〔1〕「伯方 玲という男」
時系列:第1羽と第2羽の間
「そういえばレイちゃんって名人だって話だけど、名人ってどれだけ凄いの?」
「そこからですかココアさん!?」
「あはは......将棋に縁が無い人からの認識なんてそんなモノだよ」
その一言を聞いたチノちゃんは、何処からともなくタブレット端末を持ってきた。
「今からレイさんの凄さを簡潔に教えてくれる動画と私のお気に入りの対局を見せます!終わるまで寝かせません!」
「えっ......」
それって僕が公開処刑されるということなのでは。
『今回は伯方名人がどれだけ凄いのか解説していくぜ』
機械音声によってその動画は流れていった。
『伯方名人は2019年4月1日に、史上最年少である9歳8ヶ月で四段プロデビューを果たすぜ』
『これまで5人いた中学生棋士の記録を大幅に更新するのよね』
『プロデビュー時の会見で、これまで戦ってきた方々やこれから戦う方々への尊敬の心を忘れることなく日々精進していく所存である、と回答したぜ』
『この時点で良い意味で小学生らしからぬ精神の持ち主だったのね!』
......恥ずかしい。ココアもチノちゃんも、おぉー!と声をあげているが僕は恥ずかしくて逃げ出したい気分だ。
『伯方名人はプロデビューから負け知らずで、年を開けた1月末に当時帝位一冠のみだった白井竜皇に破れるまで59連勝という記録を築くぜ』
『59連勝!? 白井竜皇が築いた29連勝が霞んで見えるわ......』
『その後、順位戦C級2組全勝で五段に、旭日杯優勝で六段に昇段するぜ』
『五段だった期間がわずか5日だったというのは当時話題になったわよね』
『その後、プロデビューから2年目という早さで竜皇と棋帝の挑戦権を得て七段に昇段するぜ』
『結果はどうなったのかしら?』
『竜皇戦は最初当時竜皇の広島九段相手に3連勝と好調だったんだが、例の流行り病に感染してから調子を落として4連敗してしまうんだぜ......』
『この時のバッシングは酷かったわよね......』
『一方棋帝戦は当時棋帝の真辺九段相手に3連勝。棋帝を奪取して史上最年少のタイトルホルダーになるんだぜ!』
『竜皇戦の雪辱を果たしたのね!』
「レイちゃんよがっだねぇ......!」
「もう泣いてます」
「......逃げ出したい」
『その後、玉将のタイトルも獲得して八段昇段。棋帝を防衛して九段昇段を果たすぜ』
『小学生の時点で九段になったのね!』
『その後は順位戦無敗のまま順位戦A級に昇級。A級でも9勝0敗の無敗で当時名人だった白井竜皇に挑戦するぜ』
『結果はどうだったのかしら?』
『番勝負の結果は4勝2敗で、名人を奪取。史上最年少の名人に至るんだぜ!』
『中学3年生の名人だなんて凄いわね......!』
『これからの伯方名人の活躍に期待だな!』
「レイちゃん苦労したんだねぇ......」
「少しはレイさんの凄さが分かりましたか?」
「うん!レイちゃんの対局も見たい!」
「えっ......」
まだこの公開処刑を続けるのか!?
「それでは私のお気に入りである名人戦第六局のハイライト集を見せます」
「わーい!」
「恥ずかしいんだけど?」
チノちゃんは
「凄い!そんな手があるなんて!」
「どうですか?レイさんは凄いでしょう?」
「カッコいい!」
「......もう寝る!」
僕は恥ずかしさが限界になり、その場から逃げ出すようにリビングを去った。その後、ココアから尊敬の眼差しが芽生えた気がした。
〔2〕「僕はあくまでいち生徒」
時系列:第2羽と第3羽の間
「今日は皆さんに話したいことがあります!」
急遽ホームルームの時間を担任教師から頂戴し、ある声明を出すことにした。
「僕、伯方 玲は確かに将棋棋士としての一面があります。ですが、この学校にいる間は皆さんと同じ学校の生徒です。僕は皆さんと対等に接したい。無意味に持ち上げられるのではなく、同じ学校の仲間として!」
「「レイちゃん(くん)の言う通りだよ(よ)!」」
僕の発言にココアと千夜が賛成する。
「レイちゃんを将棋棋士として尊敬する分には良いとは思うよ。でも皆、一回レイちゃんの立場になってみてよ」
「レイくんはあくまでいち生徒なの。それなのに無駄に特別視されてレイくんは本当に嬉しいのかしら?」
『......』
「皆は将棋棋士としてのレイちゃんを神聖視しているあまりに、日常におけるレイちゃんを軽視しているんだよ?」
「レイくんを尊敬する気持ちは分かるわ。でも同時にレイくんを尊重する気持ちを大事にするべきじゃないかしら?」
この言葉に担任教師が続ける。
「保登さんと宇治松さんの言う通りです。伯方くんはあくまでこの学校ではただの生徒。特別扱いは違います。これは先生としての言葉になりますが、憧れは理解から最も遠い感情です。まずは伯方くんの意思を汲み取ることが大切ではないでしょうか?」
「先生、ココア、千夜、ありがとうございます。僕は日常の場面にまで棋士でありたくない、その心を皆さんに伝えたいと思いホームルームの時間をいただきました」
『......』
クラスメイトが沈黙する。その後、一斉に———
『ごめんなさい!』
謝罪した。
「私、伯方くんのこと考えていなかった!本当にごめん!」
「伯方くんの意思を無視して自分のことばかり押し付けていた......ごめんね」
「伯方も俺たちと変わらない存在のはずなのに......申し訳ねぇ!」
「皆......ありがとう」
これ以降、僕とクラスメイトの関係は良好なモノになった。その後、男子たちに呼び出され———
「なぁなぁレイ、レイの本命ってどっちさ?」
「......どういうこと?」
「保登さんか宇治松さんかってことじゃないか?」
「それで?どっちよ?」
「......2人は友人だよ」
『嘘つけ!』
「えぇ......」
こういう会話も悪くないのかもしれない。
〔3〕「対局直前の団欒」
時系列:第3羽の途中
最近の僕は対局前、千駄ヶ谷の将棋会館内のカフェでお茶を摂るのがルーティーンだ。特にお気に入りなのが———
「やっぱり『ブライトバニー』のカフェラテは美味しいな」
ブライトバニー。全国に店舗を展開している大手チェーン店であり、ここ将棋会館にも店舗がある。そして———
「「レイ兄さん(兄さま)!」」
「エルちゃん、ナツメちゃん、今日も来てくれたんだね」
「レイ兄さんの対局日だからね!」
「レイ兄さまの勇姿を見届けに来ました!」
「あはは......ありがとう」
「前回の名人戦第一局は残念だったね......」
「本当にお疲れ様です......」
「ありがとう。落としたものは仕方がない、まだまだ次があるさ!」
「......なんだかレイ兄さん、明るくなったね」
「彼女でも出来ました?」
「なんでさ」
それどころじゃないよ。
「まぁ、良き友人に恵まれたって言えば良いかな?」
「「私たちは?」」
「良き妹たち」
「「やったぁ!」」
たまに
「今日もラテアートお願いして良い?」
「「もちろん!あっ!」」
「今日は私がやるんだよナツメちゃん!」
「前もやったから譲ってよエル!」
「あはは......今日も振り駒で決めようか」
「「賛成!」」
振り駒の結果は敢えて語らない。僕たちはまたこうして対局直前の団欒を過ごすのだ。
〔4〕「かつての名人と今の名人」
時系列:第4羽の途中
「マスター、僕と将棋を指しましょう」
「「えっ?」」
ココアが外出していて不在のある日、僕はマスターに対局を挑んだ。ある確信があったからだ。
「それではレイさんとお祖父ちゃんの対局を始めます。持ち時間は10分、それを使い切ったら1手30秒以内指してください。それではお祖父ちゃんの先手番で対局を始めてください」
「「お願いします」」
「7六歩」
マスターは自分で駒を動かせないのでチノちゃんが代わりに駒を動かす。僕は8四歩と返すと———
「6八銀」
相矢倉を要求する形になったため、僕はそれを打開するためにある戦型を用いることにした。
「......!」
「貴方ならこれを見たことがあるでしょう?」
香風流急戦矢倉。特徴的な名前と戦い方から覚えていた。マスターのこの反応......やはり———
「マスター、やはり貴方だったんですね......
「......お主にはバレていたか」
「お、お祖父ちゃん......どうしてそれを隠してたんですか!?」
「......今のレイと似た理由じゃよ」
「......そうですか」
香風 邦裕永世棋匠。50歳にして悲願の名人位を獲得し、引退後は連盟会長職に就いたが辞任後は詳細が分かっていなかった人物の1人であった。名人1期含めタイトル獲得通算19期であり、十六世名人や十七世名人等の名だたる強豪とシノギを削り合った強豪棋士だ。
「ラビットハウスを開いたのは会長就任中でしたか」
「そうじゃな」
「引退後に喫茶店開業を意識されたのですか?」
「引退前じゃな。引退後はどうしようと考えたら喫茶店を持とうと思ってな。しかし連盟のやつらがうるさくてのう」
「あはは......ですが、マスターが会長でいてくれたおかげで将棋界にも新しい可能性が開きました。本当にありがとうございます」
「......そうか。それなら良いわい」
「......これで13手詰めです」
「そのようじゃな......負けました」
「ありがとうございました」
「お疲れ様でした......レイさん、お祖父ちゃん」
引退したとはいえ元タイトルホルダー。相当な強さだった。自分が成長したと感じる。
「ありがとうございましたマスター。香風永世棋匠であることは忘れて、1人の人間としてまた指したいです」
「......今の名人にそこまで言われたら応えざるを得ないわい!」
「「ふふっ、あははっ!」」
「......良かったですね、2人とも」
棋は対話なり、という言葉がある。棋士2人の笑いを微笑ましく見届ける孫娘。僕はマスターのことを少し分かった気がする。
〔5〕「高一組学力対決」
時系列:第5羽と第6羽の間
「「「「高一組で学力テスト?」」」」
「あぁ、この中で一番賢いのは誰かと思ってな」
「それで、同学年で比較可能な僕たち4人でやることにした、と?」
「そういうことだ」
「誰がテストを作るんですか?」
シャロの疑問も尤もだ。
「私が○○高校と◯◯学園に協力依頼した。『伯方 玲が勉強に興味を抱いている』と言ったら全力で協力してくれたぞ」
「僕の力を使わないでください」
リゼさん?何しているんですか?その後の土曜日。僕とココアと千夜とシャロは◯◯学園にてテストを受けることになった。教科は国語(国語総合)、数学(数学I+数学A)、英語(コミュ英I+英表現I)、社会(世界史A, 日本史A, 地理Aから2科目選択)、理科(物理基礎, 化学基礎, 生物基礎から2科目選択)の5教科各50分の構成。国語→数学→英語→昼休憩→社会→理科→結果発表の順番だ。
「それでは、始め」
「「「「......」」」」
問題は僕たちの成績を参考にレベルを調整しているようで難易度は普通の考査の内容と比べたら比較的難しい。しかし、このレベルなら僕の敵じゃない。国数英が終わり昼休憩になる。
「皆、どうだった?」
「私はちょっと難しいと思ったぐらいだけど......」
「僕もそれぐらいかなぁと感じたけど......」
「「......」」
「ココアと千夜が燃え尽きてる......」
「2人はダメだったみたいだね......」
談笑する余裕のある僕とシャロに対して無言で食事を摂るココアと千夜。2人にとっては相当難しかったのだろう。
「そういえばレイ、数学の最終問題の答え何になった?」
「f(x)=2xの2乗+ax+5の最小値とそのときのxの値でしょ?a=-7だったから、x=4分の7のときに最小値は-8分の9をとる、が解答だよ」
「良かったぁ、合ってたわ」
「私も合ってたよ!」
ココアが急に元気になる。
「......レイ、国語の最終問題の答えは?」
「『ヨクヨウをつけて発音する』の『ヨクヨウ』の漢字でしょ?『抑揚』だよ」
「それで合ってるわよね」
「私も合ってたわ!」
今度は千夜が急に元気になる。
「「私たち、まだ負けてない!」」
「......まぁ、頑張りなさい」
「あはは......」
その後、社会と理科も終わり、結果発表となる。
「「......」」
「「燃え尽きてる......」」
どうやらダメだったみたいだ。全く......。
「それでは結果を発表させていただきます。結果は———」
国語: 僕(90), シャロ(85), 千夜(73), ココア(17)
数学: 僕(100), シャロ(91), ココア(87), 千夜(10)
英語: 僕(95), シャロ(80), 千夜(52), ココア(33)
社会: シャロ(96), 僕(94), 千夜(85), ココア(26)
理科: 僕(97), シャロ(92), ココア(77), 千夜(14)
「思ったより出来てたなぁ」
「レイに社会で勝った!」
「私たち......ダメダメね......」
「お互い頑張ろうね......」
第一回高一組学力対決の結果は僕の4勝1敗であった。この結果をチノちゃんとリゼさんに伝えると———
「まぁ、レイかシャロが1位だとは思った」
「さすがお兄ちゃんです!」
予想通りだったとのことだった。あとお兄ちゃんじゃないです。
〔6〕「姉妹将棋対決」
時系列:第6羽の途中
「チノちゃん!私と将棋で勝負だよ!」
「......いきなりどうしたんですか」
僕とチノちゃんが将棋を指していたタイミングで、突然ココアが僕の部屋に現れて言った。
「レイちゃんのパソコンで研究している私と勝負だよっ!私が勝ったらお姉ちゃんって呼んでもらうからねっ!」
「......簡単に言ってくれますね。負けませんよ」
「......えー、ではココアの先手番で、持ち時間は10分。使い切ったら30秒切れ負けとします。それでは始めてください」
「「お願いします!」」
ココアの初手は7六歩。それに対してチノちゃんは8四歩と返す。それを見てココアが指した手は———
「「右四間飛車!?」」
「チノちゃん矢倉組みがちだからそれに対抗しようと思ってね」
4八飛車。まさかの超攻撃的な戦型の選択にチノちゃんは焦るものの、対抗策を練っていく。
「......これなら」
「......だったらこう!」
「......!?」
「チノちゃんの思考はある程度読めているよ」
「ひぃ......」
「......ふむふむ」
......凄いな、この対局。プロから見たら「なんだそりゃ」と言いたくなるような状況だが、アマチュアから見たら「何が起こっている......?」と言いたくなるような状況になっている。ココアが段々とチノちゃん玉を追い詰めていく。
「見えた!これでチェックメイトだよっ!」
「チェックメイトはチェスですし、まだ私の玉は———」
「これを見てもそう言えるかな?」
「......!」
ココアのチノちゃん玉を詰める手は止まらない。チノちゃんは必死に玉を逃すが、詰みは間近に迫っていた。
「これで、終わりっ!」
「......!?」
ココアは持ち駒の歩を既に自分の歩がある筋に打ち、チノちゃん玉を詰ます。
「イエーイ!チノちゃんに勝った〜!レイちゃん褒めて〜!」
ココアは立ち上がり、クルクルと踊っている。———しかし。
「ココアさん......これ......反則です」
ココアは「二歩」と「打ち歩詰め」の2つの反則をしていた。
「......持ち駒の香車でやってたら勝ちだったんだけどね......」
ココアは痛恨のミスで負けたのだった。翌日、冷静になったココアにこのことを伝えると———
「えぇー!? あれって反則なの!?」
完全にルールを理解していなかったため、一からルールを再確認することになったのだった。
香風 邦裕という名前はオリジナルですが、経歴のモデルになった人物は実在の人物であり、その人物は