青道、御幸3年生の春のセンバツ甲子園〜IFストーリー 作:片桐秋
降谷がエースの後を継いで、リリーフしたところから始まります。
春のセンバツは三月で、四月に学年が変わる前です。よって、御幸はまだ二年生、沢村と降谷は一年生です。タイトルや本文中のミスを訂正しました。
春のセンバツ甲子園、御幸二年生、沢村と降谷が一年生の時の物語。
これは原作とは違う、もう一つのIFストーリーである。
昨年夏の全国優勝を果たした、北海道代表の巨摩大藤巻と、西東京代表の伝統ある強豪校である青道。
ベスト八進出を果たしたこの二チームの対戦は、事実上の決勝戦と世評が高い。その試合も、すでに七回表、巨摩大藤巻の攻撃である。
打順は一番から始まった。その一番打者が一塁ランナーとなって出塁している。
ノーアウトランナー 一塁。ピッチャー強襲ヒットで負傷したエースに代わり、降谷の登板となったのである。
降谷は、巨摩大藤巻の二番手の打者と対峙した。実際には、彼が心の中で向き合っているのは、親のように慕う先輩キャッチャーである。
親のように。そう、父親というよりは母親のように。
「御幸先輩、僕はあなたを信じて投げる」
──僕はあなたを信じている。あなたを実の母親のように慕っている。
二番打者への第一球。うなりを立ててボールは御幸がかまえるミットに収まった。主審のコールは……
「ストライク!」
甲子園球場に、どよめきが走る。
『怪物』降谷の、この大舞台での、練習ではない本戦での記念すべき第一投であった。
「アウトコース低め。コントロールはやや甘めだが、今の降谷なら、そうそう打たれることはない」
御幸は内心でつぶやく。隣に立つバッターは、冷静さを装ってはいるが、驚きを隠せないようだった。
「エースの球には目が慣れてくる頃だ。ここで交代できたのは、チームの勝利にとっては、むしろ幸いだったかも知れないな」
御幸は、そう考えた。
──降谷の球には、そう簡単に目が慣れる事はない。例え巨摩大藤巻の上位打線であってもだ。
「いいぞ、降谷! その調子だ」と、これは声に出して。ボールを投げ返す。
先輩捕手からの返球を受け取った降谷は、コクリとうなずいてみせた。
「降谷、いいぞ! その〜まま〜押し切れ! 新幹線剛速球! お前の力を見せろ!」
ベンチから沢村の声援が飛ぶ。マウンドに上がれない代わりに、せめて力いっぱいの応援をしようというのだろう。
この大舞台でも、いつもの沢村だな。
そう御幸は思った。
次に二番打者は、送りバンドのかまえをしてきた。相手チームの監督のサインが見える。
「強硬策は通じないとみたか。まだノーアウトだ。当然、送りバントは考えられた。俺を相手に盗塁を仕掛けてくるとは思えないが、エンドランはあり得るか?」
一塁ランナーのリードは、それほど大きくはない。ここはあくまでも手堅くやってくるのだろうか。そう考えた。
ピッチャーが投球に集中できるように、ランナーの動きや相手の作戦に目を配るのもキャッチャーの役目だ。
特に内野の守備には、監督の代わりに指示を出すこともある。キャッチャーが『第二の監督』と言われる所以(ゆえん)である。
御幸はベンチを見た。片岡監督からはサインがない。判断を、キャッチャーでありキャプテンである自分に任せてくれるようだ。御幸はそう見て取る。
「ここはバントシフトで。送りバントに備えてくれ」
御幸は、内野陣にサインを送る。
バントシフトとは、送りバントに備えて、一塁手と三塁手が、投手の投球と同時にホームベース側に猛ダッシュして来る守備体制である。
「バスターやエンドランは、ない。ここは手堅く来るはずだ。降谷の球威は、よく分かっているだろうからな」
御幸は、内心の思いを外には一切漏らさず、平静さを装っていた。
「降谷、来い。お前の渾身のストレートで」
バンドを失敗させる事ができたなら、それがベストだ。
そして、第二球。
またしても、うなりを立てて剛速球が御幸のミットに収まった。しかし残念ながら…
「ボール!」
主審のコールが響く。
「惜しい。わずかに外れたか」
御幸は、打者を横目で見る。バンド体制は打者に、より球筋を見やすくするものだ。できれば、ボールが先行するのは避けさせたい。
巨摩大藤巻のベンチからは、二番打者に声援が飛ぶ。
「よく見えているぞ!」
「大丈夫だ、お前ならやれる!」
青道のエースを負傷させて交代させたのだ。相手チームも後味は悪かろうが、降谷の登板で戦意を新たにしたのは、巨摩大藤巻も同じのようであった。
その藤巻の二番打者は、
「凄い剛速球だ。控えにもこんな投手がいるとはな。青道の投手陣の層が厚いとはきいていたが…しかし、ここは何としてもランナーを進めたい」
と、考えていた。
春のセンバツは三月。甲子園のある兵庫県はまだ早春、さほど暖かくもないが、二番打者の額には、緊張の汗がにじみ出ていた。
「何としてでも…」
降谷の第三球。
二番打者は、降谷の変化球のスプリットをかろうじてバンドした。球は三塁側に転がる。あまり勢いを殺せてはいない。
しかし一番打者となる者のセオリー通り、一塁ランナーは俊足だ。
スプリットとは、ストレートと変わらない速さで投げられる代わりに、落ち幅の小さい変化球である。速球型投手のストレートに、このスプリットを混ぜられると、打者としてはなかなかに厄介だ。
だが巨摩大藤巻の二番打者は、バンドを決めた。バンドシフトしてダッシュしてきた三塁手の一年生、金丸が巧みに捌いて一塁へ投げる。
バンドシフトにより一塁手の前園は、ホームベース近くにダッシュして来ていたために、代わりに二塁手の小湊春市が──結城キャプテン時代の名選手である小湊亮介の弟だ──一塁ベースを踏んで送球を受ける。
「アウト!」
一塁審判のコール。
「送りバント成功! しかし一塁はアウトです」
実況はそう告げた。全国に、その実況は伝えられる。緊迫した状況と試合の盛り上がりは、甲子園に来られない多くの人々に届けられていた。
「ワンナウト ランナー二塁。さあ、降谷、ここからが正念場だぞ。お前はもう事実上のエースなんだ。エースとして踏ん張れ」
御幸は、心の中で降谷に励ましの声を送った。
続く
原作通りの出場選手とポジションになっているはずですが、おかしな点ありましたら、やんわりご指摘ください。
その他も、高校野球のルールや習慣として、不足がありましたらご意見どうぞ。