幼馴染の擬態した虫が聖女とか言われた   作:負け狐

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第九十五話

「ただの馬鹿だったな」

「いや、エミル君にとってはそうかもしれないけど、私にとっては魔王級の襲来なんだから滅茶苦茶怖かったんだからね」

 

 ギルドに戻っての俺の感想について、物陰で見ていたお姉さんの感想が重なる。そう言われても、あのやり取りだけを見ても馬鹿だってのは分かるだろうに。

 そもそも、あいつさっきスロウ達が魔王級だって気付いたような素振りだったけど、最初の戦いの時にアリアとシトリーは思い切りモンスターの特性を出してたはずだ。

 

「あのやり取りを見た感じ、多分だけど、エミル君のパーティーの構成見て頭に血が上ってたんじゃないかな?」

「じゃあやっぱりただの馬鹿だろ」

 

 というかそんな節穴状態で回復役を狙うのは戦術の基本とか偉そうに抜かしてやがったのかあいつ。まず相手の構成をしっかりと確認するところからやり直せ。

 

「それにしても、結局仲間を集めに来ただけなんですかね」

「多分そうね。ラティのところも断ったら帰っていったから、今のところ他に何かしようとは思ってないみたい」

 

 んー、と考えながらそう述べるラティの言葉を聞きながら、なら一旦置いておいても大丈夫なのかと思考を巡らせる。あの様子だと恐らく仲間を集めるまではこの間のような派手な騒ぎは起こさないだろうと思ったのだ。

 

「そうね。見付からなかった場合八つ当たりに暴れる可能性がないわけじゃないけど」

「多分、それをやったら負けだと思うよぉ……」

「でしょうね」

 

 最悪八つ当たりするとしてもあんた相手よね、とアリアが俺を見る。成程それは一安心、ってなるわけないだろ。いやまあ元々あいつは俺を狙っているらしいのだからそう大して変わらないのだが。

 

「大丈夫ですよ。エミルはわたしが守ります」

「何でだよ。俺がスロウを守るんだよ」

 

 ふふん、と胸を張るスロウにそう返す。前回の戦いで出来なかったことも含めて、俺は今度こそお前をちゃんと守ってみせると決めたんだ。だからそこは譲れない。

 そんなことを続けると、ラティが何だか知らないが滅茶苦茶ツヤツヤしていた。これを見に来た、と何か興奮しているが、正直何を言っているか分からないし分かりたくもない。

 そういう意味では、こいつもイゼルブと同じような馬鹿なんじゃないか。思わずそんなことを考えて。

 

「エミル。流石のラティも許せないところはあるわ」

 

 チャキ、と銃口を頭部に突き付けられた。いや、えっと、その。

 すいません、と素直に謝る。まあ流石にあれと同レベルは言ってはいけないことだった。そう思ったので言い訳もしない。銃を仕舞ったラティは、分かればいいのよ、と鼻を鳴らした。

 そのまま暫し雑談をした後、ラティは帰ると言って教国へと戻っていった。戻っていった、とはいうが、スロウの《テレポート》で送ったのだが。

 そうしてギルドにはいつものメンバーが残る。と同時に、外で様子を窺っていた面々がどういうことだとなだれ込んできた。そりゃまあ村に魔王級が襲来したら普通は大騒ぎだろう。

 幸いというべきか、この村には魔王級モンスターが三体普通に生活しているしラティもちょくちょく遊びに来るしで、襲来した魔王級の気配に怯えてしまい村中が大パニックなどということもなかったのだが。いやそれはそれで大問題では? のんびりしていて避難が遅れるとか洒落にならんぞ。

 それも踏まえ、今回の騒ぎ――大騒ぎではなく、普通程度の騒ぎ扱いである――を改めて野次馬連中に説明しつつ、改めて魔王級の注意喚起を促した。冒険者の連中は分かっていると言っていたが、村のその辺の人達、特に爺さん婆さんはいささか不安である。魔王級の基準やスロウ達じゃないからな。

 

「うーん。やっぱりその辺もう少ししっかりしたほうがいいかもしれないね」

 

 野次馬連中の帰っていった扉を見ながらお姉さんがぼやく。ある意味一番魔王級と接しているお姉さんは、物陰で野次馬こそしていたものの、きちんとイゼルブの恐ろしさを認識していた。せめてそのくらいは危機感を持ってもらわないと、ぶっちゃけ村が壊滅しかねない。

 

「とはいっても、あのイゼルブっていう魔王級以外にはこんな田舎の村に来る理由がないけどね」

「そうなんだが……引っ越しを検討したほうがいいか?」

「その場合、ここにいると思って襲来したイゼルブや、出来るかどうか分からないけどその仲間相手に対処が出来なくなるわ」

「向こうに伝えるわけにもいかないんだよぉ……」

「そーですね」

 

 成程。今回の件で俺がここにいるってバレた以上、下手に拠点を移すのも危険か。とはいっても、その場合俺達がいない時に奴らが来たら……はもう考えてもキリがないやつか。

 まあ現状は新しい依頼も受けていないし、しばらくはこの村でイゼルブが再びやって来ないかどうかを見ていたほうがいいかもしれない。そんなことを結論付け、依頼掲示板に視線を向けた。とりあえず勇者級指名依頼とか、どこかに呼ばれているとか、そういうのはないな。それを確認すると、よしじゃあ、とお姉さんに告げる。

 

「暫くは村でゆっくりすることにするよ」

 

 

 

 

 

 

 というわけで、勇者級になってから、というより、冒険者になってからを思い返してみても久方ぶりにのんびりする期間である。普段は何かしらの準備期間だったり、嵐の前の静けさだったり問題の前振りだったりと、正直碌なことがない。同じような期間は、多分シトリーが仲間になってすぐのネクロマンサー事件の後くらいだろうか。

 

「そー考えると、大分騒がしかったんですね」

「本当にな」

 

 スロウと村をぶらつきながらそんなことを話す。そういえばこうやって散歩するのもそのくらいぶりか、と思い返した。細かいのを数えればそうでもないですけど、とスロウはわしゃわしゃと多足を動かしながら俺の言葉にそう返す。

 

「あ、でもそーゆー意味なら」

「ん?」

「こうやってデートするのは久しぶりかもしれないですね」

 

 いきなり何言ってんだこいつ、と隣を見る。てい、といきなり抱き着いて背中によじ登った芋虫は、わたしはそのつもりで来てますよ、と耳元で囁いた。

 

「……何を言い出すかと思えば」

「む。わたしは本気ですよ?」

「そう言われてもな」

 

 村の中でデートと言われても、あまりにもいつも通りすぎていまいちピンとこない。いや、ピンとくればデートでいいのかと言われるとそういうわけでもないのだが。

 そんなことを考えていると、ううむ、と背中のスロウも何かを考え込んでいるようだった。どうでもいいが考えている時に多足をわしゃわしゃさせるな、くすぐったい。

 

「そーです」

「何がだ」

「デートしましょう」

「意味が分からん」

「デートっていうのは、恋人同士がイチャイチャするためにどこかに遊びに行くことです」

「そこの意味が分からんって言ったんじゃない。でもって、それをいうなら恋人同士でもないからデートは出来ん」

 

 一応言っておくが、恋人じゃなくて恋虫だ、ということでもないからな。そう続けると、何が不満なのかスロウはげしげしと俺の背中に体をぶつけてきた。

 でも、仕方ないだろう。別段俺とスロウは大事な幼馴染で相棒で絶対に安心して背中を任せられる相手ではあるが、彼氏彼女ではない。婚約もしていないし、勿論結婚もしていない。

 まあ当然スロウが嫌いだってわけじゃないし、むしろ。

 

「で? 何をするつもりだったんだ?」

「デートですってば」

 

 誤魔化すように咳払いをしながら、話を戻すようにスロウに問い掛ける。スロウはそんな俺の様子を訝しみつつも、まあいいですとばかりに返答をした。当然答えは変わっていない。

 分かった。それはもういい。百歩譲って、渋々そうだとしてだ。

 

「デートって、何をする気だ?」

「城下町にでも行きませんか?」

「何で最近依頼受けてないか忘れたわけじゃないよな?」

「しばらくアレが来ないか、ですよね? 今のところ来る気配はないっぽいですし、このまま来るまでずっと村を出ないっていうのも無理ですよ」

 

 それはそうだ。ついでに言うと勇者級に見合う仕事が村の掲示板には殆どなく、大抵は最近頑張っている元同期の冒険者がやっているのでやることがないということもある。

 そんなわけでスロウの言うこともまあ、もっともではある。イゼルブの襲来に備えてあいつが来るかどうかずっと待ち構え続けるというのは土台無理だし、そんなことをするくらいなら情報を集めてこっちから討伐しに向かったほうが早い。

 それはそうなのだが。それとこれとは話が別ではないだろうか。

 

「何にも話は別じゃないですよ。無理に村にいる必要もない。村ではデートっぽくない。じゃあ城下町にでも行きましょう、ってことです」

「何がじゃあなのか分からん」

「……エミルは、そんなにわたしとデートするのが嫌ですか?」

 

 ぽつり、とスロウがそう呟く。その声色はどこか寂しそうで、悲しそうで。誰だそんな風にスロウを悲しませるやつは、と思わず怒りを覚えて。いや俺だよ、と冷水を浴びせられたように冷静になる。

 スロウとデート。いやまあ、デートとかそういう話を置いておくとしても、別にこいつと一緒に出掛けるのが嫌なはずもない。こいつと一緒にいるのは楽しいし、出来ればずっと一緒がいい。

 それはそれとして、デートと言われると。

 

「いや、嫌なわけじゃないけど」

「……けど?」

「なんか、こう、あれだ。気恥ずかしいっていうか、身構えるっていうか」

 

 自分でも何言ってるか分からないが、とにかくなんだか取り留めのない言葉が口から出る。そんなワタワタとした俺の反応を見ていたスロウは、何が面白かったのか、クスリと微笑んだ。

 

「しょーがないですね。じゃあ今回はわたしとエミルだけで出かけるってことに妥協しておいてあげます」

「あ、ああ。それなら別に何の問題もないぞ」

 

 ただ出掛けるだけなら、遊びに行くくらいなら大丈夫だ。そんなことをスロウに伝えると、楽しそうに笑う。そういう人ですよね、と笑う。

 

「何がだ」

「別に気にしなくてもいーですよ。じゃあ早速――だと心配かけちゃうかもですし、アリアちゃん達には伝えておいてから出かけましょう」

 

 了解、とギルドに向かう。お姉さんとアリアにそのことを伝えると、揃って何とも言えない表情をした。何だ、何か問題でもあったのだろうか。やっぱり村を出るのはもう少し待ったほうがいいのか。

 そんなことを思っていたが、どうやら全然違うことらしい。それは別にもう大丈夫だろう、とアリアもお姉さんも断言した。多分仲間集めが難航しているんだろうな、と揃って苦笑していた。

 

「だから心配なくデー、じゃなくて、出掛けてきていいわよ」

「そうそう。気にせずスロウちゃんとデー――かけてきて大丈夫だからね」

 

 何だか含みがあるが、さっきも言ったように別にデートじゃない。俺とスロウで遊びに行くだけで、そこに彼氏彼女の甘い何かがあったりするわけじゃないのだ。そこを勘違いしてはいけないし、俺も勘違いするつもりはない。

 はいはい、と俺の話を流すアリアとお姉さんを見ながら、スロウはそろそろ行きましょうと俺の手を取る。いつの間にか人型に擬態していたスロウが、じゃあ早速と《テレポート》の呪文を唱えた。

 そうして腕を組んだまま光る魔法陣の中に入ると、そこはいつもの城下町の転送場所であるベルンシュタイン公爵家前、ではなく、城下町の入口であった。まあ確かに今回はセフィに用事があって来たわけじゃないからな。

 

「そーですそーです。今日はわたしとエミルだけです」

 

 じゃあ早速食べ歩きでもしましょう。そう言ってスロウに腕を引かれたまま街を歩く。そう言えばここもこうやってしっかりと観光するのは初めてと言っていいかもしれない。

 そう考えると、何度も来ているはずの場所も新鮮な空間に見えてきた。見るもの見るものが驚きに満ちていて、何だか久しぶりに冒険のことを忘れてただのエミルとして楽しんでいる感じもする。

 

「ありがとうな、スロウ」

「ん? どーしたんですか?」

「いや、久しぶりに色々と考えずに楽しめてるからな」

「えへへー。どーいたしまして」

 

 そう言って笑うスロウに思わずドキッとしてしまったが、当事者のスロウは別段俺のそれに気付いていないようで、無邪気に笑いながら俺の腕に絡みついてくる。虫の時とはまた違う少女の感触が腕に伝わって、いやいつも抱き着いているんだからそのくらい慣れっこだろうになんで今更という気持ちが頭に浮かび。

 

「何か変な顔してますね」

「気のせいじゃないか?」

「エミルのことについてはばっちりしっかり詳しい自信がありますからね。気のせいじゃないです。何かあったなら言ってくださいね」

 

 何かあったなら、と言われても。お前が抱き着いてくるのに何故かドキッとしちゃったんだけどどうすればいい、とかスロウ自身に聞けるわけないだろうが。そんなことを思いながらスロウの顔を見ると、首を傾げつつ、しかし俺のことを心配しているようで。

 可愛いな、こいつ。

 

「違う!」

「わ、どーしたんですかいきなり」

「違うぞ、俺はそんなんじゃない」

「いきなり何叫んでるんですか。変な人に見られますよ?」

「あ、ああ。悪い」

 

 芋虫に常識を問われる少年の図。言葉にすると非常に恥ずかしいが、そう言われてもこればかりは仕方ないだろう。いや、元々擬態した姿は美少女なのは周知の事実であるし、じゃあ芋虫状態はどうかっていうと別に愛嬌があって可愛い――

 違う。そうじゃない。

 

「もー。エミルー、変なことばっかり考えてないで」

「悪い」

「わたしを、見てください」

「――っ」

 

 なんとなしに言ったのは分かっている。スロウもそんな気はさらさら無いはずだ。

 だというのに、俺はスロウから目が離せない。スロウの顔を、目を、鼻を、唇を、じっと見てしまう。

 

「まーた変なこと考えてる」

「いや違う。変なことは考えてない」

「そーですか? じゃあ、何考えてたんです?」

「それは」

 

 お前のことしか考えてなかった。なんて、絶対に言えるはずもなく。

 

「――なんでもない」

 

 

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