幼馴染の擬態した虫が聖女とか言われた   作:負け狐

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第九十四話

「成程」

 

 イゼルブを取り逃がした件をフォーマルハウト公爵家に報告しに向かうと、まあ当然というべきかそこに傀儡人形もいた。そして既に承知とばかりに微笑んでいる。

 公爵はとりあえず報告を受け、意見を伺うように傀儡人形を見やる。笑みを浮かべていたままの傀儡人形は、視線を俺に動かすと何かを考え込むように顎に手を当てた。いや、絶対もう何か企んでいるだろう。

 

「まさか。私は出来ないことはやらせないわよ」

「出来ることならやらせるんだろ」

「その方が効率がいいもの」

 

 そう言ってクスクスと笑う傀儡人形を嫌そうに見ながら、それで何をやらせる気だ、と問い掛けた。その質問に、傀儡人形は別に大したことではないと返す。

 

「例の魔王級、イゼルブの討伐依頼を受けてもらえないかしら」

 

 もらえないか、という聞き方ではあるが、拒否権はないやつだろう。まあどのみちあいつは俺を狙う宣言してたし、受けようが受けまいが戦うことになるはずだ。

 その辺のことは今話したのに、そうやってわざわざ言うのはどんな企みがあるのか。そんなことを考えはしたが、まあこいつのことだから碌でもないだろうと頭を振る。

 

「あら、勇者級パーティーが二組いても取り逃すほどの魔物よ。危機感を覚えるのはごくごく普通ではないかしら?」

「そりゃあな。でも、お前はそういうのとは無縁そうだからな」

 

 そう言うと傀儡人形はクスクス笑う。笑いながら、そうでもないわよ、と言葉を続けた。自分だってきちんと属性頂点としての自覚はある。そう言ってのけた。

 

「その自覚と危機感を覚えるかどうかと何の関係があるんだよ」

「少なくともイゼルブは世界の均衡を守るような存在ではないでしょう? 人間が駆逐されるような事態になるのはこちらとしても本意ではないもの」

 

 流石にそこまででは、とも思うが、しかし実際に勇者級であるメリィが一度死んでいる以上大げさとも言い難い。少なくとも初級や中級冒険者が出会ってしまえばひとたまりもないだろう。

 まあそれは魔王級全般に言えることでもあるから、考えとしては普段とそう変わらないのだろうけど。

 

「でも、そうはいかないの」

「どーしたんですか?」

 

 傀儡人形の言葉にスロウが反応する。何故スロウが反応したかといえば、傀儡人形が俺達、正確にはスロウ、アリア、シトリーをみていたからだ。

 

「魔王級が増加している、と言ったら信じるかしら?」

「信じたくはないな」

「そうでしょうね。でも、事実よ。その大半は、そうね、あなた達が以前戦った影程度のものだけれど」

 

 そうでないものもいるってことか。俺の反応にその通りと頷いた傀儡人形だったが、クスリと微笑むと、それに、と言葉を紡いだ。

 

「新しい勇者級パーティーにも、沢山魔王級がいるものね」

「……スロウ達を含めて、増えているっていう結論なのか?」

「あら、先程私の言った言葉をもう忘れたのかしら?」

 

 そう言って口角を上げる傀儡人形。違うんなら何でわざわざそんなことを付け加えたんだよ。そんなことを思いながら奴を睨むと、さあ何故でしょうかと受け流された。

 ともあれ。勇者級にはあのイゼルブを倒すという依頼を常時出すという部分には別段反対する理由がない。話の通じる魔王級じゃない、というのも同意する。傀儡人形が何を思っているのかを読み切ることは出来なかったが、話自体はそれで終わり。俺達はそのままフォーマルハウト公爵邸を後にした。

 

「それにしても」

 

 そうした後、バクスが俺を見て苦笑していた。本当に属性頂点に気安いんだな、と言ってくる。そんなこと言われても、俺の中では敬う相手として認識してないから仕方ない。

 

「そういうところが凄いと思うネ」

「(こくこく)」

 

 ヴェルとメリィもバクスに同意していたのか、そんな反応である。流石は全属性頂点と関わりのある勇者、なんて言われるが、別に言われるほど大した繋がりがあるわけでもないし、そもそも風属性の頂点とは会ったことがないのでその評価は誤解である。

 

「風以外となら関わっている時点でそこまで眉唾でもないと思うがな」

「(こくこく)」

 

 そう言いながら、さてじゃあ俺達はここまでだ、とバクスが告げた。元々報告のために同行していただけであるし、何よりシーサーペントの被害のあったメリィの故郷である港町の手伝いに行かなければならない。そんなような話をして、それじゃあまたなと手を振っていった。

 その前に、とメリィがこちらを見る。もう一度、感謝の念を込めたお辞儀を深くすると、笑顔で手を振って去っていった。

 

「そんなお礼言われるようなことしましたかね?」

「蘇生したじゃない、そのことでしょ」

「あれは攻撃から庇ってくれたことでトントンだと思うんですけど」

「そう言えるのはお前くらいだよ」

「うんうんうん……」

 

 

 

 

 

 

 そんなわけでとりあえず帰るかと村に戻る。ギルドのお姉さんにも今回の件の報告をしながら、厄介なことになったと愚痴った。

 そのまま数日はのんびり過ごした。イゼルブの被害の話もすぐに入ってこないところを見ると、案外ダメージが深く暫くは大人しくしているのかもしれない。

 そんなことを思っていると、ギルドのお姉さんが俺にちょっと聞いて欲しい噂があると言い出した。まだ依頼になっていないのであくまで噂である、という前置きをして、どこか神妙な顔で口を開く。

 

「何かが魔物を集めてるんだって」

「何かってなんだよ」

「分からないけど。でも結構そういう噂がいろんなところから聞こえてくるのよ」

 

 変な話である。魔物同士が結託するという話は普段あまり聞かず、協力するとしても基本的に同種族だ。異種族のモンスター同士が集まって、なんてそれこそ昔々の、本物の魔王と勇者のいた時代の話になる。

 

「本物の魔王ですか」

 

 もそりと膝の上にいた芋虫が起き上がる。よいしょ、と多足をわさわさわさとさせながら隣の椅子に移動すると、スロウがカウンターに上半身を乗り出しながらちょっとワクワクしますねとか抜かした。

 

「それは、ちょっと困るよぉ……」

 

 別の場所にいたアリジゴクがぴぃ、と鳴きながら思わずといった感じでテーブルの下に潜り込む。そんなシトリーは、平和で美味しいご飯を食べられるのが一番だよぉ、とかその状態でぼやいていた。

 

「あくまで噂。とはいえ、急にそれが出てきたということは、何かしらが起きてると考えたほうがよさそうね」

 

 書類の整理終わりました、とアリアがお姉さんに報告しながらそう呟く。そうなのよね、とそんなアリアの言葉に頷いたお姉さんは、まあでも、と俺達を見て思わず笑った。

 

「現代の魔王は案外近くにいるかもしれないね」

「いきなり何言ってんだ?」

「……あー」

 

 唐突に変なことを言い出したお姉さんの頭を疑ったが、アリアは何か理解したようで、でもそうなるとと何かを考えるように顎に手を当てた。そうしながら、少し聞きたいことがあります、とお姉さんに向き直る。

 

「どうしたの? アリアちゃん」

「その噂、一番古いのはいつごろですか?」

「え? そうだね……私の知っている範囲だと、多分エミル君が勇者級になった辺りかな。でも、それと今の噂はちょっと毛色が違う感じもするかも」

「成程」

 

 そうしてアリアとお姉さんは何か分かったようにお互い頷いている。何が分かったのか説明して欲しいんだけど。俺だけでなく、スロウもシトリーもついていけてないぞ。

 そんなことを思っていたが、隣でふふんとドヤ顔している芋虫が視界に入った。どうやらスロウは分かったらしい。

 

「わたしが説明しちゃっていーですか?」

 

 スロウがお姉さんとアリアに確認を取る。勿論、という返事が来たので、じゃあ遠慮なくと椅子から立ち上がった。ついでに、とぐねぐね体を捻じって擬態し人型になる。

 

「そもそも、多分噂の大本はエミルなんですよ」

「は?」

 

 びしぃ、と俺を指差すスロウ。なんのこっちゃ、と俺が首を傾げていると、しょうがないですねと言わんばかりの表情のスロウが笑みを浮かべていた。

 

「いいですか? わたしはミミックロウラーです。そして、アリアちゃんはトリックモスで、シトリーちゃんはトラップレシア」

「今更だな」

「そーです、今更です。で、わたしたちはこの間の勇者級の試験で魔王級モンスターに認定されました」

 

 そこまで言われて、俺もようやく分かってきた。そうか、ミミックロウラー、トリックモス、トラップレシアは種族がバラバラの魔王級。それが、協力して一つの集団になっている。

 

「ついでにクーヤ、はまあ同じミミックロウラーですけど。マンドラゴラのコイナちゃんと、クイックシルヴァーの魔王級のラティちゃんもあの時の勇者級認定でパーティーメンバー扱いされましたしね」

「異種族の上級や魔王級を集めた何か――現代の魔王って俺のことかよ」

「さっきも言ったけど、あくまで似たような噂の一番古いやつがそうなだけで、今出回っているのとはちょっと毛色が違うと思うよ」

 

 そうお姉さんは言うが、噂の大本が俺であることには違いない。いや、あくまでそういう予想が出来るだけで実際は全然違う可能性だってあるのだが。

 そう考えはしたものの、まあ違うだろうと俺は頭を振った。タイミング的にまず間違いなく俺だ。

 とはいえ、まあそれがどうした、ではある。俺がその何かの正体ならば、ああそうかいで話は終わりだ。どちらかというと、今出回っている噂が俺のことを発信源としたものでない方が問題だ。似たようなことをする冒険者が他にもいるのか、あるいは。

 

「今のところ魔物使いが急増、みたいな話は聞かないね。まあそもそも、普通の魔物使いはエミル君みたいに美少女に擬態するモンスターばっかり集めたりは出来ないし」

「何か凄い誤解が生まれてないか?」

 

 俺は別に好き好んでそういう連中を集めたわけではない。が、なんだかそう言うと余計に顰蹙を買いそうな気がするのは何故だろう。いや、本当に最初はただ擬態した芋虫の幼馴染と冒険するためだけに魔物使いになったんだ。そこまで考え、そういえばもう魔物使いの資格が完全に有って無いようなものになっていることに気が付いた。

 

「まあでも、噂ってのは色々とねじ曲がってくものだしね。大本がエミル君だとして、今の噂がまた違うものになっても不思議じゃないのかもしれない」

 

 悩んでいたお姉さんがそんなことを言う。だとしても、ねじ曲がる何かがある可能性を否定出来ない以上、楽観的にみるわけにもいかない。

 そう、本当に魔物が魔物を集めている可能性だって、ないわけではないのだから。

 

「例の魔王級が、イゼルブが言ってたからな。俺達みたいな人間のパーティーとは違う、魔物のパーティーを作ってやるって」

「エミルエミル、違いますよ。人間のハーレムパーティですよ」

「そこ別にいらなくない?」

 

 というか今はそこは重要じゃない。そうツッコミを入れると、そうですかね、とスロウは首を傾げていた。何でだよ、何でそこが重要だと思うんだよ。

 そんなことを思っていたが、お姉さんはああ成程、と納得したように手を叩いていた。何でだ。

 

「そのイゼルブっていう魔王級、エミル君達を妬んでたんでしょ? ということは、仲間にするのはきっと美少女」

「真面目な話じゃないのかよ」

「別にふざけてはいないわよ。そう考えると、その魔王級の被害が出てない理由も予想できるし」

 

 それはつまり、そういうことか。あいつは今自分好みのモンスターを探しているのに全力で、暴れる余裕がない、と。

 

「馬鹿じゃないのか……」

「まあ、あくまで予想よ。それに、この程度のことならギルドのお偉いさんとか、属性頂点とかその辺がとっくに考えついていてもおかしくないし」

 

 お姉さんの言葉を聞いて、それもそうだなと俺は頷く。そうなると噂も既に真偽がはっきりしていると考えてもよさそうだ。それこそ属性頂点なら言うまでもなく。

 

「あ」

 

 そこまで考えて、俺はこの間の傀儡人形の言葉を思い出した。新しい勇者級パーティーにも、沢山魔王級がいるものね。あの時あいつはそう言っていた。あれが今回の噂を踏まえてのことならば、あいつはとっくにそれを知っていたことになるわけで。

 だが、と思い直す。報告した時点ではまだイゼルブがそんな仲間集めをしているはずもない。なら純粋に俺をからかっただけか。

 

「あ」

 

 横合いから声。さっきの俺と同じような間抜けな声を上げたスロウをどうしたんだ、と見た俺は、そうですよ、と立ち上がったのを見て表情を真剣なものに変えた。

 

「ラティちゃんです!」

「ラティがどうかしたのか?」

「さっき言ってたじゃないですか。あの魔王級が仲間にするのは美少女だって」

「言ってたな。――まさか」

「そーですよ。美少女の魔王級、ラティちゃんを狙いに来ます」

 

 こうしちゃいられない、と教国に向かおうとしたスロウに、少し落ち着けと言葉を述べる。ラティは魔王級だが、別に俺達に渋々従ってるわけでもなし。イゼルブの誘いを受けたところで、向こうの側につくような性格じゃない。街を人質に取られ仕方なく、という可能性もなきにしもあらずだが、だとしてもあの街はクロード達が所属している。勇者級パーティーと魔王級が協力すれば、傷の癒えていないイゼルブを撃退することくらいは可能だろう。ひょっとしたら討伐してしまうかもしれない。

 

「むう。確かにそーですね。でも心配は心配ですし、一応向かいましょう」

 

 まあスロウの言うことももっともだ。クロード達がやられるとは思えないが、前回のメリィのように誰かを庇ってということもありえないとは言い切れない。確実に討伐するのならば、俺達が合流するのは確かにいいだろう。

 よしじゃあ準備を、と立ち上がったタイミングでギルドの扉が勢いよく開かれた。何だ何だ、とそちらを見ると、ラティが慌てた様子で立っている。

 

「あれ? ラティちゃん。ちょうどよかった、今――」

「スロウ、アリア、シトリー、無事!?」

「へ?」

 

 ずずい、とこちらに詰め寄ってそんなことを言い出すラティに、スロウは一体全体どうしたのだと首を傾げた。驚いてカウンターに隠れたシトリーも、そんなシトリーを追い出したアリアも同様である。

 

「どうしたもこうしたもないわよ! 変な魔王級に襲われなかったの!?」

「変な魔王級?」

「そうよ。美少女の魔物を集めて至高のパーティーを作るとか抜かす変な魔物!」

 

 心当たりがありすぎる。ひょっとしてもうイゼルブと出会っていたのか。そんなことを思いながら問い掛けると、そうよ、とラティは頷いた。

 何でも、アンブルの街に突然現れて、我の仲間になれとか言い出したらしい。そんな得体の知れない奴の仲間なんて誰がなるかと追い払うと、今日のところは出直そうと引き下がったのだとか。

 

「それで、その時に別の美少女の魔王級に向かうかとか言ってたから」

「それで何でここに?」

「スロウとアリアとシトリーが美少女の魔王級だからよ!」

「え? でもわたしのこれ擬態ですし」

「あたしもそうね」

「ワタシもだよぉ……」

 

 ぐねん、とスロウが芋虫に戻る。アリアはす、っと一瞬だけ虫の顔を出すとすぐ人型に戻った。シトリーはそもそもさっきからずっとアリジゴクである。

 そういうわけで美少女といっても本体は違う。そう主張するスロウ達に、ラティは違うそうじゃないと叫んだ。

 

「それを言ったらラティも本体短剣よ。でも来たのよ変態が!」

 

 だから、と言葉を続けようとしたそのタイミングで、村の外に異様な気配がした。それを感じたのは俺だけではなかったようで、スロウ達も即座に擬態すると、弾かれるようにギルドから飛び出す。

 異様な気配のするそこは、以前隠れ潜む百花と出会った場所。そこに、胴に傷を負ったままのイゼルブが腕組みをして空に佇んでいた。

 

「――っ! 貴様、何故ここに!?」

「こっちにセリフだ。何でこんな場所に来やがった」

「ふん、我は今仲間探しの最中だ。貴様と戦うのはその後よ」

 

 そう言って何かを探るように視線を動かす。おかしい、すぐそこに反応があるはずだが。そんなことを言いながら、俺、スロウ、アリア、シトリー、ラティを順繰りに眺めた。

 

「おお、この間の魔王級ではないか。気は変わったか?」

「冗談。ラティはエミルとスロウを間近で見るっていう大事な趣味があるの。あんたみたいな変態はお断りよ」

「……エミルだと? 貴様、人間だけでは飽き足らず魔物もハーレムメンバーに入れていたのか!?」

「何の話だ何の」

「許さん! やはり貴様はここで――っと、いかんいかん。今はそれどころではない。ここにいるであろう魔王級を」

「嫌です」

「嫌よ」

「嫌だよぉ……」

「ん?」

 

 イゼルブが何かを言い終わる前に、スロウ、アリア、シトリーが断りの返事を述べていた。そのあまりの速さに、イゼルブも何が起きたのか分からず怪訝な表情を浮かべ。

 

「ま、まさか……ここにある魔王級の気配とは」

 

 そこでようやく気付いたのか、驚愕の表情でスロウ達三体を見やる。目を見開き、よろよろと空中でよろめいた。

 そして、俺に向き直ると猛烈な敵意を込めた目で睨み付けた。

 

「貴様! 貴様! そういうハーレムパーティーか! 人間のくせにモンスターとだとぉ!? この変態め!」

「何言ってるか分からんがお前が馬鹿ってことは分かる」

「ええい煩い! まさか、我よりも先に――いや認めんぞ、我は負けてはおらん、そうだ、これで勝ったと思うな!」

「いやだから、っておい待て! 逃げるな!」

 

 言いたいことを言うだけ言って空のイゼルブは即座に反転、そして彼方へと消えていってしまった。戦闘を始める暇すら無い、一方的なやり取りである。

 

 

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