イゼルブの名前の由来は、ドイツ語の自分自身、
自分自身→『僕』
「あ」
「ん?」
誘拐未遂の現場へと案内してもらったその先で、何やら怪しい男が一人立っていた。顔は整っているが、なんというか目付きが悪い。
まあそれだけならともかく、その男は俺を見るなり顔を顰めていた。俺達のことを知っている様子のそれに、思わず身構える。
「貴様、何故ここに!?」
「何故も何も、というかお前は誰だ?」
「何だ貴様、この姿だと分からんか」
そう言うと男は顔に手を添える。瞬間、男の顔が見たことある魔王級モンスターの顔に、イゼルブの顔へと変わった。即座に武器を構える俺達に、ふんと鼻を鳴らしたイゼルブは顔を人間のそれに戻す。いや、どっちかというと変わったの方が正しいか。
まあそれはそれとして。こちらが戦闘準備に入っても向こうは戦う素振りを見せないことで、俺達も一旦武器を収めた。
「いいのか? その隙を狙ってくるかもしれんぞ」
「それをやったらお前の負けだろ」
「ふん」
嫌そうに顔を顰めたイゼルブは、それで、とさっきの質問をもう一度した。が、何故ここに、はどっちかというとこっちのセリフだ。魔王級がなんで人に変装してこんなところにいるんだよ。
何かしら街に被害を与える準備だというのならば、お前が戦わない気だとしても俺達は止めさせてもらうが。そんなことを告げると、イゼルブはもう一度ふんと鼻を鳴らした。
「我がそんなみみっちい真似をするか。街を襲うなら堂々と宣言してから向かう」
「シーサーペントの時は宣言してなかっただろ」
「あれはあいつが勝手に暴れただけだ、我は知らん。……貴様らのせいでまともな部下もいなくなり、我は新たな仲間探しをする羽目になったのだ」
「それこそ俺達が知るかよ」
「……ふん、まあいい。ある意味ただ暴れるだけの部下ではなく、話が分かる仲間探しにと変更できたことはよしとしてやる」
そんなことを言いながら、それで目的だったか、と言葉を続けた。素直に言うのかよ。思わずそんなツッコミを入れかけ、飲み込んだ。
「我の仲間に出来そうな魔王級がここにいると察知してな。我の勘ではこれは間違いなく美しい相手だ、是非とも欲しい」
「そんな、美しいだなんて……」
ラミューが何か呟いているが、今の会話のどこに反応する部分があったのだろうか。まあ何にせよ、傀儡人形が言っていた通り、ここにいるという魔王級を勧誘しようとしているのは確からしい。となると、やることは一つだ。
「そう上手くはいかねえよ。魔王級はこっちで討伐するからな」
「え?」
「ふん、そうはいかん。我の新たな仲間となる美少女を討伐させはしない」
そう言ってこちらを睨み付けるイゼルブ。俺はそんな奴を睨み返しながら、再び武器を構え直した。こうなると流石にお互い見逃す、というわけにはいかなくなる。
そう考えた俺に対し、イゼルブはやる気が無いようで、剣を構えた俺を見ても戦闘態勢に入らない。むしろ余裕そうな表情で、いいのか? と問い掛けてくる。
「こんな街のド真ん中で魔王級が暴れても、貴様らは構わんと言うんだな?」
「最終的にはどっちみち暴れるくせによく言う」
舌打ちしながら武器を仕舞った俺を見てどこか勝ち誇った顔をしたイゼルブは、そのまま視線をスロウ達に向けた。そうしながら、こちらに来るならばいつでも歓迎すると笑みを浮かべる。
「え、嫌です」
「お断りするわ」
「嫌だよぉ……」
即答する三体。それに少しダメージを受けたようによろけたイゼルブは、俺を睨み付けるとまあいいと踵を返した。今は誘拐犯を探すほうが優先だ、と言葉を続ける。
「ん? 誘拐犯?」
「何だ、知らんのか? 今この街では誘拐犯がいるらしくてな」
「いや、知ってるけど。何でお前がそれを?」
「魔王級の勧誘のために決まっているだろう」
この街の子供のほぼ全てに魔王級の気配が纏わりついている。つまり、この街の魔王級は子供に何かしらの執着がある。そして恐らくその執着とは獲物である。そこまで述べると、イゼルブはこちらを見て自慢げな表情を浮かべた。
「つまり、大事な獲物を守ってやれば、俺のもとに美少女が集まるというわけだ」
「何言ってんだお前」
ツッコミを入れたが、こいつの言っていることも一理あるような気がしないでもない。城下町の子供に魔王級の気配が纏わりついているのならば、確かに子供に何かしらの執着はあるのだろう。まさかただ子供が好きだから、とかいうわけでもあるまいし、イゼルブの言う通り獲物と認定している可能性も。
「だとすると、傀儡人形様が放置していた理由が謎ね」
「……それもそうか」
街の子供が多少食われても平気だろう、みたいなことを言い出すことは、うん、多分ないはずだ。となるとまあこいつの勘違い、の方がまだ納得出来る。出来るが、それを今指摘しても面倒なことになるだけなので、今回はそれを利用して誘拐犯捜索の手札を増やすとしよう。
「エミル」
「どうした?」
「いや、向こうの言う通りだとすると、誘拐犯魔王級じゃないですよね? それでも追うんですか?」
言われてみれば確かに。俺達は魔王級だという前提で誘拐犯を追っていたんであって、魔王級じゃないならば。いや、放っておくのも寝覚めは悪いし、公爵家の城下町の事件だし、まあ探すんだけど、優先順位は下がるというか。
そんな事を考えた俺を咎めるように、ラミューの視線が凄く突き刺さる。そんなこと関係なく追うよなお前、と口では言っていないが目がこれ以上なく語っていた。
「イゼルブ」
「何だ?」
「お前は何か誘拐犯の情報を持ってるのか?」
「何故貴様にそんなことを言わねばならん」
「俺達もその誘拐犯を追ってるからだよ。情報をすり合わせれば早く事件解決するだろ」
というわけで、俺はイゼルブにそんな提案をしてみたが、まあ当然というべきかそれで納得するわけもなし。何を言っている、という表情を向けられた。
「何よりそれで貴様が先に解決したら我の勧誘作戦が無駄になるだろう。貴様まさかこの街の魔王級も加えるつもりか? このハーレム野郎が!」
「何の話だ何の」
「ハーレム野郎、なのですか……」
「誤解だ」
イゼルブの言葉を聞いたラミューが若干引いているのでそう返しつつ、だったらもういいと話を切り上げた。まあ最初からダメ元だったので、こいつの情報があろうがなかろうがどっちでもいい。
それはそれとして。念の為、とラミューに問い掛けた。誘拐犯はこいつじゃなかったか、と。
「貴様、我を愚弄する気か?」
「眼の前に怪しい男がいれば疑うのは当然だろ」
「……いえ、この方ではありませんでした」
当たり前だと騒ぐイゼルブを無視しながら、ついでだからこの辺に犯人がいないかも尋ねる。首を横に振られたのでじゃあ捜査は一からだなと頭を掻いた。とりあえずは別の誘拐未遂の目撃者を探すところから。
そんなことを呟くと、何を言っているのですかとラミューが首を傾げていた。
「全ての事件の目撃者は、私です」
どういうことだ、と彼女を見る。どういうことだも何も、子供が不埒な輩に連れ去られそうになったのを察知したので慌てて駆けつけたのだと語った。
いや、どういうことなんだよ。
「この間の迷子から私は学んだのです。子供は片時も目を離してはならないと。位置を感じ取れてしかるべきだと」
「……なんて?」
いや、言っている言葉が何かは理解出来るが、言っている意味がよく分からない。何だかまるでこの街のすべての子供の位置を把握しているかのような。
「はい」
即答された。分かった、こいつヤバい人だ。いや、子供を守ろうとする気持ちは本物なのだろうけれど、その方向性がおかしいと言うか。そもそもどうやったらそんな事が出来るんだ。
そんな俺の問い掛けに、それは教えられませんと人差し指を口元に持っていきながら返された。成程、絶対本人の許可取ってないやつだ。
「アホなことやってないで、解除しろよ」
「何故です!? 大切な子供を見守ることのどこが悪いというのですか!」
「いや、その気持はともかく、方法は多分問題があってだな」
「おい」
横合いから声。何だよ、と視線を向けると、もう俺達に用がないはずなのに何故かまだここにいたイゼルブがこちらを睨んでいた。何だよ、俺も別にお前にはもう用がないぞ。
「我もない。が、いいのか? 魔王級の纏わりついている気配が子供ということは、これは何人か攫われたぞ」
「は?」
「え?」
俺と同じく即座に反応したラミューが、何かを探るような仕草を取る。そして、そんな、と顔色を変えながら駆けていった。その方向はさっき俺達が来た道、つまり。
「纏わりついた気配が固まっている箇所が現場だったからな。お前達の言っていた孤児院とかいう場所だろう」
「なっ」
慌てて俺達も踵を返す。ラミューを追いかけるように孤児院へと戻ると、そこは泣いている子供達、何者かが暴れまわった跡、そして倒れているシスターの姿が。ラミューは青褪めた表情のまま、シスターの介抱をしつつ子供達の確認をしていた。
「スロウ、とりあえず回復を」
「りょーかいです」
倒れているシスターをスロウが回復させる。死んでいてもどうにかなるスロウのそれに、倒れていたシスターはみるみる元気になっていった。が、体は元に戻っても心の方はどうにもならない。皆口々に、自分のせいだと責めるように項垂れていた。
「それで、何でこんなことに?」
アリアの問い掛けに、シスター達も分からないと首を横に振っていた。いきなり怪しい集団がやってきて、ここの子供達は魔力が濃いから高く売れるとか言い出して。
そうして子供達を攫っていったのだとか。
「魔力が濃い?」
「ふん。恐らく魔王級の気配が纏わりついているのを勘違いしたのだろう。中途半端に力を持っている馬鹿が調子に乗ったのかもな」
「……何でお前ついてきてるんだよ」
「最初に察知したのは我なのだから、どちらかと言えば貴様らがついてきた方だ」
そう言って鼻を鳴らすイゼルブ。そうしながら、今の会話で何故か更に顔色を悪くさせたラミューに向かってそっとハンカチを差し出していた。
「先程の手段とやら、魔王級の気配を目印にしていたのだろう? 中々の腕だが、それが裏目に出るとは思わなかったようだ。貴様のせいではない。だから泣くな」
「……泣いてはいません」
「そうか」
そのままハンカチを押し付けたイゼルブは、さて、と首を鳴らした。踵を返し、どこかに行こうとしたのを呼び止める。鬱陶しいな、と振り返ったイゼルブはジロリとこちらを見た。
「どこに行く気だ?」
「知れたこと。誘拐犯のいる場所に決まっているだろう。例の魔王級が獲物を横取りされたと認識して暴れた場合、我の勧誘も台無しになりかねん」
「あくまで自分のためか」
「当然だ。人間の子供のためだとでも言って欲しかったか?」
それはそれで背筋が凍るので別にいい。が、まあそういうことなら、と俺はイゼルブの横に立った。スロウ達もそれについていくと準備をしている。
「貴様らはここで呑気に待っていればいいだろう。我が誘拐犯を始末して獲物をきちんと魔王級に送り届けてやるからな」
「前半はともかく、後半をさせないために行くんだよ俺達は」
そう言ってお互いに鼻を鳴らすと、行くぞとそのまま足を踏み出す。
その直前、待ってくださいとラミューが声を掛けた。私もついていきます、と宣言した。
「間違いなく誘拐犯と戦闘になる、だから」
「いいではないか。そいつは魔王級の気配を探れるほどの実力はある。少なくとも足手まといにはなるまい」
「イゼルブ、お前そんな勝手に」
「何だ、こいつ一人守れる自信もないのか。なら仕方ない。ラミューとかいったな、我が特別に貴様を守ってやろう」
ドヤ顔でいきなりそんなことを言い出す。何言ってんだ、とイゼルブを見たが、どうやらこいつは割と本気でラミューを同行させる気だし、守る気らしい。
「……どーします?」
「どうするもこうするも」
多分断ってもラミューはついてくる。大切な子供が攫われたのだ、何が何でも自分で解決したがるだろう。となると、出せる答えは一つしかない。
イゼルブ、と奴の名前を呼んだ。何だ、と奴がこちらを見た。
「そう言うからには、絶対に守れよ」
「無論だ。我はハーレムとイチャイチャはぶち殺すが、基本的には紳士だからな」
「言ってろ」
再びお互い鼻を鳴らすと、俺達は改めて誘拐犯のいる場所へと足を進める。イゼルブほどではないが、スロウ達も魔王級。孤児院の残っている子供達に纏わりついていた気配を記憶して、アリアが空から、スロウが糸を伸ばして即座に索敵をした。
「ほう。何だ、我の後をついてこなければ辿り着けんと思っていたが、中々やるではないか」
そう言って笑うイゼルブを気にすることなく、さっさと行くぞとばかりに駆け出す。そんな俺の反応を見たスロウは、何が可笑しいのか笑みを浮かべていた。
「何だよ」
「いや、何だかエミルとイゼルブ、仲の悪い兄弟みたいでちょっと微笑ましいなーって」
『誰が兄弟だ!』
「ほら、そーゆーところです」
図らずも声が揃ってしまったことでお互い顔を見合わせ嫌そうな顔をする俺とイゼルブを見ながら、スロウは何だか楽しそうに笑っていた。