幼馴染の擬態した虫が聖女とか言われた   作:負け狐

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第九十六話

 お互い手を繋いだまま城下町を歩く。当初の目的通り、二人で観光をしたり食べ歩きをしたりとしているうちに、段々と気持ちも落ち着いてきた。

 

「それにしても」

「ん?」

「思った以上に色々、あむ、あったんですね」

「食べるか喋るかどっちかにしとけ」

 

 串焼きを頬張りながらスロウがそんなことを言う。そんなスロウに言葉を返しつつ、俺も同じように串焼きにかぶりついた。村にはこういう屋台みたいな食べ物屋なんかないから、こうやって食べ歩くのは新鮮だ。

 屋台みたいな、とか言ったけどぶっちゃけ食べ物屋も無いからなうちの村。宿屋の一階の酒場が唯一くらいか。

 

「どーしたんですか?」

「いや、うちの村にはこういうの無いなって」

「まあ田舎ですし、観光客みたいな人も来ませんしね」

 

 そりゃそうだ、と頷く。さっき思った宿屋兼酒場も、酒場で飲み会する村の連中以外で利用する人もまずいないし。それに比べれば城下町はベルンシュタイン公爵家のお膝元ということもあってか、その辺りがきちんと充実している。特に観光名所、と言っていいのか知らないが、ベルンシュタイン公爵家の魔道具技師の能力をふんだんに使った時計塔は街のシンボルの一つにもなっている。

 

「そんなにいうほどおっきくはないんですよね、これ」

「まあ、どっちかというと仕掛けがメインだろうしな」

 

 時計塔まで足を運ぶ。街の中心になるようなデカい建物、という想像をしていると拍子抜けしてしまうかもしれないが、これの真価は大きさより時計の仕掛けである。

 ベルンシュタインの時計塔は決して狂わない。そう評価されるように、この時計塔の刻んでいる時間が王国の標準時に制定されている。それだけでも立派なものだが、この時計塔が観光名所になっている理由はもう一つある。

 

「あ、出てきました」

「やっぱり、流石だな」

 

 特定の時間になって出てくる魔道具の仕掛けである。文字盤の下に設置された舞台で、人形が時を刻む傍らちょっとした劇場を行っていく。時計そのものの仕掛けは当主か当主の認めた技師でなければ触れないほど厳格だが、こちらの舞台の仕掛けはもう少し緩いようで、定期的に変更が加えられたりしているらしい。今の舞台は、どうやら属性頂点を模した人形劇のようで。

 

「あれ、妖精姫さんですかね」

「あっちは隠れ潜む百花だな。……ん? じゃあその間にいる人形って」

 

 妖精姫人形と隠れ潜む百花人形が一体の少女人形を取り合って大暴れする喜劇。時間にして三分にも満たないその劇を見て、俺とスロウは顔を見合わせた。多分これ自分の身内のあれこれだよな。思わずそんなことを呟くと、そうですよね、とスロウも返す。

 

「あの辺の騒ぎって知られてたんでしたっけ?」

「まあ、属性頂点絡みのことだし、噂になってもおかしくはないけどな」

 

 一瞬、驚きましたか? と笑うどこぞの蚊の化物が思い浮かんだが、まあもしそうだったとしても別段害はないからまあ流してもいいだろう。はいはい驚いた驚いた。

 

「そーいえば、噴水も仕掛けがあってブシャーってなるらしいですよ」

「何だかよく分からんが、まあ見に行ってみるか」

 

 くいくい、とスロウが袖を引っ張ったので言われるがままについていく。噴水の仕掛けっていうと水量の調節か。まあ時計塔の人形劇に比べるとインパクトは少ないか。

 そんなことを思いながら噴水まで向かう。噴水を中心に広場になっていて、結構な人がそこにいた。

 

「思ったよりデートスポットなんですね」

「そうなのか?」

「そーですよ。ほら見てください、あっちもこっちもカップルです」

 

 成程。言われてみると、確かにそういう雰囲気を醸し出している二組が多い。勿論普通に親子連れだったり、普通の観光客だったりもいるが、スロウの言う通りデートスポットとしての役割が大きい場所なのだろう。

 いやちょっと待て。ということは、だ。

 

「わたしたちもラブラブカップルに見られちゃったりしてますかね」

「何でだ」

「何でって」

 

 ぎゅ、とスロウが抱き着いてくる。何でだ、と一瞬思ったりはするが、こいつがこういうことしてくるのはまあいつものことではある。いつものことではあるのだが、わざわざそういうことを意識させておいてそれは確実に狙っていると言わざるを得ない。

 

「やめろ」

「えー」

「えーじゃない」

「エミルは嫌ですか?」

「別にそういうわけじゃないけど、いや、駄目だ、嫌だ」

「ちぇー」

 

 抱き着いていたスロウが離れ、手を繋いだ状態に戻る。油断ならない芋虫だ。隙を見せるとすぐにそういうことをしてくる。まあ別にそれが嫌なわけじゃないし、口ではああ言ったが本当はスロウと。

 だから違う。自分でも何が違うのか分からんがとにかく違う。

 ……いや、本当は分かってる。ただ俺が一歩踏み出せないだけなのは。スロウがここまで俺に気持ちを伝えているんだから、俺が伝えないのはフェアじゃない。

 でも、どうしてもその言葉が出せないのだ。こういうところが捻くれていると言われると、まさにその通りとしか言いようがなくて。

 

「好きって言えれば楽になるのか」

「何か言いました?」

「別に何も」

「そーですか? 告白してくれるならわたしはいつでも受け付けますけど」

「聞こえてるんじゃねぇか」

「聞こえてないですよ? エミルが、ちゃーんと、わたしを見て言ってくれるまでは」

 

 そう言ってスロウが笑う。この虫野郎、人の気持ちを弄びやがって。そんなことを思いはしたものの、まあどっちかというといつまでも捻くれて答えを出していない俺の方が問題だろう。

 

「それで? 言ってくれるんですか? わたしはエミルのこと大好きですよ」

「……そりゃ、俺だって、幼馴染だし? お前のことは――」

「彼氏彼女の関係になりたいって意味で、大好きです」

「――ぐ」

 

 一歩こちらに近付いてくる。近い、胸が当たってる。いやいつも抱き着いてくるから毎度のことではあるのだが、それとは違う距離の詰め方は否が応でも意識してしまうし、視界に映るスロウの顔を見て、視線が思わず唇に向いてしまって。

 

「キス、します?」

「んなっ!?」

「わたしはいーですよ? エミル大好きですし、なにより」

「――」

「わたしは、エミルのものです」

 

 距離が詰められる。スロウの顔が近付いてくる。いいのか、俺はそれでいいのか。好きって、スロウに告白してない状態で、こんな流されるようにスロウとキスをしていいのか。

 そんなことがぐるぐると頭を回り、ゆっくりと目を閉じながらこちらに近付いてくるスロウの魅力に抗えなくて。その唇を。

 

「うわぁぁぁぁん!」

「ん?」

 

 ピタリとスロウが止まった。何がどうした、と距離を戻して周囲をキョロキョロと見渡すと、一人の子供が泣いているのを視界に入れたようで。俺もスロウの視線を追いかけ、それを見た。

 

「迷子ですかね」

「みたいだな」

「ムード壊れちゃいましたね」

「そう、だな」

「キスはまた今度ですね」

「ああ、そ――」

「あ、やっぱりキスしたかったんですか?」

 

 楽しそうにスロウが笑う。いや違う、今のは生返事をしていただけで、そんな風に思ってはいない。本当だ、俺はスロウとキスしたいなんて、別に。

 

「わたしはしたかったですよ、キス」

 

 捻くれ具合も相当ですね、と笑みを浮かべたままのスロウは、まあ今回はこの辺にしておいてあげましょうと話題を打ち切った。そうしながら、さっきから泣いている子供の方に視線を戻す。

 

「それで、どーします?」

「どうするって?」

「あの迷子、ほっときます? わたしはどっちでもいーですけど」

「……ほっとくとずっと泣いてて煩いだろうな」

「そーですね。じゃあ勇者級らしく人助けですか。そーゆーところ、大好きですよ、エミル」

 

 そう言ってスロウが向こうに行くのを見ながら、俺は一言余計なんだよ、と頬を軽く叩きながら追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 歳は四・五歳だろうか。一人で街を出歩くには流石に心もとない年齢の女の子に、スロウがしゃがみこんで目線を合わせると、どーしましたか、と問い掛けていた。

 

「ここ……どこ?」

「ここは噴水広場ですよ。知ってます?」

 

 ふるふると首を横に振る。この辺は割と有名な場所だから、そう考えると旅行客の迷子だったりするんだろうか。いやまあこの年齢だとまだ知らなくても不思議じゃないかもしれない。

 

「どっちだと思います?」

「そうだな。……なあ、家はどこか分かるか?」

「いえ? おうち……わかんない」

 

 くしゃ、と再び泣きそうな表情になる。待て待て、とそんな女の子に声を掛けた俺は、じゃあ家まで送ってやるから、と勢いで言ってしまった。

 

「旅行客だったら大変な旅ですね」

「その時は親を探せばいいだろ。というかどっちにしろ親なり何なりが探してるんじゃないのか?」

 

 よくよく考えればそうだ。迷子になっているんだから親が探し回っているだろうし、ギルドだったり警察の詰め所だったり何なりに相談をしている可能性だってある。

 まずはそこから行ってみるか。よし、と女の子に手を差し出し、ちょっと移動するぞ、と声を掛けた。

 

「どこから行きます?」

「まあ詰め所だろ。それで情報無かったらギルドだ」

 

 そんなわけで移動である。詰め所では迷子の情報はないと言われ、何ならこちらで預かると言われたが、まあ乗りかかった船なので暫くはこっちで探すと返した。向こうも向こうでまあ勇者級なら、とあっさり許可を出してくれる。こういう時の身分証明にもなるのはほんの少しだけありがたい。

 ちなみになんでそうなったかというと、女の子が俺とスロウの手を離さなかったからだ。詰め所の警官もこれは仕方ないと苦笑していた。

 そういうわけで次はギルドである。城下町のギルドってそういえば殆ど来たこと無かったな。そんなことを思いながら中に入ると、子連れが珍しいのか視線が一斉にこちらを向いた。

 

「どうしました?」

 

 受付も何やら怪訝な表情で俺達を見る。まあそこら辺はしょうがないか、と思いながら迷子の相談なり何なりは来ていないかと問い掛けた。受付が俺を見て、スロウを見て、そして女の子を見て。

 

「あの、申し訳ありませんが、身分を証明する何かを提示していただけますか?」

 

 誘拐犯じゃないぞ。そんなことを思いながら、分かったとばかりに冒険者証をカウンターに置いた。それを見た受付の表情が即座に変わる。勇者級エミルということはつまり、と呟くと、土下座せんばかりに頭を下げられた。

 

「どういう反応だこれ?」

「多分勇者級だってのと、セフィちゃん先輩絡みじゃないですかね」

 

 ああ、そうか。ベルンシュタイン公爵家の城下町で公爵令嬢セフィーリアの所属パーティーを誘拐犯扱いしたらそりゃそうなるか。そういえば勇者級になる際成り行きでセフィもパーティーになったがあれよかったんだろうか。何も言ってこないからまあよかったんだろう、きっと。魔王級の攻撃をレイピアで弾くやつが普通の公爵令嬢のはずないしな。

 ともあれ。身分証明もしたことだし、改めて迷子の相談とか情報とかはないかを問い掛けた。はい、と姿勢を正した受付が書類を凄い勢いで捲っていく。そうした後、あ、と一枚の書類を取り出した。

 

「城下町の教会併設の孤児院から迷子の相談が来ています。連絡自体はつい先頃なので、恐らく向こうの詰め所も同じタイミングだったのではないでしょうか」

 

 もう少し後だったなら向こうにもこの情報があったかもしれないってことか。ちなみに、と迷子の特徴を聞くと、女の子と一致した。まあ名前が同じだし間違いないだろう。

 

「それじゃ、わたしたちでこの子を届けに行ってきますね」

 

 スロウの言葉にお願いしますと受付が頭を下げる。そうしてギルドを出たタイミングで、さっき立ち寄った詰め所の警官がこちらに駆けてきた。そうして迷子の情報を伝えてくれる。ギルドでも聞いたかもしれないが、とわざわざ律儀にここまで来てくれたらしい。

 そんな警官にお礼を言いながら、俺達は女の子を連れて孤児院へと足を進めた。病気などで親を亡くした子供や、あるいは捨てられた子供。そういう子達を育てている場所である。

 物語だと借金取りに責め立てられ破綻寸前だとか、実は奴隷商人の施設だとか。そういうパターンの場所ではあるが、ここはベルンシュタイン公爵家のお膝元、ごくごく普通の、経営破綻もしていない施設だ。まあ多少古さを感じるものの、吹けば飛ぶようなボロさではない。

 その道中、見慣れた道だと気付いたのだろう。女の子の表情が明るくなる。こっちこっち、と案内するように、孤児院へと女の子は走り出した。

 

「子供って元気ですね」

「ぶっちゃけ俺達も大人ではない気がするけどな」

 

 そんな女の子を追いかけながら、俺達はそんなことを話す。そうしながら、子供かぁ、とスロウが呟いた。

 

「エミルは、子供はどれだけ欲しいですか?」

「いきなり何の話だ」

「わたしは虫ですから、結構いけますよ」

「いかんでいい」

「じゃあ一人か二人ですか。あ、でもわたしですから一体二体かもしれないですね」

「だから何の話だ」

 

 いやんいやんと頭を振るスロウを見ないことにして、俺はそのまま孤児院の門をくぐる。ただいまー、と元気に挨拶する女の子を見て、そこにいた子供やシスターが目を見開いていた。

 大騒ぎになった子供達を見ながら、シスターが俺とスロウにお礼を述べる。たまたまだったから気にしないで欲しい、と述べると、だとしてもと頭を下げられた。

 よかった、とシスターが安堵する中でも、一際ホッとしている人物が一人いた。どうやら詰め所やギルドに相談をしに行ったシスターらしく、見付かって良かったと若干涙目である。

 

「本当に、ありがとうございました」

 

 そう言ってこちらの手を握るシスター。薄い緑がかった長い髪とぽてっとした唇が可愛らしい美少女である。少しツリ目の金の瞳が、女の子の無事を喜ぶように潤んでいた。

 そのままシスターは俺の手を取る。体温が低いのか、少しだけ不思議な感触がしたが、そのまま手を胸元に持っていかれたことでそれどころではなくなった。

 

「あ、申し訳ありません、つい」

「じー」

 

 慌てて手を離すシスターとこちらをじっと見るスロウ。いや、今の俺何も悪くないだろ。そう言うと、まあそうですけどね、とケロッとした表情を見せた。

 そうしつつ、じゃあ代わりにわたしのおっぱい触りますか、と距離を詰めてくる。なんでだ。

 

「それにしても。そこのシスターさん、凄い喜んでましたね」

「そうだな」

 

 そんなことを呟いていると、他のシスターが彼女は特別子供が好きですから、と言葉を紡いだ。なんでも少し前に孤児院で働かせてほしいとわざわざやってきて、ずっと熱心に子供を見ていたらしい。

 

「だから、迷子にしてしまったことを気に病んでいたんですよ」

 

 成程な。そういうことなら、とスロウもさっきの奇行を納得していたらしい。いや奇行度で言うならお前も相当だからな。

 

「にしても、そんなに子供が好き、か」

「エミルは嫌いなんですか? 子供」

「どっちでもない、かな」

 

 そんなことを言いながら、だからさっきの話も聞かなかったことにする、と言いながら。

 俺は向こうで迷子だった女の子も含めた子供達と遊ぶさっきのシスターを見た。確かに子供が好きなのは間違いなさそうだが。何か引っ掛かるような。

 

「……ん?」

「どーしました?」

「いや、今ちょっとなんか変な気配がしたような……気のせいか」

 

 一瞬だけど、イゼルブの気配がした気がしたが。もう今はしていないので気の所為だったのかもしれない。あるいは、まだスロウを狙っているのか。どっちにしろ、あいつの思い通りにはさせないけどな。

 そんなことを思いながら、さてそろそろ帰るかとスロウに告げた。

 

 

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