ご注文は名人ですか?   作:神近 舞

8 / 39
ストックがあるように見えるでしょう?一切無いんです。毎日投稿が途絶えたら察してください。失踪はなるべくしません。


第8羽 プールに濡れて雨に濡れて葛藤に濡れて

 

〔1〕

 

 Side Chino

 

「はい、香です。よろしくお願い致します」

 

 今日もまた、私は動画の収録をしていた。今回の動画は帝位戦第三局、レイさんが2勝で進行した今回の対局だが、本局もレイさんが勝利し、タイトル奪取に王手をかけた。

 

「今回の対局での決め手は、105手目の4三桂でしょう。ここから白井帝位の防御陣が崩壊し、伯方名人勝勢になりました」

 

 私はレイさんの絶技を熱意を持って紹介する。だって、私はレイさんのファンなのだから。

 

「今回の動画はここまで、高評価、チャンネル登録、コメント等よろしくお願い致します」

 

 私は収録を終えると編集し、動画をアップロードする。その刹那———

 

『チノちゃん、いる?』

「えっあっちょっと待ってください」

 

 ココアさんがドア越しに話しかけてきた。アップロード早く終わって......!

 

「すみません、荷物を整理していますのでドア越しでお願いします」

『私も手伝おうか?』

「いえ、1人で大丈夫です」

『そう?いやーレイちゃん凄いよねー。もうタイトル奪取目前だって』

「そうですね......私も白井帝位相手にあの快進撃は驚きです」

『だからこそさ......素のレイちゃん(・・・・・・・)を大切にするのが私たちにとって大事なことなんじゃないかな———って思うんだよね』

 

 ココアさんの言いたいことは理解出来る。将棋界の伯方名人と、私たちの知るレイさんは同じようで違う。伯方名人を追うカオリと、レイさんの妹(本人は全力否定しているが)であるチノが同じようで違うように。一般人が期待するのは伯方名人の側面の方だ。では、レイさんの側面を見てくれる人は?誰が見てくれると言うのだろうか。

 

『私はね、素のレイちゃんが心の底から笑ってほしいって思ってる。レイちゃんが笑ってくれるとね、なんだか心がぽかぽかするんだ。レイちゃんたちと過ごす日常が好き。だからね、私たちだけでもレイちゃんと真摯に向き合うべきじゃないかな?』

「......そうですね。ココアさんの言いたいことは分かります。私も、素のレイさんに惹かれたからこそ、妹宣言を繰り返している訳で......」

『ヴェェェェェ!? 私の妹宣言はしてくれないの!?』

 

 ......私はどうなのだろうか?カオリとチノは違うと私はハッキリ断言したが、本当にそうだろうか?カオリとチノが混同していることに気付いていないだけじゃないのか?私はレイさんにしっかり向き合えているだろうか?そんな疑問の渦を断つかのように、アップロード完了の音が聞こえた。

 

「......ひとまず、片付けなきゃ」

 

 私は......レイさんを見ているのか?それとも伯方名人を見ているのか?

 

 Side Out

 

 

 

 

 

「600円になります。1,000円お預かりしたので、400円のお返しです」

「「「「ありがとうございました!」」」」

 

 今日もラビットハウスは忙しい。お客さまが出た瞬間、千夜とコーヒーで泥酔してるシャロが来店して来た。

 

「いえぇぇぇい!たのもぉぉぉ!」

「Oh......」

「テンションが高い!?」

「貧乏がバレてしまった恥ずかしさに耐えられないって言うから、ヤケコーヒー巡りを勧めたの」

「もっと違う物を勧めろよ!」

「ここで3軒目」

「多すぎるよ!いくらなんでもあんまりだよ!」

 

 シャロはココアと遊んでいた。

 

「でも見て。あの晴れやかな顔」

「カフェインで可笑しくなってる顔だな......」

「シャロさん、コーヒー好きになってくれて嬉しいです!」

「違う、そうじゃない」

「「アーループースー1万尺♪」」

 

 アルプス1万尺で遊んでる2人。

 

「酔い潰れるほど悩んでたんだな......」

「皆気にしないって、シャロちゃん自身分かってるんだけどね」

「ああ。私なんか、シャロのお嬢様らしさを見習いたいくらいだ」

 

 まぁ、シャロのお嬢様らしさは異様だよね......。

 

「はっ!戦場の悪魔が誕生した!?」

「そのフレーズ素敵ね」

「何を想像していたんですか......」

 

 

 

 

 

〔2〕

 

 8月上旬のある日のこと。今日は仕事の汗を流す為に、僕たちいつメンは市営の温泉プール施設に遊びに来た。

 

「うわー!お城みたいだねー!」

「古い建物を改造した名残だな」

「私、水着で温泉初めて」

「泳ぐのとお風呂が一緒に出来て一石二鳥ね」

 

 早速中に向かう。

 

「あっ、浮き輪持って来れば良かった......」

「あっ!これなら持って来たんだけど......これ」

 

 ココアがバッグからフィンを取り出した。

 

「足ひれ......?」

「いりません」

「どうやってバッグに入れたのさ......」

 

 更衣室前に来た僕たち。

 

「じゃあ僕、ティッピー連れて行くからみんな後で合流ね」

「「「「「......?」」」」」

「......えっ?何その顔......」

「レイちゃんは女子更衣室でしょ?」

「社会的に殺す気か」

 

 僕、男だぞ。僕はティッピーを連れて男子更衣室に向かった。僕が男子更衣室に入ると「間違ってませんか?」と何度も言われてしまった。今はこの女顔が恨めしい。水着に着替えていると、マスターに問われる。

 

「どうじゃレイ、お前はチノをどう思ってる?」

「棋士として評価するなら今後の女流棋士界の卵になれそうな逸材。僕としての感想は愛しくて可愛らしいバリスタの卵......ですかね」

「......お前にチノはまだ早いようじゃな」

「Ha-ha-ha, nice joke」

「ジョークのつもりは無いんじゃがのう......」

 

 僕はティッピーを桶に入れて浴場へ向かう。

 

 

 

 

 

 Side Cocoa

 

 私たち5人は女子更衣室でそれぞれ水着に着替えてた。

 

「ココアちゃん!良く似合ってるわ!」

「ありがとー!実はビキニ初挑戦なんだ」

 

 ふっふっふ......これでレイちゃんを悩殺しちゃうぞっ!

 

「チノちゃんの水着も可愛いわね〜!」

「でしょー!」

「どうしてココアちゃんが自慢気なの?」

 

 だってチノちゃん可愛いから......。

 

「千夜さんはいつもとイメージが違って素敵です」

「普段ならもっと落ち着いた色を選ぶんだけど、レイくんを筆頭にした若い人達と遊ぶんだから冒険しないとね」

「千夜さんは何歳なんですか?」

「お!リゼちゃんは?」

 

 どれどれーリゼちゃんはどんな感じだろー?

 

「な、何だ?」

 

 ふむふむ......なるほど......。

 

「素材を活かした味付けって感じー!」

「はぁ!?」

 

 さてさてシャロちゃんは......っと。

 

「シャロちゃん」

「ん?」

「紐が食い込んでるよ?」

「察してよ!」

 

 てへっ☆奥の方ではリゼちゃんとチノちゃんが髪を整えてた。

 

「あのリゼさん、良かったら私の髪も結んでくれませんか?」

「ああ。良いよ」

 

 チノちゃんの髪を器用に結ぶリゼちゃん。

 

「こんな感じでどうかな?」

「素敵です。ありがとうございます」

「チノちゃん可愛いー!」

「先輩凄いです!」

「リゼちゃんは本当に器用ね」

「じ、自分の髪が長いから、髪を結ぶ機会が多いだけで......」

「ねえ、私の髪も結ってくれない?」

「い、良いけど......」

 

 ブラシで千夜ちゃんの髪を整える。

 

「おー!手慣れた手さばき」

「華麗です」

「ふ......普通だ」

「こんなに上手な人今まで見たことないよ!」

「ホントに普通だって!私なんか!」

 

 褒められ過ぎて千夜ちゃんの髪が異常なまでに派手になってた。

 

「わー!凄過ぎるよー!」

「こ、これは流石に......」

 

 しかし、千夜ちゃんは満足していた。

 

「あれ?満足してる?」

 

 満足しているなら......まぁ、いっか。

 

 Side Out

 

 

 

 

 

「ねぇ、君今暇?」

「お姉さんたちと遊ばない?」

「いや......連れがいるので......」

「男の子?」

「いえ、女の子です......」

「そっかぁ......残念......」

「ごめんねー......楽しんで」

 

 僕がナンパを3組ほど撃退していると、ようやく女性陣が現れた。

 

「レイちゃん!お待たせ!」

「遅かったじゃない......かッ!?」

 

 そこにいたのは、カワイイの塊だった。何を言っているのか分からないだろうが、僕にはそれ以外の形容方法を知らなかった。

 

「......みんな、とっても水着似合っているよ。みんなの個性が発揮していてとっても素敵だ」

「「「「「......」」」」」

「......ど、どうしたのさ」

「......レイちゃん」

「う、うん」

 

 ココアの気迫が凄い......何を言われるのか———

 

「前を着なきゃダメー!」

「なんでさ!?」

「あのさ......恥ずかしいけど率直に言うよ......レイちゃんのカラダがえっちすぎるんだよ!だから前を隠して!」

 

 えぇ......。僕は桶に入れたティッピーをチノちゃんに渡した後、リゼさんが持ってきたウェットシャツを着させられた。解せぬ。その後、僕たちは温泉プールを満喫する。

 

「気持ち良い〜♪」

「浮かべそうな気分......」

「小さい頃、銭湯で泳いで怒られた事を思い出すな〜」

「ここは銭湯じゃないけどね」

「あくまでプールだからね」

「シャロちゃんは今でもよく銭湯に行くの?」

「たまにね......たまに。こんな大きい所じゃないけど......」

 

 ガッカリするシャロ。

 

「うちのお風呂を借りてる話でもしてるのかしら?」

 

 僕とココアとシャロが入ってるお湯の温度を確かめる千夜。

 

「ぬるいわ。こんなのお風呂じゃない!」

「千夜さんは江戸っ子ですね」

 

 チノちゃんとリゼさんと千夜はお湯に浸かって満足する。

 

「おい毛玉、このくらいの温度なら、お前も入れるんじゃないか?」

「あっちにティッピーにぴったりのサイズの桶があったわよ?」

 

 チノちゃんとティッピーは気まずい雰囲気に圧倒され、顔の半分を潜る。

 

「あ、嫌がるなよ。温泉嫌いなのか?」

「濡れたら普通のうさぎになるの?」

 

 チノちゃんの顔にリゼさんと千夜の胸部が近付いて来て顔を赤くしてる。あそこに僕がいなくて良かった......。

 

「ここの温泉は高血圧や関節痛に効果があるらしいよ」

「成長促進に効果はありませんか......?」

 

 シャロと同じようにガッカリするチノちゃんであった。

 

「どうせなら棋力成長もほしかったなぁ」

「これ以上強くなってどうするんですか」

「うーん......AIに勝つとか?」

 

 まぁ、無理だと思うけど。

 

「今日はあまり人はいませんね」

「この温泉の強者共と相見えることを楽しみにしていたんじゃがのー」

「では、私と指しますか?」

「勝負じゃチノ!」

 

 チノとティッピーは将棋で勝負をしている。

 

「一人二役やってる」

「中々レベル高いな」

 

 一人二役じゃないんだけどね......。

 

「こっちはこっちで泳ぎましょうか」

「あ、私泳ぐのはちょっと......」

「私、深いプールで泳いだ事がないんだけど......」

「「「「意外!?」」」」

 

 深いプールで泳いだ事がないリゼさん。初めて知った僕たちは目を丸くした。

 

「じゃあ私が教えてあげるよ!」

 

 泳ぎ方を教えようと自信満々になるココア。しかし———

 

「見て見てー!これがクロールだよー」

 

 クロールしようとするが、背泳ぎ状態で手足をバタバタしている。

 

「泳ぎ方を覚え直した方が良いわね」

「僕が教えた方が早いよ......」

「じゃあこれから、リゼちゃんが泳げるように特訓を始めます!」

「待って、泳ぐなら念のため軽くストレッチした方が良いと思うの」

「うん。準備運動は大切だよな」

 

 開脚して、前に体を倒すリゼさん。

 

「「柔らかい!」」

 

 圧倒的に体が柔らかい。

 

「実は僕も柔らかいんだな、これが」

 

 リゼさんと同じように180度開脚した上で前に体を倒す。このぐらいは余裕だ。

 

「シャロちゃん!」

「え?」

「肉体美の表現なら負けてられないね!」

 

 シャロの足を持って膝で立たせてるココア。

 

「何してる......?」

「何の対抗意識?」

「良い勝負じゃった」

「はい」

 

 チノちゃんとティッピーの対局が終わった。そこに千夜が来た。

 

「チノちゃーん、私とお手合わせしましょう。アマ四段の私と勝負よ」

「良いですよ。私はレイさんからアマ三段のお墨付きを受けました。勝負です」

 

 今度はチノちゃんと千夜の将棋勝負が始まる。

 

「せっかくだから何か賭けてみない?私が勝ったらティッピーが、びしょ濡れになったらどうなるのか見せてもらうのはどう?」

「分かりました。私が勝ったらココアさんに私をお姉さんと呼んでもらうことと、レイさんの妹にしてもらうことにしましょう」

「何で巻き込まれてるの!?」

「僕まで!?」

「では」

「「お願いします」」

 

 千夜とチノちゃんの対局が始まった。頼む千夜、勝ってくれ!

 

「まずは息止め勝負!」

「「「何でそうなるんだろう......」」」

「せーの!」

 

 4人同時に息止め勝負を始める。息を止めて潜る。余裕で息止めしてる僕とリゼさん。しかし横を見ると。

 

「「ぶはぁ!?」」

 

 なんとココアが死んだように浮かぶ。びっくりした......。僕とリゼさんが咳き込む。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「私の勝ちー!」

「紛らわしい潜り方をするな!」

「焦ったんだからね!?」

「じゃあ二回戦!」

「まだやるの!?」

 

 二回戦が始まり、同時に潜る。僕たちがココアを見ると、うさぎのジェスチャーをしていた。次に右を指し、上に勢いよく腕を上げる。今度はナルシストのように見える。......ダメだ、法則性が掴めない。全員が一斉に立つ。

 

「なーんだ?......答えは全部リゼちゃんでしたー!」

「私はそんなんじゃない!」

「全く分からなかったんだけど」

「追い詰めました」

「まだまだよ?」

「えっ......」

 

 2人の会話を聞いて焦る僕とココア。

 

「千夜ちゃんが負けたら、私のお姉ちゃんとしての威厳がー!」

「僕の人としての尊厳がー!」

 

 急いでチノちゃんと千夜のところへ駆け寄る。戦況はチノちゃん優勢で千夜玉が追い詰められている......しかし、千夜側にもチャンスは大いにあり、チノちゃん玉も危ない状態になっている。

 

「千夜ちゃん頑張って!そこで王手だよ!」

「今王手しても意味無い気がするわよ?」

「ここで負けたらわしがあられもない姿に......」

「ティッピーうるさいです」

「はい......」

「我が飛車の歩みを一兵卒ごときが止められると思うなー!」

「ココアちゃん!駒になりきるのやめてもらえる?」

「チノ!今じゃそこだ!」

「千夜ちゃん上!後ろ!」

 

 周りの応援のせいで集中出来ない2人。......ハァ。

 

「2人とも、助言は禁止。あっちに行くよ」

「「あぁー......」」

 

 僕はココアとティッピーを連れてリゼさんたちのところに移動する。外をチラッと見ると夕方になってた。リゼさんが見事なクロールをしていた。

 

「先輩流石です!」

「上達早いですねリゼさん!」

「シャロの特訓のお陰だよ」

「リゼ先輩は飲み込みが早いですから」

「泳ぐのがこんなに楽しいとは思わなかった。ありがとなシャロ!」

 

 褒められて顔を赤くするシャロ。

 

「じゃあ次は———」

「えっ?」

 

 シャロの手を握って、フィンを取りに行く。

 

「あれを使って深い所へ行こうなー!」

「それは私にも無理です先輩〜......」

「海にでも行く気ですか!?」

 

 外はすっかり夜になって、バルコニーから夜景を眺めている僕とココアとチノちゃんと千夜。

 

「わー!夜景が綺麗ー!気持ち良いー!」

「夜風は心地良いわね。こうやって耳を澄ませば、あの光一つ一つから街の営みが聞こえてきそう」

「素敵です」

「あのお家今夜は妹さん特製カレーだって。良いなー」

「あの家のご夫婦、今夜は修羅場ね」

「「台無しだよ(です)」」

「買ってきたわよー!」

 

 リゼさんとシャロがジュースを買って戻って来た。

 

「皆で飲もー!」

 

 コーヒー牛乳の瓶の蓋を開ける。シャロはコーヒーがダメなのでフルーツ牛乳にしてる。

 

「「「「「「コーヒー(フルーツ)牛乳で!カンパーイ!」」」」」」

「お姉ちゃん!コーヒー牛乳はこうやって飲むんだよ!」

「チノが勝ったのか......」

「そうですよ。ね?お兄ちゃん?」

「そうだな、チノ......」

「レイ......大変だな」

 

 同情するなら代わってください。

 

 

 

 

 

〔3〕

 

 数日後。今日はみんなで映画を観る日だ。

 

「......雨か」

 

 スマホで確認した天気はくもりのち雨の予報。降水確率は80%。

 

「ココア、チノちゃん、今日は傘を持って行った方が———」

 

 そう言おうとしたときには2人とも既にいなかった。

 

「......まぁ、いいか。傘と折り畳み傘2つ持っていけば良いよね」

 

 そして、夏休み中の登校日。学校にて。

 

「うさぎのマスターがCGかどうか確かめなきゃね」

「そうだねー......」

 

 今日のココアは眠たそうになってる。

 

「後あのコーヒー豆のシーン、あれを映画でどう表現するのか見ものだわ!」

「千夜ちゃん楽しそうだねー......」

「だって皆と映画だもの。チケットをくれたお客さんに感謝しなきゃ!」

 

 千夜曰く、以前甘兎庵で『うさぎになったバリスタ』のチケットを6枚くれたのだった。

 

『あのー、これ良かったら。貰い物が余ってるんです』

 

 くれたのは以前チノちゃんと一緒に出会ったあの女性だった。

 

「ココアちゃんは眠そうね」

「ゆうべ、チノちゃんに私の修業の成果を見せようと思って......コーヒーの銘柄当てクイズしたんだ......」

「コーヒーの飲み過ぎであまり眠れなかったのね」

「今までずっと起きてたから......」

「ちなみに僕も付き合わされたから、少々寝不足気味......」

 

 机にうつ伏せるココアと、頬杖をつく僕。

 

「えっ!まさか寝てないの!? ちょっとこの後映画観に行くのよ......!」

「コーヒー飲めば夜まで持つと思う......」

「えー!」

 

 下校時刻。僕とココアと千夜が入口に立っていた。

 

「雨か......映画今日じゃない方が良かったかしら」

「ううん、せっかく今日はみんな揃ってバイト休みなんだし」

「僕傘1本しか無いからなぁ......」

 

 なんと折り畳み傘が壊れていたのである。点検していなかった僕のミスだ。

 

「えい!行こう、レイちゃん!千夜ちゃん!小雨の中走るのも気持ちいいよ!

 

 小雨が降ってる中、ココアが走り出した。

 

「ココアちゃん......!」

「誰が一番乗りするかな?」

「ちょっと待って、そんなにスピード出したら———」

 

 ココアは走ってる途中、滑って転んでしまった。

 

「チノちゃんたちは大丈夫かな......?」

「ごめんなさい!楽しそうに走るから黙ってたけど、私、折り畳み傘持ってるのー!」

 

 何やってんだ千夜。その後、僕たちが映画館に到着した頃、リゼさんとシャロが既に映画館に到着していた。それから数分後、チノちゃんが到着した。帽子にティッピーが入ってた。

 

「遅くなりました!」

「あっ!チノちゃん!大丈夫だった?」

「雨なんて予想外だったからな」

「あはは!レイちゃん以外みんなびしょ濡れだね!」

「でも目は覚めたかも」

「確かに眠気吹っ飛んだな!」

「あっ!私も眠いの忘れてたよ!」

「なんとか起きてられるかもしれないです」

「実は私も眠かったの......」

「えっ!? 初耳だよ!?」

 

 するとココアが空を指した。

 

「あっ!みんな見て!」

 

 空が晴れて雨が止んだ。雲の隙間から光が差し込む。

 

「雲の間から光が!」

「綺麗です」

「これが映画だったらエンドロール流れてもおかしくないですね!」

「終わるの早いな」

「あの光の差し込み方は天使の階段って呼ばれてるのよ」

「素敵です」

「そうなの?わたしおてんとうさんの鼻水って教わったけど」

「「台無しだよ(です)」」

 

 全員合流したところで映画館に入る。

 

「待った。これ使ってくれ、体育で使わなかった奴だから」

 

 バッグから綺麗な白いタオルを出したリゼさん。

 

「さすがリゼちゃん!頭拭いてあげるねー」

 

 ココアがタオルでチノちゃんの頭を拭く。

 

「良いです、私はあまり濡れなかったので」

「チノちゃんは傘持ってたんだね」

「途中でティッピーが持って来てくれました」

「器用だね!? ティッピー!」

「とりあえず中に入ろっか」

「私ポップコーン買ってくる!他にジュース飲む人ー!」

「僕はいただこうかな。はい、お金」

 

 僕から渡されたお金を託され、ポップコーンを買いに行くココア。その間に僕たちはシアター内に入る。

 

「私もよく子ども扱いされるんです」

「分かるわ」

「ねぇチノちゃん、僕も無意識にチノちゃんを子ども扱いしてるのかな?」

「レイさんは早く私を妹として認知してください」

「誤解を生むからやめてくれない?その発言」

「本当にくせ毛凄いのに......」

 

 うさぎになったバリスタ・視聴中......。

 

「凄い良かったね!」

「面白かったー!」

 

 多くの客の喧騒が飛び交う中、チノちゃんの声が一段と響いた。

 

「後半寝てたんですか!? 凄く良かったのに。みなさんと語り合えないじゃないですか!」

「しょ、小説は読んだから......」

 

 小説版も映画版も結構面白かったよね。

 

「でも主人公のうさぎになったおじいちゃん格好良かったね!」

 

 同意するかのように頷くチノちゃん。

 

「ライバルの甘味処のおばあさん、あの情熱には心打たれたわ!」

「どこかで聞いた話ね」

「くだらない事で争ってたけど......」

「おじいさんも良かったけど、ジャズで喫茶店の経営難を救ったバーテンダーの息子さんはもっと格好良かったな!」

「まるで父みたいでした」

「ほえー!ほえー!」

 

 今日のティッピーは少し怒っていた。......心中お察しします。

 

「今日のティッピーは表情豊かだね!」

「一番楽しんでたんじゃないか?」

「非常に完成された作品だったよね」

 

 ......ノンフィクションと言っても過言じゃないぐらいには。

 

「あっ、ちょっとトイレ」

「待ってるね」

 

 お手洗いに向かうリゼさん。その間に待つ。

 

「リゼちゃんが戻って来たら......チノちゃん?眠いの?」

 

 眠たそうな表情をしているチノちゃん。

 

「いえ......平気です......」

「カモン!家までおんぶしてあげる!」

 

 しゃがんで背を見せるココア。

 

「チノちゃんは子どもじゃないぞ」

「大丈夫!気にしないよ!」

「私が気にします」

「えー?」

「えーじゃなくて、ココアさんがおんぶしたいだけじゃないですか?」

「私欲を感じる」

「やめておいた方が良いわよ、ココアちゃんも眠いんでしょ」

「倒れたりしたら悲惨よ」

「それなら!」

 

 ちょうどお手洗いからリゼさんが戻って来た。

 

「ん?うわ!?」

 

 何かを見て驚いた。ココアとシャロと千夜がチノちゃんを運んでた。まるで騎馬戦のように。

 

「騎馬戦でも始めるのか!?」

「大迷惑だよ」

「やっぱりレイさんに頼みます」

「おっけー」

「お姫様抱っこでお願いします」

「なんでさ」

 

 日を跨いで、翌日のラビットハウス。

 

「心がバリスタなら、たとえうさぎだってコーヒーを淹れられるんだ!」

 

 昨日の映画のセリフを言うココア。

 

「あ、それ昨日の映画の台詞だな」

「えへへ〜。私も本格的にバリスタ目指してみようかな?それでリゼちゃんはバーテンダーかソムリエになるの。レイちゃんは......マスコット?」

「なんでさ」

「すぐ影響されて......」

「大人になっても、4人一緒にここで働けたら素敵だね」

 

 ......4人一緒、か。それは......実現するには......。

 

「パン屋さんと将棋棋士はいいのか?」

「あっ!最近小説家も良いかなって」

 

 その夜、チノちゃんが怒りながら3杯のコーヒーをココアに差し出す。

 

「どうして怒ってるの......?」

「本気でバリスタ目指したいなら、コーヒーの違いくらい当ててみて下さい!」

「Oh......」

「本気で将棋棋士目指すなら、これが必要だね」

 

 僕がココアの目の前に置いたのは大量の定跡書。

 

「本気ならこれぐらい......覚えられるよね?」

「Oh......」

 

 ココアはそろそろ本気で将来について考えた方が良いと思う。




この世界の将棋界の事情8
伯方 玲のプロ入り後の棋歴(ほとんど初めての事柄を掲載)
19/04/01: 三段リーグ全勝により四段昇段
19/08/18: 昇竜杯初優勝
19/10/20: 青鋭戦初優勝
20/01/28: プロ入り後初敗北(59連勝)
20/02/06: C級1組昇級及び五段昇段
20/02/11: 旭日杯初優勝及び六段昇段
20/08/25: 竜皇戦挑戦により七段昇段
20/10/15: 星河戦初優勝
20/10/19: 新鋭戦初優勝
20/12/24: 竜皇戦1組昇級
21/02/15: 公共杯初優勝
21/03/07: 棋帝初獲得
21/03/09: B級2組昇級
21/11/21: 金冠杯初優勝
22/02/12: 玉将初獲得及び八段昇段
22/03/01: B級1組昇級
22/03/30: タイトル3期獲得により九段昇段
23/03/09: A級昇級
24/06/12: 名人初獲得
25/03/16: 永世棋帝資格獲得
昇段事由
四段: 三段リーグ1位通過
五段: 順位戦C級1組昇級
六段: 五段昇段後全棋士参加一般棋戦優勝
七段: 竜皇戦挑戦(竜皇戦1組昇級)
八段: タイトル2期獲得
九段: タイトル3期獲得

レイの弟子になるのは誰?

  • ココア
  • チノ
  • リゼ
  • 千夜
  • シャロ
  • その他
  • 誰も取らない
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。