ご注文は名人ですか?   作:神近 舞

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この物語はフィクションです。あらゆる事柄の矛盾は大概フィクションだと思ってスルーしてください。


第1期編
第1羽 ひと目で尋常でない将棋棋士だと見抜いたよ


 

〔1〕

 

 〇〇市。通称「木組みの家と石畳の街」。東京23区から特急電車で約1時間程度の位置にあるこの街は、日本の中でありながら西洋調の街並みになっており、日本国内であることを忘れさせられる場所だ。

 

「ここに来るのも久しぶりだな......師匠に弟子入りして以来か」

 

 僕は地元であるこの場所には約9年、顔を出していない。しかし、高校進学を機に思い切って環境を変えることにしたのだ。

 

「ふむ......やはり多いな野良うさぎ。昔から変わっていないなココは」

 

 さすが、市の候補名に兎郷(うさと)市という名前があったほどだ。

 

「地元に恩を返すのもプロ将棋棋士の務め、という訳でっと......ここが件の場所か」

 

 喫茶店“Rabbit House(ラビットハウス)”。今日からお世話になる場所だ。師匠たる春生 芳治(はるう よしはる)九段と、ここのマスターのご子息である香風(かふう) タカヒロ氏が知り合いとのことで、相談した結果住み込みで喫茶店の手伝いをしてくれるならば、と快諾を得られたのである。

 

「そういえばタカヒロ氏には一人娘がいると言っていたな......その辺りには注意しなくては」

 

 紳士としての振る舞いを忘れるべからず。師匠に最初に教えてもらったことだ。意を決して扉を開ける。

 

「いらっしゃいま......!? どうして貴方がここに......!?」

 

 扉を開けると、水色の髪と瞳の少女が愕然とした表情で自分を見つめている。

 

「ご機嫌よう。本日よりこちらに住み込みでアルバイトさせていただきます、伯方 玲(はかた れい)と申します」

 

 

 

 

 

 Side a Girl

 

 私の名前は香風 智乃(かふう ちの)。喫茶店ラビットハウスのマスターの孫です。今日もアルバイトのリゼさんと一緒に頑張ろうとしていた矢先でした。扉が開いたその刹那、私は驚愕しました。

 

「いらっしゃいま......!?」

 

 黒いミディアムの髪に大きな桜色の瞳、長いまつ毛に170cmはあるだろう身長という、多くの女性が憧れるような美しい方。しかし私は知っています。()は男性であると同時に、ある大きな影響力を持っていることを。

 

「どうして貴方がここに......!?」

 

 そう、彼はこの街で生まれ、日本に衝撃を与えた存在。

 

「ご機嫌よう。本日よりこちらに住み込みでアルバイトさせていただきます、伯方 玲と申します」

 

 伯方 玲、史上初の小学生プロ将棋棋士であり、現在の名人(めいじん)です。

 

 Side Out

 

 

 

 

 

 そんなこんなで僕はラビットハウスのオリジナルブレンドコーヒーをいただきながら、ことの経緯を説明することになった。

 

「そうですか......父の提案で......」

「はい。両親は物故した上に家が無くなってしまい......タカヒロ氏にはありがたい提案を受けました」

「そうだったんですね伯方名人」

「さすがにこれから衣食住を共にする者として『伯方名人』は硬いですね......僕のことは普通に『レイ』って呼んでください」

「分かりましたレイさん。私のこともチノと呼んでください」

「おっけー。よろしくねチノちゃん。......うん、とても美味しい。甘さと苦さのバランスが絶妙だ。僕は好きだな、この味」

「......!ありがとうございます!」

 

 そう言うとチノちゃんが破顔一笑する。表情が硬い様に見えたが、意外にも喜びの表情は分かりやすいらしい。そんな中、また一人お客が現れる。

 

「いらっしゃいませ」

 

 早速チノちゃんは仕事モードに切り替わり、お客様の応対に出る。これからは自分事になるのだから、見て学ばなくては。その客は小麦色の髪に紫の瞳を宿している少女であった。桜の髪飾りがワンポイントとなっており、少女の可憐さを際立たせている。チノちゃんよりは年上......僕と同い年ぐらいだろうか。

 

「うっさぎっ♪うっさぎっ♪......うさぎがいない!?」

 

 なんだこの客。ラビットハウスという名前からうさぎと触れ合う喫茶店だとでも思ったのだろうか?

 

「あー......占拠するのも悪いし相席で良いよ」

「えっ?それだとレイさんが......」

「いいのいいの。僕も学びたいことがあるし、それを身近で感じるのも悪くない」

「......そういうことなら」

「わぁい!ありがとうお姉さん!」

「......えっ」

 

 お客さんのその発言にチノちゃんは驚くような表情を浮かべて質問しだした。

 

「......この方、日本だとかなり有名だと思うんですけど存じ上げませんか?」

「......?カワイイお姉さんだなーとは思ったけど......」

「......僕、そんなに女っぽく見える?」

「この方は伯方 玲さん!史上初の小学生プロ将棋棋士で、現在名人・棋帝(きてい)玉将(ぎょくしょう)のタイトルホルダーです!」

「はえーそうなんだぁ」

「チノちゃんもしかして......僕のファン?」

「......このくらいはレイさん関連の話を聞いてたら誰でも知ってることです」

 

 ......まぁ、そういうことにしておこう。どうやらお客さんの興味は別のことに移ったらしい。

 

「もじゃもじゃ......?」

「......これですか?これはティッピーです。一応うさぎです」

 

 ......なるほど、アンゴラウサギか。ラビットハウスのラビットはあの子のことだったのか。

 

「じゃあそのうさぎさんください!」

「非売品です」

「そりゃそうだろうね」

「じゃあ、せめてモフモフさせて!」

「コーヒー1杯で1回です」

「じゃあ3杯!」

 

 多いな。そんなにうさぎをモフりたいのか。チノちゃんがコーヒーを淹れている間に軽くこのお客さんと雑談することにした。

 

「貴女はどうしてこちらに?」

「実は今度から通う高校のルールで住み込み先でバイトしなきゃなんだけれど、カフウさんってところでね?」

「......そのカフウさんって香車(きょうしゃ)の香......じゃなかった、香る風と書いて香風さんだったりします?」

「そう!そこ!」

 

 タカヒロ氏?もう1人居候になる方がいるなんて聞いてませんが?

 

「後でチノちゃんが来たときに説明するか......実は僕もそちらでアルバイトをすることになりまして......」

「すごい!こんなところで同じ境遇の子と出逢えるだなんて!偶然を通り越して運命だよっ!」

 

 勝手に運命を感じられたんだが。お客さんは僕の手を取り上下する。

 

「私、保登 心愛(ほと ここあ)!ココアって呼んで!」

「改めまして、伯方 玲です。今年度から高1です」

「同い年なんだ!よろしくねレイちゃん!」

「僕は男なんだが......?まぁ、よろしくねココア」

 

 そんなこんなで雑談をしていると、チノちゃんがコーヒーを3杯持ってきた。香りから考えるに先程のオリジナルブレンドとコロンビア、ブルーマウンテンといったところだろうか?僕の勘が外れてなければだが。ココアは1杯目を飲むとこう言った。

 

「この上品な香り!これがブルーマウンテンかぁ」

「いいえ。コロンビアです」

 

 おもいっきり外してるじゃないか。ココアは2杯目を飲む。

 

「この酸味......キリマンジャロだね」

「それがブルーマウンテンです」

 

 キリマンジャロこの中に無いぞ。3杯目こそは———

 

「安心する味!これインスタントの———」

「うちのオリジナルブレンドです......」

「......うん!全部美味しい!」

 

 ダメだこりゃ。

 

 

 

 

 

〔2〕

 

「うーんモフモフ〜♪おっとよだれが......」

「Nooooo!」

「えっ何今の声......」

「私の腹話術です......」

「そうなんだ!?」

 

 にしては渋すぎる声なんだが......しかもティッピーが発声していたような......一旦細かいことは気にしないことにしよう。

 

「あっそうだチノちゃん」

「はい?なんですかレイさん」

「ここにいるお客さん———ココアっていう子なんだけれど、僕と同じような事情でチノちゃん家に居候するみたい」

「えっ......レイさんのことも聞かされてないのに......」

 

 タカヒロ氏?せめて娘には説明するべきでは?

 

「あっそうだ、私香風さんって所を探しているんだけれど、香る風と書いて香風さん」

「......ね?」

「お父さん......ハァ......香風はウチです」

「えぇ!?すごい!レイちゃんはおろか香風さんにも出逢えるなんて!運命どころか奇跡だね!」

 

 勝手に奇跡を感じられたんだが。

 

「私、保登 心愛!ココアって呼んで!」

「私は香風 智乃です。チノと呼んでください」

「私学校の方針でね、住み込み先でバイトしなきゃなんだけれど」

「あー......これはレイさんにも言っておこうと思っていたんですけれど、一応人手は足りてるので問題ありません」

「そうは言われてもなぁ......」

「いきなりいらない子宣言されちゃった......ちなみにマスターさんに挨拶したいんだけど、留守?」

「祖父は去年......」

「そっか......今はチノちゃん1人で切り盛りしているんだね......」

 

 ......ん?いや、人手は足りてると言っていたような......。そう言うとココアはチノちゃんを抱きしめて言った。

 

「私をお姉ちゃんだと思って何でも言って!レイちゃんも!」

「ココアさん......?」

「お姉ちゃん!レイちゃんもSAY!お姉ちゃん!」

「なんでさ」

「ココアさん......レイさんと一緒に仕事してください」

「うん♪」

 

 それでいいのか自称お姉ちゃん。僕とココアは制服を受け取った後、僕は男子更衣室に、ココアは女子更衣室に移動する。

 

「といっても髪括ってバーテンダーの制服着るだけなんだけど......」

 

 途中ゴタゴタとした物音や声が聞こえた気がしたが気のせいだろう。うん、そう思おう。

 

「......あんまり似合ってないな」

 

 この女顔のせいか、羽織袴のような男性的な服はあまり似合わない。小学生時代にスーツで対局していたときにも違和感がありまくりだったのだ。「小学生だから」というのもあるが、女顔もその要因だと思っている。

 

「さて......落ち着いたみたいだしそろそろ出るか......」

 

 僕が更衣室を出てカフェに戻ると、紫のツインテールの少女がチノちゃんの隣にココアと作業していた。

 

「は、伯方名人!?」

「レイさん、紹介します。この方は天々座 理世(ててざ りぜ)さん、ウチのアルバイトです」

「伯方 玲と申します。出来れば『レイ』とお呼びください。よろしくお願いします、リゼさん」

「あ、あぁ......よろしくな、レイ」

「レイちゃんって有名なんだねー」

「逆にココアはなんでレイを知らなかったんだ......?」

 

 リゼさんはラビットハウスにおいて先輩になるようで、色々と教えてもらった。

 

「大きい袋は1袋が限界だね......」

「私には無理だよー......」

「そ、そうだな!大きい袋はレイに担当してもらおうな!」

 

 ......リゼさん普通に持ってた気がするが。まぁ、見なかったことにしよう。

 

「小さい袋は余裕だね」

「1袋が限界だよー......」

「!? そうだな!1袋が限界だよな!」

 

 ......リゼさん今の僕みたいに4袋ぐらい持ってただろ。......見なかったことにしよう。僕たちがコーヒー豆を運び終えたタイミングで、ここのメニュー表を渡される。しかしココアの表情は厳しい。

 

「コーヒーの種類が多くて難しいねー」

「そうか?私は一目で暗記したぞ?訓練しているからな」

「すごい!」

「チノなんて香りだけでコーヒーの銘柄を当てられるぞ?」

「私より大人っぽい!」

 

 チノちゃんは照れくさそうに微笑む。僕は勘でしか当てられないからな。

 

「だが、ミルクと砂糖は必須だ」

「あっ!なんか今日一番安心した!」

 

 ちょっぴりほっこりした瞬間だった。

 

「レイはどうだ?覚えられそうか?」

「将棋の研究で100以上の変化を暗記することもあるのでこのぐらいは余裕ですね」

「ひえーレイちゃんすごい......」

「一応プロなので、えっへん」

「いや、名人だろレイは」

「プロ棋士ってすごいんだぁ......チノちゃんは何をしてるの?」

 

 チノちゃんは持っていたノートを見せてくれた。そこには色々と書かれた数式があった。

 

「春休みの宿題です。空いた時間にこっそりやっています」

「へぇ~どれどれ......」

 

 ココアはノートを見る。その刹那。

 

「あっ、その答えは128で、その隣は367だよ」

 

 ......え?

 

「ココア、430円のブレンドコーヒーを29杯頼むといくらだ?」

「12,470円だよ?」

 

 リゼさんが出した暗算だと時間がかかる計算問題も一瞬で解を導いた。

 

「ココア、二次関数y=-2xの2乗+6x+5の頂点の座標は?」

「x座標が2分の3でy座標が2分の19だよ?」

 

 ......合ってる。この子は......演算能力が高いのか......!?

 

「はぁ......私にも無いかなぁ特技」

 

 ......いや、あるだろ。

 

 

 

 

 

〔3〕

 

「いらっしゃいませ。注文をお伺いします」

「ブルーマウンテンをお願いします」

「かしこまりました。出来上がるまで少々お待ちください」

 

 僕はそう言ってチノちゃんのところに向かう。

 

「ブルーマウンテン1杯。淹れ方を教えてほしい」

「分かりました。サイフォンは———」

 

 そう言ってチノちゃんはサイフォンの使い方を教えてくれた。少し苦戦しつつも、何とか完成した。

 

「お待たせ致しました、ブルーマウンテンでございます」

「ありがとう。ところで、貴方......」

「はい?」

「......いえ、なんでもないわ。ただの思い過ごしよね」

「そうですか。それでは失礼致します」

 

 ......もしかして、思った以上に僕の影響力って大きい?

 

「次からは化粧か被り物でもしないとダメかなぁ......」

「その方がいいです」

「素の見た目が特徴的だからな」

「化粧なら教えられるよ!」

 

 チノちゃん、リゼさん、ココアが順に言う。

 

「......ココア、後で化粧の仕方教えて」

「おっけー!しっかり教えるね!」

 

 ......化粧品、自分で調達しなきゃなぁ......。そんなことを話しているとお客様が会計に並んでいた。

 

「ブルーマウンテン1点で500円になります。......丁度ですね。ありがとうございました」

『ありがとうございました!』

「美味しかったわ。また来るわね」

 

 そう言ってお客様はラビットハウスを後にする。その後、ココアはこんなことを言い出した。

 

「ねぇ、ここって『ラビットハウス』でしょ?ウサ耳着けないの?」

「そんなことしたら違う店になってしまいます」

 

 僕もそう思う。僕は静かに頷いた。

 

「リゼちゃんとかレイちゃんには似合いそう......」

 

 ......何を言い出すんだこの子は。

 

「露出度高すぎだろ!」

 

 そしてリゼさんは何を思い浮かべているんだ。......ウサ耳で思い出した。

 

「僕『勝者の罰ゲーム』でバニーガールのコスプレ着せられてたな......」

「勝者の罰ゲーム?」

「玉将戦の番勝負の勝者は、スポンサーの記事に勝った旨を載せる際にコスプレだったりヘンテコなことをさせられるんです」

「そこからちなんで『勝者の罰ゲーム』って呼ばれてるんだよな」

「チノちゃん、リゼさん、大正解。ココア、これがその時の画像」

 

 2年前の玉将戦第三局の勝利時の画像。ウサ耳にバニースーツ、そんでもってうさぎのポーズをする僕。過去一に際どいと思われるこの衣装、正直僕じゃなかったら大炎上してただろうな......。

 

「あっ!これ見たことある!」

「アレはニュースにも取り上げられたからね......どちらかと言えば『バニーの似合う男』として注目されたけれど」

「これレイちゃんだったんだねー」

 

 青少年にコレを着せるのはいかがなものか、という意見もあったが、それ以上に似合いすぎ、という意見が勝ったという話がある。正直遺憾である。

 

「教官、ではなんで『ラビットハウス』なのでしょう、サー!」

 

 教官?サー?なんかおかしなことをリゼさんに言い出したなココア。

 

「ティッピーがこの喫茶店のマスコットだからだろ」

「ティッピーうさぎだもんね」

「ティッピーうさぎっぽくないよー、もじゃもじゃだし」

「じゃあどんな名前が良いんだよ」

「ずばり———『もふもふ喫茶』!」

「安直すぎるでしょ」

「もふもふ喫茶......!」

「「気に入ってる......!?」」

 

 そんなに気に入ったの......?そんなこんなをしていると、リゼさんがラテアートを教えてくれた。本気で描くと戦車すら描けるという人間離れした技を披露していたが。

 

「レイのラテアートはどんな感じだ?」

「僕、絵は得意じゃないんですよね......だからこんな感じで......」

 

 そこにあったのは「道」や「究」といった文字を描いたラテアート。揮毫や免状を書いてる関係上、文字を書くのは得意なのだ。

 

「こういうカタチで良ければ貢献出来そうですね」

「なるほど......こういうのもアリだな......さしずめ『ラテワード』といったところか」

 

 ラテワード......個人的にはアリだな。

 

「さてココアのやつは......ぷふっ!」

「なんか笑われた!?」

「どれどれ?可愛く出来てるじゃん」

「ほんと!? それなら良かった!」

 

 ココアは十分に絵を描けるみたいで可愛らしいねこやうさぎ、花のラテアートを描けていた。

 

「チノちゃんも描いてみてよ!」

「えっ、私ですか?」

「あーチノは......」

 

 チノちゃんが描いたラテアートは何て言うか......芸術家のソレだったな。これ以上は何も言うまい。

 

「これで勤務時間は終了か」

 

 18時になり、カフェタイムの終了時刻になる。腕時計で確認した僕は声を漏らす。

 

「1日お疲れ様ー!」

「ラビットハウスでのアルバイトはこんな感じです。今日1日を通してどうでしたか?」

「とても楽しかったよ。2人がここでの仕事にやりがいを感じる理由もよく分かる」

「とっても楽しかった!」

「それならよかったです」

「これからも2人には頑張ってもらうからな?」

「勿論さ」

 

 その後、着替えた後にココアに化粧の仕方を教えてもらったのだが......。

 

「レイちゃん......」

「?」

「なんで毛穴が一切見つからないのさー!」

 

 そんなこと言われても。無いものは無いのだから仕方がない。そんなこんなで夜になった。女性陣に先に入浴してもらい、僕は後から入浴した。

 

「......これからやっていけるだろうか」

 

 僕は男である以前にプロ棋士だ。生活リズムも一般的な人とは大きく異なる。ましてやこれから高校生。師匠も辿った道を、僕はより厳しいモノで渡らなければならない。4月からは名人戦、年が明け1月からは玉将戦、2月からは棋帝戦だ。それ以外にも多くの対局がある。

 

「......負けてたまるもんか」

 

 現実を理由に負けたくない。努力不足を理由に負けたくない。———選んだ道を理由に、負けたくない。

 

「さぁ、出よう夕食が終わったら研究だ」

 

 僕はパジャマに着替え、浴室を後にする。夕食の途中、タカヒロ氏の紹介があったが、

 

「タカヒロさん、娘さんには事情を説明しておいてくださいよ......」

「サプライズも兼ねてたのさ」

「僕が来たとき硬直してたんですからね......?」

 

 少し苦言を呈させてもらった。夕食も終わり、ココアとチノちゃんと談笑していたとき、ふいにチノちゃんが、

 

「あの、一局お手合わせお願いします!」

 

 と言ってきたため、僕は了承した。大きな荷物(普通の将棋盤と駒、研究用PC)はまだ届いていないので、事前に携帯していたプラスチックの平たい盤と駒で対応することに。

 

「「お願いします」」

「チノちゃん、ファイトだよ!」

 

 平手での対局、先手を譲り出方を窺う。戦型は相矢倉になり、先に相手の防御を崩す戦いに。先に僕が仕掛けてみた。

 

「......!」

 

 僕の銀と桂による攻撃を見事に追い払い、逆にチノちゃんがこちらに仕掛ける展開に。しかし、攻撃が甘かったせいか、僕の矢倉はあまり損傷しなかった。

 

「なら、これはどうかな?」

「......キツいですね」

 

 飛車と銀と桂による攻撃。ここでチノちゃんの矢倉が崩れ始めるが、僕が想定していた以上にチノちゃんの防御に対する反応が良い。攻撃はそこまでだったが、防御に対しては最善手に近い手を指せるようだった。しかし、この王手からは13手詰めだ。

 

「......ありません。負けました」

「ありがとうございました」

「2人ともお疲れ様!」

 

 あれから4手後、チノちゃんは投了した。彼女には受け将棋の才能があるらしい。実力だけで言えばアマ二段〜三段と言ったところか。

 

「お手合わせ出来て嬉しかったです。これからも何度か挑ませてください」

「それは嬉しいな。いつでも挑戦を待ってるからね」

 

 自分が相手をした多くの棋士は「二度と戦いたくない」と言い、嫌煙されることが多い。だからこそ、こう言ったチャレンジャーの存在は嬉しく思う。そんな中、ココアが急に、

 

「私もレイちゃんと戦ってみたーい!」

「えっ」

「......ルール分かるの?」

「今のを見て何となくは」

 

 僕に挑戦してきた。本当に大丈夫か?

 

「お願いします」

「お願いしまーす!」

 

 先手は譲り、ココアの初手は7六歩。見てルールを理解したというのは嘘ではなさそうだ。僕はここに8四歩と返す。次の3手目で僕は驚愕した。

 

「えいっ!」

「「!?」」

 

 7八金......ちゃんと駒の価値や動きを理解してないと指せない手だ......。その後も繰り返し色々な手を試してみるが......。

 

「それっ!」

「えぇ......?」

「......そう指すか」

 

 ほとんどは素人丸出しの手だったが、時折常軌を逸した手を放っていた。それこそ、プロの読みに入るような......。

 

「負けましたー」

「ありがとうございました......」

 

 さすがにメチャクチャな手ばっかり指してたせいで僕は圧勝した。実力だけで言えば彼女はアマ6級相当だ。しかし彼女の中にある読み筋にはプロに近いモノを持っている......。何者なんだ、彼女は......。

 

「さすがにいい時間だね......そろそろ寝ようか」

「みんなで一緒に寝る?」

「僕、男なんだが?」

「レイさんがかわいそうです」

「さすがに1人で寝かせてほしいかな」

「えぇ〜?」

 

 そう言って僕は自分の部屋に直行し、次の対局相手の棋譜を取り出す。

 

「次の対局は帝位戦挑決リーグ......紅組3回戦......対局相手は......」

 

 皆瀬 琢也(みなせ たくや)九段。




この世界の将棋界の事情1
タイトル名(現実のタイトル名): タイトルホルダー, 獲得期数
竜皇(竜王): 白井 創太(しろい そうた), 連続4期獲得
名人(名人): 伯方 玲, 1期獲得
叡帝(叡王): 後藤 匠(ごとう たくみ), 1期獲得
帝位(王位): 白井 創太, 連続6期獲得(永世帝位資格獲得済)
玉座(王座): 白井 創太, 連続2期獲得
棋匠(棋聖): 白井 創太, 連続5期獲得(永世棋匠資格獲得)
棋帝(棋王): 伯方 玲, 連続5期獲得(永世棋帝資格獲得)
玉将(王将): 伯方 玲, 連続4期獲得

レイの弟子になるのは誰?

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  • リゼ
  • 千夜
  • シャロ
  • その他
  • 誰も取らない
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