幼馴染の擬態した虫が聖女とか言われた   作:負け狐

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ふっかつのじゅもんを唱えるよ


第九十三話

「メリィ! メリィ!」

 

 ヴェルがメリィだったものへと駆け寄る。既に人の形はしておらず、そこにあるのは焼け焦げた灰の山のみだ。

 震える手でヴェルはそんな灰の一部をすくう。パラパラと手からこぼれ落ちるそれを見て目を見開いた彼女は、必死で灰の山をこれ以上無くさないようかき集め始めた。

 

「何だ、仲間が消し炭になっておかしくなったか。人間というのは愚かだな。そうは思わないか?」

 

 そんな彼女を見ていた魔王級が視線を俺に向ける。生憎と俺も人間なもので、お前の言う愚かな方に分類されるぞ。そんなことを思いながら剣を構えると、魔王級は何が面白いのかクックックと笑い始めた。

 

「何が可笑しい」

「別に何も。いや、強いて言うならば、お前は然程取り乱していないな、と」

「怒りが振り切れてるだけかもしれないぞ」

「ん? 消し炭になった方は向こうのハーレムメンバーではなかったか? まあどちらにせよもうどうにもならんだろうがな」

 

 ククク、と笑う魔王級に剣を振るう。おっと、とそれを躱した魔王級は、理解出来んな、と肩を竦めた。俺が何を考えているのか、が向こうにはとんと分からないらしい。

 

「……スロウを燃やそうとしたな」

「ああ、なんだ、向こうの方か。回復役を狙うのは当たり前の戦術だろう? 文句を言われる筋合いなどない」

「ああそうかい。で、それが失敗した挙句にこうして倒されるってことは相当間抜けな戦術ってことだ」

「下手な挑発には乗らんぞ」

 

 別に挑発のつもりはない。ただただムカついたからその感情が口を付いただけだ。

 こいつはスロウを狙った。スロウを殺そうとした。俺の大事な、スロウを燃やそうとしやがった。

 だが、それより何より怒りを覚えるのは。そんな状態で助けが間に合わなかったことだ。俺がスロウを助けなきゃいけなかったのに。今度はちゃんと守るって約束したのに。

 

「スロウ」

「はい? どーしました?」

「悪い。約束守れなかった」

「……ま、いーですよ。今回はメリィちゃんが助けてくれましたからね。でも、次はちゃんと助けてくれないと駄目ですよ?」

「ああ。任せろ」

「えへへ。じゃあ楽しみにしてますね」

「何いきなりイチャイチャしているんだ貴様ら」

 

 振り向かずにそんな会話をしていたので、眼の前の魔王級が顔をひくつかせているのがよく見える。これだからハーレム野郎は、とか言い出しているが、お前の戯言を一々聞いている暇なんかない。

 さっさと倒して、この騒動を終わらせる。そう覚悟を決め、俺はもう一度剣を構え。

 その隣にシトリーと、そしてバクスが立った。

 

「シトリーはともかく、お前は」

「いいんだ。ここで呆けているとメリィに怒られるからな」

「何を言っているのやら。消し炭が誰を怒るというのだ」

 

 ふん、と少し余裕を取り戻した魔王級が肩を竦めるが、それに対する返答は当然ながら斬撃だ。バクスの一撃が魔王級に叩き込まれたが、しかし右手で受け止め余裕の笑みを浮かべている。それなら、とシトリーが大剣を振り下ろしていたがそれも左手で防御されてしまった。

 が、両手が塞がっている今なら。そんなことをバクスもシトリーも思ったのか、今だ、と俺に向かって声を張り上げていた。

 当然そんなことは分かっている。そして狙うならトドメになる一撃を。首を狙い、俺は横一文字に剣を振り抜いた。

 

「ちぃ」

「惜しかったな。だが、その程度の連携で倒されるほど我は甘くはないぞ」

 

 即座に受け流すように体の力を抜いた魔王級が、倒れるように体勢を崩し俺の剣を躱す。翼を使い即座にその体勢を立て直した魔王級は、甘いとばかりに呪文を唱え炎の渦を生み出した。さっきメリィを消し炭にした一撃と似たようなそれは、当たれば当然ただでは済まない。

 

「い、くよぉ……!」

「シトリー!」

 

 がそれを真正面からシトリーが受け止めた。大剣を盾のように構え、俺とバクスを守るように立つ。ちりちりとシトリーの体が焦げていく中、それでも絶対に倒れないと両の足を踏ん張っていた。

 呪文を放ち終わった後に残るのは、所々焦げてはいるものの五体満足で立つシトリーと、そんな彼女を盾に無傷で反撃に出る俺達だ。

 

「可愛い女の子を盾に、とか良心が痛むな」

「まあ、俺も大分慣れてはきたけど、まだちょっとなぁ」

「ワタシは平気だよぉ……? ちょっと焦げたけど」

「焦げた分は回復しときますねー!」

 

 後方からスロウの支援が飛んでくる。魔王級が向こうも攻撃するということもこちらは覚えたので、アリアが対処出来るようスロウの横についていてくれる。一応ヴェルも向こうにいるが、多分メリィの残骸を守る方を優先するだろうからそこは仕方ない。

 正直に言えばさっき宣言したんだから俺が守りたいところだが、それをするとこの魔王級をぶった切る戦力が足らなくなってしまう。まあそもそも何かされる前にこいつをぶち殺せば結果的に守ったことになるので問題もないだろう。

 

「エミルのそーゆーところも、わたしは好きですよ」

「スロウ、あんたも全肯定ばっかりじゃなくてたまには文句言ってもいいのよ?」

「いいところも悪いところも全部含めて大好きですから、そこは仕方ないですね」

「……はいはい」

 

 何か色々見透かされているようなスロウの言葉が聞こえてきた気もするが、今は眼の前の魔王級に集中だ。

 

「貴様はことあるごとにイチャイチャせんと死ぬ病にでもかかっているのか!?」

「何言ってるか分かんねぇよ」

 

 がぁ、と叫んだ魔王級に剣を振りながら、俺はさてどうするかと思考を巡らせる。現状近接組の二人と一体で一応抑え込めてはいるが、決定打がない。が、向こうはそうではない。さっきの炎の渦とか、最初の氷の嵐とか、直撃すればそれでこちらは終わりになるような攻撃を持っている。今は当たらなかったりスロウの支援で耐えたりするから大丈夫だが、そこが尽きてくると状況は一気に向こうに傾いてしまうだろう。

 まあスロウの支援が尽きる前に向こうが魔力切れになるような気もしないが。

 

「回復、支援、回復、支援、まだまだいきますよー」

「ええい何だあいつは! 普通の支援職ではないのか!?」

「まあ普通からはかけ離れてるだろうな」

 

 魔王級の文句にバクスが苦笑しながら返す。俺とシトリーやアリアを見ながら、いや普通とかけ離れてるのはあいつだけじゃないか、などと続けていた。

 そんな軽口に魔王級も苛ついたらしい。ふざけるな、とバクスに肉薄すると、防ごうとした腕ごと防御をぶち破った。片腕が潰れて千切れ飛ぶ。

 

「回復!」

「おかしいだろう! 何だ貴様のそれは!」

 

 が、即座にスロウの回復呪文で繋がった。回復されたバクス本人も、千切れた腕が次の瞬間には元通りになっているので思わずその部分を二度見している。

 ちなみに俺も若干引いた。そうか、今まで調整された回復と支援をされていたから気付かなかったけど、ちゃんとしたスロウの回復と支援ってこんなんなんだ。

 

「ちなみに支援はちょっと控えめにしてます。みんなの体が持たないかもしれないんで」

「何だこいつ……」

 

 魔王級がドン引きした。まあ敵にいたら絶対相手にしたくないよな。

 は、と我に返った魔王級が即座にスロウに狙いを変えた。回復役を狙うのは当たり前の戦術、とか言っていた割に俺達が鬱陶しかったのかこちらに意識を集中していたことを今更ながらに気付いたのだ。

 が、そんなことはもうこっちは承知の上なんだから、やらせるわけがないだろう。

 

「うおぉぉぉぉ!」

「ちぃ!」

 

 俺とバクスが一気に攻める。その合間にシトリーの攻撃を挟むことで、向こうを狙っている間に自分が沈んでしまうことを意識させるのだ。

 鬱陶しい、と魔王級がターゲットをこちらに戻した。スロウを燃やそうとしていたその呪文をこちら向けてぶっ放す。狙いはバクスでもなく、シトリーでもなく、俺。

 

「エミル!」

「分かってる!」

 

 それを待っていた、とばかりに意識を集中させる。同時にスロウの最上級の支援が飛んできた。集中に集中を重ねたような、周りがスローに見えるどころか止まって見えるほどの視界が映る。まずい、これはいつも以上に短期で解かないと脳が焼き切れる。

 一歩踏み出す。ピクリとも動いていない炎の渦を躱すことなどあまりにも容易い。

 一歩踏み出す。魔王級が驚愕の表情を浮かべようとしているのが見えたが、そんな顔を浮かべるのよりも俺が剣を振り上げる方が早い。

 一歩踏み出す。あ、やばい。限界だ。

 

「な、きさ――ぐあぁぁぁぁ!」

「悪いな魔王級。俺達の勝ちだ」

 

 直前で集中を解いた。危うく攻撃と同時にぶっ倒れるところだったが、それを何とか避ける。代わりに決定打を与えはしたが致命にはならなかったらしく、ばっさりと袈裟斬りにされた魔王級はまだ生きていた。決めゼリフを言った割にかっこ悪い。

 

「エミル! ごめんなさい! 大丈夫でしたか!?」

「ああ、なんとか。やっぱり今のお前の最上級の支援はマズいな」

「やっぱり最高でも八割ですね」

 

 おっと、とよろける俺をこちらまで駆けてきたスロウが支える。目が若干チカチカするが、しかし動けないほどではない。スロウの支援の効果もあって、半ば無理矢理動くことも可能だろう。

 何せ、眼の前の魔王級はまだ生きている。向こうも回復が使える以上、大ダメージを与えても回復されたらまたやり直しになってしまう。そんなことを思いながら追撃せんと剣を構え直し。

 

「ぐ、ふ……」

 

 よろよろと向こうが後ずさったことで動きを止めた。普通ならば、死にかけなのだから一気に攻めてとどめを刺していくべきなのだが。

 いや、そうだな。とどめを刺すか。

 

「嘗めるな!」

「というわけには、いかんか」

 

 同じ考えに至ったらしいバクスと共に剣を振り上げたが、向こうの呪文により迎撃されてしまった。バクスはやれやれと距離を取りながらぼやく。

 とはいえ、魔王級の傷は回復しきれていないらしい。ゼーゼーと息を吐きながら、しかし敵意は変わらずこちらを睨んだままだ。

 

「貴様……よくも、よくも我にここまでの深手を!」

「とどめを刺すつもりだったんだけどな」

「……エミルとか言ったな。貴様は、貴様だけは我が絶対に殺す」

 

 ふう、と魔王級が息を吐く。翼を広げると、そのまま飛び上がりこちらと距離を取った。

 待て、お前まさか逃げる気か。そんなことを叫ぶと、魔王級は顔を顰め、非常に遺憾だがと言わんばかりの表情を取った。

 

「調子に乗るなよ。今回遅れを取ったのは我が独りだったからだ。貴様のような、貴様のようなハーレムパーティーさえあれば! 我は最強になるはずなのだ!」

「馬鹿だろお前」

「今に見ていろ! 貴様らのような人間のハーレムパーティーとは違う、モンスターの魔王級を集めた、至高のメンバーを集めてやるからな!」

「馬鹿だろお前」

「覚えていろ! 貴様はこの我、イゼルブが、ぜぇぇぇぇったいに、殺す!」

 

 そう言うと魔王級――イゼルブは踵を返して空の彼方へと消えていってしまった。追いかけようにもどうしようもない。こういう場合どうすればいいんだ、とバクスに視線を向けると、お手上げだとばかりに肩を竦めていた。

 

「とはいえ、魔王級がまだ健在だという報告はギルドと、今回の場合フォーマルハウト公爵家、水の属性頂点にしなければならないな」

「……なんだって?」

 

 今水の頂点って言ったか? 何で、ってそりゃそうか、王国にいる頂点でかつこの辺を拠点にしてるんだから、仕方ないのか。

 正直今回の戦いより気が重い。そんなことを思いながら、俺は小さく溜息を吐く。ともあれ、一応今回の依頼は完了、ということでいいんだろうか。魔王級を逃がしはしたので新しい問題が山積みだが、当初の問題になっていた新たな主のシーサーペントは討伐したし。

 

「メリィを休ませる、という意味では大失敗だけどな……」

 

 バクスがそう言って息を吐く。まあそりゃそうだろう。肝心の里帰りで休ませるはずのメリィは結局依頼に参加した挙句スロウを庇って焼け死んだのだから。

 

「エミルー、バクスさん、戦闘も終わったし、そろそろメリィちゃん復活させますね」

「ああ」

「……うん?」

 

 そんなちょっとだけしんみりした気分をぶち壊すスロウの声である。こっちこっち、と手招きされている方向に向かうと、ヴェルが集めたメリィの残骸がこんもりと積まれていた。そんなスロウの横には、バクスと同じように信じられないという表情のヴェルもいる。

 

「なあ、一応聞くけど」

「はい?」

「消し炭になってるよな? メリィ」

「そーですね」

「いけるのか?」

「いけますよ? とゆーか、そのためにヴェルちゃんもこれ集めてたんじゃないんですか?」

「一縷の望みを賭けて、くらいの気持ちと、メリィが死んだのを認めたくない気持ちがごっちゃ混ぜだったネ……」

 

 一応噂は聞いていた。かつてウッドベアの不意打ちで叩き潰されて死んだセフィーリア嬢を復活させただとか、死後かなりの時間が立っていた死体を蘇生させただとか。しかし、だからといってこんな消し炭になった死体とも言えない残骸を。

 そんなことを言いつつ、しかし本当に出来るのならば、と二人はスロウを真っ直ぐに見た。

 

「まあ見ててください。ちゃちゃっと蘇生しますから」

「軽いな……」

「《リザレクション》!」

「うわ、って、――あ」

「(ぱちくり)」

 

 消し炭となった残骸が光に包まれる。その光からゆっくりと出てきたのは、燃え尽きる前と何一つ変わらない、人魚の少女の姿。彼女自身も、燃えたはずなのに、と己の体をキョロキョロと見ている。

 そんなメリィに、涙で顔がぐちゃぐちゃになったヴェルが思い切り抱き着いた。

 

「良かった、良かったよぉ!」

「……?」

「メリィが生き返って、本当に良かった! うぅぅ、うわぁぁぁん!」

「(よしよし)」

 

 そうしてメリィの胸で泣くヴェル。そんな二人を見ていたバクスも、ヴェルが落ち着いたタイミングでゆっくりと近付いて、そしてメリィを抱きしめた。最初こそ驚いていた彼女も、小さく微笑むとそっと彼を抱きしめ返す。

 

「うんうん、よかったよかった」

 

 そんな光景を作った当事者は、助けてくれたのに復活出来ないとか許されませんもんね、と頷いている。一応こいつなりに恩義を感じていたらしい。

 

「む。今エミルわたしのこと馬鹿にしましたね」

「してな――したのか?」

「そーですよ。わたしだってそーゆー恩義とかちゃんと感じますよ」

 

 失礼な、とプンスコ怒るスロウを見ながら、いやだってお前の感性基本モンスターだしなぁ、と思う。いや、モンスターでもそういう恩義は一応あるか。悪かった、と頭を下げると、しょうがないですねとスロウは胸を張る。

 

「じゃあ、ぎゅーってしてくれたら許します」

「何でだ」

「向こうの三人見てて、わたしもぎゅってして欲しいなーって」

 

 駄目ですか? と聞いてくるスロウを見て。いや別に駄目じゃないし、そのくらいならお安い御用だ、と一歩前に出た俺は。

 そこでギシリと錆びついたように固まってしまった。

 

「はーやーく。ぎゅーっとですよ、ぎゅーっと」

「お、おう」

 

 そういえばいつもスロウから抱き着いてくるから、俺からこいつを抱きしめたことってひょっとしてないんじゃないか。そんなことを思うと、俺の手は全然動かなくて。

 ええい、と気合を入れると、俺は勢いよくスロウを抱きしめた。わ、とスロウの声がすぐそこで聞こえて、そして柔らかい感触が体に。って、いや、いつもされてるからそんなもの慣れてるだろう、なんで今更そんな意識をしなければいけないのか。

 

「エミルー」

「……なんだよ」

「わたし、エミルのこと、だーいすきですよ」

「……」

 

 何故かいつものように答えることも出来なくて、でも奥底の答えを言うことも勿論出来るわけがなくて。

 代わりに、俺は改めてスロウをギュッと抱きしめた。この温もりを、手放さないように。

 

 

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