「いやぁ、ようこそお越しくださいました勇者様」
「何キャラだよ」
村のギルドでお姉さんがへへーと頭を下げるのを見て俺はそんなツッコミを入れた。そんなツッコミを受けたお姉さんは、いやまあお約束としてやっといたほうがいいじゃない、とかケロッとした顔で言いやがる。何がお約束だ何が。
「いやでも、エミル君が勇者かぁ……。成長したねぇ」
「いやそんなしみじみ言われても」
「言うよ。まあ、あっという間に駆け上がったとはいえ、最初からエミル君を見てるギルド職員は私だしね」
そう言って笑うお姉さん。いやまあ、それを言われると確かにとしか言いようがない。何だかんだ最初の冒険者登録からスロウの使役モンスター登録まで序盤お世話になったのは間違いなくお姉さんだからだ。
というか。序盤とか言ったが結局のところ勇者級になろうが俺はこの村暮らしなのでこれからお世話になるのはお姉さんなのだが。
「それはね。でもいいの? この村だと勇者級の仕事なんか普通は舞い込んでこないよ?」
「いいんだよそれで。俺は別に勇者級の仕事がしたくてなったわけじゃないんだし」
そう言いながら横を見る。椅子の上で丸まっている芋虫を見ながら、俺はその頭をゆっくりと撫でた。えっへへー、とだらしない声を上げるスロウからお姉さんに視線を戻すと、まあとにかくそう大した仕事はする気がないから問題ないと言い切った。
「そっか。まあこっちもエミル君がいるだけで結構村の活性化に繋がるところもあるし」
「そんな効果があるのか?」
「意外と内外であるんだなぁ、これが」
外はまあ、勇者級がいる村っていう観光名所的な意味合いだろうけど、内は何だ? 燻ってたオッサン連中が頑張るようにでもなったか?
そんなことを思っていると、そっちじゃなくて逆逆、とお姉さんにツッコミ入れられた。どうやら同年代の若い連中が頑張るようになったらしい。
「でも、それで無茶したら問題になるんじゃ?」
書類を整理しながらアリアがそんなことを述べる。そこなのよね、とお姉さんが溜息を吐きながら、おかげでギルド職員の仕事は増えた、と笑った。
「おかげで、勇者級パーティーの魔王級モンスターっていうとんでもない肩書のアリアちゃんにまだ手伝ってもらってるしね」
「あたしは別に気にしてないので。ほら、そこのパーティーリーダーが冒険者の依頼受けてませんしね」
そう言って笑うアリアを見ながら、お姉さんはごめんねと頭を下げた。そうしつつ、書類を処理しながらまあ、と呟く。
そろそろ勢いだけの連中は萎む頃だけど。そう言って、ペンをくるりと回した。
何のことだ、と思ったタイミングでギルドに人がやってくる。まあ狭い村なので見たことある顔の、俺達と同年代の冒険者が依頼終わりましたとカウンターに足を進めていた。
「はい、確かに。依頼完了ね、お疲れ様」
お姉さんが討伐の素材を見て処理を済ませ、さて、次はどうする、と問い掛ける。それを聞いた見知った冒険者は、ちらりと俺を見て今日はこの辺にしておきますとお姉さんに告げていた。
「了解。じゃあ次の依頼を受けたくなったら言ってね」
ギルドから出ていくそいつらを見ながら、俺は少し首を傾げた。依頼終わったから即次って、普段そんなハイペースだったっけか、と。
そんな俺の疑問に、お姉さんは違うわよ、と即答する。そうしながら、それが勢いだけの連中の話だと苦笑した。
「エミル君に追いつこうとして連続で依頼受けてたりしたのよ。でもまあ、そんな勢いだけでやっててもすぐ萎んじゃう」
「そろそろ、ってそーゆー意味ですか」
もぞりと芋虫の体を動かしながらスロウがそう述べる。そうそう、と頷いたお姉さんは、だからそろそろ忙しさも元に戻るんじゃないかな、と言葉を続けた。俺が勇者になってから大体一週間と少し。勢いで連続依頼を受けていた連中も軒並み脱落していった、というわけか。
「頑張ってる子はちゃんといるけどね。例えばほら、例の子達とか」
「例の、って」
あの馬鹿三人組か。顔は覚えているが名前まで覚えていないあいつらが、意外にも一番真面目に冒険者としての経験を積み上げているらしい。そう遠くないうちに中級にはなれるんじゃないか、とはお姉さんの談である。
冒険者になって二年になるかならないかで中級ってことは、結構な才能じゃないだろうか。そう思いお姉さんに問い掛けると、まあそうだね、と何とも言えない答えが来た。何だよその顔。
「その期間で勇者級になった人に言われてもなぁって」
「正直自分でもそこまでの実力はないような気もするんだけどな」
よくて中級の上くらいで留まっているだろうと思っていたし、実際今でも勇者級は分不相応じゃないかと思うこともある。とはいえ、まあなったからには仕方ない。精々新米勇者級として、ヘマをしないように日々を過ごすだけだ。
「まあ、勇者級の自覚があるなら、もうちょっと――」
そんなことを言っていたお姉さんの動きが止まる。ギルドの設置魔道具、伝達機械が動き出し、新しい書類が何枚か排出された。それを見て確認したお姉さんが口角を上げる。そんな自覚があるらしい勇者さんにこれをあげる、とその中の一枚を俺に突き付けた。
「はい、新しい勇者さんへの依頼よ」
まあ勇者級の称号を手に入れたからもういいか、とのんびりするみたいなことを考えていたわけではないが、それでも暫くは指名依頼など来ないと思っていた。何せ勇者級だ。上級冒険者の上澄みの上、冒険者の最高峰である。そんな連中にわざわざ指名依頼を持ってくるということは、とんでもない厄介事だということに他ならないわけで。
「それで、場所はどこなんですか?」
わしわし、と俺の背中にのしかかったスロウが書類を覗き込む。ふむふむ、と確認した後、これ移動が面倒ですねと呟いた。
確かに目的地はこれまで行ったことのない場所だ。海辺の近くなのでフォーマルハウト公爵領の方だが、そちらにはあまり《テレポート》の記憶場所がない。なので、スロウの移動出来る一番最寄りの場所からでも結構距離がある。
とはいえ、ここのところの、教国にいた時と移動の手間はそう変わらない。むしろある程度は《テレポート》で移動できる分楽だ。
「まあ、それもそーですね。どうします? すぐ行く準備します?」
「いやまあ、今日はもう夕方だし、明日の朝からにしよう」
即座にその場所に行けるならともかく、向こうに行っても途中の野営とかになるくらいなら家で寝て朝出発した方がいい。この半日程度で依頼の場所が壊滅する、というほどではないのは確認済みだし、もしそれほどの急ぎならば多分新米勇者である俺では実力不足だ。
そんなわけで一旦帰宅。父さん母さんに明日出かけるということを伝えると、勇者になったからといって無茶はしないようにと言われた。
「だいじょーぶですよ。わたしがいますから」
エミルは死なせません、と真っ直ぐ言い切ったスロウを見て、父さん母さんは苦笑する。勿論スロウちゃんも無茶はダメだから。そう言われ、目をパチクリとさせていた。何驚いてるんだよ。うちの両親、とっくにお前のこと家族だと思ってるぞ。
「え? それはもう両親公認の仲ってことですか?」
「そこでひたすら食ってるシトリーやここにいないアリアも。というか俺のパーティーメンバー全員同じ扱いだよ」
だろ、と二人を見ると、それは勿論、と笑う。うぐぅと項垂れるスロウだったが、母さんはそれはそれとして、とスロウを見やる。娘になるなら大歓迎よ、となんかいきなり凄いこと言い出しやがった。
「エミル! 結婚しましょう!」
「何でだよ! そもそもまだ付き合ってもいないだろうが」
「じゃあ付き合いましょうよ。婚約でもいいですよ?」
「だから何でだよ! 俺はまだそんなつもりはないって」
そこまで言うと、両親が呆れたような顔をしているのが視界に入った。ごめんねスロウちゃんうちの愚息が、とか言ってる始末である。何故にそんなことを言われなきゃいけないんだ。
「そこはもう疑問に思うことじゃないよぉ……」
ごちそうさま、と食べ終わったシトリーがそんなことを抜かしてくる。もういい加減観念したらいいのに、とか呟いているが、俺はシトリーのそれを聞かなかったことにした。
ともあれ。そんな夜の一幕も過ぎ、翌日。合流したアリアと共に、俺達は王国の一角、自身の住んでいるのとは反対側のフォーマルハウト公爵領へとやってきた。今回はアンゼリカ嬢とは別段関係がないので、彼女と出会う約束等は取り付けていない。同様の理由で、セフィにも今回は特に何も知らせずに来た。
「よかったんですか? セフィちゃん先輩に話さなくて」
「そう毎回毎回迷惑掛けるわけにもいかんだろ。それに」
「それに何よ?」
アリアの問い掛けに、一応曲がりなりにも勇者級の最初の仕事は自分達でやった方がいいだろうと返した。俺のそれにアリアどころかシトリーも、スロウですら動きを止めた。何だよ、俺の発言がそんなにおかしいか。
「おかしいわね」
「変だよぉ……」
「エミル、何がおかしなもの食べました?」
「やかましいわ」
なったもんは仕方ないと考えたら、もう後はその立場を満喫した方がいいだろうって考えるのは別におかしなことじゃないだろうが。そう続けると、まあそうだけど、と歯切れの悪い返事をされた。
「わたしはいいと思いますよ。勇者エミル」
「やめろ」
抱き着いてくるスロウを引き剥がしながら、とにかく目的の場所へと行くぞと皆を促した。そのまま進む道中に問題はなく、雑談も今回の依頼に関することになっていく。
その中で、何故自分達が、というところに話が集約された。
「だって、この場所は、ねえ」
「うんうんうん……」
アリアがそう呟き、シトリーが同意する。まあその辺りは俺も同意見だが、そんなことを思いながらスロウを見ると、そうですね、と何かを考えるように顎に手を当てていた。
「目的地は人魚の集落。ってことは、わたしたちより人魚のメリィちゃんがいる向こうの勇者パーティーの方が合ってる感じはしますよね」
そう。今回の依頼に記された場所は亜人の集落、集落っていうか街だろうけど、まあどっちみち住んでいる場所ということには変わりない。そしてそこに住んでいるのは人魚。
人魚の街の冒険者では無理な仕事として勇者級に回ってきたのだとすれば、その場合優先されるのは俺達ではないはずである。王国の別の勇者パーティー、彼等のメンバーの一人であるメリィは人魚だ。どう考えても人魚の街で依頼をするなら彼女のいるバクス達に頼んだ方がいい。
「何か他の理由でもあったのかなぁ……」
「どうかしらね。向こうが出る幕もないからこっちに、っていう可能性もあるけれど」
「んー。どーなんですかね」
そんな会話を聞きながら、少なくとも楽観的な理由ではないんじゃないか、と俺は述べた。何でそんなことを思ったといえば理由は一つ。ここはフォーマルハウト公爵領であり、あいつの、傀儡人形のお膝元だからだ。
ぶっちゃけ何かしら変な問題を抱えていてもおかしくない。
「でも、そこまで急いでない依頼なんですよね?」
「それなんだよなぁ」
傀儡人形が関わっているとしても、火急の依頼ならばそう記すはずだ。だから即座になにかなるような依頼ではないと考えてはいいはずだが、しかし。
まあ考え過ぎても仕方ない。目的地に着けばどのみち分かるだろう。そう結論付け、俺達は足を進めた。
そうして暫く時間が経った後、目的地の集落、人魚の街へと辿り着いた。一見すると普通の港町である。もっとこう、水の中に住んでいて建物も全部水中、みたいなのを想像していた。
「思ったより普通だ、って顔してるな」
横合いから声。聞き覚えのあるそれを聞き視線を動かすと、つい先程話題に出していた人物がそこに立っていた。バクスである。その横にはヴェルの姿もあった。
「あれ? 二人がここにいるってことは、やっぱり依頼で来てるんですか?」
「ああ、それは少し違う。というかあんたらに依頼を出したのは俺達なんだ」
そういうことか、とアリアが頷く。俺も同じように合点がいったように頷いた。
まあつまりなんでバクス達に依頼が行かなかったか、といえば。依頼人が彼等だったから、というわけだ。
「でも、なんでだ? 勇者級が勇者級を呼ぶとかただ事じゃないぞ」
「いやぁ、理由というかは簡単というか単純と言うかでネ」
俺の問い掛けにヴェルがあははと頬を掻く。そうしながら、今ここには休暇で来ているのだ、と言葉を続けた。
「お休み中だから、依頼したのぉ……?」
「まあ、言い方はあれだがそんなところだ」
「それっていいのかしら? 勇者級として問題はないの?」
「問題があるかないかで言えばあるネ」
でも、とヴェルが視線を動かす。その先はこの人魚の港町の広場。
そこで、一人の人魚の少女が子供達と楽しそうに遊んでいた。それが終わると、皆を集めて歌を奏でる。柔らかなその歌声は、皆を癒すかのようで。
「メリィの邪魔をしたくなかったからネ」
「この街はあいつの故郷でな。里帰りしているあいつに変な気を揉ませたくない」
そう言って苦笑するヴェルと、真剣な表情のバクス。
そんな二人を見て、成程、と俺は頷いた。いや普通にメリィは休ませたまま二人で問題解決すればいいだろ、と。
「バレたか」
「当たり前だろ。何いい話ぶってるんだよ」
「いや、でも、メリィに心配かけさせたくないってのは本当なんだよネ」
「あたしは試験後にちょっとだけ顔合わせした程度だから、エミルやスロウより人となりを知らないけれど。別のパーティーに依頼してもそれはそれで気を揉みそうな感じの人だったわよね」
「そうだな」
「認めちゃうんだぁ……」
じゃあ結局サボりたいだけなのか。そう問い掛けると、あははとヴェルは笑って誤魔化した。
そんなタイミングで、べし、と彼女の後頭部にチョップが落ちる。あいたぁ、と振り返ると、先程まで向こうにいた人魚の少女メリィがまったくもうという顔でこちらにやってきていた。
「(ぷんすこ)」
「あ、メリィ? 違うよ? これは先輩からの試験みたいなネ――はい、ごめんなさい」
「(じとー)」
「あー、いや、俺もな? せっかく新しい勇者級が誕生したんだし――すいませんでした」
ふう、と溜息を吐いたメリィは、こちらに向き直るとごめんなさいと頭を下げた。その表情は仲間が迷惑かけましたと言わんばかりで。いやまあ実際迷惑かけられたではあるんだけど。
まあ仕方ない、と肩を竦めた。どっちみち依頼は受けたんだから、ここで知らんお前らでやれというのも違う気がしたのだ。なので、しょうがないから依頼はやる、とバクス達に告げた。
「相変わらず捻くれてるわね」
「それでもってお人好しだよぉ……」
「そーゆーエミルがわたしは大好きなんですけどね」
「お前らな」
まったく、と溜息を吐いている俺に向かい、メリィがペコリと頭を下げる。ごめんなさい、それと、ありがとう。そんな反応をされた俺は、別に気にすることじゃないとそっぽを向いた。
「エミル、メリィちゃんは駄目ですよ!? 人の彼女ですよ!?」
「何の話だ何の!」
「(びっくり)」
「そっちも変な反応すんな! 心配しなくても俺は」
「俺は、なんですか?」
「(じー)」
「――なんでもない!」
べし、とスロウを一発引っ叩きながら、俺はバクスへと向き直った。さっさと依頼の詳しい内容を言え、と言葉を紡ぐ。
誤魔化し方が下手だな、とバクスが笑った。うるさいっつってんだろ。