ? いや、そもそもこいつ最初のやつか? まあどっちでもいい。とにかく一撃を与えれば。

 斬、と狼の胴を薙いだ。血飛沫が舞うが、致命傷ではない。そもそも大ダメージになっているかも怪しい。そう思っていたが、予想以上に苦しんでいるのを見て俺はおやと眉を顰めた。

 

「傷口に毒を送り込みました」

 

 コイナがそう言って微笑む。成程、アリアも鱗粉で似たようなことが出来るが、状態異常のエキスパートはどちらかと言えばこちら、マンドラゴラだ。悶え苦しむ片割れを見て慌てて合体したオルトロスは、よくもやったなとばかりにこちらを睨み唸り声を上げた。どうやら合体することで状態異常を回復あるいは軽減することが出来るらしい。流石は上級モンスターといったところか。

 そういえば、とあの時のハイドラを思い出す。あれは上級と言っていいのか怪しいものだったので、あまり参考にはならないかもな。

 

「思考、脱線」

「あ、悪い」

 

 突っ込んできたオルトロスの顎をかち上げながらクーヤがこちらをジト目で見やる。いかんいかんと頭を振って、再度目の前の敵に集中することにした。それだけ余裕がある、というのはあくまで物は言いようというだけで、普段と違うパーティメンバーにスロウの支援もないとくれば、思わぬところで綻びが出てくる可能性だって全然ある。

 

「エミルが心配するなって言ったんですからね」

「わーってるよ! いいから大人しく見てろ」

 

 そんな俺の思考を読んだのだろう、離れた場所で観客をしているスロウがそんなことを俺に言い放った。その言葉にぶっきらぼうな返しをした俺は、心の中でもいいから見てろと呟く。

 

「集中、危険」

「ん?」

「能力、集中、姉様、不在。危険、非推奨」

「……分かってるよ」

 

 一気に決めてやる、と集中しようとしたのを見抜かれたらしい。ジト、とこちらを責めるような目でクーヤがこちらを見ていた。お前こそ俺見ててもいいのか、と負け惜しみのような言葉を返すと、す、と視線を外したクーヤが鎌を投擲する。突っ込んできたオルトロスにぶつかり、相手の突進を相殺していた。

 ダメージを食らったと同時に分離。一体は真っ直ぐに、もう一体は後ろに回るようにクーヤを攻め立てる。

 

「させるかよ」

 

 後ろは任せろと片方の狼を切り裂いた。そのまま蹴り飛ばすようにして距離を取ると、だったらこっちだと鞘を構える。

 鱗粉のようなものが狼の周囲を覆い、そして巨大な火柱が巻き起こった。急なそれに狼は虚を突かれたのか、回避も出来ず直撃してしまう。

 

「流石、義兄様」

「まあこのくらいは、って、お前今なんつった?」

 

 知らんとばかりに眼の前の狼に鎌を振るう。顔面に傷を付けたその一撃は、炎の渦から抜け出した半身と再度合体しても癒えてはいなかった。

 

「っ!」

「クーヤ!?」

 

 そのタイミング、こちらが優勢であると感じる瞬間を狙っていたのか、もう一体のオルトロスがクーヤに齧り付いた。咄嗟に鎌でガードしたのでそのまま噛み砕かれることこそなかったものの、衝撃でボールのようにバウンドして吹っ飛んでいく。そのままゴロゴロと転がり、暫くすると止まる。

 不意打ちを食らったからなのか、そのまま人型から芋虫に戻ってしまっていた。

 

「おいクーヤ! 大丈夫か!?」

「……油断。衝撃、少々」

 

 うねうねと蠢きながら再度少女へと擬態をするが、その動きは緩慢だ。少々と言っている以上まだ戦えることは戦えるのだろうが、それまでに少しばかり態勢を立て直す時間が必要そうである。

 となると。

 

「クーヤ。いけるか?」

 

 当然その間攻撃を受け止めるのは俺の役目になる。コイナは基本デバフ役なのでこういう時に盾となるような耐久力はない。即座にこちらにやってきて相手の能力を下げる花粉を周囲に撒き散らしたことで似たような役割は出来たが、物理的に受け止めるのは俺しか出来ない。

 

「義兄様」

「その呼び方やめろ」

「素敵。親愛、急上昇」

「クーヤにもエミルはあげませんよ!」

「今そういう場合じゃなくない!?」

 

 剣で受け止めたオルトロスを押し返し、俺はそのまま全力のツッコミを入れる。今戦闘中で、クーヤも態勢を立て直している最中なわけで、ボケてる余裕なんかないんだよ。

 いや、当のクーヤがそれなんだから、別にもう大丈夫なのか。

 

「おいクーヤ、動けるんならとっとと行くぞ」

「了解」

 

 す、と立ち上がったクーヤが糸で鎌を作り出し構える。さっきの攻撃で大分ダメージを与えた手負いのオルトロスと、まだ無傷のオルトロスの二体。

 

「能力低下も分離と合体で軽減されてしまいますね」

 

 ううむ、とオルトロスにデバフを掛けながら難しい顔をするコイナだが、しかし別段焦っている様子は見られなかった。いけるのか、と問い掛けると、大丈夫ですという返事が来る。

 

「要はその都度デバフを掛け続ければいいだけなので」

「それ、お前は大丈夫なのか?」

「マンドラゴラの真骨頂は状態異常ですから」

 

 ぶわわ、と花粉が周囲に舞い散る。アリアの鱗粉よりさらに細かいそれは、周囲の空気にさっと溶け込み。そして、一気に相手の能力値をダウンさせたようであった。

 

「とはいっても、上級同士なのでそこまで効果は見込めませんけど」

「いや、十分だ」

 

 これで相対的にこっちが強化される。ギシギシと相手の動きが鈍ったのを確認すると、俺とクーヤは互いに頷き合い、オルトロスへと突っ込んでいった。

 

「こっちにもやってくれたのね。結構助かるわ」

 

 横合いから声。ラティが双頭の片方を蜂の巣にして沈黙させながらありがとうとお礼を述べていた。別段疲れた様子もない。どちらかというと搦め手の能力で魔王級になっているであろうラティだが、それでも素の能力で十分脅威であるというのが良く分かる。

 今更だが、本当にあいつ俺の使役モンスターって扱いでいいんだろうか。まあ本人――本剣? が納得しているならいいんだけど。

 

「さて、と。俺達も負けてられないな」

「同意。決着、早急」

 

 手負いのオルトロスにクーヤが向かう。合体したことで多少回復したとはいえ、ダメージは蓄積されている。このまま一気に攻めれば問題なく倒せるはずだ。コイナのデバフも染みているだろうし。

 となると、だ。俺は残ったこのオルトロスを始末しなければならない。状態異常を受けているとはいえ、ほとんど無傷のようなものなこいつをどうするかと言えば。まあ俺に出来るのは結局剣でぶった切ることくらいだが。

 そんなことを思いつつ、いや違うか、と鞘を構えた。スロウがいるとそれに甘えてしまうから力押しになってしまう。最初にあいつと一緒に、俺とスロウだけで冒険者を始めた時に言っていたことが、何だかんだ今になってのしかかる。

 スロウに頼り切りになると、いざという時に死ぬ。そのことを、改めて噛み締めた。

 

「自分で使える支援――まあこれもスロウ由来だけど」

 

 こいつで己の能力を少しだけ底上げする。向こうはコイナが常にデバフをばら撒いてくれているおかげで、分離しようが合体しようが状態異常を食らう。これで俺とオルトロスの差が広がった。

 じゃあ、といつものように集中するかと言えばそんなことはない。あれは一種の自爆技みたいなもので、最近はある程度切り替えが出来るようになったとはいえ、そうぽんぽんと使う技じゃない。少なくとも、こんな試験の相手には。

 

「これが魔王級相手ならまた別だろうけどな」

 

 言いながらオルトロスへと駆け、そして鞘を振るう。カウンターをしようとしていたオルトロスは、俺のその動きに、意図せず弾かれたように動き出した。

 鞘を投げる。そこに向かって突進したオルトロスは隙だらけだ。悪徳の剣を両手で構え、俺は思いきりそれを振り抜いた。顎から脳天に、地から天に。縦にぶった切られたオルトロスの頭の片方が白目を剥いて動かなくなる。

 咆哮。同時に放たれたブレスが直撃した。咄嗟に剣で受けたが、それでも思い切り弾き飛ばされる。痛い、が、その程度だ。戦闘不能になる程度でもなければ、当然死ぬようなこともない。双頭が健在ならばもっと大事になっていただろうが、生憎片方潰した後だ。残念だったとしか言いようがないな。

 即座に立ち上がり、再度距離を詰める。相手の足を切り裂き、そして同時に回収していた鞘を構えた。鱗粉が纏わり付き、そして爆発する。アリアならわざわざこんなことしなくても威力で押し切れるのだろうが、俺の鞘由来の拙い威力ではこれが精一杯。そもそも、正直さっきの炎の渦で大分魔力を使っていたのでこれ以上使うと集中とは別に、魔力切れで倒れてしまう。

 足にダメージを与えたことで転倒したオルトロスだが、しかしすぐに立ち上がりこちらに突っ込んできた。だが、遅い。コイナの状態異常と足へのダメージで、その動きは確実に精彩を欠いている。咆哮からのブレスも、その動きの鈍さでは余程不意を打たれなければ当たらない。

 相手の横に回り込むように動きながら、俺はそのまま残っている片方の頭へと剣を振るった。先程のように全力を込めた一撃とは違い、流石にこれで倒せるということはなかったが、小さくないダメージを与えた。ならばもう、一気に攻めれば。

 一撃で駄目なら二撃、それでも駄目ならもう一撃。そうして動かなくなったオルトロスを見てようやく一息ついた俺は、残りの二体は、クーヤとラティはどうなったのかと視線を向けた。

 

「エミルも終わったのね。ラティはとっくに終わってたわよ」

 

 ふふん、と胸を張るラティの傍らには双頭が両方とも蜂の巣にされたオルトロスが横たわっている。コイナの状態異常のおかげで、銃は一丁だけで済んだ、と笑っていた。

 そしてもう片方、クーヤは。

 

「討伐、完了」

 

 ドスン、と片方の首が落ちたオルトロスが倒れ伏すところであった。どうやら俺の義妹芋虫も、問題なく討伐を果たしたらしい。

 いや違う、今の無し。あいつが変なこと言うから思わず変なことになった。

 

「義兄様?」

「だから違う。俺はお前の義兄になった覚えはない」

「でも、そのうちなりますよね?」

「何でだ」

 

 戦闘が終わったので、とスロウが俺に駆け寄ってきた。そして即座にこれである。誰か止めろ、と周囲を見ても、そんなつもりなどまったくないという雰囲気をまとった面々ばかり。

 

「素直になればいいじゃないか」

「だから俺は別に」

「……?」

 

 バクスがそう言って笑うので思わず睨んだ。その横で、メリィがよく分からないといった表情で首を傾げている。何でだよ、分かるだろ。俺とスロウはそんなんじゃなくて。

 

「じー」

「そんな目で見ても変わらん」

「むー」

「(ぱちくり)」

 

 スロウの視線を面倒くさいとばかりに押し戻すと、やっぱりよく分からないと目を瞬かせているメリィに違うと言い放った。何が違うのかと言われると、その、あれだよあれ。

 

「何も違わないように見えるけどネ」

「だな」

「(こくこく)」

「だから違うって言ってんだろ! 俺は別に」

 

 別に、何だ? 好きじゃないか? いやそんなことはないし、嫌いじゃないっていうのもなんというか違うし。

 

「分かった分かった。まあそうだよな、そういう時期もあるよな」

「確かに、そういう時期もあるネ」

「(こくこく)」

 

 じゃあからかうのはこの辺にして、とバクスが述べる。改めて、と俺とクーヤ、コイナ、レティの戦闘跡を見た。

 オルトロスは無事討伐成功。俺達もまあ多少は被弾しているが戦闘不能者はなし。自分のことながら、これなら流石に不合格はでないだろうと思う。

 そんなことを思いながらバクスの言葉を待つ。まあ、言うまでもないが、と前置きをしながら頭を掻いて苦笑した。

 

「正直予想以上だ。駆け出しどころか、もう即座に勇者級の依頼を受けられるぞ、あんたら」

「結果は勿論合格。これからよろしくネ、新しい勇者級さん」

「(ぱちぱち)」

 

 彼の言葉に続いてヴェルもそう言って笑い、メリィも微笑む。……そうか、合格したのか。いやまあ大丈夫だとは思ったけど、改めてそう言われるとホッとする。

 何しろこれで。

 

「これで、ちゃんとエミルとずっと一緒に入られますね」

「ああ、そうだな」

「あれ? さっきまでと反応が違う。エミルー、大好きですよー」

「分かった分かった」

「何でそこはぞんざいなんですか! 今こそデレる時ですよ! さあ、ほら」

「アホ」

「でーれーろー! もー、でもそんなところも好き」

 

 がばりと抱き着いてくるスロウを受け止めながら、全くしょうがないなと俺は苦笑する。スロウの頭を撫で、改めてこれからもよろしくな、と言葉をかけた。

 そんな俺の言葉にピクリと反応したスロウが顔を上げる。えへへ、と笑いながら、当然ですよと言葉を返した。

 

「だってわたしはエミルの恋人ですからね」

「記憶を捏造するな」

「いーじゃないですかー。ほらほら、今がチャンスですよ? 先輩の勇者さんも見てることですし」

「それは余計に駄目だろ」

 

 そういうのはもっとこう、場所とか色々あるだろ。そんなことを思ったが、絶対に口は出さないし、表情にも出さない。スロウにも知られないように、と心の奥底にしっかりと沈めた。

 

 

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