〔1〕
「負けました」
「ありがとうございました」
不利な局面に追い込めれたが、皆瀬九段の疑問手から一気に仕掛けていった結果、逆転に成功。皆瀬九段を投了に追い込み、これで僕の今期の帝位リーグ成績は3勝0敗となった。
「伯方名人おめでとうございます。勝因はなんだったのでしょうか?」
「皆瀬九段の63手目が疑問手だったと感じました。そこで作戦を変えることにした結果、逆転出来たと思います」
「皆瀬九段はいつ頃敗着になったと確信しましたか?」
「そうですね......68手目の伯方名人が3六角を指されたときに自分のミスに気が付きました。その頃には既に手遅れでしたね......」
「両先生方、ありがとうございます」
僕と皆瀬九段はインタビューにしっかりと回答する。時刻は午後8時。そろそろ終電が近い。
「そろそろ私は帰りますね。皆瀬九段、ありがとうございました」
「そちらこそ、良い将棋を指せて良かったよ。また対局しようね」
「はい!」
千駄ヶ谷から電車で揺られること約2時間。木組みの街に戻ってきた。
「さすがに22時の街は暗いな......。早くラビットハウスに帰らなきゃ......」
22時に高校制服姿の男子が1人。流石にこの状況はマズい。その後は特に何も問題無くラビットハウスに帰ることが出来たのだが......
「さすがにココアとチノちゃんは寝ているか......」
光が無いため2人とも既に寝ているものと思われる。ダイニングに辿り着くと、食事が用意されており、僕は感動で少し涙を流しそうになった。
「いただきます」
1人だけの夕食。師匠の家でもそんなことはよくあったことだが———
「なんだか......寂しいな......」
ちょっとだけ寂しさを抱いた。
Side Cocoa
私ココア!最近チノちゃんとレイちゃんという妹ができました!
『妹じゃないです』
『僕男だし、そもそも同学年だよね?』
なんか聞こえた気がしたけど気のせいだよね!今日はなんと私の高校の入学式!レイちゃんも同じ学校なんだって!でもレイちゃんは対局の関係で先に制服を着ちゃったみたい、なんかショック......。
「うん!バッチリだね!」
それにしてもレイちゃん起きてこないな〜置いてっちゃうぞ〜?すると、コンコンコンとノックの音が聞こえた。扉を開けるとパジャマ姿のレイちゃんがいた。
「おはよう......なんで制服着てるの?」
「レイちゃん!なんでパジャマなの!? 今日入学式じゃん!」
「明日だけど」
「えっ」
「だから、入学式は明日。さすがに
「......Oh」
盛大に間違えちゃった〜!恥ずかしいよぉ!
「ココアさん?どうしたんですか?レイさんおはようございます」
「おはようチノちゃん。ココアは単純に恥ずかしがっているだけだよ」
「?」
最初からレイちゃんに聞けばよかったじゃん!なにしてるの私!?
「あー......チノちゃん、ココアは放っておいていいよ。あとで僕が宥めるから」
「そうですか......分かりました。それでは行ってきます、レイさん」
「行ってらっしゃい、チノちゃん」
「はっ!? チノちゃん待ってぇ!レイちゃんも早く来て!」
「はいはい......」
みんな私を置いていかないでぇ!
Side Out
入学式でないにも関わらず制服に着替えさせられた僕は、ココアとチノちゃんとともに登校ルートを確認していた。
「まさか今日が入学式じゃなかったなんて......」
「僕に聞けばよかったのに」
「レイちゃん研究モードのときは、話しかけづらいオーラ放っているんだもん!」
「それ以前にプリントに書かれていた日時をしっかり確認すれば良かったのでは......?」
「言わないで!」
「なんでですか」
「理不尽」
全部ココアの自業自得じゃないか。
「では私はここで」
「おっけー。またラビットハウスでね、チノちゃん」
「気をつけてね!知らない人には着いていっちゃダメだよ!」
「子どもじゃないです」
ここでチノちゃんとは分かれることになる。そんなこんなでココアと雑談しながら移動していると、登校中と思われるリゼさんの姿があった。ちなみに制服は僕が白い学ラン、ココアがピンクのセーラー服、リゼさんが白のブレザーである。
「リゼちゃんブレザーなんだ!」
「あ、あぁ......ココアはセーラー服でレイは学ランなんだな」
「何故か昨日の対局ぶりに着てます。中学はブレザーだったので懐かしさを感じますね」
「そうなのか」
「へぇー......リゼちゃん!今度制服交換してみない?」
「そんなことより登校させてくれないか......?」
「あー了解です。ココア、行くよ」
「えぇー」
僕は強引にココアを連行する。しばらくして、もういいだろうと思って放した後のことだった。
「ココアが......いない......?」
忽然とココアの姿が消えていた。どこに消えたのだろうかと思ってしばらく経過したタイミングでスマホが鳴る。
『レイ、助けてくれ!私は異次元に迷い込んでしまったのか!?』
『どういうことですか?状況説明だけでもしてくれません?』
『ココアが......ココアが無限に出てくるんだ......!』
『なるほど?ココアが迷っているってことですかね』
『そっちにはいないのか?』
『急にはぐれたんですよ。ココア的には僕がはぐれたと思ってそうですけど』
『確かにレイを探していたな......ありがとう、助けてくれて』
『いえいえこちらこそ』
そう言って通話を切る。ココアはぐれていたのかよ......。まぁ、こういうときのためのGPS機能だよな(お互い同意の上です)。えぇっとココアがいるのは......。
「噴水広場?」
GPSに従って噴水広場に到着すると、大量の野良うさぎに囲まれているココアと緑色の和服を着ているダークブラウンの髪に緑色の瞳の少女がベンチに座っていた。どうやら2人は談笑しているらしく、盛り上がっているようだ。
「ココア......こんなところにいたのか」
「あっ、レイちゃん!探してたんだよー!」
「それはこっちの台詞だよ......お嬢さんもすみません、ウチのココアがご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、ココアちゃんとは話が合うので迷惑だとは思いませんでしたよ伯方名人」
「さすがに隠せないよなぁ......改めまして、伯方 玲です。レイって呼んでください」
「分かったわレイくん。私は
「おっけー千夜。よろしくね」
「ねぇレイちゃん?迷惑って何?」
「ココアはとりあえず後でリゼさんに謝っとけ」
「なんで!?」
なんでも何もないだろう。というか......
「もしかして千夜は僕たちと同じ高校なのか?」
「あら、どうしてそう思うの?」
「この近辺に高校は2校しかないが、片方の高校の入学式は今日だ。もう片方の入学式は明日......現在千夜は制服ではない......そして僕の制服を見たときの反応が新鮮では無かった......即ち、僕やココアと同じ高校であると考えられる......違うかい?」
「お見事!正解よ〜」
「お〜ナイス推理」
「違ったら恥ずかしすぎるけどね」
論理に穴空きまくりだし。
「同じクラスだったら嬉しいね!」
「どうかしらね〜」
「あの学校、男子生徒の割合何故か少ないからな......もう片方は完全女子校だし」
中学校までは普通らしいのだが......やはりアレか、遠くの学校に憧れるというヤツか。
「とりあえずこれから通う高校に案内してもらえないか?僕はともかく、ココアは土地勘が無いんだ。だから案内してくれると助かる」
「それについては反論できないや......」
「分かったわ。私に着いてきて」
そう言って千夜に着いていったのだが......
「はぁー、ここがこれから私の通う高校かぁー!」
「......ここ、中学校じゃない?」
「今気づいたわ。ついクセで」
ちょっとしたハプニングもあったが無事に高校に辿り着いた。
「ここなんだね!私たちの通う高校は!」
「マップにもしっかり◯◯高校って書いてるね」
「明日からが楽しみねー」
そんなことを話していると......
『ねぇ、見てよあっち』
『何?って嘘でしょ!?』
『あれって伯方 玲名人じゃない!』
『この高校に入学するって噂、本当だったんだ......』
『白学ラン姿の伯方先生もステキね......』
マズい......在校生の野次馬が増えてきた......。ここはとりあえず......
「明日よりこの学校の一員となります、伯方 玲と申します。先輩方、よろしくお願いします」
挨拶をしてお茶を濁す......こういう方法しか僕は知らない!
『キャー!』
マズい、状況が悪化した!?
「逃げろ!」
「えっ、ちょっと待ってよレイちゃん!」
「どこに逃げるのレイくーん」
どこか落ち着ける場所......そうだ!
「あの広場まで戻る!」
「「えっ!?」」
5分後......
「ここまで来れば大丈夫だろう......」
「「ゼーハーゼーハー......」」
「あっ......ごめん」
2人のこと......完全に度外視してた。
〔2〕
「伯方 玲と申します。将棋のプロ棋士でもあります。プロとか関係無く仲良くしてくださると嬉しいです。よろしくお願い致します」
『キャー!』
「本物だ......本物の伯方名人だ......」
「後で揮毫貰えるかしら......」
「生きてて良かった......」
翌日、入学式を迎えた僕は、クラス内で自己紹介をしていた。ココアや千夜と同じクラスになり、知り合いが同じクラスで良かったと思う反面、この先やっていけるかどうか不安を抱えている。
「伯方先生写真撮ってください!」
「伯方名人、私には揮毫を!」
「一局お手合わせ願えませんか!」
「えーっと......みなさんちょっと落ち着いてください......」
結果は予想通りであった。「将棋棋士」としての自分しか見てくれていない人ばかり。でも———
「レイちゃん!」
「レイくん」
「すみません、友人と話をさせてください」
僕には「僕」自身を見てくれる人がいる。それだけで十分だ。
Side Chiya
改めてレイくんは大変なんだなと思った。
『伯方名人!握手してください!』
『伯方名人!ツーショットください!』
『伯方名人!揮毫お願いします!文字は愛で!』
『伯方名人!伯方名人!伯方名人!』
私が初め会ったとき、「名人」と呼んだときに少し怪訝な表情を浮かべていた。それは今になって痛いほど理解できた。それは「将棋棋士」というフィルター越しでしかレイくんを見ていないからだ。
「実はウチにもうさぎがいるの」
「へぇー!そうなんだ!」
「ここなんだけれど......」
「
「今度2人も来てちょうだい?お友達も一緒にね?」
「チノちゃんたち連れていこうよ!」
「2人が承諾してくれたらね?」
『......』
「......」
貴女たちが分からないようなら私が言ってあげる。貴女たちが見ているのはレイくんの幻よ。幻を求められてもレイくんは決して喜ぶことは無いわ。レイくん自身を見てくれる人が現れてくれるのならば、私たちはその人を歓迎しましょう。
Side Out
入学式が終わり、ココアと千夜とともに帰宅している途中だった。
「あっ、良い匂いがする〜」
「どこから———あのパン屋さんかな?」
「そうみたいね〜」
ココアが注目したのはベーカリーのパンだった。
「これカワイイ!」
「パンが?」
「独特な感性だな」
「実家がパン屋さんで、よく作ってたんだ。また作りたいな〜」
「お手製なの?すご〜い!」
ココアの作るパンか。食べてみたいな。
「パンを見ていると、私の中のパン魂が高ぶってくるんだよ!」
「分かるわ〜!私も、和菓子を見ているとアイデアが溢れてくるの!」
「うんうん!」
「気持ちは分かるな」
「でもでも、何より好きなのは......出来た和菓子に名前を付ける事!」
「格好良い......!」
「例えばどんな名前を付けるんだ?」
「ココアちゃんにあげた栗羊羹があるんだけどね」
ほう。
「幾千の夜を行く月、名付けて『
「『千夜月』か......センスのある名付けだね」
「あら、褒めても何も出ないわよ?」
そう言いながら千夜は栗羊羹を出す。出るんかい。
「せっかくだから僕もいただこうか」
「どうぞ、あーん」
「なんで?普通に渡してほしいんだが?」
「あむっ!」
「おいココア、なぜ食べるし」
「てへっ」
褒めてないが。そんなこんなでラビットハウスに帰宅した僕ら。ココアがオーブンの存在についてチノちゃんに聞いたところ———
「大きいオーブンならありますよ。おじいちゃんが調子乗って買った奴が」
ポッと顔を赤くしているティッピー。何故ティッピーが顔を赤らめるのだろうか?まさか———
「ほんと!? 今度のお休みの日、皆で看板メニュー開発しない?焼きたてパン美味しいよー?」
「話ばっかしてないで仕事しろよ?」
するとリゼさんのお腹の虫が鳴る。
「焼きたてって、凄く美味しいんだよ?」
「そんな事分かってる!」
またお腹の虫が鳴り、リゼさんが赤面してしまった。
「レイ、お前は何も聞こえてない、いいな?」
〔3〕
後日、ラビットハウスでは千夜も連れてココアによるパン作り講座を開くことになった。
「同じクラスの千夜ちゃんだよ!」
「よろしくね」
「チノちゃんとリゼさんだ」
「よろしくお願いします」
「よろしく」
すると、千夜はティッピーに注目する。
「あら?そちらのワンちゃん」
「ワンちゃんじゃないです」
「この子はただの毛玉じゃないよ?」
「まぁ、毛玉ちゃん?」
ティッピーを優しく撫でる千夜。
「もふもふ具合が格別なのー!」
「癒しのアイドルもふもふちゃんね」
「ティッピーです」
「アンゴラうさぎだよ、ティッピーは」
誰も説明しないので僕が説明することになった。なんでさ。
「しかしまぁ、ココアがパンが作れるなんて意外だったなぁ」
「えっへへー」
「褒められてないと思います」
「さぁやるよー!皆!パン作りを舐めちゃいけないよ!少しのミスが完成度を左右する戦いなんだからね!」
ココアが麺棒を持って熱く燃え始めた。なんだ......この熱気は......。
「ココアが珍しく燃えている......。このオーラ......まるで歴戦の戦士のようだ......!今日はお前に教官を任せた!宜しく頼むぞ!」
「サー!イエッサー!」
「私も仲間にー」
「暑苦しいです」
「何やってんだか......」
敬礼をするココア、リゼさん、千夜とその光景に呆れる僕とチノちゃん。
「各自、パンに入れたい材料提出ー!」
「イエッサー!」
「サ、サー!」
「暑苦しいです」
「なんだこれ」
本当になんだこれ。
「私は新規開拓に、焼きそばパンならぬ焼きうどんパン作るよー!」
「私は、自家製の小豆と、梅と海苔を持って来たわ」
「冷蔵庫に、いくらと鮭と納豆に胡麻昆布がありました」
「レイ、これってパン作りだよな?」
「そのはずなんですけどねぇ......」
リゼさんが持ってきたのはマーマレードとイチゴジャム。僕が持ってきたのは卵、ベーコン、ソーセージ。リゼさんはフルーツパン系、僕は惣菜パン系と方針が分かりやすいのだが......
「一筋縄では行かなさそうだなぁ......」
前途多難である。
「まずは強力粉とドライイーストを混ぜて」
ココアの指示通り、強力粉とドライイーストを混ぜてボールに入れる。
「ドライイーストってパンをふっくらさせるんですよね?」
「そうそう!よく知ってるねー、チノちゃん偉い偉い。乾燥した酵母菌なんだよ?」
「攻歩菌?あっ......!」
チノちゃんが何かを想像したのか怯えている。
「そ、そんな危険なものをいれるくらいなら......パサパサパンで我慢します......!」
「チノちゃん、酵母菌はパンをふっくらさせる為の菌であって、
「そう、でしたか......ふぅ......」
漢字の変換ミスって怖いね。
「はい、ドライイースト」
ボールにドライイーストを入れて、円を書くようにこねる。その後各自パンの生地をこねる。
「パンをこねるのって凄く体力がいるんですね......」
「腕が......もう動かない......」
左肩を回す千夜。相当疲れているのだろう。
「リゼさんとレイさんは平気ですよね?」
「な、何故決めつけた?」
「まあ僕は男だからね。力仕事は得意だよ」
「千夜ちゃん大丈夫?手伝おうか?」
「ううん。大丈夫よ」
「頑張るなぁ」
「ここで折れたら武士の恥ぜよ!息絶える訳には行かんきん!」
「何故に坂本龍馬なのか」
一体千夜に何があったのか。そして、パンの生地が綺麗な丸に仕上がった。
「そろそろ良いかな?モチモチしてて凄く可愛い!」
「生地が?」
「凄い愛だ......」
生地をボールに入れてラップを掛ける。
「1時間程寝かせまーす」
ふむ、1時間か......。
「せっかくだし、リゼさん、千夜、一局指してみる?」
「そうだな、レイの誘いだし、せっかくだから乗らせてもらおうか」
「私も賛成ー」
という訳で二面指しという形で僕VSリゼさん・千夜の対局が決まった。
「「「お願いします」」」
「リゼちゃん、千夜ちゃん、ファイト!」
「頑張ってください」
平手で先手は譲り、リゼさんとの対局はリゼさんからのゴキゲン中飛車、千夜との対局は千夜からのダイレクト向かい飛車という戦型になった。ふむ......2人とも攻撃的な手を好むんだな......。着実に守りを固めていきながら攻めにも転じようか。
「この手はどうかな」
「......ふむ」
「......なるほどねー」
攻守一体の一手。そう言った手を放つとリゼさんは特攻覚悟で攻撃開始、千夜は攻撃手段を増やす形で守りに転じた。
「リゼさんにはこの銀を......千夜にはこの桂を......」
「むむっ......」
「......」
「ねぇ、これってどっちが勝ってるの?チノちゃん」
「静かに見ていてください」
リゼさんの攻撃を凌ぎ切り、今度は僕の攻撃が始まる。一方千夜は準備万端と言ったかのように攻撃を始める。
「これを凌げますか?リゼさん」
「むむむ......」
「千夜は攻めが上手いな......中々の腕前だ」
「褒めても攻撃しかしないわよ?」
リゼさんの防御陣はあっという間に崩れ、その後リゼさんは投了。後は千夜との攻撃合戦を凌ぎ切るだけだが......
「あっ......!」
「その手を待っていた」
アマには通じる一手でもプロには通じない一手がある。そこを突き千夜は最終的に投了した。リゼさんはアマ1級相当、千夜はアマ四段相当だろうか。中々強かった。
「「負けました......」」
「ありがとうございました」
「3人とも、お疲れ様です」
「みんなすごかったよー!」
二面指しが終わったタイミングでタイマーが鳴る。先程の生地が大きくなった。麺棒で伸ばしてそれぞれパンに形を作り、形が出来たパンは鉄板に乗せる。
「チノちゃんはどんな形にしたの?」
「おじいちゃんです。小さい頃から遊んでもらってたので」
「おじいちゃん子だったのね」
「コーヒーを淹れる姿はとても尊敬してました」
オーブンに各々のパンを入れる。
「ではこれから、おじいちゃんを焼きます」
わぁー!というティッピーの声が聞こえた気がした。言葉だけ聞くと火葬しているみたいだなぁ......。そんなことを思っていると、ココアが千夜にあるものを見せていた。
「千夜ちゃん、ちょっと良い?」
「何?」
「じゃじゃーん!千夜ちゃんにおもてなしのラテアート!」
ココア特製のうさぎの絵が描かれたラテアートを千夜に見せる。
「わぁー!可愛いー!」
「今日は会心の出来なんだ!」
「味わって頂くわね」
千夜はカフェラテを飲もうとするが、ココアが残念がる。千夜がココアを見ると笑顔になり、また飲もうとするとまたココアが残念がる。またココアを見ると笑顔に、今度こそ飲むと———
「あぁ......傑作が......」
「ココア、千夜が飲みにくいでしょ」
僕の言葉で千夜はやっとカフェラテが飲めた。ごめんよ。
「チノちゃん、さっきからオーブンに張り付きっぱなしだね」
オーブンの中をじーっと眺めてるチノちゃん。
「そんなに楽しいか?」
「チノちゃんにとっては楽しいんだろうさ」
「どんどん大きくなって来てます!あっ!おじいちゃんがココアさんと千夜さんに抜かれました!リゼさんとレイさんだけ遅れてます。もっと頑張って下さい」
「「僕(私)に言うなよ」」
そんなこと言われても困るんだが。そんなこんなで各々のパンが出来上がった。
「「「「「いただきます!」」」」」
「美味しい!」
「ふかふかです」
「流石焼きたてだなー!」
「うん......すごいね」
「これなら看板メニューに出来るね!」
「この梅干しパン!」
「この焼きうどんパン!」
「この焦げたおじいちゃん」
「どれも食欲をそそらないぞ?」
「僕もそう思う」
そう言ってると、ココアがバスケットに入ってあるもう1つのパンを出した。それはティッピーの形をしたパンだった。
「じゃーん!ティッピーパンも作ってみたんだ!」
「まあ可愛い!」
「おぉ......」
「看板メニューはこれで行けそうだな」
「そうだね」
「食べてみましょう」
ティッピーパンを触るチノちゃん。感触は凄くモチモチしてた。
「モチモチしてる」
「えへへー、美味しく出来てると良いんだけど」
僕たちはティッピーパンを試食する。すると———
「ん?」
「まあ!」
「リゼちゃんが持って来たイチゴジャムだよ?美味しいね!」
「あ、ああ......でも......何か、エグいな......」
「Oh......」
食べた瞬間、口と目からジャムがはみ出てる。なんだかスプラッタと化しているように見えた。これにはさすがにドン引きした僕とリゼさんだった。
〔4〕
後日、千夜からの誘いで甘兎庵に僕たち4人は誘われることになった。
「どんな所か楽しみだね!」
「なんて名前の喫茶店ですか?」
「あまうさ、だったかな?」
「甘兎庵だね」
「甘兎庵とな!」
ティッピーが急に叫び出す。明らかにティッピーから発声しているんだよなぁ......。
「チノちゃん知ってるの!?」
「おじいちゃんの時代に張り合っていたと聞きます」
......そろそろ本当に腹話術なのか信じがたくなってきたのだが。......真実が分からない以上、聞くのは無意味か。
「ここじゃないのか?看板だけやたら渋い、面白い店だな」
「俺、兎、甘い?」
「庵兎甘と書いて甘兎庵ね。古い日本語は右から縦に読むんだよ。あと
「レイちゃん博識だぁ!」
常識では?とツッコむのはやめておこう。僕らは甘兎庵に来店する。すると見覚えのある和服姿の千夜の姿があった。
「「「「こんにちは」」」」
「あら、皆!いらっしゃい!」
「あー!その服、お店の制服だったんだ!初めて会った時もその格好だったよね?」
「あれは、お仕事でようかんをお得意様に配った帰りだったの」
「あのようかん美味しくて3本行けちゃったよー!」
「3本丸ごと食ったのか?」
「相当美味しかったんだね......」
僕に薦められたモノまで食べるぐらいだし。すると、テーブルに座ってる王冠を被った黒いうさぎにココアが注目する。
「うさぎだー!」
「看板うさぎのあんこよ」
「置物かと思ったぞ」
「あんこは、よっぽどの事がないと動かないのよね」
チノちゃんが近付く。するとあんこがチノちゃんの頭にいるティッピー目掛けてジャンプした。そしてチノちゃんがバランスを崩すが———
「チノちゃん!」
すんでのところで僕が後ろに立って転ぶチノちゃんを受け止めた。
「チノ!レイ!」
「チノちゃん!レイちゃん!大丈夫!?」
「僕は大丈夫。チノちゃんは?」
「びっくりしました......男の人の手ってこんなに大きいんだ......」
「......ん?なんか言った?」
「いえ、何も......」
その刹那、あんこがうわぁぁぁぁぁと叫びながら逃げるティッピーを追い掛け回す。
「縄張り意識が働いたのか?」
「いえ、あれは一目惚れしちゃったのね!」
「一目惚れ?」
「恥ずかしがり屋くんだと思ってたのに、あれは本気ね」
「あれ?ティッピーってオスだと思ってた」
「ティッピーはメスですよ?......中身は違いますが」
......初めて知った。......ん?ちょっと待てチノちゃんさっきの言葉ってどういう———
「レイさん?早く行きますよ?」
「あ、あぁ......うん......」
......これはそういうことなのだろうか?しかし非現実的と言わざるを得ないような......しかしそうでないと説明がつかないというか......そう思考を色々と巡らせていると気付いたらメニュー表が届いていた。いけない、集中し過ぎて周りが見えなくなるのは僕の悪いクセだな。えっとなになに......?
「煌めく三宝珠、雪原の赤宝石、海に映る月と星々......なんだ。この漫画の必殺技みたいなメニューは......」
「なぁにこれぇ......」
「これじゃあよく解りませんね」
戸惑う僕たち3人。そんな中、ココアだけは目を輝かせてメニューを見ていた。
「わぁ!抹茶パフェもいいし、クリームあんみつに白玉ぜんざいも捨てがたいなぁ」
「解るのか!?」
「すごいね......」
どうやら想像力が豊かなのか、ココアには通じていたようだ。ココアと千夜の感性は似たようなものがある———というか常軌を逸している———部分があるからだろうか?
「じゃあ、私は『黄金の鯱スペシャル』で!」
メニューを決めたココアが元気よく手を上げる。
「なんかよく解らないけど、この『海に映る月と星々』で」
「『花の都三つ子の宝石』で」
ココアに続いてリゼさん、チノちゃんも決めていく。僕は———
「レイちゃんは何にするの?」
「うーん......何となくの勘だけど苺大福っぽそうな『雪原の赤宝石』で」
ここは勘で行くしかない。外れた上で食べられないものだったら仕方ない、恥を忍んで誰かに食べてもらおう。注文を受けた千夜は厨房へと入っていく。
「和服ってお淑やかな感じがしていいねー」
千夜の後ろ姿を見てココアがそんなことを言い出す。それにつられてリゼさんは真剣な眼差しで千夜を見ていた。
「着てみたいんですか?」
「い、いや!そんなことはっ......!」
そんなリゼさんの気持ちを察したチノちゃんが問いかけると、リゼさんはわかりやすくうろたえる。
「大丈夫だよ、リゼちゃんならきっと似合うよ!かっこいいよ!」
「かっこいいというよりお上品に見えると思うんだけどな......」
一体ココアはどんなリゼさんを想像したのやら。
「和服と言えば、レイさんはタイトル戦で必ず着ますよね」
「慣例だからねぇ......40回以上は着てるだろうね」
「そんなに!?」
一応タイトル戦11回やってるので。そろそろ
「和服姿のレイさんカッコいいんですよ......ほら」
「どれどれ......本当だ!いつものほんわかな雰囲気が無くなってキリッとした雰囲気になってる!」
「武芸に秀でていると言われても信じてしまうような気迫だよな」
「さすがに恥ずかしいよ......」
友人に見られるのはさすがに恥ずかしい。
「お待ちどうさま、リゼちゃんは『海に写る月と星々』ね」
「白玉栗ぜんざいだったのか」
「チノちゃんは『花の都三つ子の宝石』ね」
「あんみつにお団子が刺さってます!」
「ココアちゃんは『黄金の鯱スペシャル』ね」
「わぁ、おいしそう!」
「鯱=たい焼きって、無理がないか?」
「まぁ......うん......」
「レイくんは『雪原の赤宝石』ね」
あっ、勘が当たった。苺大福だった。
「あんこには栗ようかんね」
うさぎなのに栗ようかん食べるのか......。そう思っていると、あんこの視線がココアのパフェに向かっているのが分かった。
「どうしたの?」
「こっちのを食べたいのでしょうか?」
「しょうがないなー、ちょっとだけだよ?その代わり、後でモフモフさせてねー」
一口掬ってあんこに向ける。しかし———あんこは本体を食べ始めた。
「本体まっしぐら!」
「あらあら」
強情で賢い子だな......。
「ココア、僕の大福1つあげるよ。2つあるし」
「えっ、でもそれはレイちゃんの———」
言うこと聞かない口はこうだ!と言わんばかりに僕はココアの口に大福を突っ込んだ。
「僕は気にしないから、ね?」
「う、うん......」
「......すごいですね、レイさん」
「......ある意味そうだな」
「あらあら♪」
何故か彼女たちの僕に向ける視線が不思議なものになった。なんでさ。
「ごちそうさまでした!」
「チノちゃん、あんこには触らないの?」
「チノにはティッピー以外懐かないらしい」
不思議なこともあるものだな......。すると、チノちゃんは勇気を出して恐る恐るあんこに近付く。人差し指であんこの耳を触ると耳がピクンっと反応した。今度はあんこの背中を撫でてから、持ち上げる。顔に近付けた後、見事頭に乗せた。
「すごーい!もうこんなに仲良く!」
「頭に乗せなきゃ気が済まないのか!?」
「アイデンティティ......?」
あんこを頭に乗せたチノちゃんは自慢げな表情になった。
「じゃあ皆、そろそろお暇しようか」
「皆さん、また来て下さいね」
「うん!私の下宿先が千夜ちゃんの家だったら、ここでお手伝いさせて貰ってたんだろうなぁ」
「今からでも来てくれて良いのよ?従業員は常時募集中だもの!」
「それ良いな!」
「同じ喫茶店ですし、すぐ慣れますね」
「じゃあ部屋を空けておくから。早速荷物をまとめて来てねー♪」
「誰か止めてあげてよ!? ココアが可哀想だよ!」
「私の味方はレイちゃんだけだよぉ......」
店を出た僕たち。千夜が見送る。
「千夜ちゃん!またねー!」
「ごちそうさまでした」
「またなー!」
「今度は学校で!」
そして僕たちは千夜に見送られながら帰る。
「昔はあの店とライバルだったんだね」
「今はそんな事関係無いですけどね」
「今はこの街を盛り上げる仲間として、だね」
「私たちもお客さんに満足して貰えるように頑張らなきゃね!」
「だな!」
しかし、僕たちは重大な忘れ物をしていた。チノちゃんの頭にはあんこが乗せられたままだった。その後、事態に気付いた僕たちは、なんとかティッピーを回収したのであった。
この世界の将棋界の事情2
前期タイトル戦(結果): タイトルホルダー(スコア)チャレンジャー(当時)
竜皇戦(白井竜皇防衛): 白井 創太竜皇(4-2)鏑木 元気(かぶらき げんき)八段
名人戦(伯方二冠奪取): 白井 創太名人(2-4)伯方 玲二冠
叡帝戦(後藤七段奪取): 白井 創太叡帝(2-3)後藤 匠七段
帝位戦(白井帝位防衛): 白井 創太帝位(4-1)真辺 明(まなべ あきら)九段
玉座戦(白井玉座防衛): 白井 創太玉座(3-0)皆瀬 琢也九段
棋匠戦(白井棋匠防衛): 白井 創太棋匠(3-1)春生 芳治九段
棋帝戦(伯方棋帝防衛): 伯方 玲棋帝(3-1)白井 創太竜皇
玉将戦(伯方玉将防衛): 伯方 玲玉将(4-0)皆瀬 琢也九段
レイの弟子になるのは誰?
-
ココア
-
チノ
-
リゼ
-
千夜
-
シャロ
-
その他
-
誰も取らない